1 07, 2007

2007年度 謹賀新年!

遅れましたが、明けましておめでとうございます。
最近は記事の更新も少なく、申し訳ないと思っておりますが、今年は昨年よりは書いて行きたいと思います・・・

さて、昨年度末に自分で書いた記事の中からWE(ホワイトカラー・エグゼンプション)の導入の話から、ちょっと補足します。
(と言っても、書き込んだ量は補足というべき量ではないのだが(笑))


私がこの制度を批判するのは、現在の社会の給与・雇用体系が、サラリーマン世帯の生活不安を呼び起こしているのに付け加え、今回のWEの導入では、さらにモチベーションさえ奪ってしまうものだと断言できるからです。


 


残業代ゼロ 首相「少子化対策にも必要」


 安倍首相は5日、一定条件下で会社員の残業代をゼロにする「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入について「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じを持っている方も多いのではないか」と述べ、労働時間短縮につながるとの見方を示した。さらに「(労働時間短縮の結果で増えることになる)家で過ごす時間は、例えば少子化(対策)にとっても必要。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を見直していくべきだ」とも述べ、出生率増加にも役立つという考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。

 首相は「家で家族そろって食卓を囲む時間はもっと必要ではないかと思う」と指摘。長く働くほど残業手当がもらえる仕組みを変えれば、労働者が働く時間を弾力的に決められ、結果として家で過ごす時間も増えると解釈しているようだ。

 ただ、連合などはサービス残業を追認するもので過労死が増えるなどとして導入に猛反対している。このため、夏の参院選をにらんで与党内でも慎重論が広がっている。

 しかし、首相は通常国会への法案提出については「経営者の立場、働く側の立場、どういう層を対象にするかについて、もう少し議論を進めていく必要がある」と述べるにとどめた。


2007年01月05日22時01分 asahi.com

まあ、朝日がよくやる捏造(本人はそのつもりで言ったのではなくとも、強引に結論づける記事を書くやり方、毎日もよく使う)記事かも知れないが、仮にWEが直接原因になるとは考えていなくとも、安倍首相がそう考えているのは間違いないのであろう。

ならば、WEの導入は順序が違う事が明白だ。


「働き過ぎで残業が多い」「残業で家族揃って過ごす時間が足らない」この考え、認識には大いに賛成であり、異論は無い。
だが、これを解消する手段としては、「残業をゼロ」にする方向にすれば事は済むはずで、それを「残業代をゼロ」にする方向でWEを考えているからおかしいのだ。


働き過ぎで残業が多いケースは、厚生省が指摘するような、残業代狙いのケースもあるだろうが、多くの場合は「残業が当然の仕事量」が原因である。

集団で走った場合、その集団の速度は何で決まるかご存じだろうか。
当たり前の話なのだが、その集団で一番速度の遅いものの速度が、その集団の速度となる。
時速200キロ以上で走る車の集団の中に、時速100キロでしか走れない車が加わると、いくら200キロで走る能力の車が多くても、その集団の進行速度は時速100キロになるのだ。

業務も同じだ。
1つの仕事をグループで行う以上、割り振る仕事内容にもよるが、早く終わるヤツもいれば、遅くなるヤツもいる。
しかし、そのグループ全体の作業進捗度は、その遅くなってしまった作業の進捗と同じになり、こうなれば、自然にそのグループとしての残業は増える仕組みになっている。
つまり、残業など会社などが真剣に「なくそう」としない限り、どうしても発生するものだ。

企業が、もしくは国が国民の生活のために残業をなくそうと考えてくれるのであれば、「残業はゼロにする」と覚悟を決めてやってくれなければ、ゼロにはならない。
それを「残業代をゼロ」にすれば、残業が減るとはおめでたい考えだと言わざるを得ない。
むしろ、国の政策で、残業代を現行の5~10倍ほど、とんでもなく上げてやり、サービス残業を容認している企業には、遡ってさらに倍の残業代を支払うように決めれば、企業も真剣に残業をしないような施策をするであろうし、それこそが残業を無くし、国民が家族揃って食事が出来る環境になると思うのだが。(笑)


 
さらに、給与、雇用体系の変化も忘れて欲しくない。

最近は、景気が良くなった、いざなぎ景気を上回ったなど出ているが、国民の多くのサラリーマンはそれを実感していない。
それはなぜか?
答えは、会社がそれを良く知っているはずだ、ここ十数年で日本の給与・雇用形態がガラリと変わった。


今回のWEでも、企業側が持ち出す、「国際競争に耐えられる力の保持」をするために、人件費削減が現在でも行われている。

その結果が、基本給が非常に低く設定され、各種手当てで給料を支払う形態になっているのも、その1つだ。
この理由は至って明白で、ボーナスを低く抑えるために、基本給を下げているのだ。
以前なら、基本給が30万円で、それに手当が付いたとしても役職手当や家族手当などだけで、ほとんど給料=基本給+αだった。
ところが、最近の給与体系は、基本給は10万円で、役付手当、職務手当、残業手当、住宅手当、家族手当、特別勤務手当など、「手当」の乱発で、各手当に3万、5万とか加えて給与を30万円で支払っているのが多い。

これで、今期はボーナスがうちは2.5ヶ月も出している、などと自慢しているが如く、発表するのだからおかしい。
10万円の2.5ヶ月など25万円ほどだ。
以前の30万円なら1ヶ月分にも届かない金額なのに、さもボーナスが増えたかのように会社は言う。

予め、手当を付けなければ、収入にならないような給与体系ににしているのは、会社側であるにもかかわらず、残業手当をなくそうというのは本末転倒だと思うのは私だけだろうか。


 
さらに、正社員がどこの会社でも減っている事実も忘れてはならない。
景気が回復し、失業率も数年前よりは下がったのは事実だろうが、これは企業が解雇しにくい正社員よりも、解雇が簡単な契約社員などを増やしたからに過ぎないカラクリがある。
確かに、日本企業の正社員は、以前なら終身雇用など確立されて従業員を守って来たが、反面、中途採用などの雇用には厳しかった側面があり、契約社員という形態に変わったのも時代の流れかも知れない。

しかし、いつ契約を打ち切られるのか分からない、と言ったいわば「人質」を会社側が握っている以上、残業をしなくてはならない仕事量であっても、会社側に不満や改善要求など出せる物ではない。
特に、40歳代を越える労働者に取っては、年齢を重ねるごとに就職の難しさが増し、家族や自分が抱える責任を考えると、もはや会社側の言いなりになるのは当たり前で、サービス残業が増えるのは目に見えている。


 
さらに、会社側も人件費削減を名目に、リストラが行われ、それまで5人いた部署が3人に減らされたが、仕事量が変わらないと言った仕事場も珍しくはない。
つまり、人件費を削る代わりに、残業を残った従業員に負担させているのが現状。


 
企業側が名目とする国際社会云々に従って進めた結果が、残業そのものが増え、手当として残業代を入れなければ以前の収入にならなくしてしまった現在のサラリーマンの実態なのだ。
なのに、残業をなくす方向ではなく、残業代をなくす方向に向かっているからこそ、私は大反対である。

残業代をなくせば、残業が減ると思っているなら、安倍首相の世間知らずにも、困った物だ。
民主党がまだ成長していない今、安倍による旧自民党勢力の復活は、誠に日本国民に取っては不幸な話ですね。


前回も言いましたが、私はすでに会社とは年俸制で契約しています。
残業代もなければボーナスもない。
だからといって、残業はなくなったでしょうか? んなバカな話はありません。(笑)

むしろ、残業は当たり前で、今は帰宅は連日深夜12時です。


でも、これが400万円とかの低収入の労働者にも適用されるようになれば、完全にモチベーションは奪われるでしょうね。
私も、正直な話し、連日深夜帰宅で、それから食事をし、風呂に入って一息入れて、深夜2時に寝て、翌朝は7時に起きる生活が続いておりますが、毎月給与が同じなので、いい加減に投げ出したくなりますな。

国際競争云々の前に、自分達の会社の従業員、もしくは業務で働く人間のモチベーションを下げて、国際競争力のある会社に育つと思っているのでしょうか、もう少し世間一般の常識と、サラリーマンの生活に対する想像力を持ってもらいたいなと、強く思いますね。

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9 25, 2006

募金活動と批判


今日は、2CHでかなり話題になっている話を紹介します。

心臓移植:さくらちゃん「救う会」が募金活動 目標1億3600万円--三鷹 /東京

 ◇心臓移植手術しかない--年内渡米目指し
 難病の「拘束型心筋症」と診断された三鷹市の団体職員、上田昌広さん(53)の長女さくらちゃん(4)が米国で心臓移植手術を受けるため、支援者でつくる「さくらちゃんを救う会」が募金活動を始めた。目標額は渡米・手術費など計1億3600万円。同会は「11月中には目標を達成し、年内にもさくらちゃんの渡米を実現させてあげたい」と協力を呼び掛けている。
 拘束型心筋症は心臓の筋肉が硬化し、心室の拡張機能が次第に低下する病気。心機能が落ちて肝臓や肺などにも負担がかかり、診断1年後の生存率は5割未満という。現時点では心臓移植以外に治療法はないが、国内では臓器移植法により、15歳未満のドナーは認められていない。
 さくらちゃんは今年4月、肺炎を発症して都内の病院で精密検査を受けたのがきっかけで病気が判明した。現在は血流が弱まって血栓ができるのを防ぐ薬を1日2回服用しながら2週間に1回通院している。
 21日、都庁内で会見した昌広さんは「肝臓など他の内臓の機能も低下し、移植が難しくなってしまう」と訴えた。さくらちゃんは一人娘。同席した妻和子さんは「信じられない診断結果で、移植しかないと言われた時は足元が崩れ落ちる思いだったが、さくらが頑張っている姿に、私たちも前向きに頑張り、協力をお願いしようと思った」と声を震わせて話した。
 同会はこの日の都庁前を皮切りに、毎週土日曜日にはJR吉祥寺駅周辺での街頭活動を予定。23日には武蔵野市の市民文化会館でチャリティーコンサートを開く。募金の呼び掛け人には子どもがさくらちゃんと同じ保育園に通っていたという漫画家の石坂啓さんらも名を連ねている。
 募金の振込先は「さくらちゃんを救う会」で、郵便振替00140―0―446479など。問い合わせは同会事務局(0422・41・8586)まで。【夫彰子】


9月22日朝刊 (毎日新聞) - 9月22日11時2分更新


これだけ読むと、最近は増えたとは言え、海外でしか手術を受けられず、生命の危機に瀕する少女を救おうとする、心暖まる話だな、と読み過ごすのですが・・・・

ただ、2chの某所で、この話題が非常に賑わっております。
当初、どうして2chでこの話題が人気あるのか不思議でした。
言葉は悪いですが、2chで賑わうのは、どこかが炎上しているような、そんな祭りとよばれる盛り上がりがある場所だと思っていましたが、まさか善意の募金お願いに、これほど盛り上がるとは、外からは思いもしませんね。
でも、中を読んで・・・何となく納得。(笑)


 
私は、この件に関しては、断言したりするほどの知識や経過を知らないので、個人的な立場はとりあえずノーコメントとしておきますが、2chで盛り上がっている理由を紹介します。


 

早い話、この少女の家庭が、一般サラリーマンより裕福なのに、募金って甘えてんじゃね? って感じですかね。


 
確かに一般のサラリーマンが1億円以上の医療費など、負担できないので、募金に頼らざるを得ないのは理解できます。
また、私などは1億2千万を用意しようと思えば、正直な話、親族などから借金しまくって、保険を解約し、貯蓄を崩し、自宅を処分しても、2千万円も用意出来ればマシな方かな(家のローンがあるので自宅を処分してもあまり残らない)、だから残り1億円はみんなの善意にすがるしかない、と言う感情も理解来ます。


と・こ・ろ・が、この少女の父親は、NHKのエグゼクティブプロデューサーらしいですね。
母親も、NHKディレクターだそうで、両親の年収は4千万円だとか言う話もあります。(NHKの平均年収が1200万円だそうです)
でもって、救う会のメンバーを見ると多くがNHK関係者で、自宅も庭付きの立派な家も持っているようです。
また、NHKなら共済会も使えるのではないかとか、いろんな話が出ております。


まとめサイトに話によれば、


・当人が先んじて努力を講じていない(親が一切お金を出していない。)
・トリオジャパンも不明瞭な募金の使い方。また値段の設定の仕方。(デポジットや余剰金問題等。また、滞在費の値段設定などが一切あいまいで不明。
そのほかにも過去の募金などででた余剰金などを一切使用していない)
・募金の使い方がおかしい(事務局経費など募金を集めるのにかかった費用全額募金でまかなうというおかしなもの。
それだけならともかく、スタッフTシャツやのぼりなどを作成していること、規約に当てはめるとこれも募金でまかなう。
また両親の海外滞在費用など本人負担も全て募金で負担していること)

こんな感じでしょうか。

恐らく、この世に難病、奇病で苦しんでいる子供達は大勢いるでしょうし、みんながみんな助かるわけでもなく、いやむしろこのような募金活動まで支援してくれる事は希なケースで、多くのご両親や親族、関係者は涙を流してきたと思います。
それを考えれば、NHKという立場のプロデューサーであり、救う会もみんなそれぞれ社会的地位をお持ちの方で、それで最初から善意にすがるのは、確かに「あれ? ちょっと違うかも知れないな」という印象を持たれても、仕方がないですね。

おまけに、いろいろ問題もあるそうですし。

まあ、このサイトも読んでみて下さい。
書いている内容に関しては、読んだ各人の判断に任せます。

死ぬ死ぬ詐欺

 
個人的には、NHK職員だから募金はダメとか、ここで重要なのは子供の病気の治療なので、親とか会社に関係なく子供を救う気持ちが重要な事も、大事だと思っております。
まあ、募金活動とはその気持ちから始まるはずなので、募金する人や、この救う会の活動を支援、賛同する人をとやかく言うつもりは全くありませんのであしからず。

ただ、私は自分の立場に置き換えた時、このご両親は非常に幸運だと思うし、確かに嫉妬もあるかも知れません。
4月に病名が判明し、その半年後にはもう200万円以上もの寄付があり、さらに名士が集まった救う会を持ち、自分の子供のためのチャリティコンサートまでが開催される・・・一般のサラリーマンには夢のような展開です。
だから、病気1つをとっても、今更ながら、社会は不平等だと嘆き叫ぶつもりはありませんが、せめて、両親としてどこまで子供のために尽くしているのか、伝わる何かが欲しいとは思う事も、これは人間の心理として当たり前じゃないか、と言う思いもありますね。


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6 11, 2004

ニュース記事「引用」と「転載」

いきなりですが、私のブログは、ニュース記事を最初に載せてから、その記事に対する内容について、様々な自分の考えを書いていますが、ある方からメールをいただき、このニュース記事全文の貼り付けは、転載に当たるのではないか、と指摘されてしまった。

う~む、個人的には「引用」のつもりで貼り付けていたので、引用に必要な「出所の明示」は必ずはっきりと(赤色に変えて)書いていたんですけどね。

もし、配信ニュースの全文貼り付けが転載に当たると言うなら、よく記事を失敬させてもらうYahoo!ニュースでは、「転載は禁止」とはっきり書かれており、私は違反している事になります。もちろん、引用に関しては注意書きが無く、大丈夫なのでしょうが。

さてさて困りました。

話題にしたい記事が書かれたURLだけ、リンクで貼り付けても良いのですが、ニュースリンクなどは1~2週間ほどでリンクが切れてしまうのが当たり前、後でブログを読み返したとき、クリックしても記事が読めないケースがほとんどです。
私のブログが、そのリンクされた先の記事内容を前提に、自分の考えを書いてあるので、肝心の記事が切れて読めなくなっている場合、意味が通じなくて困ってしまう・・・どんな記事なのか分かるように、私には記事の貼り付けが必要だと思っています。

ならば、全文貼り付けが転載に当たるなら、本当に必要な一部分だけ「引用する」のはどうだろうか・・・

ふ~む、これも出来れば避けたい。


わがままのようですが、私は今までも、記事が長くてブログが長文になろうとも、面倒でも、ほとんど記事を省略して来なかったのは、私が記事を読んで受けた印象は、その記事全文から発するものであり、恣意的に一部分でも記事を省略すれば、それはもはや私が感じ取った記事そのものじゃないと思うから。

例えば、この間の小泉首相訪朝で、家族が帰って来たとき、流れたニュース報道では、事前に家族会が小泉首相に感謝のお礼を言っていたそうですが、その部分は報道されず、「最悪の結果」「プライドはないのか」などの、刺激的なコメントだけしか報道されなかった。これによって、多くの国民から家族会にブーイングが出ましたが、家族会が事前に感謝の辞を述べていたと弁明したところ、その部分をカットしたマスコミに、今度はブーイングが起きました。
最初から、家族会が首相に感謝を述べている部分も報道すれば、誤解もなく、家族会に向けられた多くの批判は無かったでしょう。
それがニュースを伝える側の怖さです。

つまり、私が家族会の「最悪の結果」の意見を述べたいがために、その文章だけ引用し、首相への謝辞を省略したとしたら・・・私の意見が180度違って受け取られてしまいます。

結局、引用とはいえ、記事を自分の都合の良い部分だけ抜き出し、他を省略した場合、ブログを読む人たちが受ける印象と、私が感じた印象と、当然ながらそこには何らかのギャップが発生する可能性があります。
すると、余計な誤解が生じる場合もありますし、無益な争いが発生するかも知れません。
それが私は怖いし、避けたいので、記事は出来るだけ全文を載せております。

さてさて、本当にどうしましょうか。

という訳で、「転載」と「引用」について、少しネットで調べて見ました。
記事を複写する場合、引用とみなす為には、以下の条件が必要のようです。

1.公表された著作物であること
2.公正な慣行に合致していること
3.引用の目的上の正当な範囲内であること
4.出所の明示

「4.出所の明示」に関しては知っておりましたので、必ず色を変えても付けていましたので、クリアしているでしょう。
また、1.に関しても、ウェブ上の記事を持ってくるのですから、公開されているので、問題ありません。
2.の「公正な慣行」ですが、表記方法は、見出し(題名)のあと記事を貼り付け、最後に記事の出所の明示を行い、数行開けるなどして、本文と記事との間には、はっきりと区別が出来る書き方ですから、この点でも大丈夫だと思います。

最後の、3.の引用と本文の主従関係ですが、記事の内容の補佐を書いているのでなく、記事に書かれた内容に対し、他の資料も用いて、検証や推察など行い、意見を述べております。 また、貼り付けた記事の容量に対し、本文の方が文章量も多く、個人的には主従関係は一目瞭然だと思っているのですが。
問題は、「引用に必要最低限であれば、全部を引用するのも可」と言う条件に、合致しているかどうかですね。

必要最低限とは・・・これはどこまでが「必要最低限」と判断して良いのでしょうね。(汗)
私にとっては、必要最低限に感じるけど、ってな感じでしょうか。


 ☆  ☆  ☆

う~む、結局どうしましょうか、弱った。(笑)
とりあえず、転載に当たらないのか、と言う質問を受けましたので、何らかの方向性だけは、ここで決めなきゃなりませんね。

それでは、今後は記事を引用する場合は、誤解を生まない程度に、省略できる部分は省略することにし、「必要最低限の引用」色を強めたいと思います。
しかし、私自身が、編集(省略)しないほうが良いと判断したものには、記事の全文を「引用」させてもらいます。
言い訳になりますが、ニュース記事のリンクは、すぐに切れてしまうので、ネタのニュースが何だったのか分からなくなる、これを避けたいのが最大の理由になります。

これは、記事の配信先からクレームが来るか、一般的な掲示板で同様のケースで、記事引用が禁止になる方向性に進む事があるまで、現在のやり方(私にとっては、必要最低限の「引用」)を進めさせて頂く事にします。
失礼だと思いますが、これをメールを頂いた方への返事とさせていただきます、ありがとうございました。

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5 13, 2004

1280円の牛丼だよ

いやあ、今日は恐ろしい写真をみたなー。

えっ、米兵によるイラク人虐待写真かって?  いやあ、それは見ていないけど、ある意味、虐待した米兵には軍法会議が待っていると信じることが出来るけど、この写真だけは・・・救われないよ。


吉野家の牛丼、期間限定で復活 横浜のイベント会場
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限定で復活した吉野家の牛丼を食べる親子=13日午前10時40分、横浜市のみなとみらいで

 外食産業や食品関連会社が新商品などをPRする「2004ジャパンフードサービスショー」(日本フードサービス協会主催)が13日、横浜市・みなとみらい地区のパシフィコ横浜で始まり、2月から販売を休止している吉野家の牛丼が期間限定で復活した。輸入停止となる前の米国産牛肉のわずかな在庫を集めたもので、価格は販売休止前と同じ並盛280円。ブースには開場と同時に長い列ができ、「吉牛(よしぎゅう)」ファンが久しぶりの味を楽しんだ。

 午後からの仕事の前に、さいたま市から「満員電車にぎゅうぎゅうになりながらかけつけた」という会社員友清洋充さん(27)は「月3、4回食べていたので寂しい。早く完全復活して欲しい」と話していた。16日まで、1日3回に分け計3000食を販売する。 asahi.com(05/13 13:54)


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リンクが切れて、記事の写真が見れなくなったらごめんなさい。
張られている写真は、上の記事で紹介された、吉野家の牛丼を若い母親が、1~2歳ぐらいの子供に食べさせている写真なんよ。


ここの4月6日のブログにも、アメリカでBSE感染牛が発覚し、輸入が全面禁止になった後の吉野家の姿勢に、私は猛烈に批判しているんだけど、今回もただ呆れるだけで・・・

そもそも、BSE感染が発覚してからも、アメリカは全頭検査はやっていないのよ。 また、危険部位である脊髄を抜かずに、生肉処理をやっているらしいので、それが本当なら、国内に流通しているからと言っても、それがアメリカ産牛肉ならば、あくまでも流通しているだけの冷凍肉で、禁止されているアメリカ産牛肉と、危険度はなんら変わりは無いんだよね。

吉野家は、輸入禁止になっても、倉庫に備蓄されていた分がある間は営業していたけど、それがどの程度前の輸入肉か分からないから、まあ同情の意味も込めて、厳しい批判はしなかったけど、本来なら、当時からスーパーによっては、輸入されていたアメリカ産牛肉を、BSEが発見されたと言う理由で、全部廃棄したところもあり、それが本来は消費者のためには、当然の姿勢であり処置ですよね。

この間も書いたように、吉野家の社長は全く「食の安全」を考えず、消費者に向かって危険な食材を平気で出しても気にしない人なので、今更なんですが、今回はわざわざ危ないアメリカ産の肉をかき集めて販売するとは、もう常識が吹っ飛んでいるとしか思えません。
本家アメリカでは、BSE感染で13人がヤコブ病にかかって亡くなったのではないか、などと疑われている記事もあるし、他にも感染牛の発見、感染らしき牛を勝手に処分したなど、もう危ない話が満載なんですけどね。


怖いと思うのは、その事情を知ってか知らずか、そんな輸入が禁止されている危険性のある肉を、母親が自分の赤ん坊に食べさせている写真を見たから、信じられない思いでした。
大人より幼児の方が、感染しやすいとか、どこかに載っていませんでしたっけ。 それはともかく、危険であると承知しながら出された牛丼を、平然と子供に食べさせている・・・アメリカが強行に牛肉の輸入を解禁させたとしても、吉野家のような企業がある限り、牛丼みたいなものが販売され、こんな親がいる限り、またどんどん喜ばれて売れるんでしょうね。 そして、アメリカのゴリ押しによって、ウヤムヤにされてしまうのでしょう。

私の友人が、全頭検査を拒否するアメリカに反省させるため、牛肉の解禁をすれば良い、日本人はそんなにバカじゃないので、そんな牛肉誰も買わずに売れ残り、アメリカも全頭検査の必要性を知るだろう、などと言っていましたが、残念ながら私の友人が思うほど、日本人は賢くないようです。(涙)


もちろん、全頭検査によって危険性が全て無くなる、誰もそんなことは思っていないでしょう。
また、今回の横浜でのアメリカ産牛肉を食べたからといって、ヤコブ病になるとは思えません。
でも、問題にしたいのは、販売する企業の消費者に対する安全性への姿勢、取り組みであり、そんな消費者を舐めている企業への批判の意志を、きちんと示す国民一人一人の態度です。


ちなみに、このフードサービスショーに入場するのに、1000円するそうです。
牛丼は280円かも知れないけど、牛丼を食べるには1280円の出費する計算になりますな。
また、吉野家の豚丼の豚肉、偽装で逮捕者まででたハンナンから7割も仕入れているそうな。 阪急百貨店などはハンナンとは取引停止したけど、吉野家って取引は続行しているんだってね。(クスクス)

それにしても、吉野家はどうして「アメリカ産」牛肉だけに拘るんだろうか、輸入が禁止され半年になりますが、他の選択肢はどうしたんだろうね、何もせず、ただじっと「(アメリカ産牛肉を)買って、買って」とダダこねているだけじゃないだろうね。(笑)

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4 28, 2004

日の丸反対・除名取り消し訴訟

★日の丸反対・除名取り消し訴訟で元市議の請求棄却

・日の丸掲揚に反対して議長席を占拠するなどしたことを理由に、02年に
 横浜市議を除名された井上桜市議(39)と与那原寛子元市議(39)が、
 市議会に除名処分の取り消しなどを求めた訴訟で、横浜地裁は28日、
 2人の請求を棄却する判決を言い渡した。川勝隆之裁判長は「市議会の
 混乱の程度などを考慮すると、裁量権の乱用があったとは言えない」と
 述べた。

 原告側は「除名は思想、表現の自由を侵す弾圧で、地方議会の裁量権の
 乱用で違法だ」と主張していた。

 判決によると、横浜市議会は02年5月、議場での日の丸掲揚を決めた。
 2人は同月、掲揚された日の丸を撤去しようとして退場させられた。同年
 6月には、議長に話し合いを求め、約6時間にわたって議長席などに座り
 続けた。市議会は同月、2人の除名を決めた。
 井上氏は昨春の横浜市議選で当選している。(asahi.com)


 えっと、この記事を読む限り、この2名の市議は、自分の思想、主張を押し通すために、議場で日の丸を撤去しようとして、市議会を混乱させ、議長に話し合いを求めるのに、6時間に渡って議長席を占拠したので、除名されたが、裁判では除名は妥当であるとされたわけですね。

では、この2名の市議の言い分を聞いてみましょう。


◎井上さくらさん弁明 
「日の丸」は個人の思想・信条の自由に関わる事なのに、掲揚決定を知らされるだけで全く意見を述べる機会が一度もなかった。この間少数会派の発言する機会がなく、議会での議論ができなくなっている。6時間の空転は事態打開の為の方策が取られなかたために起きたもので責任を一方的に押し付けられる事は不平等でないか。議会での議論ができなくなっている議会体質となっていて、多数会派による多数決で全て決めている
全て多数決で決めて行くやり方が本来の議会制民主主義であるのか、今一度立ち止って考えて欲しい。

◎与那原さん弁明
 6月23日は沖縄慰霊の日、沖縄出身の私にとりいまだ米軍が駐留する沖縄の現状を考えれば日の丸掲揚は見過ごす事のできない問題である。発言の機会を求めていたが与えられず、発言不許可の理由が明らかにされていない。発言の中身(日の丸掲揚について)に対しての不許可だと思う。国旗・国歌を尊重するしないはその人の良心の領域の問題である。一つの意見に強制する事に反対である。議会に思想・信条を侵すものを持ち込まず自由闊達に議論できる場の保証をしてほしい。

・・・・・・なんですかこれは?
 こんな自分勝手な言い分、あるのでしょうか。


もう一度確認しましょう、なぜ、この2名が除名されたのか。
「議長席を不法に占拠したために、市議会が空転、混乱したため」でしたね。

さて、もう一度彼女達の弁明を見ましょう。
井上さん「日の丸は思想・信条の自由だ。 議会で自分が発言できないから市議会が空転した。 自分だけが悪くない、多数決で辞めさせられた」
除名させられた理由が、分かっていないようです、頭を冷やすべきですね。

与那原さん「沖縄出身の私は、日の丸掲揚は許されない。議会で発言できない、自由闊達に議論したい」
これまた、除名された理由に少しも触れられておりません、分かっていないのですね、冷静になりましょう。

除名させられた行為に関して、なんら誠意ある弁明をせずに、自分は悪くないとばかりの一方的な言い分。
こんな自分勝手な言い分を垂れ流す、それだけでも、十分に同情の余地なしですな。


そのほかにも、この二人は自分の主義・主張にのめりこんでおり、単なる感情的なヒステリーですな。
彼女達の言い分、それぞれが突っ込みどころ満載です。

まずは井上さん、確かに日の丸は思想・信条の自由ですよ、でも議会が決めたことを、自分の思想だけに照らして強制的に撤去しようとする自由は、いつから日本で認められるようになったのでしょう。 思想・信条の自由を持つ=実力行使で撤去しても良いわけではありません、ここは民主国家ですよ。
また、議長席を不法に占拠し、自分達の要求を押し通そうとする姿勢は、どこぞのテロリストの論理とどう違うのですか?
民主主義と言うのであれば、実力行使(占拠)など使わずに、きちんと民主主義の手続きに則って、訴えるべきです。
こんなの当たり前です、自分達が少数派で意見が通らない、自分達の意見を聞いてもらえない、その辛さは理解出来ますが、だからと言って、実力行使が正当化できるものではないことぐらい、中学生にだって分かっている事です。

また、与那原さんもそう。
沖縄出身で、日の丸に対して良い感情を持っていない、と言うのは理解しましたし、日の丸に対しいろんな主張や活動を行う事は、まさに自由です。 でも、自分が嫌いだからといって、他人の日の丸を掲揚する自由を、強制的に侵害する自由は日本にはありません。
仮にも、議会で定められた国旗掲揚ならば、掲揚を中止させるのは、議会で決めるしか無いのです、こんなの市議ともあろう方なら、言われなくても分かっているはず。
議論が議会で出来ないとか、発言が無いとか、井上さんに言った言葉そのまま同じ事を送ります。
自分達が正しいと信じる行為でも、不法な振る舞いを行ってよい理由にはならんのですよ、こんなの常識です。

正論を振りかざしているつもりで、実は単なる自分勝手な振る舞いしかしない、だから、私はあなた達のような人たちに、信用がおけないのです。

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4 25, 2004

想像力の欠如?

奇しくも、23日のブログで、鳥取こども祭りへの自衛隊参加反対に関する記事を紹介したところ、こんな記事も出てきました。


自衛隊祭り」で男児らがけが 市民団体、抗議--松本 /長野

 陸上自衛隊松本駐屯地(松本市高宮西、村永次郎司令)で18日あった創設54周年記念行事(自衛隊祭り)の際に、名古屋市内の男児(8)らが展示されたヘリコプターなどに触れてけがをしたとして「自衛隊祭り反対松本地区連絡会議」など9市民団体が23日、事故への抗議と事実関係調査を同駐屯地に申し入れた。

 申し入れ書によると、展示中の戦車で遊んでいた子どもが手の指を骨折。また、並んで展示していたヘリでも、別の子供が手の指のつめを負傷したという。事実であれば、関係者への謝罪も求めている。

 これに対し同駐屯地広報班は、男児がヘリ側面に触れ、右手の指のつめがはがれて応急処置をしたことを認めたが「詳しい事実関係は分からない」とした。また戦車で骨折した件は把握しておらず、調査して回答すると約束した。

 事故当時、展示したヘリや戦車の前にはプラスチック製チェーンが張ってあったが、係員はおらず、自由に近寄れる状態だったという。【森有正】

毎日新聞 2004年4月24日


はっきり言って、こんなに嫌われ者になっている、自衛隊員が不憫ですなぁ。(笑)

彼らは、緊急の際(有事・災害関係なくね)には、自分達の命を顧みず、体を張って、このように嫌っている市民団体の人たちも助けるんですよねぇ。 しかも、それは自衛隊員自身の子供や家族と分け隔てなく、国民を助ける、守るわけですが、そのことを、この人たちはどう思っているんでしょうね。
 
その局面が来ても、我々は自衛隊に反対する立場なので、助けてもらいたくない、死んでも良いので、ほっといてもらおう」なんて言うのでしょうか。

阪神大震災から9年、いろんな書籍が出ていますから、ぜひとも読んで欲しいですね。
私も実家が被害にあって、震災後神戸に入りましたが・・・自衛隊の救助活動にどれほど救われたか。
平和ボケと言うより・・・そんな場面を想像できない、想像力欠如とでも言うべきですか.。

いい大人が感情的になって、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」をやってどーするんだろうね。

ところで、チェーンが張ってあったと言うことは、危険なので立ち入り禁止だったわけですよね、そこに子供が入って怪我をした、親の監督保護責任は、どこに行ったのでしょうね。
立ち入り禁止だったから、怪我をしても自衛隊に全く責任が無い、とは言わないけど、これって今回の人質事件の構図にも似ている。
退避勧告の出ている国出かけて拉致された、政府はそんな人たちでも、国民である以上は助ける義務はある。
でも、拉致された側にも、当然危険な地域に出かけた、自覚と覚悟があるべきで、その自己責任が話題にもなっており、子供の親はどこに行ったのでしょうね。

私は、自衛隊派遣を反対するのに、国会議事堂前や政治家に反対するのでなく、心配そうな家族が見守る中、危険な任地に赴く自衛隊員に向かって、「行くな!」とか「自衛隊は違憲だ!」とか、全く頓珍漢で意味の無い、感情的なバカな運動に対しては、これからもここで徹底的に糾弾して行くつもりです。


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4 23, 2004

子供をバカにするな!

う~ん、またまた来ました。

自衛隊に祭り参加取り止めを要請--新日本婦人の会 /鳥取

 鳥取市内で25日開かれる「鳥取こどもまつり」(同まつり実行委など主催)に自衛隊員が参加予定だったことが分かり、「新日本婦人の会県本部」(市谷貴志子会長)などは21日、隊員の参加取りやめを求め、実行委と自衛隊地方連絡部に要請書を手渡した。主催者側は「一部の催しは自粛したい」としており、児童用制服を着用しての記念撮影などはやめる方針。
 要請書で、婦人の会は自衛隊について「イラク派遣により軍隊としての性格を強くしている」と批判。「『かっこいい』という一面的な見方が子どもたちを戦場に駆り立てる流れを促進する」として、祭りの参加取り止めを求めた。
 主催者側によると、自衛隊はこれまで、12回参加。ジープの展示などで子どもたちと隊員が交流していた。【平川哲也】(毎日新聞)


さて、「新日本婦人の会」をネットで調べてみたところ、役員に共産党の井上美代参議院議員がいたり、この会の目的を見れば、共産党の支援団体のようですな。

理由が、「イラク人質事件で、邦人が拉致され生命が危険にさらされ、犯人グループが自衛隊を名指ししていることもあり、自衛官自身が子供の為とは言え、祭りどころの心境ではないだろう、自粛してはどうか」などであれば、十分に私はその意見に理解をしたと思う。

しかし、「イラク派遣により軍隊としての性格を強くしている」と批判。「『かっこいい』という一面的な見方が子どもたちを戦場に駆り立てる流れを促進する」ですか・・・
まあ、確かにこの婦人の会の目的とやらは、共産党系ですから、自衛隊に対しては反対の立場をお持ちですし、それを主張するのはかまわないけど・・・婦人会の旦那たちは、どう思っているんだろうね。(^^;


調べたところ、この鳥取こどもまつりは、今年で29回目だそうです。
そのうち、過去に12回の参加があったそうですが、過去28年の中で、その自衛隊にこどもまつりで接した時、「かっこいい」とかの理由で、戦場に出かけていったバカな坊主は存在したのでしょうか。
そんなことを申し出る以上、最低、自衛官になっちゃった坊主はいるんだろうね? まさか、いないとか言えないだろうけど。

でも、仮にそんな子供がいたとしても、そんなの本人の選択だろうし、仮にその場で「かっこいい」と感じても、当時子供なら、入隊するまでの数年間で、いろんな見識を広げるチャンスもあったはずで、それを踏まえて、その子は自衛官になったんだろうし、どうして個人の選択を尊重できないかね。

婦人の会の旦那たち、小さいころプラモデル全盛のころ、戦車や戦闘機や戦艦を作って「かっこいい」と思わなかった? 親に、銀玉鉄砲買ってもらって、友達とバンバン撃ち合いしたこと無いの? 店先に飾ってあるライフルやら銃を見て、「かっこいいなぁ、欲しいなぁ」と思ったこと無いの?
俺の子供のころの周りには、そんなヤツが一杯いたよ、戦争ごっこだってやったし、プラモデルだって、わざわざ戦争のジオラマまで作って見せっこしてた。 でも、その中のだれも戦争になんか行っていないし、自衛隊にも入っていないけどな。
むしろ反対に、今のNGOのような話題がなかった時代に、海外青年協力隊でアフリカに行ったヤツはいたな。
普通、そんなものでしょ、子供のころにかっこいいと思っても、所詮はその程度。


まったく、子供をバカにするなよ、そんな単純なもので、将来が決定すると思っているのか? 自分が子供のころを思い出してみろよ、そんなに単純な人生を歩んできたのか?


母親と父親は、子供に対する教育、期待などは、どうしても違うらしいけど、少なくても、職業で偏見を持つような態度は、子供の教育にも良くないことぐらい分かるだろうに、そんな馬鹿げた提案を止めるよう、おかあちゃんに反対できなかったのかね。
婦人会が嫌いなのは、自衛隊と言う組織であって、自衛官と言う個人の人間じゃなかろうに。


ともかく、自衛官と言うのは、現代社会におけるひとつの立派な職業なのよ、個人の主義主張や、好き嫌いに関係なく。
そこをまず認め、そこから運動を展開しないから、この間の人質事件でも、人質のことよりも共産党は政治運動として、彼らの事件を利用し、政府を非難して撤退を主張したでしょ。
現在の、あの3人へのバッシングって、言い換えれば共産党などの、捕まった彼ら以外の日本にいた、NGOや共産党関係者のせいで起きている、そう私は思っているんだけどね。

昨年の衆議院選挙では、社民党や共産党は惨敗したけど、その理由が分からないと、今度の選挙でも同じことになるよ。
この間の比例区では、全国で共産党は得票総数の約7.65%の458万票しか集められなかった。
ちなみに、社民党は約5.23%の300万票だったけど、2つ合わせても、13%の750万票にしかならんのよ。
まあ、あと民主党の中にかなり社会系の人もいるので、まだ何とかなるし、共産党は今回のような、婦人の会のような組織票が他にもあるから、まだそんなに大きく崩れないとは思う。
でも、大きな基盤を持たない社民党は、このままでは次回の参議院選挙でも議席を落とすだろうし、共産党も浮動票をどこまで取り込めるんだろうね、反自民票が民主党に行くだけでは、共産党の存在価値はどこにあるんだろうね。


白状しておくと、私は15年前は反自民勢力として、社会党(土井さん時代)や共産党にまで投票した経験があるけど、今は個人的に、世の中にまだ社民、共産なんかに票を入れるのが700万人もいるのか、と言う方に驚いている、そこまで私の中では両党は落ちぶれているのねん。

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4 08, 2004

裁判官のパフォーマンス

ここは、やはりこれを取り上げるべきでしょう。

首相の靖国参拝は「違憲」、福岡地裁が初判断

 2001年8月13日の小泉首相の靖国神社参拝を巡り、「国の宗教的活動を禁じた憲法に違反し、信教の自由を侵害された」として、九州や山口県などの宗教関係者、在日韓国・朝鮮人ら211人が、国と小泉首相に1人10万円の慰謝料を求めた国家賠償請求訴訟の判決が7日、福岡地裁で言い渡された。

 亀川清長裁判長は、「内閣総理大臣の資格で行われた」と参拝の公的性格を認定した上で、政教分離を定めた憲法20条3項が禁止する宗教活動に当たり違憲と判断した。一方で、慰謝料請求については、賠償の対象になる不法行為とはいえないとして棄却した。

 靖国参拝を巡り、歴代首相が被告となった訴訟では、1985年当時の中曽根首相の参拝について大阪高裁が92年、「違憲の疑い」を指摘したが、明確に違憲の判断を示したのは初めて。しかし、今回の判決が地裁段階で確定した場合でも、最高裁判例と違って、他の裁判を拘束することはない。 (読売新聞)


もう少し補足しておきますか、これだけだと良くわからない部分もあるので。

まず、どの新聞も見出しが「首相の靖国神社参拝に違憲判決」とかですが、はっきり言えばこの裁判では、原告側の敗訴です。
つまり、主文「原告の請求を棄却する」ですかね、「違憲である」ではありません、あくまでも民事裁判ですから。

また判決には、主文(これは判決の結論部分)があって、これに対し判決理由(主文に至るまでの経路、理由、証拠など)があります。そして、判決理由を補う私的な見解を行う、傍論と呼ばれるものがあります。

詳しくはありませんが、傍論には法的拘束力も、判例への影響も無いそうですが、今回、違憲判断が述べられたのは、この傍論と呼ばれる部分です。

これはどういう意味があるかと言えば、判決そのものは原告の請求を棄却した時点で、国の勝訴です。
ですから、国は勝ったので控訴は出来ません。 反対に原告側は負けましたので控訴できるのですが、実際に違憲判決を出せたことで、「事実上の勝利」と言うことで控訴は行わないそうです。
敗訴なのに勝ったってのも、不思議な関係ですが、そういう意味です。

と言うわけで、今回の裁判は控訴が行われずに、判決が確定しました。
まあ判決は「原告の請求を棄却」なんですが、判決理由のしかも傍論の中で、裁判長が示した違憲判断が残るわけですね。
判決理由が不服で、控訴することって可能なのかな・・・


ちなみに、今回の判決理由を読めば、靖国神社だけでなく、伊勢神宮や厳島神社への参拝も同様に違憲となるはずです。
そのほかの、墓参や行事などへの参加は、微妙ですが、公用車を使ったり「内閣総理大臣」の肩書きなどを使って参加すれば、公人としての参加となり、やはり違憲とみなされるかもしれませんね。


基本的に、私は一国の首相が、神社などに参拝することが出来ないのはおかしいだろ? これが憲法違反であるとすれば、憲法が間違っているので改正するべき、そう思っています。
そもそも、この世に完全なる政教分離など出来るわけありません、黙祷ですら宗教上の儀礼の1つですし、参拝が問題であるなら、多くが憲法違反になるでしょう。

しかしながら、信教の自由を定めた憲法20条

◆憲法20条(信教の自由)
 〈1〉信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。
 〈2〉何人も、宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない。
 〈3〉国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

基本的に、これは変える必要は無く、適用において「宗教活動」をもっと、影響があるものだけに限定するべきではないかと。
そもそも、今回のように首相には立場上、24時間首相であり、私人としての参拝が実質上不可能な場合、参拝そのものを宗教活動を当てはめてよいものか、参拝が公人なので違憲となるのであれば、首相は参拝も出来なくなることになり、非常に疑問が残る。
また、首相は参拝すら出来ないと判断されれば、20条の信教の自由との整合性が取れなくなり、今回の判決のように、細かく適用すべきではない、そう考える。

さてさて、ここで話を元に戻すが、そもそも、政教分離が問題であるなら、先ほども言ったように、靖国神社だけでなく、伊勢神宮なども同様に訴訟が行われていなければおかしい。
しかし、実際には伊勢神宮参拝を訴えている話は聞いたことが無い。

これは、当然ながら靖国神社参拝を違法だと訴える人からは、単純に政教分離の観点だけで訴えているわけでなく、「靖国神社ゆえ」の政治的な要素が大きく絡んで訴えていることが容易に想像がつく。
これを踏まえながら、主文で原告の請求を棄却し、理由で個人の権利を保障するものではない、とすれば、後は違憲がどうかは、直接訴えとは関係ないはずである。
そして、他の裁判所では、これが理由で参拝による憲法判断までは行っておらず、これ以上の介入は (避けているの) ※裁判所では必要ないだけである。
しかし、今回の福岡地裁では、判決理由を超えて憲法判断まで行っており、一線を越えてしまったとも言える。

特に、靖国神社参拝の場合は、先ほども言ったように政治的な理由、判断により訴えられているケースが多く、これ以上の関与は禁止するべき、司法の政治的判断への介入とも取られてしまう可能性が高い。
しかも、判決では原告を敗訴として、傍論で違憲判断を下し、国が控訴できない形にしてしまい、地方裁判長の判決をそのまま国政や世論、外交にまで大きく影響を与える形で終えたのは、地方裁判所の政治的介入は、私は大問題だと思う。

ともかく、今回の福岡地裁の判決は、「国敗れて3部あり」と言われた東京地裁の藤山裁判長、自分の主観で時効を無効だと勝手に法律を変えた、新潟地裁の片野裁判長など、どうも最近みられる地方裁判官による個人パフォーマンス判決の1つかなとも思ってしまう。

地裁には、そう言った新しい風、解釈などあっても良いだろうが、あまりにも個性的なパフォーマンスは、国民全体に影響があるので、よくよく考えて欲しいですな。
言うまでもなく、私がここで「これは違憲だ」なんて叫んでも、何にも変わらず関係ありませんが、裁判長と言う役職の人間が、法廷で「違憲」と言えば、それはものすごい大きな影響を持つわけですから、そう言った当たり前のことを、もう一度自覚して欲しいです。


※ある方より、憲法判断を裁判所は「避けている」と言う書き方では、本来するべき判断を行わずに逃げている、と取られてしまうので、適切ではない、との指摘を受けました。
道理ですね、「避けている」のではなく、「憲法判断の必要がないだけ」に訂正させて頂きました。(4月12日)

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4 06, 2004

牛丼吉野家への失望

3月の既存店売り上げが、前年比で23%も落ち込んだり、牛丼に変わるメニューでは客を呼び戻せない状態が続いているので、なんとなく言いたい事はわかるのだが・・・


全頭検査は合理性欠く BSEで吉野家社長批判

吉野家ディー・アンド・シーの安部修仁社長は25日、大阪市内で開かれた「食の安全・安心フォーラム」(大阪外食産業協会など主催)で講演し、牛海綿状脳症(BSE)発見に伴う米国産牛肉の輸入禁止について「輸入再開に全頭検査が必要だとする考えは合理性を欠く」と、政府の姿勢を批判した。
 安部社長は全頭検査について「時間がかかる上、人為的なミスも起こりうるため安全が百パーセント確認できるわけではない」と指摘。
 その上で「禁輸措置は牛肉相場を上昇させ、消費者に損害を与える。自分で安全だと判断し、牛丼を食べたいという人から機会を奪うべきではない」と早期の輸入再開を訴えた。(共同通信)


この発言に、あきれてしまった人も多かろう。

飲食店経営者が、消費者の安全より自社利益を取った、こう受け取られても仕方が無いんだから。
全頭検査で、100%の安全を買えるなど、誰が思っているのだろうか。
国民が望んでいるのは、全頭検査を行うことによる、「安心」を求めているのだ。

人は健康診断を行っても、完璧に病巣を発見するのは難しい、と言う常識は知っていても、健康診断などで「異常なし」と医者から言われれば、ものすごく安心して「良かった」と喜んでしまうもの。
これも、健康診断によって「安堵」「安心」を感じているに過ぎない。

それと同様に、飲食店が気にしなければならないのは、もちろん味や価格と言った面も大事だが、衛生面も重要であろう。
どんなに消毒しても、綺麗に洗ったりしても、細菌は存在するし、環境ホルモンの蓄積などは、どんなに気を配っていても、阻止は不可能。
だけど、消費者の食の出来るだけの安全を考え、実行するのが飲食店の努めです、不可能で非科学的だからと何もやらないのであれば、それは飲食店の姿勢として正しいとは言えない。


また、日本がアメリカ産の牛肉を禁止したのは、偏にアメリカと日本の食に対するものの考え方の違いもありますし、食の安全に対する姿勢の違いもあるから。

日本でBSE感染が出たとき、全頭検査を「非科学的だ」と非難した科学者、業者、消費者がいましたか?
アメリカ国民は、本当のところどう思っているのか知らないが、日本人よりも食品に関して、特に農薬などにも無頓着だし、大量生産による遺伝子の怖さも、日本ほど感じていない気がする。
日本では、BSE感染はもちろん、農薬オレンジにも敏感でしたし、遺伝子組み換え食品にも敏感だった。

こういった事も考え、アメリカが日本に牛肉を輸出したい=お客様に商品を売りたい、と言うのであれば、輸出先の国のお客様のことをもっと勉強し、配慮し、客様の要望にこたえる努力を行うのが当たり前であろう。
日本人は全頭検査が必要だ、行えば輸入再開をする、こう言っている以上は、まずは食の安全面で客様に配慮するのが最優先だろう、過去の日米間の農作物輸入に関しても、結局はアメリカ主導で、アメリカの常識を日本に強引に持ち込んで来た気がする。 その傲慢な考え方をも、アメリカには見直してもらうためにも、安易な輸入再開はするべきではない、そう思っている。

日本を代表する食品チェーン店の社長が、冒頭の内容を恥ずかしくも無く講演するその神経、あきれました。
今までは、多少、吉野家に同情していましたが、もういいでしょう。

そもそも、BSEという病気が存在し、日本で感染例が出たとき、国内の飲食店がどれほど大ダメージを被ったか、知らないはずがありません。
その状態を知った上で、牛丼の肉をアメリカ産だけに頼っていた、アメリカでBSEが発見されたらどうなるか・・・と誰もが考えられる状況を想定せず、いざ実際に起きてしまったら慌ててしまい、売り上げが減った、困った、最後は日本政府を非難する、その危機管理の低さをどう弁解するのでしょう。
また本来なら、アメリカでBSEが発見された時点で、スーパーのように冷凍されていたアメリカ産牛肉も、安全が確認できないからと破棄するのが普通じゃないですか。
それを、在庫分全てを売りつくしてしまう、ここだけでもいい加減、その対応に危機感の無さに腹を立てたものだが、同情もあったので個人的には許していたが、愛想をつかしてしまうとは、この事だろうね。


牛丼の代わりの豚丼、食してみましたが、豚の臭みを取る野菜として、ゴボウがいいですね。
松屋のように、豚の臭み=しょうがで消す、では当たり前過ぎて、面白みがなくて、好きではありません、あれでは豚丼ではなく、しょうが焼きを注文した方がおいしいです。
こういった、現場の努力も、トップの無神経な言葉で、信用を失うものですね。
個人的には、何度も言いますが、こんな状況(アメリカから牛肉輸入禁止)になる前に、いろんな事態を想定して対策を練っておくべきでしたし、それが企業の危機管理ですから、もはや言い訳は出来ないですね。


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4 01, 2004

国民の権利は企業の免罪符じゃない

すぐにリンクが切れてしまう可能性が高いので、記事全文貼っておきますね。

週刊文春の出版禁止、東京高裁が仮処分取り消し

 元外相・田中真紀子衆院議員の長女の私生活に関する記事を掲載した「週刊文春」の出版禁止を命じた東京地裁の仮処分決定について、東京高裁は31日、発行元の文芸春秋の抗告を認め、出版禁止命令を取り消す決定をした。

 根本真裁判長は、「記事はプライバシーを侵害しているが、内容や程度からすると、事前差し止めを認めなければならないほど、重大で著しく回復困難な損害を与える恐れがあるとは言えない」と述べた。大手週刊誌への異例の発禁命令に正反対の司法判断が出たことで、「プライバシー権」と「表現の自由」の調和をどう図るか、議論が再燃しそうだ。長女側は最高裁に特別抗告する方針。

 高裁決定はまず、プライバシー侵害と事前差し止めの当否を判断する際も、名誉棄損と事前差し止めが問題となった「北方ジャーナル事件」の最高裁判決(1986年)などで示された、〈1〉公共性〈2〉公益目的〈3〉被害者に重大で著しく回復困難な損害を与える恐れがあるか――の3点で考えるのが妥当とした。

 そのうえで、「長女が将来、政治の世界に入るというのは単なる憶測で、全くの市井の一私人の私生活を報じている」と指摘。文春側の異議を退けた3月19日の東京地裁決定と同様、記事の公共性と公益目的を否定し、プライバシー侵害を認定した。

 しかし、記事の対象となった私生活自体は、「社会的に非難されたり、人格的にマイナス評価をもたらす事柄ではなく、日常生活では、どうということもなく耳にし、目にするものにすぎない」とし、被害者に与える損害は大きくないと指摘。一方、事前差し止めについては、「民主主義体制の健全な発展のため、憲法上最も尊重されなければならない『表現の自由』の重大な制約」と述べ、損害の程度と制約の弊害を比較すると、事前差し止めは認められないと判断した。

 高裁決定はまた、文春側の異議を退けた地裁決定が、「プライバシーは名誉と違って1度侵害されると回復できない」とした点を考慮しても、プライバシー侵害の内容・程度からみて、結論は変わらないとした。

 東京地裁は3月16日、出版禁止を命じる仮処分決定を出し、文春側は、販売予定77万部のうち未出荷の3万部の販売を中止するとともに、決定に異議を申し立てた。しかし、地裁は19日、「出版禁止命令は妥当」と決定、文春側が抗告していた。(読売新聞)


この問題、個人的には忌々しい。

はっきり言って、記事内容は「政治家の娘さんが、親の反対を振り切って結婚し、旦那と渡米していたが、1年で離婚して帰国していた」と言うだけの話で、出版物の差し止めが必要なほどの、重大な内容...だとは到底思えないのも事実ですね・・・・
なので、ここだけ取り上げれば、東京高裁の言い分に賛成なのです。


でも・・・以前から、この手のゴシップ記事中心の週刊誌は嫌いでしたからねぇ。


ある出来事が、事件性を持ったものや、違法行為が伴っていれば、そこにはプライバシーよりも、公益性が優先されると思います。
また、本人達が一般に向けて発表、公表、報告するものには、プライバシーの問題は無いでしょう。
しかし、芸能人や公人にはプライバシーなんて無い、と言い切ってしまうかのような取材方法や、事実の裏づけの無い噂だけの偏った報道にはうんざりです。

私は、田中真紀子の娘が純粋たる私人とはどうしても思えませんが、その娘が離婚して帰国していた、と言う記事に、どれほどの価値があるのでしょうか。 高裁が重大なプライバシーの侵害に当たらない、そう判断したのは正当だと思いますが、言い換えれば、そんな程度の意味しか持たない、事件性も違法性もなくニュースとしても価値の無い、そんなプライバシーを暴いたところで、どんな公益性があるのでしょうか。
もっと言えば、公人でも、公務に関係ない私生活部分の話に、何の公益性があるのか?
これは芸能人も同じで、誰々が夜中に密会していたとか、個人の私生活のプライバシーに優先するほどの公共性がそこにあるのか?

風が吹けば桶屋が儲かる的な繋がりは、どこかであるかも知れないが、所詮は単なる人間の野次馬根性を満たすだけの話題性しかないと思っています。

人間の興味本位を追及する記事を書かねば、食っていけない出版社のために、日本憲法があるんじゃない。
「報道の自由」「国民の知る権利」が、単なるゴシップ業界の免罪符として使われている、現状には反感を持ちます。
かと言って、最初にも言ったように、今回の記事の内容は、何の価値も公益性も無いもので、それが故に、プライバシー侵害だけを持って発行禁止に出来るものとは思えず、「忌々しい」と感じるのです。

こうなれば、プライバシー侵害であり、くだらないゴシップ記事には、民事裁判で高額な賠償金判決とか出して、業界に自制を求めるしかないかな。
こんな田中真紀子の娘が離婚したと言う、くだらない記事でプライバシーまで侵害したものは、従来なら30万円とか多くて100万円ほどの賠償金でしょうけど、5千万円、1億円とか高額な賠償をさせれば、記事を掲載する出版会社も記事には慎重になるんじゃないかな。

もっとも、ある記事にどれほどの価値があるのかは、個人の主観で違うだろうから、一概に判断するのは難しいだろうけどね。

(※ 東京高裁で、出版差し止め仮処分取り消しになったので、記事の内容をはっきり書きました。 最高裁でまた禁止になれば、伏字にさえてもらいます)

(※ 2004年4月2日加筆修正)

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