5 20, 2007

何度、同じ過ちを繰り返せば気づくのか・・・2


4月29日のこのブログ記事で、

何度、同じ過ちを繰り返せば気づくのか・・・を書いたが、フレディさんと仰る方からコメントを頂きました。

大変面白い話で、つい長い返事となりましたので、折角なのでこちらでコメントをお返しします。



改めましてよろしくお願いします。

前回日本とドイツでは戦後処理及び歴史認識が違うと言うことを改めて思いました。

>だから、ユダヤ人には補償を徹底的に行う反面、国家間の平和条約に関しては東西に別れてしまった事も原因だけど、あまり結べていないのが現状です。そして、国家間の補償問題に関してはドイツは終わっていません。
 確かにそうかも知れませんね。知っての通りドイツは戦後東西に分かれて独立しました。すぐナチス犯罪を謝罪したのは西ドイツであり、逆に東ドイツは自分たちはナチスと戦った共産主義者だとして長くナチス犯罪を謝罪しませんでした。その為か旧東西ドイツ間でナチス犯罪に対する認識の違いもあるからかそうなんでしょうね。

 さて前のコメントでも少し触れましたが、慰安婦問題で日本を非難する韓国や中国を見てそうですが、かつてTBSで放送されていた「ここがヘンだよ日本人」の中で西アフリカのベナン出身のゾマホン・ルフィン氏が言っていたことが絡みますが、歴史認識問題で怒れる中国や韓国に対し、怒れないアフリカ諸国の違いであります。

「人間の歴史の中で素晴らしいことをしたのは日本ですよ。日本は韓国に対して35年、それに対しヨーロッパは400年の奴隷貿易と300年の植民地政策をしたが、一度も謝ったことがない」
と日本が韓国に過去の植民地支配を謝罪したことを褒めてました。また、ヨーロッパがアフリカに対し植民地政策を謝罪どころか反省しないことと比較し日本は素晴らしいと褒め、中国人や韓国人と激論しました。
 確かにアフリカ人からすれば歴史の中で植民地支配した国家で唯一謝罪した日本は素晴らしいと思ったのでしょう。今年3月イギリスのブレア首相が奴隷貿易廃止200年になる節目にアフリカやカリブ海諸国に対し「深い悔恨の念」を示しましたが、謝罪には応じませんでした。ガーナの大統領と会談したときに奴隷貿易に対する謝罪を要求されましたが、曖昧な返事だった為教会関係者や人権団体から反発を浴びました。
 曖昧な返事で向こうをかえって怒らせる結果になるのはイギリスも日本同様だなと私は思いました。中国や韓国は国力があるから怒れますが、アフリカ諸国は未だに植民地政策の負の遺産を引きずって進展せず経済がほぼ破綻し国力が無いに等しいからでしょうね。
 2005年に中国で大規模な反日デモが起こったときイギリスのあるメディアは「日本は過去の歴史と向き合うべきだ」と社説を出しましたが。私からすれば「どの面下げて言ってんだ。あなたたちイギリスはインドやアフリカを植民地支配し、それらの国々に一度も謝罪も補償も反省もしてないじゃないか。それらをひた隠して他国を非難する資格をイギリスにはない!(フランスやアメリカも同じ)」と思いました。

 つまり、中国や韓国とアフリカ諸国とでは比較にならない程の温度差があるんでしょうね。
 日本が謝罪する相手は韓国や中国、フィリピンなどですが、イギリスは前述のインドやアフリカ諸国(イギリスが植民地支配した国家はガーナ、ナイジェリア、ケニア、南アフリカなど)、カリブ海諸国、さらには隣国であるアイルランドなどと多いですね(イギリスがアイルランドに対して行ったことは日本の韓国併合と同じかも知れませんが)。

>イギリスやフランス、スペインやポルトガル、アメリカなどなど、大国と呼ばれている国々は謝罪した事は一度もありませんので、イギリスが正式に謝罪をするのは難しいと思いますね。
 そうかも知れません。イギリス国内でも奴隷貿易に対する認識及び謝罪の是非も世論は大きく分かれてますからね。

 私からすれば歴史認識問題と言うのは日本だけのものではないと言うことです。日本と中国、韓国、アジア諸国、ドイツとポーランド、イスラエル、イギリス、フランスとアフリカ諸国と言うように歴史認識問題はどの国にもあるわけです。

 最後になりますが、当初のテーマから大きく反れてしまいました。どうもすみません。ただ結論からすればどの国にも歴史認識問題はあると言うことですね。


投稿 フレディ | 5 19, 2007 15:50



>>かつてTBSで放送されていた「ここがヘンだよ日本人」の中で

ええ、これは3年ほど前にこのブログでも取り上げました。

中韓が求める謝罪はなに?

彼らは、日本は一貫した歴史認識を持たないとか、内閣が替われば言葉も変わるとか言っているけど・・・

中国は、共産党しか知らない世代が多く、各種多様化された政治家の存在、同じ党に属していてもみんなが同じ考えを持っていない事が理解出来ないのでしょうか。
いや、4千年に渡る彼らの国の歴史そのものが、立場によって歴史認識は多様化する事を証明しているのですから、それはあり得ません。
ですから要は、中国政府は日本に対する外交上、経済面などあらゆる立場で牽制と圧力を掛けてきているだけであり、中国国民は政府に感情をコントロールされているだけなんですよね。

また、韓国も基本的に同じですが、あそこはさらに激しい感情が、国や国民をも支配している気がしますね。
この間も、個人の財産を没収する親日法案みたいなのが平然とまかり通る国であり、事後法と言う言葉すら通じない国は、民主国家では珍しいですね。

まあ、彼らに対しては、あまり意識しても仕方がないってのが、このブログでの私の結論なんですけど。(笑)


 

>>インドやアフリカを植民地支配し、それらの国々に一度も謝罪も補償も反省もしてないじゃないか。それらをひた隠して他国を非難する資格をイギリスにはない!(フランスやアメリカも同じ)」と思いました。

まあ、マスコミやメディアってのは自分の都合の悪いことは無視するのに、他人の行為に関して厳しいのは、何も日本だけではないですからね。(笑)
それに、歴史認識を統一すべきとは思わないけど、隣接国なら表面上のものから水面下のものまで含めれば、それこそ数え切れないほどのいろんな事情が存在するはずなのに、二国間のもめ事を記事にするのに、あまりにも勉強不足というか、安易に片方に立った意見になってしまうのは、これはもはやマスコミの報道姿勢の問題だと思いますね。


これは単に、イギリスやフランスが、奢りのようなものが、結局はマスコミの間にもあるって話かも知れません。
そもそも、イギリスやフランスなど、歴史上で過去にどれほどの交錯を積み重ねて来たのか、想像に難くありませんが、それをアジアの1国が、表層的な部分で知ったつもりになり、片方の立場に立って批判すれば、自分達ならばどう思うでしょうね、烈火の如く怒ると思いますけど、彼らはそんな事すら想像できないほど、自己中心なんですな。


 

>>つまり、中国や韓国とアフリカ諸国とでは比較にならない程の温度差があるんでしょうね。

奴隷貿易なども含めて、過去の植民地時代には負の遺産と言うか、歴史的に振り返れば、数多くの問題は存在しますね。

難しい話だと思うのですが、そもそも歴史や過去ってのは精算出来るものなんでしょうか?
私は、過去はどんなに謝罪の言葉を並べても、どんなにお金を積んでも、結局は被害を受けた側と加害した側が存在する限り、解決する事は無いと思っております。
また、人間の恨みと言うものも、人間自身が持つ本能がある限り、精算は難しいと考えております。
海を隔てた、日中、日朝の間でも数多くの歴史上の問題が存在しますが、その1つ1つに対し、お互いが言い合っては健全な外交など結べませんよね。


仰るように、先ほどの「ここがヘンだよ日本人」でのゾマホンの発言でも分かりますが、温度差はあります。
確かに、植民地にされ奴隷にされたアフリカには当時は、どの国も謝罪すら無かったのに対し、日本はアジアに対し謝罪もしていればいろんな形で経済支援も行っていますので、それを見て「何と羨ましい」と思った故の発言だったのかも知れません。

しかし、結局はこれは人間の性を表していて、人間というものは本来、1つの事が解決し、現状に慣れてくると次のステップを要求する動物です。
これは、重いテーマだけでなく、身近な恋人同士でも、例えば毎日花束を買ってくれる彼氏には、最初は感激するかも知れない、だけど、そのうち慣れてくると花束だけでなく、他の物が欲しくなるものではないですかね?
また話は逸れますが、いつも優しい人より、たまに優しいひとの方が、感激されるとか。(笑)


話を戻して、つまりゾマホンも今は、日本は欧米諸国に比べて立派だと感じていても、もし欧米が謝罪など行えば、最初は満足でも何れは不満が出てくる気はしますけど。


謝罪するのは簡単だと思いますが、謝罪するだけで解決は出来ませんし、本当の意味では被害者は謝罪など求めてはいないのかも知れない、そんな気はします。
これは例えば、身内を殺された被害者が、犯人から謝罪されたからと、すぐに気持ちを整理出来たり、許したり出来ないのと同じ事かも知れません。・・・もっとも、だからと言って犯人の謝罪は不要だとは思いませんけどね

まあ、こんな事を言いきってしまうのも何ですが、時間でしか解決できないものはあります、また時間で修復した関係を継続させるためには、お互いがをお互いを尊重し合うことでしか、成立しないと考えます。
ちょっと自分の言いたいことが上手く言えませんが。


 

>>私からすれば歴史認識問題と言うのは日本だけのものではないと言うことです。

仰るとおりですね。
もっとミクロで見ても、先ほども少し言いましたが、国や地域や立場で、同じ歴史の事件でも、受け止め方がそもそも違います。
日本国内も、つい最近になってやっと萩と、会津若松が仲直りしたとか、数年前に織田信長の子孫と明智光秀の子孫が、420年以上経過してお互いに握手したとか、そんな話はゴロゴロあります。


 
もっとも、やはりアジア・・・特に東アジアは歴史認識に関しては、他国と違って少し異常ですよね。
韓国や中国の教科書を見ても分かるように、歴史の教科書は国定教科書でたった1つのみで、彼らは歴史認識も1つしかないと言う立場であり、韓国などは日本に対し、歴史認識を統一しようと口出しして来る始末です。
日韓の歴史認識をすりあわせて、お互いの歴史観を調べることには意義があるとは思いますが、彼らにとって歴史は1つしかないのであれば、日本の立場で見た歴史認識はそれは捏造に見えるはずです。
(日本でも、市民団体と称する怪しいグループが、作る会の教科書をバッシングしておりますが、彼らもまた多様化した価値観を許さない、中国や韓国のような思想の持ち主だと分かりますね)


私もテーマが大きく逸脱してしまい、最後は自分で何が言いたかったのか、上手くまとめることが出来ませんでした。(笑)

これに懲りずにまた遊びに来てください。


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1 22, 2006

挨拶の言葉

驚くような話をみかけた・・・

「いただきます」「ごちそうさま」「ご苦労様」「ありがとうございました」

日本には挨拶の言葉が数多くありますが、母親という立場の人間が、これほど無知で思慮が足らない人間だと言う点に、非常に悲しく思いますね。
分別の付かない子供がこんな事を言ったのであれば、まだ救いようがあるですが・・・





考:「いただきます」って言ってますか? 「給食や外食では不要」ラジオで大論争

 TBSラジオ「永六輔その新世界」(土曜朝8時半~、放送エリア・関東1都6県)で昨秋、「いただきます」を巡る話題が沸騰した。きっかけは「給食費を払っているから、子どもにいただきますと言わせないで、と学校に申し入れた母親がいた」という手紙だ。番組でのやり取りを参考に、改めて「いただきます」を考える。【文・遠藤和行、写真・米田堅持】


 ◇「私の場合」を募集


 手紙は東京都内の男性から寄せられ、永六輔さん(72)が「びっくりする手紙です」と、次のように紹介した。


 《ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と》


 番組には数十通の反響があり、多くは申し入れに否定的だった。あるリスナーは「私は店で料理を持ってきてもらった時『いただきます』と言うし、支払いの時は『ごちそうさま』と言います。立ち食いそばなど作り手の顔が見える時は気持ちよく、よりおいしくなります」と寄せた。


 一方、母親のような考え方は必ずしも珍しくないことを示す経験談もあった。「食堂で『いただきます』『ごちそうさま』と言ったら、隣のおばさんに『何で』と言われた。『作っている人に感謝している』と答えたら『お金を払っているのだから、店がお客に感謝すべきだ』と言われた」との内容だ。


 また、申し入れを支持する手紙も数通あった。学校で「いただきます」を言う際、手を合わせることに「宗教的行為だ」、と疑問を投げかける人もいるという。


 永さんは、中華料理店を営む友人の話を紹介した。その友人は「いただきます」と聞くとうれしいから、お客さんの「いただきます」の声が聞こえたら、デザートを無料で出すサービスをした。後日、永さんがサービスを後悔していないかと尋ねたところ「大丈夫です。そんなにいませんから」と言われたという。


毎日新聞 2006年1月21日 東京朝刊

この記事だけでは、この母親がどのような考え、経緯を持ってこのような申し入れを行ったのか見えにくいのだが、お金を払っていれば「いただきます」は言わなくて良いだろうと言う考えは、どうみても「いただきます」を「食べる」の謙譲語である「いただく」から来た言葉そ、店側(料理人)に対してだけの言葉として捉えているのだろう。

だから、こちらはカネを払っているからお客様で、お客が店に「食べさせていただきます」という理屈はおかしい、と言う結論を自己脳内で持ってしまったんだと思うのだが・・・
小学生の母親と言うことは、20歳後半から40歳前半の可能性が大きいだろうか。

どのみち、子供を持つ親が「いただきます」という言葉の挨拶に関して、この程度の認識しか持てず、しかも言葉を持つ意味や経緯を自分で考えようとはせずに、一方的に学校に申し立てる辺り、この女性の人間性というよりも、この子供の将来が怖く思います。

 
私も、小さい子供を持つ親として、この母親と関係ない年齢とは言えず、気になります。
ただ振り返れば、私は学校と言うよりは、この辺りは家庭、主に母親に教わった気がする。
つまり、父は無口であったがゆえ、母が生活習慣などには口うるさかったが、私にいろいろ教えてくれた。

お茶碗にご飯粒1つでも残そう物なら、厳しく私は叱られた。
米を作る農家の人に感謝しなさい、稲を育ててくれた、大地に感謝しなさい、恵みを与えた日の光や雨に感謝しなさい。
世界では飢えで無くなる人が多く、昔は日本も食べるものがなく、栄養失調になった子供が随分といた、だから食べるもの1つを取っても、あらゆるものに感謝して、食べなさい。
感謝が出来ない人間が、他人に感謝されるような事が出来るはずがない。
などと、口を酸っぱくして言われましたな。

子供心には、言われたときは「また五月蠅い事を言っている、米粒1つで大袈裟な」とか聞き流していたものだが(笑)、そのような親の五月蠅い言葉は、自分が大きくなって理解出来る言葉が多く、親が如何に子供に、口うるさい言葉を繰り返して聞かせていたか、自分が五月蠅いと感じていたので、子供には言わないなどの、愚かな親になっていないか、親となった今は、そこが気になります。
五月蠅い言葉でも、きちんと伝えているかどうかで、その子供が親になった時の常識が育つのだと思う。


 
この記事にも書かれているが、母親のような考え方は必ずしも珍しくない例として、食堂で「いただきます」と言ったら、「なぜ」と返ってきたそうだが、そのような考え方が増えているとするなら、もはや「家庭」による躾、教育はどこに消えたのだろうかと言う想いです。

確かに、この食堂の話の場合、「作っている人に感謝している」では、やや説明が不十分だか、お金を払っているから、こちらが感謝されるべきだ、いただきますなど言う必要がないという、一方的な視点が、まさにその人間の器を示すようなもので、これがあるから「勝ち組」「負け組」などと平気で口に出きるのだろうと思う。
お金を払っていても、料理を作ってくれてありがとう、食べ終わったあとも、美味しかったです、と感謝の示す事のどこが不思議なのだろうか、仕事への対価はお金で支払うが、相手の誠意は、こちらも誠意でもって返すものだろう、何事もお金で払って済むというのは、バブル以降の日本人の悪癖となったようだ。


挨拶の根底には、「いただきます」「ごちそうさま」には、あらゆるものへの感謝が込められており、「おはよう」「おやすみ」には家族への敬愛の感謝が込められている事を、自分達の子供に伝え、また自分が年齢を重ねた大人であるなら、今一歩、挨拶について深く考えて欲しいものですな。


 
最後に、手を合わせることに「宗教的行為だ」と言う意見に対しては、確かに強制はよくないが、相手への敬意を示す態度として、古来よりどのような態度があるか。
そこは宗教とは別として、相手に礼を尽くす行為として、会釈、一揖、敬礼、叩首、拝礼などいろいろあるが、その中で一揖を行うのもあながち「宗教」とは言えないと考える。
神社や寺に参拝した時に、二礼、二拍、一拝を想像して、宗教行為と見てしまうのであれば、あまりにも狭い心ではないかと思う。

つまらない型に拘る前に、まずは挨拶の意味と、その感謝の心を育むような事を目指すのが先決であることは、自明の理であろう。

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8 26, 2005

自信がないからだな! って、あんた(笑)

少し陳腐なセリフだよね。

まあ、不利な選挙戦を挽回する為には、党首はいろいろ大変ですな(笑)

自民、党首討論を拒否 「逃げるな」と民主反発

 小泉純一郎首相は25日夜、民主党が求めた岡田克也代表との党首討論について「政党は民主党だけじゃない。他の党に失礼でしょ」と、一対一の討論には応じない考えを強調した。
 武部勤自民党幹事長も記者会見で「衆院選の直前に自民と民主だけで党首討論を行うのは他の政党に公平でない」と、拒否する考えを示した。同時に、与野党全党が参加する、29日の日本記者クラブでの党首討論に触れ「その場を活用して存分に論争を展開することが可能だ」とした。
 これに対し、岡田代表は25日夜、千葉県松戸市内で「本当に国民のことを考えているのなら、ちゃんと国民の前で議論しろと言いたい。討論を受けないのは自信がないからだ」と批判。自民党が討論拒否の理由に「他政党との機会均等」を挙げていることには「比例代表では昨年の参院選、一昨年の衆院選で(自民党に)勝っている民主党に対し、形式的な理由で逃げるのはやめてほしい」と反論した。

(共同通信) - 8月25日21時49分更新

現時点で、選挙戦が優勢なのは小泉さんの方だよね、各社の支持率などをみても分かるけど。
でまあ、野党の親分としては、不利な戦いの中でも、何とか挽回せねばならんので、いろいろ手を打つんだろうけど、空しいね。

これを読んで、連想したのは・・・

敵に囲まれた武将が、敵の大将に「一騎打ちしろ、自信があるなら応じられるはずだ」と叫んでいるようなものだね。
もちろん囲んでいる方は、そのままで勝てるのに、わざわざ応じる必要などどこにも無い。
そうすると、一方的に「自信が無い臆病者だ」とか叫んで、悔しがっている図が浮かぶんだけど。(笑)

と思っていたら、誰かが「関ヶ原で家康に負けた三成が、家康に一騎打ちに応じろと言っているようなもの」と書いてるのを見つけて、すごく納得。(笑)
小泉さんと岡田さんでは、関ヶ原で敗れた家康と三成、など、そこまで酷くないだろうが、要求自体は同じようなものだね。


選挙と言えども、選挙戦というぐらいで、イクサだからね。
民主党が影が薄いので、「卑怯者ぉ」と叫ぶしか出来ないのが笑える、一角の将ならば、戦略で勝つ工夫をしろよ。
完全に小泉に戦略でも戦術でも遅れを取っておいて、そんで一発逆転を狙った「一騎打ちしろ」を拒否されて、負け惜しみ言っていると、惨めになるだけだぞ。


>>昨年の参院選、一昨年の衆院選で(自民党に)勝っている民主党に対し

今回の選挙で、民主党に入れたくない最大の理由がここね。
民主党の力で自民党に勝ったと勘違いしてやがる。
私も、岡田が言った衆議院、参議院の選挙には、民主に投票したよ、でもそれは民主党に賛同したからではなく、2大政党の対抗勢力として成長して欲しいから投票したまでのこと。

反自民の得票が流れた・・・棚ぼた得票もかなりあったはずなのに、自分達の実力で勝ったと勘違いして、何も変わろうとしていない民主党には、今回はさすがにソッポを向く、それが最大の理由かな。
相手を批判する前に、まず己を知っておけよ。


>>形式的な理由で逃げるのはやめてほしい

(笑)
岡田さん、ポイント高すぎ。(笑)

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5 15, 2005

日本人は自分の国の歴史を知ろうよ -3-

4月19日付けの「日本人は自分の国の歴史を知ろうよ」にjupenさんよりコメント頂きました。
大先輩のご意見、有り難く受けさせて頂きます、本当にどうもありがとうございました。

長文になりましたので、コメントの量を越えたと、個人的に判断しましたので、こちらに書かせて頂きます。



>>中・高で古代のことはいろいろ習っても、現代史を習った記憶がありません。
>>何年に何があったというだけでなく、その背景を語らなければ歴史は教えられないわけですから、今にして思えば、イデオロギー的対立が今よりも強かった時代には、先生達も現代史を教えたくなかったのだろうな、という気がします。

教育と言う意味では、私はjupenさんよりもかなり後輩ですが、それでも現代史はそれほど丁寧に教わった記憶はありません。
また、受験でも重要な時代ではなく、疎かになっていた部分はあると思います。
しかし、そのような状態であっても、正直な話し、ブログでは何度も書いておりますが、非常に若かった、青かった意見の持ち主でした、早い話、社民、共産と近く、今と180度ぐらい違いましたね(笑)

丁寧に教わらなくとも、教科書に書かれている内容や、情報の一方通行である(朝日)新聞など記事により、自然に身に付いていったのでしょう。


 

若輩の私が、今更、大先輩に講釈するような事を書くのは、非常に失礼な話しだとお思いになると思いますが、とりあえず私の認識を整理させて頂くと言うことで、勘弁願います。

私は、歴史とは流れていく中で、物事が形成されていくもので、当然そこにはいろんな考えが混在しますが、はっきりしているコトは、多く結果が1つの理由により、歴史の流れが一人の責任により成立している、そんな事実は無いと言う事ですね。(私はヒトラーの犯した犯罪もまた、ヒトラーだけの責任ではなく、彼を選んだ国民、彼を生み出した時代、そしてそんな時代を作った原因など考えれば、安易な結果にはならないと考えます)


ですから、歴史認識に関しても、総論を各人がどのように思うか、判断するかは、本当に自由だと思うし、いろんな考えがあって然るべき話しだと思っております。
問題は、1つの面だけでなく、いろんな面から物事を見る、知る、考える事が大事かなと。
そして、国民がきちんと、興味を持って知る、学ぶべきだと思うんです。

日本は中国や韓国と違い、学習をする事を阻害する要素はなく、国民が自由にいろんな資料に目を通せる環境にあります。
せっかくそのような環境にあるのですから、単に、日本の歴史を正しく「教える」という受け身の話しだけでなく、国民の方でも、自分達の国の歴史を知ろうとする、国民としての心構え、意欲をきちんと持つべき、そう思っているのです。


確かに、日本国自身が、戦争責任を明確にして来なかった、戦争について総括をして来なかった、と言う反省はありますが、同時に、今更そんな後ろ向きな話しばかりをしても、仕方がないので、今となっては、日本国民の一人一人が、戦争責任について考え、総括をして、自分の確固たる考えを持つ、それが大事であろう、そうすることが最低限、戦争を起こした側の責任でもあろう、そう考えます。


ちょっと抽象的な表現が多くなり、何を言いたいのか、うまくまとめられず、長文になってしまいました、すみません。
また、ご意見をお聞かせ下さい。


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5 12, 2005

360分待ち? 本当に、並ぶヤツがいるのかっ!?

ゴールデンウィークで、万博に行って、散々な目にあった事は、前回「博覧会協会の押しつけ万博」で書きました。

実は・・・その日は名古屋に泊まり、翌日、名古屋のポケパークにも行きました。

http://www.pokepark.jp/

ポケパークとは、万博のサテライト事業で、子供達に大人気のポケットモンスターのキャラクタを扱った遊園地です。
万博と同じ期間しかやっていない、短期間遊園地なのですが、テレビでも宣伝している事もあって、うちの子供も連れて行けと、非常に五月蠅く、正直に白状すると、今回の名古屋旅行は、万博に行くことよりも、ポケパークに子供を連れて行く事、これが1番の目的でした。
まあ、万博はそのついでですね。(笑)


ところが、ここは万博よりも、さらに混雑が酷かった。
あのひろ~い万博会場に、6万とかしか入らない日もありますが、もの凄い狭い遊園地なのに、6万人もの入った事があるそうな。
万博は面目丸つぶれですね、万博会場の半分ほどポケパークに開放していれば、今頃連日、万博も大賑わいだったでしょうね。(笑)
何でも、5月3日に万博は入場者数が300万人になったそうですが、万博のメーン会場である長久手会場は、158ヘクタールもあるそうです。
一方のポケパークは、万博サテライト事業の12万平方メートルの敷地に、半分ぐらいでしょうか、スペースを使って遊園地があるので、実質1/26程度の広さで、5月2日に入場者数が100万人を越えたそうな。(笑)
アトラクションの数も、12種類しか無いのねん。(笑)


 
でも、実際、混雑は酷かった。

ポケパークの会場に着いたのが、午前9時過ぎでしたが、駐車場は既にいっぱいで、会場から1kmほど離れた、名古屋市内のコインパークに、やっと空きを見つけて、駐車したぐらい。
入場するに、なんと3時間以上の待ちでした・・・実際に園内に入れたのが、正午を回った12時半過ぎ。

デジカメには撮ったんだけど、画像をパソコンに取り込んでいないので、UP出来ないのが残念ですが、私が入園出来た午後1時ぐらいの、各アトラクションの待ち時間を、うろ覚えですがざっと書いておきます。

おどるポケモンミニツアー 120~150分
ルギアのくるくるシップ   90~120分
アルトマーレの観光船   120~160分
バトルコースター裂空   160~200分
ポケモンメリーゴーランド 150~180分
ポケモン星空トリップ   120~150分
ミズゴロウのスプラッシュアドベンチャー 220~270分
ピカチュウの森      150~180分
ピチューBros.のわんぱくトレイン 120~150分
ポケモンわくわくサファリ 300~360分

何度かぐるぐる回って、少しでも待ち時間が短いものを探しましたので、記憶がごっちゃになっているものもあるかも知れません。
あと、大観覧車の待ち時間と、もう1つのアトラクションの待ち時間も忘れてしまいました。

こちらも万博と同じかな。

一番待ち時間の短い「ルギアのくるくるシップ」(コーヒーカップ)に並び、「ポケモン星空トリップ」に並んで乗せてやっただけ。
これで、もう夕方5時ぐらいだもん。(笑)
子供は、ポケパークに来る前から、レックーザのジェットコース(3時間待ち)と、ミズゴロウのスプラシュ(4時間待ち)と、わくわくサファリ(5時間待ち)に乗るんだ、と楽しみに来ていましたが、さすがに人気アトラクションは、どれも乗れませんでした。(^^;>
だってねぇ、3つとも並んだら、それだけで12時間待ちよ、朝9時開園と同時に入って、夜9時の閉園まで、並びまくってもこの3つだけがギリギリ、とても並ぶのはムリ。(笑)
前日、万博で並ぶための体力を使い果たしているし。


 
もっとも、同じ混雑にしても、ポケパークの方は、そんなに頭に来なかった。
理由は明白なんです、料金の差、ただそれだけ。

ポケパークは万博とは違い、入場料は無料なんです。
乗り物毎に料金を支払う方式なので、大人が何人も入園しても、子供だけで乗り物に乗るなら、その分の料金だけで済みます。
これなら、混雑して、たったの1つしか乗れなくとも、料金も1つだけで済むので、お金のムダとは感じません。

ところが万博は、混雑で見られなかった人にも、同じ料金を、しかもどう見ても高めの料金を支払わされますから、混雑して、見て回れるパビリオンなどが少なくなれば、行く気が萎えますし、私のように行った人は、入場料を2万円も使って3つしか見られなかったのは、ボッタクリバーに合ったような気分になって、お金がムダだったと怒るしか無いでしょ。


 
まあ、6ヘクタールほどの敷地しかないのに、一方は100万人も集めて、26~7倍もの敷地面積を誇りながら、たったの3倍の300万人しか集められない、博覧会協会はよ~く考えるべきでしょうな。

 

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5 10, 2005

博覧会協会の押しつけ万博

今年のゴールデンウィークは、混雑することが覚悟の上で、家族サービスのタメに愛知の万博に行って来ました。
私も、大阪万博は小学生の低学年でしたが、親に連れて行ったもらった思い出があるので、自分の子供にも、思い出を残すためにも連れて行きました。

掛かった費用ですが、まず、入場料です。
大人4,600円、中学生2,500円、5歳児が1,500円、70歳の義母は3,700円、全部で16,900円。
これに、混雑するからと、遠くに止めさせるくせに、駐車場がなんとディズニーリゾートよりも高い3,000円。
これには驚きました、何でも混雑を避けるために、パーク&ライド方式と言うそうなんですが、会場からさらに高速で20分も掛かる場所に駐車させて、その駐車料金が3,000円ですもの。
ディズニーリゾートは、隣接した駐車場に2,000円
公式ホームページには、民間の駐車場の紹介もナシ、万博にマイカーで行くヤツも、お金を協会に落とせ、そう言わんばかり。(笑)

さらに私の場合、東京から行きましたので、高速料金は東京ICから三好ICまで、往復で13,800円。
大体、私の家から三好の駐車場まで、往復で700km程度。
GW中の移動で、高速走行とは言え、東名で10km以上の渋滞も何カ所かありましたので、平均10Km/リッターとして、70リットルのガソリンが必要だった計算になり、5月でレギュラーガソリンが120円/リッターだったとして、8,400円のガソリン代。
高速料金+ガソリン代で22,200円

入場者が少ないと気にされていた、東京方面から万博に行くと、42,000円掛かります。


 

私が行ったのは5月3日ですので、最高入場者数14万人を記録した、2日間のうちの1日目でした。

テレビの報道で、万博入場者数が博覧会協会の予想人数よりも少ない、入場者の多くが地元名古屋以外だと、関西方面が多く、東日本からの入場者が少ないと、ヤキモキしているらしい、そんな情報を知っていましたので、東京からわざわざ出かけ、少しは協力したかな、と言うつもりでした。(笑)


ところが、本日このような記事を目にしました。

愛知万博、GW入場者は98万人どまり

 愛・地球博(愛知万博)の8日の入場者数は7万8465人で、大型連休10日間(4月29日~5月8日)の入場者累計は約98万人にとどまり、博覧会協会が想定していた120万人を下回った。

 連休前半の入場者は、雨だった1日を除き連日10万人を超え、3、4の両日は14万人台に達したが、5日は好天にもかかわらず一気に6万8340人に落ち込んだ。

 協会は「3、4日の混雑具合をみて、来場を控えた人が多かった。これほど混雑情報に敏感に反応するとは考えていなかった」と驚いている。

(読売新聞) - 5月9日3時3分更新


へぇ、博覧会協会が想定していたのは120万人だったの?
ならば、1日の平均入場者数を12万人だと想定していたわけですね。

私が出かけた日は、14万人の入場者がいましたが、やや想定数よりも多いわけですが、ほとんど私が行った日の万博が、博覧協会が考える万博の姿なんですね。


banpaku

私の場合、西ゲートから入りましたが、目の前に日本ゾーンが入ります。
長久手日本館・・・150分待ち
大地の塔・・・・・140分待ち

いきなり、2時間を超える行列が歓迎してくれました。(笑)

ただ、35年前の万博では、アメリカ館の「月の石」に並びましたが、今回はやはり「冷凍マンモス」がメインでしょう。
グローバル・ハウスをめざし、マンモスラボを見るための整理券の列に並びます。
約120分並んで、やっと整理券をゲット。

万博では、入場券1枚につき、整理券を1枚渡してくれるのではなく、一人につき、1枚しか渡してくれないので、入場する全員で整理券をもらう必要があります。
これは厳しい。
25度にもなった炎天下で、70歳の義母を並ばせるわけにも行かず、日陰で座らせて休憩させ、子供は母親と一緒にべつの場所に遊びに行かせ(外国パビリオンは比較的空いていると聞いたので)、私はずっと並びっぱなし。
そろそろ配布時間が近づくと、電話で家族全員を呼集。
一人だけ並んでいたところ、整理券を貰う段階で、母親+子供2人+義母が割り込んで入って来るので、後ろの人が少しむかついているのが分かりましたが、しゃーない、そんなシステムにしている万博に文句を言えと、こちらも逆ギレ状態。(笑)


さて、家族で4万円も使って来ているので、メイとサツキの家の予約をしているわけでもあるまいし、わざわざ森林体感ゾーンなど行く意味がないし、子供は喜ぶかも知れないが、大人もいるんだし、遊園地のような遊びと参加ゾーンにも行くのももったいないので、行くとすれば企業パビリオンでしょう、と言うことで行ってみた。

どのパビリオンを見ても、120分待ち、150分待ちなどの数字が並ぶ。
その中で、ワンダーサーカス電力館が、100分待ちで、今まで見た中では一番待ち時間が少ない。
恐ろしいもので、100分待ちで、「おっ、ここは少ない」と喜んでしまうほど、感覚がマヒしちゃているんですね。(笑)

その中で、日立館に行くと遠目に「220」と言う数字が見えた。
「おお、日立も2時間20分待ちかぁ、でもなぜここだけ時間で待ち時間を書いているんだろ?」と思って近くに寄れば・・・2時間20分ではなく、220分待ちの表示だった、よっ、4時間待ち???
何でも、近くの人の言うことには、最高300分待ちがあったとか・・・5時間!!


 

結局、母親と子供は、父親が整理券に並んでいる間に、外国のパビリオンを2つ見たそうですが、私は、マンモスの他は回れたパビリオンの数は、たったの3つだけ。
4万円も払って3つしか見れず、おまけに私が見たもので印象に一番残っているのは、人・人・人の行列のみ。


 

東日本からの入場者が少ないって!?

ざけんじゃねぇ!
4万円も払って、8時間も並んで、回ったパビリオンが3+1だけ、こんな万博に誰が行きたいと思う?
東京の人間ならディズニーランドへは、半分ほどの金額で行けるぞ、同じ混雑しているなら、ディズニーランドに行くだろ。


博覧会協会が想定していた120万人を下回ったって!?

ざけんじゃねぇ!!
お前らは、1つのパビリオンに2時間も3時間も(日立館は5時間だっけ?)並ばせるような、そんな万博を目指して作って来たのか?
想定の範囲内ですとは、ホエリエモンの流行語だが、1日12万人を想定していたとは、老人や子供が何時間も並んでも想定の範囲内と言うことで、並ばせて当然、そんな思いで作ったわけなのか?


ほんと、ハード面では35年前の大阪万博から比べて、歴然とした進歩があったけど、ソフト面(大会運営など)35年前からちっとも、何も進歩していないじゃないか。
万博会場内にある飲食店の領域はバカ高いので、自販機かコンビニでしか怖くて買い物が出来ないのも、運営がマズイ事を物語っているしね。

まずは、誰のための、何のための万博なんでしょうね。
それがもっとはっきりすれば、入場客も増える気はしますね。


あと、貴賓が視察しに来たとき、どうせ待ち時間0で、優先的に見せているんでしょうけど、万博の本来の姿を見せるのであれば、きちんと2時間ほど、炎天下で並んで頂いてから見せた方が、本当の万博の姿を見られますよ。
まあ、バカにするのもいい加減にしなさい、万博に行ってそんな気分でした。


 

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4 03, 2005

朝日新聞はやはり面白い

一時期、止めていたのだが、4月からまた朝日新聞を購読始めた。
相変わらずの部分はあるが、このような朝日新聞の記事を読むことも大事で、やはり偏った(自分が納得する)記事だけ読んでいては、自分の立場を明確に置けないと思い、記事を読んでいます。

その中で、市民の声なのか、ある団体の考えなのか、私には分からないけど、面白いのはオピニオンで掲載されている「声」の欄です、ここは以前から怪しい意見が多く、私のお気に入りの場所でした。(笑)


今日は、久しぶりに購読を始めた記念として(笑)、かなり「朝日新聞の立場(意見)を代弁してくれる市民の声」らしき意見を取り上げているの、この「声」に載せられた投稿を取り上げて見たいと思う。
全ての転載(引用)は出来ないであろうから、一部分だけ抜き取って紹介します。

本当は、朝日には何度も反論を投稿しているんだけど、私の意見が偏っているのか、文章が稚拙なのか、声の意見に反論などは基本的には採用しないのか、朝日新聞様にお気に召さない内容なのか、どの理由か分かりませんが、私の投稿を取り上げてくれる事は全くないので(笑)、こちらで反論しますだ。


4月2日 朝刊 「声」

「都立の卒業式押しつけは誰」

(前略 -----)
戸山高校では壇上で卒業証書を受け取った卒業生がマイクを手にフロアに向き直り、「これ以上先生達をいじめないで欲しい」訴えたそうです。
 校長は後で「ある主張が一方的に流れるのはどうかと思う」と話したとあります。これだけを読むと、確かにこの発言は正しい。でも、卒業式や入学式で日の丸や君が代を「一方的に」押しつけてきたのはどちらなのか。反対する先生を締め付けてきたのは誰なのでしょうか。

(----- 中略 -----)

 信仰や信条は誰も縛ることができません。高校生の心も自由なはずです。勇気を持って問題提起をした都立の後輩達が、未来を明るくしてくれる事を信じたいと思います。


会社員 東京都 44歳

まあ、この高校生には「先生をいじめている」と映ったのであろう、心優しい生徒だと、一応は好意的に受け止めたい。

しかし、これはあくまでも、これから社会に出て、いろんな見識を広め、いろんな立場で物事を考え、物事の多面性を知っていくであろう高校生だからこそ、笑って「これからも頑張れ」と言えるが、この投稿者は44歳と私に近い年齢になってなお、この程度の認識では、ちと心許ない。


ここでは何度か取り上げたので、分かる人も多いだろうが、私は、卒業式や入学式で掲げるのは、あくまでも国旗であって、日の丸と言う物ではないと考える。
また同時に、学校の厳粛なる式で斉唱されるのは、あくまでも日本の国歌であって、君が代というそのものではない。
ここを混同してはならない。

この投稿者は、「卒業式や入学式で日の丸や君が代を「一方的に」押しつけてきたのはどちらなのか」と問いかけているが、これはまさに、日の丸や君が代に反対する先生の主張の受け売りに過ぎず、実際には、厳粛な式には日本の国旗を掲揚し、国歌を斉唱する事には賛成なのか、反対なのかと言う問題であり、国旗掲揚や国歌斉唱を行うような指示が、本当に「押しつけ」なのだろうか。


「国旗が日の丸である事が許せない」と、「国旗を掲揚する事が許せない」とは全く問題の質が違う。

国旗が日の丸である事に反対ならば、そのような運動を起こす、意志を示す、信条を表明する、それらは全て自由であり、制限されるものではないが、果たしてそれらは、卒業式という大事な式典を阻害する形で、訴えても良いのだろうか。
国歌も同じ事である、君が代が国歌である事が許せないのであれば、反対運動を普通にすればよいが、国歌を斉唱する式典で、君が代問題にすり替えて、問題を訴えるのはおかしいであろう。


国旗や国歌は、国のアイデンティティーであり、自国はもちろん、他国の国旗や国歌に対しても、敬意を持って接する事は、国際的な礼儀であろう。
しかし、日本は戦後、国旗・国歌問題が日の丸、君が代問題にすり替えられ、腫れ物に触るが如く扱われてきた故に、国旗や国歌に対し、国民の認識は、世界的には非常に低いように思える。
日の丸、君が代問題とは別に、いやその前に、きちんと国旗・国歌について考えてみるべきだと思うのだが。



そのほかにも、「公式の謝罪表明にもかかわらず植民地支配を肯定する発言を政治家が繰り返す日本の不誠実さが、まずは問われるべきだろう。」とか、マジメに書いてある大学生もいる。

具体的に、どんな発言があったのか書かずに、韓国側の主張をそのまま思い込んでいるのだ。
この大学生、具体的な今後の日韓関係の打開策を書かずに、人の絆で賢き解決を図ろうなど、抽象的な表現で夢を語っているかのような書き方しかしておりませんので、現実に対して避けて見てしまうのかも知れません。

韓国民が、なぜ感情的な過激行為に走るのか、マスコミや国民の一部が騒ぐのならまだしも、一国の大統領が、名指しで批判するなど、まさに国交断絶状態かのような過激発言を繰り返すのも、普通はあり得ない。
それを正すには、どうしたら良いのか・・・大学生ともあれば、具体的な話しを聞きたかった。

まあ当然、まずは韓国側は「冷静」になること、特に大統領や閣僚達が、自分達の支持率を上げるために、そのパフォーマンスの1つとして、反日を利用しているとすれば、それは大変愚かな選択と言わざるを得ない。
そして、教育関係で、もっと正しい歴史を自由に、子供達に学ばせるべきで、日本に対し、反日教育で色眼鏡を掛けた状態で、何を話し合っても、無駄な部分が多いですから。

1年、2年で効果の出る特効薬はありませんが、韓国側の教育を改善するだけでも、10年から20年で、日韓関係は劇的に変化すると、私は思いますね。


とまあ、朝日新聞の声には、このような面白い話が満載。(笑)
是非とも、お薦めします。(爆)


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1 31, 2005

世間はどうなっているの?(笑)

仕事は、あと1~2週間が勝負、少し作業は遅れ気味です。
昨日も本日も、会社に朝から夜まで・・・

早く楽になりたい・・・でも、それだけ締め切りが迫る事になるので、時間は止まって欲しいし、この矛盾した思い。(笑)

最近、ニュース見ていないです、国会が始まったとたんに、小泉さんと野党がぶつかったと聞いたけど。
いや、そう言えば、車をぶつけたのは、小泉さんでも、キョンキョンの方らしい。(笑)
世間から遅れていきます、置いていかないでぇ。(笑)


しばらく、休載のような感じですが、お互い、体にだけは気を付けて頑張りませう。

短いけど、ごめん。

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12 18, 2004

学位力低下で騒ぐ怪

国際教育到達度評価学会(IEA)による、各国子供の学力テストの結果、日本の小、中学生の学力が、顕著に低下しているのが判り、文部省など大慌てでゆとり教育の見直しなどを発表している。

文科省「ゆとり」転換、授業時間増を検討

 文部科学省は14日、小中学校などの授業時間を増やすため、標準授業時間の見直しの検討に着手した。高校1年の読解力低下を示す今月7日の国際調査結果に続き、小中学生の学力低下傾向を示す結果が出たのを受けての措置。

 実現すれば1977年から減り続けていた授業時間が約30年ぶりに増加に転じることになり、文科省が推進してきた「ゆとり教育」の方針を、事実上、転換することになる。省内には異論もあり、慎重に検討を進めている。

 検討されているのは、平均的な基準だった標準授業時間を「最低限度」と位置づけを改め、各学校にそれを上回る授業時間を確保してもらうよう促す案や、標準授業時間そのものを引き上げる案など。学校現場に学力向上への意識を高めてもらう一方、近年の学力低下論の噴出で高まる公教育への不信感をぬぐいたいという狙いがある。見直しの方向性がまとまり次第、文科省では年明けにも中央教育審議会に具体的な導入方法や時期などを審議するよう要請する。

 標準授業時間は現在、小学校が6年間で計5367時間、中学校が3年間で計2940時間。高校も必要な単位数を取得するための時間数を規定している。標準授業時間が最長だったのは、1968年の学習指導要領改訂後の一定期間。「教育の現代化」に向けて各教科で新しい内容が盛り込まれ、中学校では3360時間から3535時間に拡大。小学校の授業も当時は5821時間という長さだった。

 ところが授業についていけない子が問題になり、その反省から77年の改訂で、小中学校とも授業時間を削減。その後も、「ゆとり教育」や学校週5日制の実施で、標準授業時間は削られ続けてきた経緯がある。

 小中学校では中3の受験期などを除き、標準を上回る授業時間を確保しているのが実態だが、今後、授業時間を拡大する場合、長期休暇の一部や放課後を授業に充てるケースなども想定され、学校現場にも大きな影響が出そうだ。

 2つの国際調査で相次いで学力低下の傾向が示されたことについて、中山文科相は「学校週5日制や学習指導要領の削減が、必ずしも望ましい結果になっていないと思う。その点を率直に認め、対策を講じる必要がある」と述べた。


(読売新聞) - 12月15日6時14分更新

文部省は何を考えているのだろうか・・・・

「ゆとり教育」の発想は別にかまわない。
そもそも、教育論という物は、人によってそれこそ千差万別であり、正しい「これだ」という物が存在しないものであろう。
だから、この方向に行きますと文部省が決めることは、もちろん間違ってはいないと思っている。

しかし、彼らの言う「ゆとり教育」=授業時間を減らす、がもたらす結果は、誰が見ても学力低下は避けられない問題だったはず。
そんなことは、私が指摘する前に、文部省だって学力低下は十分に認識していたはずだ。
2002年の「新しい学習指導要領」による学力低下を、当時から不安視する親は多かったのだから、文部省も当然その親の声は知っていたはずだ。

それでも導入したのは、学力低下が起きても、落ちこぼれを無くし、結果的には子供に取ってそれが良い教育だと思ったからではないのか? 学力低下など、最初から判った上での導入であるはずなのに、どうして学力低下したからと騒ぐのだろうか?
もしかして、自明の結果である学力低下に、これほど騒ぐって事は、文部省は授業時間を減らしても、学力低下はそれほど発生しない、本気でそう思っていたのだろうか?

 
ちょっとネットを調べて見ると、面白い記事を見かけたので紹介する。

中学校長35%が学力低下懸念 新指導要領アンケート

 四月から小・中学校で実施される新学習指導要領について、中学校長の35%が「生徒の学力が低下する」とみていることが、神戸新聞社が行った兵庫県内全小中学校長アンケートで分かった。小学校長では17%にとどまり、小中学校間で倍の開きがあった。新要領はゆとりを重視し、学習内容も削減するが、高校入試を意識する中学校長からは「入試が新要領に対応したものになるのか」などと、入試内容を危ぐする声も上がっている。

 調査は三月、県内の国公立小学校八百四十三校、中学校三百六十三校の全校長を対象に、アンケート用紙を送って実施。小学校三百四校(36%)、中学校百六十一校(44%)から回答を得た。

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 「新学習指導要領の実施で学力は低下するか」を聞いた結果は〈円グラフ〉の通り。中学校では四割近くの校長が低下を予測。「思わない」と明確に否定したのは6%にすぎなかった。小学校でも明確な否定は15%にとどまった。

 一方、「新要領で児童・生徒の学ぶ力が増す」と考える校長は、中学校で52%、小学校で68%。新要領は学習内容を削減してその基本となる「学ぶ力」の育成に力点を置いたが、ここでも小学校長が肯定的なのに対し、中学校長の評価は二分していた。

 また遠山敦子文部科学相が、補習や宿題を奨励するとして今年一月に発表したアピール「学びのすすめ」について、小学校長の28%が「反対」の意思を表明。中学校長は21%にとどまった。

 新要領に基づき、引き続き「ゆとり路線」を深めようとする小学校長、学力、入試とゆとりの間で苦悩する中学校長。アンケートからは、そんな二つの校長像が浮かび上がった。


(神戸新聞 2002/04/04)

これは、ある地方新聞の、そのまたある地方のアンケート結果に過ぎないが、これから判ることは、親の75%以上が「ゆとり教育」による学力低下を不安させていた時代に、反対に中学校の校長では、「あまり思わない」「思わない」を合わせれば、60%以上の人が、授業時間を減らした「ゆとり教育」であっても、学力低下はないと思っていた計算になる。
小学校の校長に至っては、なんと80%以上の人が学力低下など無い、そう思っていたと言う現実が見える。
少し信じられない数字だよねぇ。(笑)

いかに専門家が怪しいもので、楽天的な見方で、教育を語ってきたかを物語っている。
現実は、当時の親の不安通りに学力の低下は顕著に現れ、当時の小中学校の校長の学力の低下は無いだろうと言う憶測が、いかに甘かったかを示しているわけで、文部省だけでなく、現場の教師も非常に甘い判断であった事が、何とも呆れてしまう。

文部省も、この小中学校の校長達と同じような感覚で、「ゆとり教育」を導入しても、もしかして冗談のような話だが、学力低下など無いと思って導入したかも知れない。
だとすれば、文部省の責任はもの凄く重大であろう。


 

断っておくが、私は「ゆとり教育」は大賛成派です。
しかし、文部省の行ってきた「ゆとり教育」には反対で、彼らの行うゆとり教育とは、単純な授業時間の削減であり、学校そのものを休むケースが増える事を指す。
私の思う「ゆとり教育」とは、授業時間などをもっと大幅に増やし、学習は何も学科の授業だけでなく、現在は生活の時間と呼ばれているものに、以前のように道徳を考える授業や、1つのテーマをみんなで討論する授業を増やしたり、もっと社会見学を増やし、学習発表会のようなものを積極的に扱い、季節の行事は行うようにすること。
ご存じだろうか、小学校の中には、授業時間の確保の為に、運動会と学芸会などが隔年で交代で行っているところがあるそうだ、うちの娘の学校でも、毎年合った学芸会が隔年になってしまった。

確かに、今のゆとり教育は、教師は楽になり、財務省が負担する経費は、それだけ軽減されるのかも知れないが、単に休みを増やすだけでは、子供にとっては「ゆとり教育」ではなく、単なる「手抜き教育」になるだけだろう。
私は、授業には勉強だけでなく、学校の運動・文化行事を通じて、子供に情緒豊かな精神を育むような授業であり、決して学校を休む事ではない。

現在、子供を持つ親ならご存じだろうが、ゆとり教育とやらで、1970年代後半から、授業時間は減る一方で、我々が子供の頃から比べて、運動会や学芸会、社会見学や地域活動参加などが減ってしまい、教えてもらう勉強量が減り、その他の行事も減り、学校が単なるつまらない場所に変わってしまっている。

授業時間が減った現在、詰め込み式授業がイヤで、ゆとり教育を導入したのに、授業が減った事で反対に、先生が片言の説明をするだけで、実験すらなく結果、解答だけを見せ、それ以外は「覚えておけ」という詰め込み式になっているのが、皮肉な結果だ。
 
 

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7 20, 2004

暑い夏の夜の、幻想的な15分間


海の日で休みだった19日、子供を連れてディズニーシーに行って来た。

7月31日まで使える券があったので、もったいなかったから、慌てて使っただけなのだが。
これまで、ディズニーランドは、結婚前から含めて10回以上は行っているのだが、ディズニーシーだけはまだ行った事が無かった。
暑い夏であり、ちょうど17日から30億円もかけて改装された、話題の水上ナイトショー「ブラヴィッシーモ!」が始まった事もあったので、1度涼しそうなディズニーシーに行って見た。


夏休み前の休日と言うことで、混雑は覚悟の上だった。
昨年の秋の祭日に、ディズニーランドに行ったときは、ものすごい混雑で、ミッキーマウスハウスに120分以上も立って並び、そこから腰を痛めてしまった(現在も痛い)経験もあったので、相当な覚悟でやってきたのだが・・・

はっきり言って、予想以上に空いていました。 確かに、待ち時間50分だのあるものもありましたが、ファストパスを使えば、無理なく回れましたし、ディズニーランドのどのアトラクションでも、平気で待ち時間60分とか並ばなきゃならない事を考えれば、全然苦にならない快適さ。

それだけ、ランドよりシーが人気無いと言うことかも知れないけど、利用する立場で言えば、あのぐらいがいいよ。
夏の暑いときに、何時間も並ぶ必要も無いし、くたびれた時も、ランドで混雑時には、ベンチに腰掛けるなんてとんでもないけど、昨日はどこでもベンチが開いているし、これなら思ったほどは疲れない。

それに、何と言ってもディズニー。 社員の教育の行き届いているのでしょうね、働いている人はみんな、気持ちの良い対応ですしね、しかも質が高そうだし。

例えば、3歳未満は利用できないアトラクションで、クラスでも新潮が低いほうの5歳の息子に、何度も声をかけてもらって、親でも最近までしらなかった、息子のTシャツにかかれた「グランセイザー」(父親はデカレンジャーかと思っていた)を、若い女の子が「大丈夫だよね、怖くないよね、だってグランセイザーがついているもんね」と励ましてくれたり。

ここまで(社員の子供に対する扱い、子供の好きなTV番組などを知っておくなど、仕事に対する意識高さを)徹底させたディズニーリゾートのレベルの高さは、違うなと関心。 他の行楽地で出会う末端の社員の質が違うね。


というわけで、暑かった1日でしたが、ほぼ快適に過ごせました。
アトラクションは、子供が一緒なので、乗れないものもあったんですが、さすがに空いていたので、ほぼ1日で全て乗れたので、もう満足なのですが、これだけ過ごしやすかったので、また来て見たいと言う気にもちにはなりました。
この「また来て見たい」と言うリピート制が、ディズニーリゾートの強みでしょうね。
料金ははっきり言って、厳しい値段だけど、それだけの価値は確かにある。

そうそう、肝心の「ブラヴィッシーモ!」。
ディズニシーのナイトショーは初めて見るし、水上と言うことで、正直な話、あまり期待はしていませんでした。
まあ、話題性と、子供が喜んでくれるなら(母親もかな(^^;)と言う気持ちで、付き合い程度しかなかった。
昼間、ポルト・パラディーゾと言うウォーターカーニバルを見ましたが、まあそこそこ、子供はミッキーだのミニーだのが船上で手を振っているのを、喜んで見ていたので、まあその延長線かと、思っていたもので。


でも・・・・
良かったです。 正直、あそこまで幻想的なショーが見られるとは思っていなかった。
昼間、何度もメディテレーニアンハーバーを通ったけど、あれだけの仕掛けが用意されているとは、夢にも思わなかった。
まあ、1度見たので、2度目、3度目ではまた違った印象があるでしょうが、何の予備知識も持たず、初めて見たなら、かなりカンドーするでしょう。
それだけ、大掛かりな仕掛けだったし、「水の精と火の精が恋をした」と言うキャッチフレーズどおり、水と火の精が出てくるのですが、なるほど、水と火を大量に使ったショーでした。
まあ、後で冷静になれば、恋とか言うけど、伏線もストーリーも何も無かったけどね。(笑)

でも、あっという間の15分でした、夏の暑い夜に、水上に繰り広げられた、涼しく、そして熱い幻ですね、見事でした。


30億円をかけただけあると思うけど・・・派手な装置なだけに、メンテナンスも高そう・・・(^^;


「ブラヴィッシーモ!」一度見て見ることをお勧めします。


ps:
それと最後に、帰りの渋滞だけは、何とかならんのかなー。(笑)

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