5 04, 2007

還暦を迎えた日本国憲法


今日は憲法記念日で、そう言えば駅前では演説をやっていましたな。
もちろん、こんな日に奇声を上げるのは、社民党とか共産党だろうと思っていましたが、案の定社民党の議員さんでした。

まあ、休みの日に、駅前で自説を演説し理解してもらおうとする姿勢は買いますけど。
内容がねぇ・・・
選挙カーの壇上で語っていたけど、暇だったら、ヤジでも飛ばしてみたい気分でした。(笑)


 
と思って、外出先から帰って来たら、こんなニュースがネットで流れておりました。
何というか、社民党はどこでも同じというか、福島瑞穂(以後敬称略じゃ)は相変わらずだよねぇ・・・





改憲阻止に全力=護憲派集会であいさつ-志位、福島氏

 共産党の志位和夫委員長と社民党の福島瑞穂党首は3日午後、都内で開かれた護憲団体による「5・3憲法集会」であいさつし、憲法改正を目指す安倍晋三首相の姿勢を厳しく批判するとともに、改憲阻止に全力を挙げる考えを強調した。
 志位氏は「安倍内閣で憲法改悪への暴走が始まっている。こうした暴走を食い止めるため全力を挙げる」と述べた。また、首相が有識者懇談会を設置して集団的自衛権行使に関する具体的な検討に着手したことについて「研究とは名ばかりで結論ありきだ。絶対に許すわけにはいかない」と批判した。
 福島氏は「(施行後60年間)誰一人戦争で殺していないし、殺されていないのが(現行憲法の)最大の功績」と指摘した上で、「今回の憲法記念日は憲法の危機の下で開かれている。変えるべきものは憲法でなく(憲法を改正しようとする)一部の政治家だ」と訴えた。


2007/05/03-16:29 時事通信

まあ、「『戦争』で死んだものがいない」ってのが、彼女にとって重要なんだろうね。

戦後60年、世界各国ではどこかで戦争はあったわけですが、確かにいくら殺し合いをしていても、日本は見ても見ぬ振りして、関わらないようにしてきたわけですから、そりゃ戦争で死んだ人はいないでしょうね。
日本は戦後、自衛隊という世界でも有数の軍事力を保持しておきながら、「戦争」と言う単語によるイデオロギーで、実際に戦争で困っている地域には、決して助けようともしなかったし、手を差し伸べようともしなかったですよね。
それで戦争はしなかったから優秀な憲法だ、と言っているんですけど、国際的に見ればそりゃヘンだよね。


 
我が家の家訓は、暴力は絶対に反対です、争い事も御法度です。
それが確かに正しい家訓だけど、実際に、隣でケンカしている人がいても、争い事はゴメンだから仲裁も何もしないで、見ぬ振りをしていたり、暴力を振るわれて困っている人を見かけても、私は暴力は反対なので、助けられても無視します、って態度でどこに誇ろうとしているんだろうね。

臭い物には蓋をするような、または現実逃避で、何も関わろうとしなかった故の結果なのに、平気で、我が家の家訓は素晴らしい、暴力反対を各家庭に普及させるべきだ、なんて寝言を公然と言っているようなもんですから。(笑)

「暴力反対」、「暴力では何も解決しない」、「暴力をしないと宣言すべき」だと主張するのは、それは正しい。
そして、これは多くの人の支持は得られるとは思いますが、それが、本当の意味で暴力の解決を阻害しているのであれば、言っている内容は正しくとも、表現を変えざるを得ないよね。
それは、周囲を見渡しても、結局は暴力は無くなっていないし、助けられても見て見ぬ振りするのが正しいわけがない、ってのは、ある程度常識だと思うので、現実をもっと直視して欲しいとは思う。


 
また、福島瑞穂が「戦争で」を拘ったのは、恐らく北朝鮮による拉致で、無くなったと言われている人達は、これは戦争ではなく単なる事件で亡くなったとか、竹島の領土問題で、韓国に殺された漁師達は、単なる紛争の不幸な事故で亡くなったので、決して戦争だったわけじゃないと、あくまでも戦争をしていない、と言うことを強調し、切り離したいんでしょうな。


 
我々から見れば、戦争をしたことは無いが、竹島では侵略を受け、未だに占領され続けているし、尖閣諸島での中国軍の動きは、立派な領土問題として侵略されている、との考え方や、海底ガス田なんかも侵略されていることになる。
こんな状態で、戦争していないから立派だと、どこまで言えるのだろうか。
恐らく福島瑞穂は、日本がどんどん侵略されて、略奪されても、戦争さえしていなければ「ほら、9条のおかげで日本は戦争をしていない平和な国でしょ」と真剣に言うつもりだろうか。


 
よく最近は、「無防備都市宣言」を出すバカな自治体が増えてきたが、これも突き詰めれば、日本がどうなってもかまいません、隣の市が攻め込まれても気にしません、ともかく、自分達の町さえ戦争が無ければそれで良いのです、と宣言しているようなものなんですが、結局は先の福島瑞穂の「戦争は無かった」と同じ精神に通じるんでしょうな。
「自分さえ良ければ、他人の事は知ったこっちゃないで」という自分本位な、その上、ただ周囲からの現実から目を覆っただけで、「ウチだけは平和だ」というごまかしているだけなんだよね。


 
あと、ちょっと普通の人間から見れば、戦後の日本が大きな紛争や戦争に巻き込まれなかったのは、日米安保条約も大きな役割を果たしていたと、理解しているでしょうね。
憲法9条があったから戦争が無かった、なんていう戯言を、真剣に信じる国民が未だにいる事自体が、不思議な気がする。
いや、もちろん全否定はしません、9条が貢献していた事も私は認めていますが、あくまでも必要条件で十分条件では無いよと言うことです。
私にとって、まずは国を守るには、戦力の保持が十分条件だと思っていますので、自衛隊+日米安保は非常に強力なタッグであり、それが最大の要因と考えて間違いないよね。


 

今日の社民党議員は演説の中で、改憲=軍事力増強と強引な論旨展開で話を進めていた。
まあ強引と好意的には言ったものの、つまりはズレているんですな。
論点をすり替えながら、強引に話をするしか無いんですよ。

集団自衛権の話もしていましたが、集団自衛権=アメリカと一緒に戦争をする、こう決めつけているんですな。
彼らの頭の中には、その集団自衛権が認められていない事で、どんな弊害が起きているのか、知ろうともしないのでしょうね。
もちろん、アメリカと戦争を一緒にする事が可能になる、と言った点では間違いでは無いでしょうが、そこを国民がコントロールして行く、その他の弊害は、憲法で対応していく、と言った普通の考えに至らないのです。


 
あと、こう言っては自衛隊の方に失礼かも知れませんが、社民党の議員らは日本の海の防衛に関して、自衛隊ではなく、海上保安庁が「最前線」で戦っていることに気づいていないんでしょうね。


もちろん、国防という意味においては、命の危険性を省みずに日本を守る、と言う意味においては、海上自衛隊も海上保安庁も同じ使命感を持って仕事に励んでくださっているだろうとは思いますが、この間の不審船で銃撃を受けたのはどこでしたか。
中国の潜水艦が領海侵犯した時も、まずは海上保安庁だけで対応させられました。
つまり、軍船であり強力な兵器を持つ相手に、ほとんど武器を持たない海上保安庁が対応させられるのは、何かおかしいでしょ。

宣戦布告という小説の中で、北朝鮮と思われる潜水艦が、日本海の海岸線で座礁しているのが発見され、武装した北朝鮮兵が日本に上陸していることを知りながら、左派議員は「警察と海上保安庁で何とかならんのか」というセリフがありました。
軍事訓練を受け、重火器装備をした兵士に対し、所詮はヤクザ程度の対応しか出来ない、ピストルだけ腰にぶら下げた警官で、取り囲んで抑えろと言うのですから、どこまで真剣に言っているのやら。
それで、もちろん日本側に被害者を出すのはもってのほか、とか言うのです。
まさに、今日の演説を少し聴いているだけで、そんな笑えないセリフが、小説の世界だけでなく、本当に出てきそうな気がします。


 
ともかく、憲法も60歳の還暦を迎えたのです。
いい加減に、真面目に論議して、今の時代に即した憲法に変化させるべきです。
変化を嫌う勢力がいるのは、世の常ですが、もちろん9条は重要ですが、それだけに止まらず、国民のみんなが考えていきたいよね。


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4 29, 2007

何度、同じ過ちを繰り返せば気づくのか・・・

安倍首相が訪米する前に、一部のアメリカマスコミの取材で、慰安婦に関して「謝罪した」事も気に入らないのだが、その上、米下院議長だかに釈明したとか、もはや最低の外交戦略で、呆れるばかり。

自身の首相就任後、初の訪米で外交を成功させたい、その為に慰安婦問題は頭痛のネタだったというのは理解するが、沈静化を図るに謝罪という形に終始し、こちらが引くことで丸く収めようとする考えは、もはや誤った戦略だといつになったら気づくのであろうか。
私は小泉氏を応援していた1つの理由に、頑固なまでに主張を貫く、中国や韓国が何を言っても動じない、ブレない1本の政治理念を国民に示していたからこそであり、はっきり言って今の安倍には、外交上魅力は何もない。


前にも言ったが、日本の首相として、曖昧なと指摘されている部分を、きっちりと説明し、時にはアメリカのマスコミとディベートをきちんと行えるだけの外交官を連れて行くとか、ともかく「何かあればスグに謝罪する日本」「困った事があれば沈黙するだけの日本」から、「自分の立場をきちんと自分の言葉で説明する日本」「理不尽な対応にはきちんと反論する日本」と言った、主張する国家元首を期待したいですな。


 


http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007042701148
2007/04/27-19:16 安倍首相「謝罪せず」と報道=韓国


 【ソウル27日時事】訪米した安倍晋三首相が米議会指導者との会談で、従軍慰安婦問題に関し「申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と表明したことについて、韓国の通信社・聯合ニュースは27日、安倍首相の用いた表現が謝罪のレベルに至っていないと批判的に報道した。
 聯合ニュースは米議会筋の話として、安倍首相が「sense of apology」を表明したと指摘。さらに、ワシントンの外交筋を引用し、この表現は英語には存在しないとした上で、「謝罪にははるかに至らないレベル」の発言だと伝えた。

まあ、予想された反応ですな。

マイクホンダも、全く謝罪など受け容れるつもりは無いようですし。
結局は、日本は首相が謝罪する事で、低姿勢になった事を示しただけで、余計に上から目線を正当化させただけで、今回の一連の慰安婦問題に関する謝罪は、ヘタすれば河野談話以上に情けない「事実」になるかも知れない。


 

分かり切った事ですが、韓国や中国ってのは、本当に謝罪なんて望んでいません

もし本気で謝罪など求めているならば、日本が歩み寄った時点で何らかの外交の成果が出ているはずですが、何もありません。
世界各国で問題や紛争などあり、様々な外交がありますが、歴史的にも外交上、片方が態度を示している時に何も変化が起きずに、さらにヒートアップする事など、私は今回の日本と中国・韓国のケース以外、知りません。

 

つまり彼らは、日本の首根っこを押さえつけて叱り、憂さ晴らしたいだけで、早い話、「謝罪しろ、反省しろ、歴史を捏造するな」と、叫んでいれば、それで満足なんです。

まあ、そう叫ぶことで、日本が謝罪したり、賠償金を出せば、さらに彼らの欲求はさらに満たされ、満足するでしょうが、今や彼らの目的は、お決まりの言葉を叫んで上から目線で日本を抑え、不満や鬱憤を晴らしたいだけですから、むしろ解決する事を望んでいない気がします。(笑)


 
その上で、「問題を沈静化させるのは、日本が下手に出て謝罪しておけば、嵐は過ぎる、その場は取り繕える」的な外交がいつまでも続くのが、政府と外務省の大きな国民に対する背任行為だと思いますね。

外交協定は、二国間の話とは言え、浪花節だけでは通用しません。

河野談話は、ある意味韓国政府や慰安婦の方に譲歩した形で、政治的な決着を計りに行ったものだったはずです。
ところが、ひとたび言葉が流れてしまうと、その言葉の裏にある「配慮、遠慮、譲歩」など全く意味を持ちません、
むしろ、この河野談話が意までは慰安婦問題の大きな根拠となってしまっております。

日本は、過去に何度が同じような事で煮え湯を外交で飲まされてきたはずだ、なのに、何も進歩していない。


 
中国の毒ガス回収もそうですね、うやむやのうちに、人道的立場で日本がお金を出して回収してやれば、今度は中国からの請求は天井知らずで増えていき、相変わらず毒ガスは日本軍が残したもの、と言う誤った情報が消えない。
そのうち、日本が資金を出して回収している行為が、その日本が自分で罪を認めている証拠だと言われても不思議じゃないでしょう。

友人や親子兄弟の間なら、人情や浪花節で助けてやる事もいいでしょう。
でも、一度他人に対し言葉を発してしまうと、いくら好意的な理由で発した言葉であっても、第三者や他人に取って見れば、その言葉に意味が出てしまうものです。

どうしても頼むから、迷惑を掛けないと言う約束で、保証人がいないと会社が潰れると言うので、保証人になっただけや、といくら後から叫んでも、保証人になってしまうと、そんな戯言意味がありません、ただ保証人になったと言う事実だけで、どんな同情的な理由があろうとも、裁判所も国も「あんたが支払え」と言うだけです。


一連の慰安婦問題など、これと同じです。
一度、政治的な判断で謝罪してしまえば、どんなに正論を吐いても、どんなに相手のメンツを考えた政治的な判断だと説明しても、「謝罪した」という事実は一人歩きして、最初に口に出した人の意志には全く関係ありません。

櫻井よしこさんも仰っていますが、どこかで悪循環の連鎖を断ち切らなければならないのに、相変わらず臭い物には蓋をするだけの、小手先でその場限りの外交をしているから、何時までも問題が解決しない上に、さらに泥沼化していくだけだと、私も思いますね。
今の安倍さんは、最低の外交戦術を繰り返しているだけだと思うけど・・・実は誰も気づかない、百年の計を実行しているのであれば素直に私は謝りますが、どうでしょうかねー。


こんな事態なのに、民主党はまだ小沢が党首しているんですかね?
日本が、国民が大変な時期なのに、いつまでも政局をおもちゃにする人を、党首に据えているんでしょうねぇ・・・
民主党は、本気で政権を握る二大政党を目指しているんでしょうか?
こっちも、安倍ちゃんの外交以上に、何度も同じ過ちを繰り返すだけですね。(笑)

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4 16, 2007

国民投票法案の行方

今回一連の国民投票法案可決に関しては、いろんな事が錯綜していて、複雑になっている気はする。

単純に、憲法など国民に影響のある大事な判断に関して、国民が賛否を投票して決めると言う大前提の「国民投票」に関して、反対する人は少ないと思う。
それが、国民投票法案を政治の道具として扱われたり、「国民投票案=憲法9条改正の攻防」にだけ目が奪われ、、国民投票が実現すると戦争を認める憲法に変わるだのと騒ぐので、話がややこしくなっているイメージはある。

まあ、ある意味、与野党が政争の道具としているのと同じで、いわゆる「市民団体」が自分達のイデオロギーを主張する道具に使っているので、まともな国民投票法案論議になっているとは思えないのです。

 

「むちゃくちゃ」 抗議の声相次ぐ 国民投票法案採決

施行60年。憲法記念日を前に、改憲手続きを定める国民投票法案が12日、衆院憲法調査特別委員会で可決された。傍聴席や国会周辺では、慎重審議を求める声があがった。

 「こんなやり方があるか」「むちゃくちゃだ」。採決の瞬間、傍聴席から怒りの声が相次いだ。

 00年に衆参両院に作られた憲法調査会当時から傍聴を続けてきた平和遺族会全国連絡会代表の西川重則さん(79)は「最初から、狙いは戦力を持たないと決めた憲法9条2項を変えることだった。強行採決は、その本音がついに出たということ」と語った。

 同日夕、日比谷野外音楽堂で開かれた抗議集会では、共産党の志位委員長は「拙速を避けて徹底審議を求める国民の多数の声を与党は踏みにじった」と批判。社民党の福島党首も「民主主義を踏みにじり、憲法を変えるための国民投票法の成立を許してはいけない」と訴えた。

 弁護士らでつくる「国民のための国民投票法を考える会」は同日、全国30カ所の街頭で実施した意識調査の結果を公表。約1800人の回答のうち「審議が尽くされていない」との答えは63%で、「審議が尽くされた」は4%だった。

 改憲に必要な賛成数については、60%が「総有権者の過半数」とし、与党案の「有効投票総数の過半数」より厳しい成立要件を求めた。

    ◇

 故湯川秀樹博士らが結成した「世界平和アピール七人委員会」は12日、「投票率に関係なく有効投票数の過半数という決め方は適切でない」とする声明を発表した。

 民放労連も「政府や政党の思惑によって法案を拙速に成立させてしまうことは必ず将来に大きな禍根を残す」との抗議声明を出した。

asahi.com 2007年04月13日08時03分


最初にも言ったが、問題を分けなければ、本当にややこしい。



社民党の福島党首も「民主主義を踏みにじり、憲法を変えるための国民投票法の成立を許してはいけない」

これなんか、まさに意味不明なんですよね、まあ新聞記事で部分的に取り上げられた発言なのでヘンなのかも知れないけど。
それ以前に、社民党が言う民主主義って何なのか興味があるところですけど。(笑)

まあ、それをさっ引いても、憲法を変えるためには、国民投票が必要だと憲法に書かれているので、何かしらの形では必要なわけで。
それでもって、憲法を、より時代に沿った国民のための憲法に変えるために、国民投票法案が出ているわけで、社民党は憲法9条を変えられると脅迫概念に駆られて、簡単に憲法を変えられないように反対しているのだと思うが、この法案は9条だけでなく、憲法全般にも当てはまるので、「9条を変えられないようにする」=実質「憲法は変えるな」と言っているようなもので、そこに大きな矛盾がある。

戦後、先進国で憲法を一度も変えていないのは、日本ぐらいであり、同じ敗戦国のドイツなど30回以上も改正している。
つまり、戦後いつまでも憲法は不変ではありえず、変えるのは当たり前である、いつまでも「法解釈」でごまかすのでは限度があると思っている。
それが「憲法を変える国民投票法の成立は許せない」とか、何を言っているのか。
憲法9条に拘るあまり、日本の憲法も不可侵なものだと考えているようで。(笑)

 
あと、毎度出てくる話なのだが「審議が十分に尽くされていない」「慌てて強行採決する必要はない」なんですが、一応7年間は審議してきたようです。

つまり、「十分な審議」とは、どの状態になれば「十分に審議した」となるのか、その定義を教えて欲しい気はしますね。
個人的には、7年間の中身を知らないので、「十分かどうか」の判断は付きませんが、小田原評定だけ続けても意味はないわけで、どこかで結論を出すしかないわけです。

ただ、穿った見方をすれば、彼らの言う「十分な審議」とは、全員が納得行くまで、もしくは、自分達の主張が認められるまでと考えているようにも見えるので、それには付き合う必要は全くないとは思いますけどね。


 

平和遺族会全国連絡会代表の西川重則さん(79)は「最初から、狙いは戦力を持たないと決めた憲法9条2項を変えることだった。強行採決は、その本音がついに出たということ」と語った。

この手の話を読むたび思うんですが・・・
憲法9条を変えたいと思う国民がいる一方、この西川さんのように、変えたくない人も大勢いるのはもはや周知の事実で、それを決めるための国民投票なんじゃないのか、反対なら投票で反対に投じれば良いだけで、仮に最初から憲法9条を変えるつもりが与党にはあったかも知れないけど、それが強行採決反対の理由になるのか、イマイチ分かりません。

まあ、彼らのHPで主張を読めば、表現の自由を奪うとか、言論弾圧だとか言っている人もいる見たいなんですよね。
でも、君が代問題でもそうですし、このブログにも以前、高校教師だったか関係者が来ましたか、恐ろしいほどの偏った思想に、自分の世界観しか認めない人がいます。
そんな彼らが、自分達が子供に対し洗脳する事が出来ないのを、言論弾圧だとか言っているように思えるんだけど。


法案そのものには、いろんな問題があると言いたいのでしょうが、論点が違っているような気もしますね。


 

「最低投票率」

朝日新聞とかは、この国民投票法案に関しては、戦争体験者とか、平和団体とか、その「戦争」のキーワードがある人達の意見を記事に載せたり、そのキーワードの観点で反対記事を書くケースが多く、まあ感情的な反対論しか掲載していないケースが多い。
しかし、民主党もそうだが、多くの一般的な議論の分かれ目として、この最低投票率の話が出てくるケースが多い。
つまり、最低投票率を決めなければ、国民の50%しか投票しなかった場合、全体の26%の賛成さえあれば、74%が賛成していないのに憲法が改正されてしまうと言った意見ですな。



「投票率に関係なく有効投票数の過半数という決め方は適切でない」

これなんかも、その最低投票率の事を言っているんですけど、私は最低投票率は扶養だという考えです。

最低投票率を入れると言うことは、国民がこの問題を考え、判断する、議論する事が望ましいのに、投票して国民の意思表明をする前に、「棄権」が選択肢の1つが含まれるのは、どうかと考えるからです。

要は、憲法改正をする場合、その改憲案を国民全員が考え、判断するのが筋だと思うのですが、反対する立場の人は反対票を投じさせるよりも、棄権を薦めるだけで目的を達せられると言う点です。
国民全員で議論しよう、とすべきところを「何も考えずに、投票に行かないで」が選択肢として存在する事が、本末転倒だと考えます。


 
もっと言えば、賛成でも反対でも、中立でも(私は白票は認めるべきと言う考え)、真剣に考えて国民各人が導き出した結論なら、それはお互い尊重すべきだと思うのですが、日本の投票は権利であって、義務ではありませんが、その権利を放棄した人は、権利を行使した人達の結果に、異論や異議申し立てなど出来る立場にない、あくまでも投票結果は、投票した人達に一任したと考えるのが自然だと思っているわけです。


 
あと、投票最低率を入れなければ、政府はわざと国民の関心が集まらないように、複雑で難解な投票をサラリと行い、棄権率を高め、公明党のような組織票便りの投票にする不安もある、などと言う意見もみました。

まあ、確かに疑えばキリが無いのも事実ですが、本気でそんな事をする与党に、国民は怒りを覚えない物なんでしょうか?
国民が怒れば、当然次の選挙で自浄能力を出すのが本当の民主主義ではないのでしょうか?
それを、組織票だけに神経が集中し、木を見て森を見ずなどと良く言われますが、まさに大局(国民的な論議を喚起しない)を見失う事にならなければ良いのですが。


 
最後に、インターネットで調べてみましたが、国民投票を採用している国々において、最低投票率まで設けている国は、少ないようです。
個人的にも、国民投票を行う以上、国民はきちんと投票して賛否(保留)を表明すべきで、最初から得票最低率を作って棄権を有効票にする考えは、最初から議論を放棄しているようなものですね。


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4 08, 2007

都知事選 投票開始数時間前

選挙期間中は、敢えて話題にしなかったが、記事も随分と更新しておらず、前夜・・・と言っても、後数時間で投票開始なので、そろそろ話題にしても良いでしょう。
どうせ、このブログで何を書こうが、そんなに影響は無いけどね。


基本的には、浅野氏は都知事選立候補してから、私の内部では彼に対する評価は、下がりっぱなしで、最近ではストップ安で買い戻す気配など全くゼロで、今やアウトオブ眼中の存在ですね。
そもそも、彼の支援団体、市民団体からして、私から見れば「浅野を応援するとヒドイ目に遭う」と言っているようなもので、少なくとも社民党と組んだ時点で、私の頭の中からはキレイに消えました。(笑)
今回立候補していなければ、きっと今後もそれなりに彼の意見に耳を傾ける事もあったでしょうが、まあ森永卓郎レベルのように、彼が口を開いても、私には何も響くことがないでしょうね。


 
オリンピック誘致は、私は別に賛成でも反対でも無いんですが、要は確かに今回は国政ではなく、地方選挙ですけど、日本の首都東京の知事ですからね、日本国民の事を考えた政治をまずはして欲しいわけで、その点で力不足でした。

石原都知事も、2期都知事を務め、スキャンダルなどあってもなお、そこそこ支持率もある人のあとを受け継ぐのですから、個人的には与党第一党推薦ならば、その石原都政を基盤に、如何に改革をして行くかを期待するのですが、社民党や民主党のお歴々の方の話を聞いていると、石原都政を真っ向から反対し、何か病気に掛かったいるかのように騒いでいるだけで、浅野氏の評価もそうですけど、民主党の評価も、個人的には相変わらず安値更新中って感じです。

自分が当選するため、相手の足をひっぱう意味で、批判のための批判ってのは、私の内部では唾棄すべき行為で、まずは前任者に敬意を表し、評価すべきことは評価し、その上で改めてさらに良い環境にするなら、こうする、と言ったマニュフェストが良かったんですが、他人を素直に評価出来ない人間が、他人を批判する資格なぞあるのか、って気がしますね。


 
正直な話、浅野氏に投票するぐらいなら、共産党の吉田万三氏の方がマシですね。
筋は通っているし、ブレが無いし、主張ははっきりしている。
まあ、それが共産党の良さとも言えるけど。


 
今年の参院選は全く暗い気分で投票する事になりそうです・・・
これまた正直に言えば、今の安倍さんに魅力はほとんどありません。
今の安倍さんが相手では、自民党に投票する価値があるのかどうか、個人的には計りかねてはいます。
ただし、もっと悲惨なのは、そんな自民党を見捨てた場合、どこを応援すればよいのか・・・見渡した場合、どこもない・・・


本来なら、民主党が自民党に取って代わるのを期待していました。
だからこそ、口を酸っぱくして、このブログでも民主党を厳しく扱って、何とか二大政党の一翼を担うまでに成長して欲しかった、期待していました。
一時期は、相手があの小泉さんであっても、将来の二大政党のために、民主党に投票させてもらった事もありました。
しかし・・・・・・・・・・・

私が恐れていた事が現実になっている。
今の自民党なら、他の方がマシだ、と思いたくなる時もあるのに、その他がいない。
もっと悲しい現実に、民主党にいれるぐらいなら、共産党の方がマシかもしんないよな? って時々思うことがある。

自民党に投票する価値が見えない、でも、他の党に投票するぐらいなら、自民党しかない、ってのが現状。
これは本当に悲しい現実です、多くの日本人が私と同じ思いをしているなら、やはり日本国民は不幸なんでしょうね。


 
よく、今の自民党政権を変えるために、ともかく自民党以外に政権を執らせなければならない、何も政治をやらせないうちに、否定してはダメだ、政治をともかく変えよう、民主党に入れよう! って叫ぶ人達がいるってこと。

ため息が出ます。
まあ、分からないでもない、私も若い頃は同じ考えで、ともかく20代から30代は反自民党にばかり投票していました。
少々、公約がとんでもなくとも、当時の自民党政治に吐き気がして、自民党以外に変えるのが先決だ、と思いこんでいた時期がありましたからねぇ・・・真面目に、社会党や共産党にも入れた。(笑)

ところが、変化しだしたのは、日本新党から新進党の時代と、村山内閣が発足し、社会党が解体されるのを見てきたからかな。
特に、社会党ってのはキャビネット内閣(影の内閣)も作っていましたし、与党批判だけは立派なものですから、土井たか子のマドンナ旋風もあったり、信頼して投票した人もいたでしょうが、その結果が、村山内閣発足したとたんに、社会党が崩壊しました。

そこから、個人的には批判するだけなら誰にでも出来る、批判するなら代案を持ってこい、と言う考えが主流になってきたと思いますね。
批判のための批判って言葉も関係しますが、批判するには何が問題で、どんな解決がよりベターなのかを明確にするためにも、代案が必要だと言う意見は増えたと思います。


もっとも、忘れましたが、誰かが(国会議員)「代案が無ければ批判出来ないのは、強者の口封じだ、弱者でもおかしいことにはすぐに批判していいはずだ」と言った人も居ましたっけ。

責任のない一般人はそれでも良いですよ、あと、議論する前段階で討論会とかは。
でも、政治家が国会で堂々と政策論を批判するのであれば、きちんと問題点を指摘し、解決する他の手段を出せなくて、どうして政治家が務まるのでしょうね。
早い話が、「福祉は大切だ」という大テーマに異存は誰もないだろうが、でも実際には福祉に湯水のように予算を注ぎ込むことは出来ないのは当たり前で、ならば何を犠牲にするのか、その犠牲はどのような観点で妥当か、と言う議論を経て、代案を持って反対すべきで、単に「ハンターイ」で叫んでいればおしまいの政治はいらない、ってのは当たり前だろう。


 
話は戻りますが、私個人の中では、村山内閣と河野官房長官は歴代最悪コンビで、今回のアメリカ下院での従軍慰安婦問題も、彼らが政権に居なかったら、今回こんな事もなかったし、外交面において出来れば消したい汚点となって、10年以上経過した今でも苦しめているんです。
それを考えると、「誰もが最初は経験不足、まずはやらせてみよう」よか「ともかく変革が必要だ」という意見は、その交代する選手に、それだけの資格とレベルが無ければ、将来にまで禍根を残す結果になる、って事を気づかない、ちょっと危険な考えだと思っています。


 
ともかく、あと数時間で投票が始まる都知事選挙は、誰になるんでしょうね、浅野氏でないことを願っています。(笑)


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3 11, 2007

国家の品格を問う前に


朝日新聞という組織は、つくづく破廉恥な集団だと思うよ。
受験によく使われるから、知識人が良く読む新聞だからと、母親が子供のためにずっと取ってくれていたらしい。
私は、社会人になる前は朝日新聞だけを読んで育ち、本当に朝日新聞の記事で知識を養い、朝日新聞を信じ切っていたことが、今になって振り返ると赤面の至りである。



慰安婦問題―国家の品格が問われる

 旧日本軍の慰安婦について、「官憲が家に押し入って連れて行くという強制性はなかった」などと述べた安倍首相の発言の余波が収まらない。

 米国のニューヨーク・タイムズ紙は1面で「否認が元慰安婦の古傷を開いた」として、元慰安婦たちの生々しい証言を伝えた。米連邦議会下院では、日本に対して公式謝罪を求める決議案が採択に向けて勢いを増している。

 一方、国内では慰安婦への謝罪と反省を表明した93年の河野官房長官談話に対し、自民党の議員らが事実関係の再調査を首相に求めた。メディアの一部にも、これに同調する向きがあり、国内外で炎に油を注ぎ合う事態になっている。

 何とも情けないことだ。いま大切なのは、問題は何が幹で何が枝葉なのか、という見極めである。

 首相発言の内容は、河野談話が出されて以来、それを批判する人たちが繰り返し持ち出す論理と似ている。業者がやったことで、日本軍がさらっていったわけではない。だから国家の責任はない、というのが批判派の考えだ。

 今回、一部のメディアが「問題の核心は、官憲による『強制連行』があったかどうかだ」と主張したのも、それに相通じるものだろう。

 しかし、そうした議論の立て方そのものが、問題の本質から目をそらそうとしていないか。

 どのようにして慰安婦を集め、戦地に送り、管理したのか。その実態は地域や時代によって異なる。しかし、全体としては、植民地や占領地の女性たちが意思に反して連れて行かれ、日本軍の将兵の相手をさせられたことは間違いない。

 河野談話が「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と結論づけたのは、潔い態度だった。

 細かな事実にこだわって弁明ばかりするよりも、民族や女性の人権問題ととらえ、自らの歴史に向き合う。それこそが品格ある国家の姿ではないか。

 海外の誤解も指摘しておきたい。たとえば、米下院の決議案は日本政府が謝罪していないという前提に立っている。

 だが、政府の主導で国民の募金によるアジア女性基金がつくられ、元慰安婦たちに「償い金」を贈り、首相名で「おわびと反省」を表す手紙を渡した。

 補償問題はすでに国家間で決着ずみだとして、政府は女性基金という道を取った。私たちは社説で「国家補償が望ましいが、次善の策としてはやむをえない」と主張してきた。日本として何もしなかったわけではないのだ。

 安倍首相は河野談話を受け継ぐと繰り返し、「これ以上の議論は非生産的だ」と語る場面が増えた。だが、首相が火種となった日本への疑問と不信は、自らが消す努力をするしかない。

 日本は北朝鮮による拉致を人権侵害と国際社会に訴えている。その一方で、自らの過去の人権侵害に目をふさいでいては説得力も乏しくなろう。


朝日新聞 【社説】2007年03月10日(土曜日)付


これを読んで、本当にため息が出てしまった。
冒頭にも書いたように、このような記事を平然と書ける新聞を、熱心に信じて読んでいた自分が恥ずかしい。


 
そもそも、従軍慰安婦という造語まで作って、世間を煽ったのは朝日新聞である。
彼らが根拠として、発端となった吉田氏の発言がウソであった事から、これは完全なる朝日新聞のマッチポンプであったわけだが、その従軍慰安婦・・・軍による強制連行や関与を大きく取り上げて、世界中を巻き込んだ原因を作った新聞社が、今度は「従軍とか軍による強制など関係ないだろう、慰安婦は実際にいたのだがら、謝罪するのは当たり前だろう、などと自分が焚きつけた事を棚に上げて、その捏造記事など関係ないとは、ここまで厚顔無恥な記事は見たことがない。


朝日新聞は、従軍慰安婦に関して「調査中」という理由で、吉田氏の発言の正否も、軍が強制したかのように断定した記事に対する謝罪など、一切行っていない。
過去に、吉田氏の発言は疑問視されているとか、真偽はかくにんされていない、などの表現で報道したのみ。
これが97年の記事なのだが、それから10年の月日が流れても、まだ「調査中」で捏造に対する謝罪などしていない。

まずは朝日新聞が、自分がスクープしたネタなのだから、信じているなら、強制連行の証拠など探して、その上で国家に謝罪を要求すべきだろ、自分がネタを「そんなことどーでもいいじゃん」というその神経が恐くてたまらない・・・


 

朝日新聞は、国家の品格を問う前に、
自分でジャーナリストとしての品格を問え!


 

>> 何とも情けないことだ。いま大切なのは、問題は何が幹で何が枝葉なのか、という見極めである。

まさに、お前が言うな! と言い返したい部分ですね。(笑)

河野談話で問題視されているのは、「軍の関与の下」という部分であって、どの程度の関与・・・つまり軍が命令して、強制したのかどうか、証拠がないと言っているだけで、その後の「女性の尊厳と名誉を傷つけた」部分まで否定はしていない。

女性の人権問題を考えるからこそ、河野談話を継承しているのだし、その後の基金も作った、そう理解してやるべきで、朝日は日本のマスコミでありながら、視点が常に朝鮮半島、中国大陸から日本を見ているから、自分の国が全く見えていない。


さらに、慰安婦の存在は、誰も否定していないし、日本軍が彼女たちを利用していないなども、日本政府は言っていない。
河野談話を引き継ぐというのは、そう言った、自分の意志に反して慰安婦となった彼女たちへの思いも当然あろう。
だが、国が強制的に関与したかどうか、これが根幹なのではないのか?

慰安婦は、日本軍が利用する・しないに関わらず、存在した。
当然、慰安婦になる人は、好まずともなる人がいるのは、古今東西同じで、現代でも借金のために身を投じる人はいる。
ましてや、当時は生活が苦しい家庭では、女の子を遊郭に売る親もいた話は聞く。(日本でも子供売りはあった)
だから、慰安婦を日本軍が利用した事、慰安婦には無理矢理、殿方の相手をさせられた事とは、別問題であり、それを当時は戦争していたのだからと、ゴッチャにして、何でも日本が悪いので謝罪しろ、と言うのがおかしいと多くの人がいっている。

それを、幹と枝葉を見極めろと、斜め目線で言い切ってしまうその態度、今の朝日新聞にこそ、そっくりこの言葉を返したいですね。

 

>> 安倍首相は河野談話を受け継ぐと繰り返し、「これ以上の議論は非生産的だ」と語る場面が増えた。だが、首相が火種となった日本への疑問と不信は、自らが消す努力をするしかない。

これだけは賛成かな。(笑)

安倍には、単独でアメリカ下院にでも乗り込んで、いきまいている連中に、「軍の関与の証拠は何か」と大いに反論して欲しい。
それなら、誤解による非生産的な展開にならないだろう、本人が直接自分の口で当事者の前で反論するのだから。
河野談話の軍関与の面でも、慰安所に対する取り締まりも、関与といえば関与になるので、その意味での狭義、広義だときちんと説明すればよろしい。
なんなら、アメリカのマスコミを招待して、公開で質問を受け付けてもよいだろう。

そのぐらいの気概と、知識と、行動力をやってこそ、自分の信念も国民に理解を得られるんじゃないのか?


 

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3 02, 2007

日本の恥を曝す?

2月26日に書いた、私の前回の記事
マイク・ホンダ
にpeacesinger(平和歌手?)さんからコメントを頂きました。

ここまで偏ったご意見を頂くのは、随分久しぶりのような気がします。
ともかく、peacesingerさん、コメントありがとうございます。
あなたのコメントに対し、私の考えを返したいと思います。



私も同じビデオを見ましたが、印象としては大日本帝国はやはり従軍慰安婦問題に深く関わっているな、という感じでした。なにしろ当時の軍部は五・一五事件や二・二六事件という凶悪なテロを足掛かりに政治を牛耳るような異常者の集まりでしたから。それに某東条氏がヒトラーの物真似をしていた形跡があるという話も聞きました。外人に対してとんでもない非人道的な犯罪を犯していても不思議はありません。それに某河野氏の謝罪は、やはり強力な証拠になります。なぜなら自民党は、軍部の謀略を止めようともせず軍部の侵略戦争に共鳴した凶悪保守政権の残党集団ではありませんか? その残党のお偉いさんが謝罪したとなると、これは決定的にも思われます。今更、言う事を覆しても遅いです。お願いですから、これ以上、日本の恥を曝さないでください。

peacesingerさん


 
まず、何のビデオを見たのでしょうか?(笑)
私が紹介した「報道2001」には、慰安婦に対する考えに、印象を与えるよな話は1つも無かったはずなんですけど。(笑)
別に、賛成・反対に別れて討論会したわけでもなければ、新事実とか出されたわけでもない、ただマイク氏が、自分は従軍慰安婦の確固たる根拠を持っていないが、河野談話が理由であったと思う・・・と言った、まあ「信じている」という宗教観に近い話しかしていなかったような。
あのビデオを見て、本当に「印象を感じた」のであれば、最初から色眼鏡で番組を見ていたとしか思えないんですけどね。

 
 
あと、五・一五事件や二・二六事件を語るなら、その事件の性格の違いは当然知っているんでしょうね。
それに前後の因果関係が、恐ろしく端折ってないかい?

あなたの、歴史的事件を背景も性質も推察せず、ゴッチャで斜めから物事を見て、客観性の無い主観判断を事実だと思い込み、その思い込みを論理のスタート地点として「○○だから、××をやってもおかしくない」=「やったに違いない」=「やったのは事実だ」という、とんでもない論理飛躍で、相手を蔑む言い方は、まさに平和を叫びながら、実はトボケた事を叫ぶ人達とかぶるんですけど、どうでしょうか?
まあ、名前からして平和歌手だとか名乗るぐらいなので、言わずもがな・・・と言った感じでしょうか?


 
あと、謝罪が根拠だと言う人に、聞きたいのですが、彼らが謝罪するまでは、何が根拠だったんですか?
従軍慰安婦問題があった、だから謝罪せよと散々に言っていたわけですが、その根拠は結局何だったんでしょうか?
その根拠が客観的に明白なものならば、謝罪以外にも根拠があるはずですが?
今回のマイク氏も、結局は謝罪の他の根拠は示せなかったわけですよね、根拠があるなら、片っ端から言えばよい。
要するに、彼も含めて、それ以外に根拠は今も昔も無いと言うわけでしょうね。

貴方には、他に何か明白な根拠があるのでしょうか?
もし、そんな根拠もなしに「決定的な証拠」という言い方をしているなら、貴方の方にこそ、私は日本人として、祖先を敬わない姿勢が恥ずかしい限りなんですが。


私は、自分の孫が何の根拠もないのに、「私の祖父は犯罪者でした」と私を罵るのであれば、この以上悲しい話は無いけどね。
私は家族を愛しているが、その子供や孫が、証拠も無いのに、自分を犯罪者扱いするとは、情けない限りです。
せめて、明確な根拠が出てくれば、祖父に代わって謝罪するとかも分かるけど、世界中の人が非難しても、証拠が出てくるまでは、孫だからこそ反対に、祖先をどこまでも信じてあげるべきじゃないの?
あなた達のやっている事は、証拠無いのに犯罪者を作り上げ、自己満足しているだけじゃないの、しかもその犯罪者は身内であるという、凄まじい話ですよね。 本当に自分で正しいと思っている?

何も考えずに、条件反射で「謝罪」と言っている気がするんだけど。(笑)


 
それに、石原元副官房長官の談話を聞いたことが無いの?
河野の謝罪は政治的判断だったと明白なのに、なぜ、その河野談話にいつまでも拘るのかな?
きちんと歴史の流れを勉強しようよ、臭いものに蓋をする安易な考え方では、悲しくならない?


 

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2 26, 2007

マイク・ホンダ

25日のフジテレビの「報道2001」は、なかなかバカバカしくて面白かった。
出来れば、日本の議員との討論と言った形でお願いしたかったが、まあ今日のホンダ氏の話を聞いて、結局彼は何の根拠もなく、ただ慰安婦問題を取り上げていたのが明白になったので、仮にやったとしても討論にはならないですね。

慰安婦決議案、「河野談話が根拠」 ホンダ議員

米下院に慰安婦問題をめぐる対日非難決議案を提出したマイク・ホンダ議員(民主)が25日、フジテレビの「報道2001」に中継で出演し、決議案が「日本軍による強制的な性奴隷化」などと軍による強制連行を一方的に断定している根拠について、「官房長官談話が出て、首相が謝っている。実際に(強制連行が)なければどうしてそういうことが起こるのか」と述べ、平成5年の河野洋平官房長官談話を挙げた。

 これに対し、日本側の出演者は「日本政府に謝罪を求めながら、強制連行の根拠を『日本の首相が謝罪しているからだ』というのは論理矛盾だ」(山本一太参院議員)などと反論。日本政府の対応にも注文が相次いだ。

 ホンダ氏は、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が河野談話の修正を求めていることについて、「議員が声明の内容を変えようとしている。本当は心から謝っていないのではないか」と非難。レーガン政権が1988年、第2次世界大戦中に強制収容した日系人に謝罪と補償をした例を挙げ、日本政府がこれに習うよう訴えた。また、決議案が日米関係に及ぼす影響について「日米関係をさらに強固にする」と述べた。

 河野談話をめぐっては、安倍晋三首相が昨年10月の国会答弁で「狭義の強制性(強制連行)を裏付けるものは出てきていない」と強調。首相サイドでは部分修正を模索する動きも出ている。


産経WEB(2007/02/25 19:00)


みなくるビデオ
http://video.mina-kuru.jp/soft_detail.html?softsq=1042

 
圧巻だったというか、一番の盛り上がりは、何と言っても、従軍慰安婦問題の根拠を何度も求められても、「官房長官談話が出て、首相が謝っている」としか答えられなかった点かな。

んなもの、本当に根拠になると思っているのだろうか。
ならば、日本政府として「官房長官談話は外交上の便宜辞令であり、軍の関与を認めた謝罪ではありません」と正式に出されたら、もう根拠が無くなってしまう、と言うことですよね。(笑)
ものすごく脆い根拠やのー


 
まあ、司会者が田原だったらどうだったかなー。
田「ホンダさん、そんな事を聞いているんじゃないですよ、根拠はあるのか無いのかどっち?」
ホ「根拠は、河野外相が謝罪し、歴代の首相が謝罪してきている、事実だからこそ謝罪していると思う」
田「いや、そんなの関係ない。 では、謝罪以外に麻生大臣が指摘した、客観的証拠、根拠があるのかないのか、そこだけ答えてください」
ホ「そんな一方的に・・・」
田「分かりました、マイケルさんは客観的な根拠を持っていない、と言うことですね、ではCMどうぞ」

ってなもんだっただろうに。(笑)


 
それにしも、河野談話は、本当につくづく浅慮だったよなぁ。
櫻井女史の話によれば、客観的な証拠は無くとも、韓国政府と慰安婦のメンツの為にも、謝罪しておけばそれで「終わり」と思ったらしいけど。
でも、結局は、その談話をいつまでも引用されるし、今回のようにホンダ氏には、「河野談話」がその事実の根拠となってしまっている現実は、本当に正常な判断が出来ない「甘ちゃん」だったんですよね。
人間は、日本人でも欲が深く、1つ相手が要求を呑めば、次から次へと要求が拡大していくもの。
ましてや、相手は外国人で、そんな常識など通用しないのは、冷静に考えればすぐに分かるのに、早まって河野談話を出してしまった事も、まさに汚点ですね。

早急に、河野談話を見直し、もしくは補足すべきでしょうね。


 
日本政府は、慰安婦の存在は否定しておらず、日本軍が彼女らを利用した事実も否定していない。
だから、河野談話の謝罪は、慰安婦を排除出来なかった事への謝罪でいいんじゃない?
軍の関与を示す証拠が無いのだから、軍の関与に関しては一切認めない方針で行けばね。

それにしても、恐ろしいのはマスコミの力ですね。
朝日新聞が仕掛けた捏造が、この時代でもまだ大きな影響力を残し、日本を苦しめているんですから。
朝鮮、韓国、中国が、戦略で日本を窮地に貶める手段を、長年仕掛けて来るのは、まあ隣国の外交なんですから、しょうがないとは思いますけど(隣国とは仲良くしようと本気で叫んでいるのは、平和ボケした日本の市民団体ぐらいじゃないか)、日本の場合は国内でも日本の足を引っ張る人達が、何と多いことか。


でまあ、こんな事を書くと、間違いなく私は「右翼」と言われるんですけど。(笑)
日本での右翼って、結局は国際社会での左翼ぐらいか?(笑)
戦争、軍隊、武器という、あるキーワードだけに強い拒絶反応を示す人達が、日本の場合はサヨクらしいので。

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2 02, 2007

鬼の首を取ったかのような

気づいたら、また書くのをサボっている。(笑)
最近は仕事も忙しいし、どうもリズムがなぁ。


ところで、久しぶりに書きますが、旬はこのネタかな?

衆院予算委 柳沢発言で野党欠席 与党単独質疑の異例事態


衆院予算委員会は1日午前、安倍晋三首相と全閣僚が出席し、災害対策費などを盛り込んだ06年度補正予算案に対する基本的質疑を始めた。しかし、柳沢伯夫厚生労働相の「女性は産む機械」発言を受け、厚労相の罷免を求めている野党4党は委員会を欠席し、与党単独で質疑に入る異例の事態となった。
 柳沢厚労相は「不適切な言葉遣いをし、国民、女性の方々の一番大事な部分を傷つけた。心からおわびする」と改めて陳謝した。野田毅氏(自民)の質問に答えた。
 与党は共産党が「丁寧な委員会運営」を求めたことにも配慮、午前9時予定だった開会時間を2度延期。質疑は午前11時過ぎにスタートした。
 これに先立ち、自民党の二階俊博、公明党の漆原良夫両国対委員長は国会内で河野洋平衆院議長を訪ね、厚労相の辞任を求めず、予算案の質疑を始める考えを伝えた。議長は「丁寧な審議を心掛けてほしい」と応じた。 一方、民主、社民、国民新3党は1日昼、愛知県知事選の投票を4日に控えた名古屋市で厚労相発言に抗議する街頭演説会を開き、民主党の小沢一郎代表と社民党の福島瑞穂党首がそろい踏み。小沢氏は「安倍内閣そのものの問題。女性べっ視だけでなく、復古主義的な思想が背景にある」と批判した。


2月1日17時2分配信 毎日新聞 【谷川貴史】

全く、国会をなんだと思っているんだろうね。

確かに、柳沢の「女性は産む機械」発言は、さすがに失言だと思うよ、でもただそれだけじゃないの?
残念ながらオレは男性なので、女性の心理までは読めないが、女性全員が目尻を上げて彼を非難しているかと言えば、そうとも思えない。
そもそも、柳沢発言の趣旨を理解すれば、単に人権侵害とか、女性蔑視だとはとても思えない。

少子化と年金問題は、子供の人口比率は避けて通れない問題であり、発言が行き過ぎたとは言え、彼の発言内容は今の日本社会にはもっと子供が必要だ、だから産んでくれ、と言うようなものでしょ、男性は埋めないんだからさ。
発言が適切ではなかった、失言でしたと謝罪は必要でしょうけど、それを政局争いに利用している現在の風潮にはウンザリです。


 
社民党は、まあアウトオブ眼中なので、しゃーないかな。
辻元と言い、福島と言い、結局はその程度でしか今の政治に参加出来ないほど、ズレた感覚の持ち主で、元々、政策論議で政治には参加出来る人達じゃないだけに、自分の存在価値はここでしかないとばかり乗ってくるのは、惨めだと本人が思わなければ、別に私は気にならない。


やはり怒るのは、民主党。
安倍内閣の支持率は続落傾向だし、残業代カット政策も、造反議員の出戻りも、本来なら民主党に追い風なだけでしょうに。

今回の件で、鳩山などが「女性のため」などと口に出す事がおぞましい。
ましてや小沢も尻馬に乗って、相変わらず辞任を求め国会に参加せず政治を行わず、政局遊びしかしない。

柳沢発言は失言だったか、それが政治を空転させる正当な理由になるのか?
野党第一党ですよ、自民党が傾いたら民主党が政局を運営しなきゃならんのに、相変わらず政治には参加せずに、相手の失策をさらに大きくして政局を遊んでいるだけ。

落ち目の安倍内閣相手に、どうして正面から政策論議でぶつかって存在感をアピールしないのかね。

日本の政治がいつまでも3流なのは、相手の失策ばかり揚げ足とって、非難するだけで、自分から政治を正論で奪い取ろうとしないからじゃないか。
相手の失敗を、鬼の首を取ったかのように騒いで、やれ辞任だ、やれ審議には参加拒否だの、政治を行わず相手とケンカする事ばかり考えていては、本当に情けない。

サラリーマンが出世争いで、他人の揚げ足を取って蹴落として、昇進しているのを見ているようなもの。
他人の失敗がどうのこうのより、自分の功績で出世する姿を見る方が、そりゃその人を応援したくなるに決まっている。


 
基本的には、私もWEの事もあり、柳沢は好きじゃないし、別に大臣の器だとは思っていないが、それと政治を空転させる事は別だと思っているし、本当に女性を蔑視するだけのツマラン人間なら、ほっといても次の選挙で落っこちる、そんな腹づもりで、抗議や謝罪は求めても、百歩譲って辞任を求めても、それを理由に政治拒否をするのは、「女性の人権侵害」だと騒ぐよりも、もっと大事な何か忘れていると思うのは、私だけでしょうか。


ほんとに、今年の参議院選挙、投票行くのやめよかな・・・


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11 05, 2006

履修不足と、出口が見えない民主党


【履修不足問題】

前回は、高校の履修不足について安易な救援策は反対だ、と書いたのだが、結局は政府は・・・自民党と公明党は、国民の人気取りのために安易な救済処置を決めたようだ。

確かに、高校生には罪はないし、この時期に履修不足が発覚して大変なのは分かる。
だが、「履修不足である事実」は変わらないのである。
「生徒に罪はない」と叫べば、「学習していない」と言う事実が消えるわけでもない、ここが大事だろう。
卒業とは、一種の資格だと思うのだが、どんな事情があろうとも、履修していないものに「履修した事にして資格をあげる」とする事は、多岐に渡って不平等に繋がる。
極論を言えば、受験生には罪はないので、試験を受けていないが国家試験を合格させる、とかなるともうムチャクチャになるのは、誰でも容易に想像出来るが、実際に今回政府がやろうとしているのは、スケールは小さいが、同じことをやろうとしているんだと気づいて欲しいですな。


授業数を減らしたり、レポート提出でごまかすのなら、大検(平成17年からは高等学校卒業程度認定試験と言うそうだが)の世界史(履行不足科目)を受験させ、合格したものには、すでにその科目の知識を習得している、と言う理屈になるので、授業数+レポート免除をすると言うシステムなら、問題ないだろう。 
授業を受けなくとも、高等学校卒業程度認定試験を受験させるとか、卒業まで間に合わないケースは、仮の卒業資格を与え、半年以内に履修する事を条件としてあげる、特別ルールでも立派な救済だろう。
授業数の免除などは、安易な救済以外の何物でもあるまい。


ちなみに、救済策を検討しているときに、伊吹氏は「(学習指導要領に沿った授業を受けた生徒と)無条件で同じにするのはおかしい」とした上で、「受験に大きな重荷にならないようバランスを考え、過剰な負担や不安を与えないようにしたい」と語ったそうだが、真面目に履修した9割の高校生から見れば、自分達が授業を受けている間、受験勉強をしていたんだと思うと、当然、不満や不安は残るはずで、この救済策でどこがその不安を配慮した事になるのか?
また、無条件で同じにするのはおかしい、と述べていたが、無条件で授業数を減らして同じにしているんだが、この舌の根が乾かぬうちに言ったことを翻すのは、政治家としては当たり前なのかも知れないが、人間として信用出来ないですな。
さらに、今回の救済策は「履修不足の生徒」を対象にしたものは良く聞かれるんですが、「履修を真面目にした生徒」に対する救済はなんら聞こえてこないのは、どうしてなんでしょうね。

個人的には、今回の件で、自民党と公明党のポイントはかなり下がりました。
まあ、民主党がその失策を鋭く批判する、つなり救済策を批判せず(何故か、9割の学校は真面目に履修しているのに、彼らを守ろうとする意見が野党にも無いのが不思議)、相変わらず政府批判だけを繰り返すので、全然ポイントが延びないので、悲しいかな2大政党は遠のくばかりですけど・・・


 
【民主党の凋落は続く・・・】

民主党が、自民党の失点でも自分のポイントにならない、と言った話で思い出したけど・・・
確かに、民主党の支援団体に、日教組や労働組合があるので、旧社会党が持つ側面から抜けきれないのは理解していますが、それにしても意味のない政府批判、精髄反射的な与党批判を繰り返してきた、旧社会党がどうなったのか知らぬ分けでもあるまい・・・
それ以前に、口では政権交代だの、打倒自民とか言っているけど、本気で2大政党を目指しているように見えないのが、最大の問題点だな。



http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20061104AT3S0400P04112006.html
外相らの更迭要求、核論議容認発言めぐり共産や社民

 共産党の志位和夫委員長は4日、都内で講演し、核保有論議を容認する麻生太郎外相や自民党の中川昭一政調会長の発言について「内外から厳しい批判があっても発言を繰り返している。どうにも止まらないのなら辞めてもらうしかない」と述べ、外相らの更迭を求めていく考えを示した。

 社民党の福島瑞穂党首も札幌市内で記者会見し「外相が辞めるか安倍晋三首相が罷免させない場合には、不信任案を出す段階だ」と強調した。外相罷免は民主党の鳩山由紀夫幹事長も要求している。

日経ネット(19:16)

共産党や社民党が、言論の自由を奪うような事を言うのも、まあ、ハナから相手にされていないの別にかまわないのですが、気になるのは民主党の鳩山が同じ事を言っていること。

日本が核兵器を持つことは許されない、と言った話が出てくるのは当然としても、どうして持つことが許されないのか。
日本は、核兵器を持てるが「持たない」というメッセージを世界に示すべきだ、と言う意見もあるし、一口に核兵器武装論にしてもいろんな意見があるのは当然なのに、鳩山は「大臣が口にするのは許されない」と語る。

しかも、彼は「>世界中から核をなくす運動のトップリーダーとして動かなければ いけない日本の外相が、こういう発言をしたことに心から怒りを持っている」と語っている。
つまり、理論として大臣が核武装議論を持ち出すことの是非を述べているのではなく、単に怒りを持つ=感情論で不信任をしようとしている事が空恐ろしい。


 
どの新聞報道を見ても、最低限の事、つまり麻生や中川氏の言っていることは「核武装論議」であって、「核武装」の話ではない。
核武装論議を行うことを、許さない、つまり議論すら封じ込めようとしている。
どうして、核武装論議が行けないのか、まともに討論出来ないので、感情論で反対するところなど、鳩山は何を考えているんだろうか、ここまで来ると、社民党や共産党と区別がつかない。(笑)

どうして議論そのものがいけないのだろうか、核武装による弊害も、危険性も、世界に対する影響も、全てきちんと議論した上で、核武装など愚策以外の何物でもない、と言う結論に至らせるのが、本来の民主政治ではないのか?
議論もせずに、単に感情や脊髄反射で許せないなど、そちらの方が、政治に対する冒涜だと思うぞ。


それに、そもそも鳩山は、西村真悟が核武装論を展開して話題になった時、鳩山は「核武装してもいいかどうかを国会で検討したらどうかと言った瞬間に クビを切られるとなると、 国会で核をもつべきかどうかなんて議論がなされなくなる。 議題に乗せることすらしてはいけないという発想もいかがなものか」と述べている。

見事なまでの二枚舌であり、今回の件も自身の信条でもなく、単に自民党の大臣が言ったから、感情的に許せなく不信任を出すと言ったまさに軽薄な政治理念しか持たない事を露呈してしまった。


自民党が失策をしても、民主党がそれを上回る勢いで失点を重ねてしまっている。
アメリカでも、共和党と民主党がバランス良く存在しているのに、日本では・・・・国民にとって、これ以上の不幸は無いな。

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10 24, 2006

負けたのは●●のせい


10月22日に行われた、衆院統一補選(神奈川16区、大阪9区)は自民党が2連勝し、民主党は敗れた。
この件に関して、いろんな分析は確かに出来るだろう。

ただ、私から見れば、今回の補欠選挙は自民党が勝った! と言うよりも、民主党が勝手に転けた! と言う印象がある。
不倫とか、小沢の入院とかいろいろ言われてはいるが、私の場合はそんな事よりも、反対の為に反対する野党に成り下がった民主党に、何の魅力も感じなくなった時点で、自民党を追いかける政権交代を目指す事に無理があると思っている。


そもそも、4月の千葉県で行われた補欠選挙で、小泉元首相の自民党に、小沢の民主党が勝ったが、その勝因を冷静に分析したかどうか、それが今回の選挙の結果となったと思っている。
世間やマスコミ、民主党内でも、小泉の長期政権に対し、小沢の民主党に国民の期待が集まった、小沢なら民主党は選挙に強い、などのくだらない意見があったが、まさか本気で民主党が自民党に勝った、と判断したのではあるまい。


素人の私から見ても、4月の千葉補選では、民主党が勝ったのではなく、長期政権から来る反動+小沢への期待感(要はサービスポイント)がほとんどで、民主党の政策や理念に賛同した人が多かったわけじゃない、その程度の事は見えていた。

そうなれば、重要なのは、小沢への期待感を国民が持っているうちに、それを確固たる支持に繋げるような政策、理念、行動が大事だったと思うのだが、この半年間、小沢民主党がやった事と言えば、昔の社会党のように、反対のための反対、与党(自民党)との差別化を強調するあまり、政策や理念ではなく、脊髄反射的な対決姿勢を貫いて来ただけで、小泉や安倍がいくら失点しても、それ以上に火だるまで失点を重ねていく民主党に、何の魅力が感じられようか。


 
北朝鮮の核実験も、自民党には追い風になったとか民主党は分析している。
では、なぜ追い風になったのか。
それは外交面において、小泉-安倍ラインにおけるブレない姿勢が国民に強い支持を受けているからであり、毅然とした態度で臨むその姿勢に賛する国民が多いと言うことが分かる。

ところが、民主党はどうだろうか。
旧社会党が党内にいる事もあるのか、毅然とした外交にはほど遠く、ここでも自民党に対抗するような姿勢しか出せなかった。
前原前党首が、ごく当たり前の事を言ったと思ったら、民主党内にいると言うだけで、彼がものすごく立派な人間に見えた、と言うのもマイナス要素だったはず。
つまり、自民党がライバルだろうが、外に向かって国益や国民を守るためには、与党にも賛成するし、与党だからこそ二の足を踏むような事も、野党なら言えたはずで、それを当たり前のように言えた前原が本当は当たり前なのだが、こんな事態でも反与党の姿勢だけは守った小沢との差がくっきり出てしまった。


核実験をして、国連で臨検の話が出ているのに、民主党は共産、社民と同じく「周辺事態と呼べない」などとして反対している。
まあ、山崎とかも同じだが、インドやパキスタンでも持っているが有事とは呼ばないなどと、日本に敵意を持つ国が、周辺国の制止を無視して勝手にミサイル実験を行い、今度は核実験までしている現状と、その後の危険性と可能性と、インドとパキスタンが同じ土俵に上ると思っているらしい点で、平和ボケ・・・と言うのもおこがましい、想像力も危機感も全く何も感じない役立たずの政治家と民主党は同じになってしまった。

言って置くが、前党首の前原の言っていることが、当たり前のことで、決して右よりな発言でも、特別な内容でもない。
ただ、彼の発言がとても傑出して思えてしまうことが、現在の民主党の凋落ぶりを表している。


 
さて、今回の補選での敗退を受けて、民主党の敗因を書いた記事をチェックしたが・・・

まあ、民主党や菅、鳩山、小沢がどの程度分析しているのか知らないが、例の「民主党中堅議員の話」とか「民主党関係者はこう漏らす」などに出てくる、お決まりの(存在すら怪しいもの)人達は、『北朝鮮の核実験で民主党への興味が離れた』『細野議員の不倫問題で顰蹙を買った』『小沢代表が入院をしてマイナスイメージになった』『前原が党執行部批判を行い、お家騒動が勃発したと見られた』などなど、一杯あります。


で、気づいた人も多いでしょうが、上の敗因の分析での言葉、全て「●●のせい」と人のせいにしているんですな。
まあ、選挙なんですから、その一面もあるかも知れませんが、自分の反省ではなく、自分以外に責任を求める辺り、私はしらけちゃいますな。
前原批判など、もっての他で、確かに執行部批判は気に入らないだろうが、それだけに執行部の北朝鮮に対する考えが、ズレていると自戒しなければ、次に活かせないだろう。


 
こんな時でも、小沢は、今度中国に行って、靖国参拝を取り上げるとか。
中国も、何とか日本と外交を復活させ、そのために「灰色」で妥協しているのに、自分達にとって自民党が中国と仲直りするのはフリだからと、火種をわざわざ落としに行く、それが小沢流の政治ゲームなんだろうね。

昔は小沢が好きだったんですが、今ではそれも不思議なぐらい、自分でも信じられません。(笑)

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