3 26, 2004

別れはやはり寂しいものだ

本日の放送を持って、テレビ朝日の看板報道番組だった「ニュースステーション」が終わる。

基本的には、朝日新聞系べったり姿勢であり、偏った番組内容は嫌いだったが、さすがに18年という長い年月には、バブル期の入社で、私の社会人人生とともに歩んできた番組だっただけに、感慨深いものもあります。

ニュースステーションで、一番記憶に残っているのは、やはり2001年9月11日のアメリカ貿易センタービルへのテロ事件ですね。
あれは、放送時間帯の関係で、リアルタイムで発生した事件でした。
最初、「アメリカから衝撃的な映像が入って来ました」との報道で、センタービルが黒煙をあげている映像がテレビに映った。
これは、打ち合わせに無い予定外の緊急ニュース映像だと言うことは、久米氏をはじめ、その場にいたアナウンサーやコメンテーターの態度でもわかった。
最初、飛行機がぶつかってしまったようだ、詳しいことはわからない、事故か事件かもまだわからないし、死傷者も不明です、と言う報道でしたが、2機目が衝突する映像が写された時点で、初めて誰もが「テロ!」と言う衝撃、認識を持ち、その後テレビから離れなくなった。


ニュースステーションと言う番組は、それまでのニュース報道のあり方をガラリと変えた、視聴者にわかり易く、興味を持たせてくれる切り口で、ニュースとは別の報道と言う側面を、視聴者に伝えた部分で、画期的な番組であった。
特に、事実のみのニュース報道では伝えきれない、「その後」も報道特集として取材を続け、視聴者に伝えたこと。
例えば、95年1月17日の阪神大震災では、数週間に渡っていろんな角度(火災の酷かった長田、倒壊の激しかった東灘、交通が分断され陸の孤島だった灘など)で伝えてくれた。

しかし同時に、自民党の安倍幹事長も同様の事を言っているが、ニュースの解説部分と、実際のニュースがごっちゃになり、意図的かどうかは別として、結果として事実が本来とは意図されない別の事実に変わってゆくという側面もあった。
私の場合、これが特に鼻について嫌いになったわけですが、例えば朝日新聞系列でよく見られる、中韓側に偏った立場での報道を指し、実際のニュースにいろんな解説を付ける上で、自分たちの思想に沿った内容を、意図的に編集して報道するため、そのニュースを通じて世論をある方向に捻じ曲げる結果になったことですねぇ。

ただ、この番組が開始されたころは、まだまともな部分が多かったような記憶があるのだが。

例えば、裁判問題にまで発展した所沢ダイオキシン問題では、結果的に報道の方法に若干の問題があったものの、私は所沢農家ではなく、この問題では当初からニュースステーション側を支持をしていた。
なぜなら、野菜からは高濃度のダイオキシンが発見されたと言うのは「ウソ」だったが、茶葉からは実際に検出されており、周囲は高濃度のダイオキシンが存在する環境であったことは事実であったし、問題はあくまでも杜撰な管理をしていた産廃所であり、放置していた行政の問題であったからだ。
事実、あの報道のあと、埼玉県はあの場所の産廃所は潰したそうだ。
あの報道が無ければ、検出はされていないが、高濃度ダイオキシンの環境で作られた野菜を、国民が食べ続けていた可能性もあったわけで、報道番組の役目の1つは、ニュースステーションは立派に果たしたと、今でも評価している。


そういった、数々の歴史とともにニュースステーションは流れ、私も社会人として生活をし、いろんな知識、情報を貰ったし、反対に意見をぶつけたりもした。
そのような番組が、今日で終わる・・・まさしくこれが人間の性なんでしょうね、好きではなくなった番組だけど、無くなると言う事実の前には、寂しく感じるものです。

長い間、ご苦労様でした。>ニュースステーション、スタッフ、関係者一同様。

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