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9 25, 2006

募金活動と批判


今日は、2CHでかなり話題になっている話を紹介します。

心臓移植:さくらちゃん「救う会」が募金活動 目標1億3600万円--三鷹 /東京

 ◇心臓移植手術しかない--年内渡米目指し
 難病の「拘束型心筋症」と診断された三鷹市の団体職員、上田昌広さん(53)の長女さくらちゃん(4)が米国で心臓移植手術を受けるため、支援者でつくる「さくらちゃんを救う会」が募金活動を始めた。目標額は渡米・手術費など計1億3600万円。同会は「11月中には目標を達成し、年内にもさくらちゃんの渡米を実現させてあげたい」と協力を呼び掛けている。
 拘束型心筋症は心臓の筋肉が硬化し、心室の拡張機能が次第に低下する病気。心機能が落ちて肝臓や肺などにも負担がかかり、診断1年後の生存率は5割未満という。現時点では心臓移植以外に治療法はないが、国内では臓器移植法により、15歳未満のドナーは認められていない。
 さくらちゃんは今年4月、肺炎を発症して都内の病院で精密検査を受けたのがきっかけで病気が判明した。現在は血流が弱まって血栓ができるのを防ぐ薬を1日2回服用しながら2週間に1回通院している。
 21日、都庁内で会見した昌広さんは「肝臓など他の内臓の機能も低下し、移植が難しくなってしまう」と訴えた。さくらちゃんは一人娘。同席した妻和子さんは「信じられない診断結果で、移植しかないと言われた時は足元が崩れ落ちる思いだったが、さくらが頑張っている姿に、私たちも前向きに頑張り、協力をお願いしようと思った」と声を震わせて話した。
 同会はこの日の都庁前を皮切りに、毎週土日曜日にはJR吉祥寺駅周辺での街頭活動を予定。23日には武蔵野市の市民文化会館でチャリティーコンサートを開く。募金の呼び掛け人には子どもがさくらちゃんと同じ保育園に通っていたという漫画家の石坂啓さんらも名を連ねている。
 募金の振込先は「さくらちゃんを救う会」で、郵便振替00140―0―446479など。問い合わせは同会事務局(0422・41・8586)まで。【夫彰子】


9月22日朝刊 (毎日新聞) - 9月22日11時2分更新


これだけ読むと、最近は増えたとは言え、海外でしか手術を受けられず、生命の危機に瀕する少女を救おうとする、心暖まる話だな、と読み過ごすのですが・・・・

ただ、2chの某所で、この話題が非常に賑わっております。
当初、どうして2chでこの話題が人気あるのか不思議でした。
言葉は悪いですが、2chで賑わうのは、どこかが炎上しているような、そんな祭りとよばれる盛り上がりがある場所だと思っていましたが、まさか善意の募金お願いに、これほど盛り上がるとは、外からは思いもしませんね。
でも、中を読んで・・・何となく納得。(笑)


 
私は、この件に関しては、断言したりするほどの知識や経過を知らないので、個人的な立場はとりあえずノーコメントとしておきますが、2chで盛り上がっている理由を紹介します。


 

早い話、この少女の家庭が、一般サラリーマンより裕福なのに、募金って甘えてんじゃね? って感じですかね。


 
確かに一般のサラリーマンが1億円以上の医療費など、負担できないので、募金に頼らざるを得ないのは理解できます。
また、私などは1億2千万を用意しようと思えば、正直な話、親族などから借金しまくって、保険を解約し、貯蓄を崩し、自宅を処分しても、2千万円も用意出来ればマシな方かな(家のローンがあるので自宅を処分してもあまり残らない)、だから残り1億円はみんなの善意にすがるしかない、と言う感情も理解来ます。


と・こ・ろ・が、この少女の父親は、NHKのエグゼクティブプロデューサーらしいですね。
母親も、NHKディレクターだそうで、両親の年収は4千万円だとか言う話もあります。(NHKの平均年収が1200万円だそうです)
でもって、救う会のメンバーを見ると多くがNHK関係者で、自宅も庭付きの立派な家も持っているようです。
また、NHKなら共済会も使えるのではないかとか、いろんな話が出ております。


まとめサイトに話によれば、


・当人が先んじて努力を講じていない(親が一切お金を出していない。)
・トリオジャパンも不明瞭な募金の使い方。また値段の設定の仕方。(デポジットや余剰金問題等。また、滞在費の値段設定などが一切あいまいで不明。
そのほかにも過去の募金などででた余剰金などを一切使用していない)
・募金の使い方がおかしい(事務局経費など募金を集めるのにかかった費用全額募金でまかなうというおかしなもの。
それだけならともかく、スタッフTシャツやのぼりなどを作成していること、規約に当てはめるとこれも募金でまかなう。
また両親の海外滞在費用など本人負担も全て募金で負担していること)

こんな感じでしょうか。

恐らく、この世に難病、奇病で苦しんでいる子供達は大勢いるでしょうし、みんながみんな助かるわけでもなく、いやむしろこのような募金活動まで支援してくれる事は希なケースで、多くのご両親や親族、関係者は涙を流してきたと思います。
それを考えれば、NHKという立場のプロデューサーであり、救う会もみんなそれぞれ社会的地位をお持ちの方で、それで最初から善意にすがるのは、確かに「あれ? ちょっと違うかも知れないな」という印象を持たれても、仕方がないですね。

おまけに、いろいろ問題もあるそうですし。

まあ、このサイトも読んでみて下さい。
書いている内容に関しては、読んだ各人の判断に任せます。

死ぬ死ぬ詐欺

 
個人的には、NHK職員だから募金はダメとか、ここで重要なのは子供の病気の治療なので、親とか会社に関係なく子供を救う気持ちが重要な事も、大事だと思っております。
まあ、募金活動とはその気持ちから始まるはずなので、募金する人や、この救う会の活動を支援、賛同する人をとやかく言うつもりは全くありませんのであしからず。

ただ、私は自分の立場に置き換えた時、このご両親は非常に幸運だと思うし、確かに嫉妬もあるかも知れません。
4月に病名が判明し、その半年後にはもう200万円以上もの寄付があり、さらに名士が集まった救う会を持ち、自分の子供のためのチャリティコンサートまでが開催される・・・一般のサラリーマンには夢のような展開です。
だから、病気1つをとっても、今更ながら、社会は不平等だと嘆き叫ぶつもりはありませんが、せめて、両親としてどこまで子供のために尽くしているのか、伝わる何かが欲しいとは思う事も、これは人間の心理として当たり前じゃないか、と言う思いもありますね。


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9 24, 2006

学校では思想信条を持ち出せば自由だぁ!

う~む、地裁レベルではとんでもない判決が間々見られるが、今回の判決ももはやお笑いレベルのものだった。



卒業式や入学式などで、日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するよう義務付けた東京都教委の通達は違憲違法だとして、都立学校の教職員ら401人が義務がないことの確認などを求めた訴訟で、東京地裁は21日、原告全面勝訴の判決を言い渡した。(毎日新聞)

要するに、思想信条の自由を持ち出せば、学校の言うことだろうが、教師の教えだろうが、従う必要がないと藤波裁判長は判断したわけですが、これで学校教育をどうやって行っていくのでしょうね。

まあ私も、国旗・国家に関しては過去にもやって来た。

http://papa.air-nifty.com/neboke/2004/03/post.html
国歌斉唱の拒否(2004/03/10)

http://papa.air-nifty.com/neboke/2005/03/post_2.html
君が代問題での権利と義務、自由と責任(2005/03/11)

http://papa.air-nifty.com/neboke/2005/04/post.html
朝日新聞はやはり面白い(2005/04/03)

(まだまだあります、探してください)


何度も同じような事を書いてきたが、訴える教師側もどうかしていると思っていたが、今度は地裁とは言え、裁判長が学校教育の否定をするとは、どう理解したら良いのだろうか。

判決文の中に、日の丸や君が代が国民の間で中立的な価値が認められたとは言えないなどと言ったそうだが、純粋に国歌、国旗論として扱わず、国旗は日の丸、国歌は君が代と置き換え、日の丸・君が代論として扱う時点で、すでに政治的に物事を扱っているからこそ、中立性がなくなっているのが気づかない時点で、裁判官としては失格だと思うのは私だけだろうか?

もっとも、判決では却下しておきながら、傍論部分で違憲を出して靖国問題を扱ったりする裁判官もいますし、無断でマンションに入り込み、ビラを配っていても「政治目的のビラ配りなら無断侵入でもOK」とか、住民のプライバシーなど全く考えない判決が出たりと、裁判官と世間の常識のズレが、裁判員制度の話として出て来ているのでしょうから、裁判官の信頼度も地に落ちたってなところでしょうか。


 
さて、この国旗国歌に関する話題だが、こんな判決を支持するヤツって、教職員関係者以外でどれだけいるのでしょうね。
皆無とは言わないが、教員が学校行事における国旗掲揚、国歌斉唱の教育を拒否して、思想信条の自由だと叫ぶ滑稽さを、まじめに賛成する奴は、教職員関係者以外にどれだけいるのか、非常に興味があるところです。


 
今回はバトルトーク(TBSラジオ 22:00~23:30アクセス)で扱われるアンケートを紹介したいと思います。
https://tbs954.jp/CGI/ac/btt/btt_talk.cgi

2006年09月22日(金)のバトルテーマ
「国歌斉唱や国旗に向かっての起立を
 教員に強制するのは違憲」
あなたは、今回の東京地裁の判決を支持しますか?


支持する  234
支持しない 424
-     68

 
先ほども言いましたが、この支持するとした人で、教職員関係者以外はどれだけいるのでしょうねぇ。
その数字次第では、如何に教職員の感覚、常識が世俗とかけ離れているのか分かるんですけど。

まあ極端な話、官僚の中では「天下り」が何故悪いのか分からない、と真剣に答えた人もいるらしいので、その閉じた世界で暮らしてきた人達にとっては、外の世界が思う常識が通用せず、その世界の中の常識で判断するので、何が悪いのか分からない、と言った奇妙な現象が、時として発生する場合もありますからねぇ。


とりあえず、賛成する人の意見を何点か紹介します。


 ・何で強制せないかんの?? 強制せんと誰も規律せーへんの? 
  敬意を強制するのは愚考で、それでも「形」は整えたいと思うのは不遜とちゃう?

 ・「強制するのは違憲」その通りです。
   国旗、国歌それ自体の質が良いか悪いかでは無く、それを強制する国家権力に対して、忌まわしい過去のトラウマス蘇ってしまう、そういう人達の苦痛も理解しなければならないでしょう。


こういった意見が多いです、国旗国歌に関してはいろんな考えはあっても、「強制」が良くない、と言った意見も含めて、「強制」に目が向いている人です。

その人達は、強制の中身をはき違えているとしか思えないんですな。
そもそも、学校現場における指導、教育には、ある程度の「強制」が付き物で、生徒や教師が勝手に好きに何でも出来るわけではありません。
オレは宿題を出さない主義だとか、私は近代史しか教えたくない、それ以外の歴史を教えないのが思想信条だ、と言って通用するわけがなく、ある程度の強制は当たり前なのだ。

しかし、ここでは誰も、教員などの個人の思想を変える事を強制はしていません。
日の丸や君が代に対してどう思うか、それは個人の自由であり、思想そのものを変える事は強要されていない。
だから、「強制する」事に目を奪われてしまい、自由とは何か、と言ったところまで本当に考えているのか、疑問がある。


あと、国旗・国歌を制定するときに、強制しないとした言った事に反する、と言った意見も多かった。
通常の式典や行事で強制的に起立して、歌えと国民に「強制」していたら大問題だが、今回の場合、あくまでも教育現場で指導する場合の話であり、指導する立場の教職員に対し、その指導を怠った教員に対する制裁なのですから、全く意味が違う事を理解しなければならないでしょうね。


 

 ・国歌斉唱を強制することは思想の自由を無視している。学校の中だけで国歌斉唱が強制され、従わない教員は処罰されていく現状は異常だ。
   プロ野球の開幕の時などにも「国歌斉唱」ということがイベント化していますが、この時、もし起立して国歌を歌わなかったからといって何も問題にはなりませんよね。問題にする方がおかしいのです。歌うか歌わないかは本人の自由ですから。行動を強制させない自由は憲法でも保障されています。それを教育の場に持ち込んだ途端に「国歌斉唱に従わないのは許せない」となってしまう。教育の場が狂っているとしか思えません。
  「日本人なのだから国歌斉唱は当然だ」と考える人もいるけど、それは屁理屈ですね。
  「国歌斉唱をしたくないなら教職員になるな」と反論されたことがあります。その仕事に就いたが故に自分の意に反してある行為を強制されることがあってはならない。完全に人権無視・憲法違反です。今回の東京地裁の判決は、賢い裁判官が「法の番人」として下した素晴らしい判決であり、不可解な点は1つもありません。

これも相当な電波を発しているが、要するに、教育の現場で行事や式典などで国旗掲揚、国歌斉唱をする時には、その国旗に対する敬意を持つことを教え、国歌を歌うことで国を称える事を「教える」現場と、スポーツなどの社会での出来事がゴッチャになっている。
敬意や称えるのは、確かにこの場合は「日本国」だが、ひいては他国に行った場合は、その国に対する儀礼にも通じる、だから教育現場なのだ。

スポーツの場で、国歌斉唱で起立していなくても確かに問題にならないが、例えば、他国に行って、その国の国旗か掲揚され国歌が演奏されている最中に、座ったままでいる事は、その国に対しての礼儀を、どれほど欠いた行為であるか。
だからこそ、教育現場で教えておく事なのだ、スポーツでは問題ないのに、学校では問題になるのがおかしい、などと稚拙な屁理屈を本気で言う生徒を作らないためにも。


また、「その仕事に就いたが故に自分の意に反してある行為を強制されることがあってはならない」と書いてあるが、まさに温室育ちの世間知らずの意見そのもの。
世間一般では、社則がどんなに自分の意に反していようとも、強制されることは多々ある。
だからこそ、あまりにも自分の意に反する行為を強制される場合には、その仕事を辞めると言う選択肢があるのだ。
今回の判決は、そんな閉塞された社会に生きてきた教職員に取っては、「不可解な点は1つもない」のかも知れませんが、世間一般の常識から見れば、ものすごい不可解だらけの判決なのですが、恐らく彼には分からないのでしょう。


 

 ・正しくは、「国旗や国歌を強制しないと愛せない国にした政府が違憲」だが。
   愛とは、強制されて身につくものではない。愛国心は確かに必要だが、それは愛すべき国となる事によって醸成されるものであり、そこに於いてこそ、シンボルとしての国旗や国歌は敬愛されるのである。逆はまた真ならず、だ。

 ・当たり前の判決だ。強制することで愛国心は生まれない。
   ある将棋士が教育長に就任したので、園遊会に出席したさい、君が代の斉唱を強制しようとの旨の発言をしたら、今上天皇は「強制はいけない。」と言ってました。肝に銘じましょう。


あと多かったのが、天皇陛下も強制するなと言っているのに、と言う意見。
こんな時だけは天皇陛下の言葉は絶対なのかね。(笑)
そもそも、あの時の発言に関しては専門家でも解釈が分かれている。「望ましい」とは、強制しない方が良いに決まっているけど・・・、と言う意味にも取れるし、当時の小渕発言に追従しただけ、と言う解釈もあり、これは何もこの判決を支持する人だけに見られるわけではないが、都合の良い発言だけを切り出して、都合の良い解釈を持ち出して評するのは、おかしい。


あと、今回の判決に「愛国教育」に結びつけている人が多かった。
愛国心という抽象的な表現には、それこそいろんな意見があろうが、まずは、国旗と国歌に対してどう教育するのかと言う問題。
行事というイベントに、国旗に敬意を表し、国歌を斉唱し称えると言う事を教える事を放棄してどうなるのか。

確かに、愛国心は教育などで教え込まれて、それでどーなるとも私は思えないが、ただ、国旗や国歌に対して純粋に正面を向いて、どういう意味を持つものなのか教える、考えさせる教育は決してムダだとは思えない点で、あるべきだと思っています。

だから、愛国心という単語にアレルギー反応を出すのではなく、むしろそう言った偏見など持たずに、国旗国歌と向き合えるためにもどうなんだろうか、と言う観点が欲しい。


 
ともかく、何個か支持する意見を紹介したが、どう読んでも支持している人の8割ぐらいは、学校関係者と思われる人からの意見に思える。

現場は教師が一番良く知るとは言うものの、その教師が今は一番信頼を失っている事に気づかないのだろう。
過去にも、このブログにも教員と思われる方からコメントを頂いたが、恐ろしいほどまで概念が固定されており、世間の常識と乖離が激しく、自分が正しいと思うことは、何をやっても良いと言う思想の持ち主で、世間の方が狂っていると言わんばかりだったが、この手の教員が自分の権利だけを主張しても、全く信用できないのは言うまでもない。


今回の判決も、高裁で逆転されることを信じています。
と言うか、裁判所の高裁レベルに、その程度の常識を期待しても大丈夫だよね?


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9 19, 2006

駐車場付きの飲食店を規制すべきか?


また間が開きました。(笑)
どうも書く時間があまりない・・・まあ、どちらかと言えば、意欲の問題かも知れないけど。(^_^;)>

政治の問題とか、朝日新聞の必死な記事など、書きたい話もあったんだけど・・・
今日は社会面で書きましょう。

8月25日夜、福岡市の橋で飲酒運転の果てに車に追突し、子供3人を殺してしまった事故、いや事件から飲酒運転に関する話題が、各所で賑やかに行われております。
その中で、個人的に気になっているのが、駐車場付きの飲み屋は、酒の販売を禁止しろという意見。


どの程度真剣に考えて言っているのか、よく分からない部分もありますが(ただ、煽っているだけかも)、その人のブログなどを読むと、どうも真剣にそう思っている印象もあります。


 
飲酒運転した本人が一番悪いのは言うまでもありませんが、現在は、酔っているのに運転をさせた同乗者、車を運転する事を知って飲ませた人達も、処罰の対象になっております。
ただ、これまたご存じのように、ここまでやっても福岡の事件もそうですが、飲酒運転による事故は起きていますし、それ以降も飲酒運転の報告は各地で報告されていますので、飲酒運転に対する絶対的な有効手段とは言えないようです。

だからこそ、今度は飲ませない環境作りという視点で、飲食店側に責任を追わせようと言う考えが出ているのだと思います。
まあ、方向性は正しいと思います、飲まない、飲ませないは大原則でしょうから。
しかし、その飲ませない事を駐車場にだけ目を向けることは、ちょっとおかしいのではないか、と言うのが私の考えです。


 
常套句に「飲み屋に駐車場が付いているのは、飲んで運転して下さいと言っているようなもので、制限しない方がどうかしている」という意見があります。
確かに、その論も一理あります、いかにも、スナックバーに一人で車で乗り付け、飲んでそのまま帰るような店があります。
恐らく、「飲み屋に駐車場など必要ない」と考えた人は、そのような店を想像したんだと思います。


ただ、ここで考えて欲しいのは「規制する」というのは、ボーダーラインを引いて振り分ける必要があるのです。
抽象的な表現、「スナックバーや居酒屋のような」という表現で基準を設けることは出来ません。
お酒を出すと言う意味に置いては、フランス料理など専門店でも、ワインやシャンパン、ブランデーなどの洋酒を出す店もあれば、日本(懐石)料理でも日本酒など切っても切れないものがありますが、それらは対象外にするのでは、著しく不公平な規制と言わざるを得ません。

これを考えると、バーや居酒屋だけでなく、レストランなども駐車場を廃止させる方向になってしまいます。

また、お酒を出す店は、何も自分達が駐車場を持っているとは限らず、ホテルやショッピングモール、デパートなどにもあります。
それらは駐車場があっても、規制対象外になるとすると、いろんな応用編や抜け道が可能になってしまい、意味がありません。


ある掲示板では、「駐車場がある場合にはお酒を出さない」を徹底させるためにも、ホテルでもお酒は出さないようにするべきだ、と言う意見がありましたが、ワインを出さないフランス料理店を持つ一流ホテルが、世界のどこにあるんでしょうか。(笑)
それ以前に、お酒を楽しむ場所を持たない一流ホテルってのはあり得ないでしょう。

お酒を飲んだら運転させない環境作りは分かるのですが、旅行者にもお酒を提供できないホテルなど、常識がどこかに落ちてしまったのでしょうか、本末転倒ですよね。


 
それとは別の話になりますが、私はよく駐車場付きのファミリー居酒屋を利用します。
私と旧知の人は、私が「酒を飲めない」事は知っていると思いますが、私は酒は飲まないけど、料理と会話を楽しむ為に、居酒屋を利用します。
また、最近のファミリー居酒屋ってのは、個室もあって子供も気軽に利用できます。
子供の父母の会の集まりで、よくそのような居酒屋利用しますが、数組の親子が集まって飲んだり食べたりします。
もちろん、両親のどちらかが飲めば、片方は飲みません、子供と一緒に帰るんですから。

駐車場には、そう言った利用方法もあると言うことです。
今までは、駅に近い場所で駐車場に車を止めて、飲み屋に集まりましたが、最近は駐車場付きのそのようなファミリー居酒屋のような店を使っており、私はこれは「飲み屋に駐車場は不要」という考えの逆転の発想だと評価していたんですけどね。(笑)


 
繰り返すような事を言いますが、規制すると言うことは、ボーダーラインを客観的な基準を決めなければならず、それが効果的な意味を持つなら良いのですが、不平等やザルであっては、むしろそのボーダーラインによって被害を受ける人を考えると、全く逆効果になるものだと、分かって欲しいのです。
今の、飲食店で駐車場を持つ場合は酒の扱いを禁止する、というのは、酒を飲ませないと言う手段が、単なる目的になってしまったように見えてしまいます。


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9 03, 2006

親不孝4

また、間が開きました、すみませんです。
ところで、自民党総裁選、安部氏が正式に立候補しましたね。

また例の新聞社達は、安倍氏が立候補時の公約演説にイチャモンを付けまくっている。
まあ、マスコミの使命として、与党の総裁候補NO.1に対して、公約チェックと批判を行うのは当然であろうから、それ自体は別段問題には私も思わない。
ただ、彼らが一番聞きたがっているのは、少子化問題でも年金問題でも、財政問題でもなく、首相としての歴史認識らしい。
まあ、これも百歩譲れば、首相の歴史認識とは全く必要ないとは思えないので、関心があるのは理解出来るが、安部氏の公約たったの4ページの薄さに怒りながら、怒りの矛先は内政問題の具体論ではなく、「戦前の歴史をどう見るかをまず聞きたい」とそちらに向かっているのが痛い、と言うか、もう「必死だな」状態ですね。


あと、靖国に対する考えがない事を批判する新聞社も多かった。
まあ、小泉さんもそうだったが、靖国を外交カードにしないと言う立場なんだし、アジア外交・・・いや、中韓外交の原因を「日本の首相の靖国参拝が原因で日本の責任」としたいマスコミとしては、もっと波風が立つ話題が欲しいのだろうが、個人的には靖国問題を外交カードにしているのは、あくまでも中国であり(韓国は外交カードじゃない、単なる感情)、それに日本の首相が振り回される必要はないと思っているので、その点では、谷垣氏より安倍氏の方が支持出来ると私は思っている。

もっとも、私は総裁選の争点はそんな所にないと思っているので、靖国問題など気にしなかったが、マスコミが取り上げ騒ぎ、出馬者がそれに便乗して争点にするなら、その時点でその出馬者を支持しない、そんな感じ。
だから、谷垣も靖国など触れずに、単なる経済政策を中心に戦わせていれば、個人的にはいい点稼げると思っていたのだが、靖国を出した時点で、個人的にはマイナス点が付いただけ。(笑)

もっとも、私は自民党員でもないので、投票権などありませんけど。


 
さて、今年の夏に帰省した時、母親の意見を聞いた事への親不孝も最後です。


(7)アメリカと戦争したのは、一部の軍人のせいである

これも、今までの復習と言うか、総括というか、ともかく「A級戦犯が戦争を起こして、アジアに攻め込んで、植民地にしたりして、アジア諸国の国民を苦しめた悪い人」という概念が凄くあります。

だから、言い換えれば、自分達は何も悪くない、むしろも犠牲者だし、彼らから国民への謝罪の言葉も無かったし、戦争首謀者達だけは許せない、と言う感じですね。
母は、昭和9年生まれですので、終戦時は小学生とは言え、戦中経験者でありますので、彼女の意見を尊重したいのですが、ちょっと言い返したい私の気持ちも分かってくれるでしょうか。

今の社会、不平不満も多いですよね。
でも、私の口から子供に「そんな一部の政治家が、自分の利益の為に悪いことやっているだけや、私らの責任ちゃうよ」とか、「私が選んだ政治家ちゃうもん、選んだ人に文句言えばええねん」と説明するのは、私はそれこそ子供に対し、非常に無責任な話はない、と思っております。
まさしく母の言っていることは、感情面では理解できますが、「年老いた」と同情はしますが、ちょっと親が子供に言う話じゃない気はしますね。


 
結局、みんなこんな感じですね。
靖国分祀の話も、靖国がろうそくの炎のようなのもので、特定の炎を合わせる事は出来るけど、1つの炎から特定の炎に分けることは出来ないと言っていると説明しても、「そんなウソや、政府が命令すれば出来ないはずがない」とか言います。
そこで、私が「でも政府が、特定の神社に命令すれば、それこそ政教分離に違反するよ」と言えば、「あんたは昔からほんと、ああいえば、こういう子やったな」と睨みます。(^_^;)>

いや、屁理屈をこね回しているとちゃうねんけど。(笑)


他にも、A級戦犯合祀の問題は、中国や韓国が言うから反対ではなく、日本の問題として、きちんと犯罪人を裁かないから、と言う。
だから、日本は戦後、戦争犯罪人(A級戦犯に対しても)名誉回復を国会で決議し、戦争犯罪人に対し、戦後間もない日本人が自分達で、戦犯とされた人の名誉を回復させただけど、国内の問題ならこれで解決したんじゃないの、何で蒸し返すのと反対に聞けば、「私はもうおばあちゃんやもん、そんな難しいこと知らへんわ。」と言う。(O_O;)>


他にも、靖国参拝問題は、実は朝日新聞が自分達で問題を大きく扱い、それを中国が外交カードとして切るようになった、それまではA級戦犯が合祀されようが、首相が参拝しようが、中国から文句を言われた事もない。
ましてや、A級戦犯の重光が大蔵大臣になった時でも、どこの国からも反対、批判などの声が出てこなかった。
これは、今でこそ国民レベルではいろんな感想はあろうが、発端は中国が政治的な外交カードとして日本を牽制しようとした、そしてそれ以降、外交カードとして扱っているだけで、別に世界中から批判されているわけではない、と説明してあげたのですが。

まあ、その辺を突っ込むと、「もう歳やから、そんな勉強できへんけど、私の考えは今月号の文藝○○の△△先生と一緒やねん。それ以上の事はその書いた先生の本でも読んでや」と言います。(^^;)>
・・・お母様、それはご自身の意見とは言えないのとちゃいますか? 単なる受け売りで主体性が無いのと同じじゃありませんか・・・(笑)


 
今回の事で、やはり悲しかったのは「母は年老いた・・・」事が実感出来たことですね。
どうも、他人の意見のすり込みを簡単に信じているようで、最後は△△先生と同じ考えで済ませてしまうのが、寂しかったですね。(そのくせ、子供の意見には頭から受け付けないくせにね)


人間は、誰もが歳を取りますものね、あまり意見を言い返すのは、ちょっと本当に親不孝でしたね。。。
お母さん、すみません。

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