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8 30, 2006

親不孝3


改めて書きますと、親不孝というタイトルは、わたしの母親が持っている考えに対し、私が反論というか、つい言い返してしまった事に対する言葉です。

親を大切にするなら、適当に相づちを打っておけば良かったのか・・・と反省もしたり。


ともかく、ボチボチ続きを書きます。


(6)原爆を落とされて、日本国民は助かった

原爆を落とされて喜んだ、と言うわけではないでしょうが、「原爆をアメリカが落としてくれたから国民は生き残った、助かった」という発言には、少なからず驚きました。
つまり、母の目で見れば、日本は戦争に負けていたのに降伏をしなかった。
沖縄でも軍の命令で集団自決をさせられて、それでも降伏をしなかった。
東京を始め、日本中に空襲があって大勢の人が亡くなっているのに、降伏しなかった。
アメリカが原爆を落としてくれたから、日本はやっと戦争を諦めて降伏してくれた、原爆が落とされていなかったら、私も殺されていたはずで、助かった。
このような論理展開でした。

まあ、終戦時に生きていた人間の実感なのか、と言う考えないわけでもありませんが・・・


ただ・・・母は、昭和9年生まれですので、終戦時は11歳の小学生。
しかも、疎開先ではなく、生まれも育ちも岡山県の小豆島が見える、瀬戸内海に面した田舎に住んでおりました。
戦争がイヤだったのも、親戚が出兵して中には亡くなった方もいて、悲しい思いをしたり、苦しい時代を経験したのも事実でしょう。
しかし、空襲を経験したこともなく、まだ小学生で、本当の終戦、降伏の意味を知っていたのでしょうか・・・


そもそも、原爆を落とされて云々は、広島や長崎の人を思うと、とても言えないものだが、母は本当に「助かった」と思ったのだろうか。
母の論で行けば、大空襲をしてくれてありがとう、空襲によって多くの国民が死んだから、日本も降伏を選べました・・・とか、おじいちゃん達兵隊を多く殺してくれてありがとう、大勢の兵隊さんが戦死してくれたおかげで、国は降伏をしましたし、私は生き残れました、と言う考えも否定できないのではないか?

どう考えても、感謝するとすれば、その対象者が違います、ズレています。
原爆や空爆で亡くなった大勢の方の冥福を祈り、あなた方が犠牲になったおかげで、今の日本は再生されましたとか、国を守って死んでくれたおじいちゃん達、国の犠牲になって亡くなった人達の上に、今の自分がいると考えると、感謝すべき相手は、原爆を落としてくれた、空襲をしてくれた「アメリカ」ではない事は、誰でも気づくはずです。

ところが、亡くなった方への感謝の言葉が出てこない、これも靖国参拝を軽視する姿勢の1つのような気がしますね。
いろんな問題はあるにしろ、たった14人のA級戦犯に拘るあまり、残り200万人からの日本の祖先への感謝の気持ち、慰霊の気持ちが疎かになっていないでしょうか。


 
私は、どうも戦後、母の中でいろんな思い出が増幅され、あること無いことが、また時には悲惨な映像を見て、それが自分も経験したと事と勘違いしゴッチャになり、妄想と言うと失礼だけど、母の中である種の思い込みが増えて、そのような意見になったのではないか、と言う気がしています。

特に、アメリカは京都を空爆しなかった事を見ても、非常に親切だった、と言うような話もしており、ちょっとピントがズレているとしか言いようのない主張だったのを覚えています。


だから母親に、原爆は単なる戦後の主導権を睨んだ卑劣な人体実験であり、ロシアが参戦して来るまでに戦争を終わらせたかった、アメリカの政治的な理由であり、決してアメリカは母が思っている国じゃないよ、と諭したんですが・・・


この辺に、母親の不思議な感性があります。
中国や韓国を賛同し、日本に対して卑屈な意見を持っているかと思えば(そう言った人達は、比較的反米でもあるのですが)、原爆ありがとう、京都を空襲しなくてありがとう、日本は真珠湾で酷いことをした、まるで親米信者のような考えも持ち合わせております。
おっともう1時半を回りました。
今日もこの辺で寝ます。

続きはまた明日以降に書きます、おやすみなさい。

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