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6 24, 2006

火に油を注ぐ


火に油を注ぐ・・・勢いの盛んなものにさらに勢いを加えるようなことをするたとえ。薪(たきぎ)に油を添える。「あまり問題をつつくと―・ぐ結果になる」 (大辞泉 )

この言葉、小泉首相の靖国参拝に対して持ち出す人は多い。
要するに、冷え切った日中関係において、靖国神社に参拝する事は、火に油を注ぐ結果となり、相手を刺激するだけで、何ら得る物がない、と言う理屈だっけ。
つい先日も、公明党の委員長だったか、この言葉を持ちだして、首相の靖国参拝の自粛を求めていたはず。

だが、私はこう言った人達にこそ、この「火に油を注ぐ」という言葉を贈りたい。



小沢氏、7月訪中へ・中国大使と会談し応諾
 民主党の小沢一郎代表は23日午前、党本部で王毅駐日中国大使と会談した。王毅大使は小沢氏に対し、7月中の訪中を要請。小沢氏も「お招きにあずかったのでぜひ伺いたい」と応じた。具体的な日程などは今後詰めるが、7月上旬から中旬に訪中する見通しだ。

 小沢氏の代表就任後、初の外遊となる。小泉純一郎首相の靖国神社参拝で日中関係が冷え込む中、自民党内の亀裂にくさびを打ち込む狙いがあるとみられる。

 会談には民主党側から山岡賢次副代表が同席。王毅大使は「来月にぜひ、中国に来ていただきたい」と伝えた。小沢氏によると、靖国神社問題や北朝鮮問題などは議題に上っていないとしているが、小沢氏はこれまで首相の靖国神社参拝を批判し、アジア重視の姿勢を鮮明にしている。

 小沢氏が王毅大使と会談するのは4月の代表就任後、初めて。同党の羽田孜最高顧問が5月に訪中した際、中国側が小沢氏の訪中を非公式に要請していた。

(12:41) (日経新聞)


小沢は、もはや政治をゲーム、政権獲得の為には、国益だろうが、国民だろうが、利用するものは何でも利用する単なる道具・・・と言う露骨な考えを隠そうともしなくなって久しいが、靖国参拝をも政治的道具として中国に追従する姿勢には、もはや何とも言えす、どうも好きになれない。



中国、「ポスト小泉」にらみ揺さぶり・首相の靖国参拝をけん制
 中国がポスト小泉を選ぶ9月の自民党総裁選を見据え、日本の与野党に秋波を送るとともに揺さぶりをかけている。小泉純一郎首相の靖国神社参拝を批判する民主党の小沢一郎代表の訪中のほか、1984年の日本の3000人訪中団メンバーの再訪も招請した。最高裁が靖国参拝の憲法判断を避けるなか、焦点は8月15日の首相参拝。中国にはこれをけん制、次期首相との新たな関係も瀬踏みする狙いがあり、両国の駆け引きが続く。

【北京=飯野克彦】中国指導部が民主党の小沢一郎代表に早期訪中を求めたのは、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題が障害となって政府間交流が停滞するなかで、日本の野党とのパイプを利用する形で対日関係を重視する姿勢を改めて内外に示すためだ。特に、小泉首相の9月退陣をにらんで日本の世論や政界に働きかける狙いがある。

(07:01) 日経新聞

この程度の認識は、当然ながらとうの小沢本人にも十分理解している事だろう。
だからこそ、小沢が利用しているのは明白で、靖国という問題を自分の政局を有利にさせる為の材料としか見ていない事は、言うまでもないことだろう。

もっとも、そこまでアクの強い人間だからこそ、両翼併せ持つ集合政党でも、グイグイ引っ張って行けるのだろうが、民主党にはまともな考えを持った好きな政治家も多数いるおだが、彼らがその小沢を見て政治家として育って行くと、結局は角栄-竹下時代の、政治ゲームを如何に勝ち抜くか、しか考えない政治家にならないか心配だ。


旧社会党ってのは、ある意味、政権政党というよりも、野党第一党としての立場に慣れ親しみ、与党とのじゃれ合いだけに終始してきたゲーム感覚を昔から持った政党なので、これも昔に戻っている、と言う感じか。


 
小泉首相の後継者争いでも話題になるが、靖国神社参拝問題は、取り上げて争点にしたりする事自体が、問題を大きくしていると言う事に気づくべきでしょう。

誰も、現在の日中関係で良いとは思っていないでしょう。
誰もがもっと日中関係を良くしたいと思っているはずです、これは何も福田の18番でも何でもなく、安倍だって小泉だって同じ。
問題は、その外交の中身でしょう。

土下座外交を復活させましょう、ではお話にならないし、外交関係を修復だけに偏重し、表面上いくら取り繕うとも、問題の本質や根本的な解決が無ければ、結局はその時の妥協はマイナスにしかならないわけで、これを日本は30年以上も続けてきているのに、まだ昔の「表面上の外交」に拘るのは、まさに愚策以外の何物でもないでしょう。

ですから、外交関係修復にしても、靖国参拝を控える代わりに、中国からは何を引き出すのか? と言う点をこれからの政治家述べてもらいたい。
中国自身が言っていることなので、靖国参拝をやめれば、日中首脳会談の再開されるであろうし、表面上の外交は小泉以前に修復はされるだろうが、それはあくまでも、相手がイチャモンを付けて来たことに、日本が配慮するだけで、外交であるなら「止める」事で何か大きなものを中国から得るものがなければならないのは、日本国移民の財産を預かる政治家としては当然の考えだと、私は思っている。


小沢にしろ、福田にしろ、靖国参拝問題を扱うのであれば、参拝中止に伴い、中国側に何を譲歩させるのか、そこを明白にしなければ、多くの支持を得ることは無い、私はそう考えています。


 

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6 13, 2006

疲れが倍増・・・


サッカー日本代表は、本当に惨めな試合を、世界中にさらけ出しました、恥ずかしい。
オーストラリアの戦術は、後半の最後に疲れの出る日本に対して、逆転を狙うその1点のみ。
まさに、オーストラリアはその通りに実行し、理想的な展開を行い、これまた漫画以上の理想の展開を献上した日本、何を考えてるいるんだが、笑うしかない。

例えば、もう相手は伏兵か奇襲しか、戦う術が無い、その誰もが分かる状況で、何故か伏兵や奇襲で総大将の首を取られてしまった、まるでそんな感じ。 要するに、「お前はバカか?」ということ。
相手の狙いが分かっていて、その結果小説でも書けないような、残り5分からの3失点を演出するのは、並の神経では出来ませんな。
相手の手のひらで戦いながら、それを知りつつ、最後に相手にお釣りや花まで持たせてしまう辺り、「戦い」を見ていて、本当に情けなかったですな。


試合に関してはほとんど見ていません、帰りが遅かったので。
でも、焦ったオーストラリアのミスを誘い、高原、柳沢と相手のディフェンダー一人の、2対1になった場面で、高原が走り込む柳沢の後にパスをして、チャンスが潰れた場面が見た。

同じような光景を見たな・・・と思ったら、昨日は息子の少年サッカーの試合を見に行った時、2年生の子が同じように味方選手の後にパスを出してしまい、勝ち越せず引き分けた試合、そのまま同じだった。
小学2年生とプロが同じレベルとは、しかも大舞台のワールドカップで・・・

こんなのは技術の問題ではなく(2年生のパスミスは、単に技量が未熟だったのだが)、もはや、試合への集中力、得点を取ると言うハングリー精神、気迫の問題であり、プロ選手としての技量云々の前に、大事な何かが欠如しているのだろう。

他のプレイは知らない、1失点目も3失点目も、「やるべき仕事」を理解し、気迫でボールを止めに行っていれば防げたとは思う。
精神力が足らないんですな。
私は、スポーツの世界に、精神論はあまり使いたくない。
ど根性や精神だけで、自分のポテンシャルが延びるわけがない、理論的な練習と訓練だけが、自分の技量を高める方法であることは、間違いないでしょう。
しかし、試合で自分の出せる技術を、120%にする為には、反対に精神論が重要だと思っている。

当たり前の話に、「諦めた時点で終わり」なのである、ボールを追いかけるのを止めた時点で、絶対にボールは取れないし、追いかけるのを諦めていない人だけが、そのボールを手にする資格があるんです。
それが私は精神論だと思っています。

見ていて、日本代表の反骨精神というか、ハングリー精神というか、ディフェンスに比べて、オフェンスでは全く感じられなかった。
何も、攻めろとは言わない、メリハリを付けるべきでしょ。
私はバスケットをしていたが、同じリズムで攻撃していては、絶対に得点が延びません。
チェンジオブペースってのが大事で、ゆっくりと守っているんだけど、いざ、速攻になれば思いっきり走る。
反対に、早い展開の時にわざとゆっくりと動き、相手が緊張を解いた瞬間に、また素早く動くなど、別に改まって言うまでもなく、そう言った駆け引きはあると思うが、今夜の最後の10分間の日本代表には、メリハリが無かった。


 
それから、私を良く知る人はご存じでしょうか、私は試合は選手よりも指揮官の責任を重く問うタイプです。
野球のWBCでも言ったかと思いますが、「1頭の獅子に率いられた100匹の羊の群は、1匹の羊に率いられた100頭の獅子の群にまさる」の言葉通りに、どんなに選手が弱くても、指揮官がまともであれば、決してそのチームは弱くないし、指揮官がダメなら、どんなチームを率いても弱いと言う考えを持っております。

その意味では、今夜の試合は、選手がどうのこうのより、監督の差が歴然としていましたな。
後半のその時を目指して、選手を入れ替え、戦い方を徹底させ、ついには残り6分で壁を破ったわけですから、ヒディングは戦術、戦法は素晴らしかった。
それに対し、ジーコは残り10分、「守って勝つ」つもりなのか、攻めて攻めて、相手に攻撃をさせないで、勝つつもりだったのか、さっぱり分からなかった。
そもそも、ヤナギに変えて、小野が出てきたのがよく分からない。

FWを変えて、守りを厚くしたと言う話なら、妥当な選択にも思えるが、結局は中田を上げて、その背後にスペースを作らせてしまった。
と言うか、残り10分、死んでも守るぞ! と言う意図も無い采配であれば、選手にもその気迫が感じられなかった。
川口は、私は見ていた短い時間であっても、スーパーセーブをしていたので、個人レベルでは相当に気合いもあっただろうが、チーム全体としての方向性が全く見えなかった。

方や、相手が作れてくるのを待って攻め続けて、穴をこじ開ける戦術が見事にはまり、方や、守るのか、攻めるのか、それとも90分同じテンポで試合をするのか、その辺が全く見えなかったのが痛い。


 
まあ、ジーコには弱いチームの監督は無理だわ。
強いチームなら、彼の強力なカリスマで引っ張って行けるけど、弱いチームには綿密な戦術と、多大な戦略が必要なんですけど、向いていないんじゃないですかね。

もっとも、WBCの時にも、采配や戦略はダメだと思われた「王監督」の、思わぬ強運により優勝した、と言う事実もあるので、もしかすれば、ジーコにも采配や戦略はダメだけど、それを凌駕する「強運の持ち主」かも知れず、結果を見てから、監督は判断しても良いでしょうな。

まあ、「強運」もしくはそれに準ずる驚きの何かを持っている事を願いますけど。(笑)

ともかく、疲れて帰ってきて、ほんの数分で3失点で逆転負け・・・勝ち点を取る戦い方もせず、一方的に無様に負けた試合を見せられて、余計に疲れがドッと出てしまった。

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6 07, 2006

奴隷の平和は選ばない!


参議院 第156回国会「武力攻撃事態への対処に関する特別委員会」で、小泉首相が田英夫議員に対する質問に答えた中に、快哉を叫びたくなる言葉があった





参議院 156回国会 国会質問

○田英夫君
<<< 前略 >>>
正にその特攻隊の体験をした私からすれば、その貴重な体験、あるいは広島、長崎、各地の大空襲で亡くなった人、方々のその無念の思い、尊い犠牲というもの、その結果が、先ほど申し上げた外国諸国民のことを信頼して、日本はもう戦争しない、軍隊も持たない、そういう決意をしたんですね。その重さをもっと考えていただきたい。
 だんだん戦争体験者が少なくなってきた。そういう中でもうそろそろ憲法改正していいじゃないかというような気持ちが総理を始め皆さんの中にあるとすれば、私は死ぬわけにいかない。いつまでも生きていかなくちゃいけませんよ。この戦争体験者の、そしてまた戦争犠牲者の貴重な体験というものをもっと大事にしていただきたい。いかがですか。



○内閣総理大臣(小泉純一郎君)

 憲法についての議論は、今までも様々なされておりましたし、現在、国会でも憲法調査会で議論をされております。自由民主党も結党以来、自主憲法制定というのを党是にしております。
 自衛隊がなく、いかなる戦力も保持しない、非武装だから平和が守れるんだ、独立が守れるんだという考え方もあるのは承知しております。しかし、そういう考え方には私は同調できません。

諸国民の公正と信義に信頼して、日本は武力を持たない、自衛隊を持たない、いざ侵略勢力があったら何も戦わないで降参しますということが相手への侵略を防げるかとは思っておりません。

 諸国民の公正と信義、その公正と信義のない国もあるのも過去の歴史が証明しております。
つい最近、イラクもクウェートを侵略しましたね。あるいは様々な国々はこの歴史の中で何回も侵略を繰り返し、戦争、紛争を繰り返しております。
だから、日本だけが戦力を持たない、自衛隊を持たない、軍隊を持たなければ相手も安心して何もしないというのは余りにも危険ではないでしょうか。

 私は、実験が利かないんです、これ。一度侵略されちゃったら、後どうもできない。
かつてのソ連の後の圧制に苦しんだ国々がどれだけあったか。ソ連が今ロシアに変わって民主主義みたいな政界、政体に変わろうとしているのは私も歓迎しておりますが、一たび全体主義、独裁主義に羽交い締めされた国がどれほど自由を失ってきたか。

 こういうことを見ると、私は単なる奴隷の平和じゃなくて、平和であったらやっぱり自由に基本的人権を謳歌しながら日本の平和と独立を維持しなきゃならない。
戦争は嫌だ、侵略された方がいい。
確かに戦争をしなければ侵略されて、その国の独裁に任せれば戦争は起こらないかもしれません。
それだったらもう奴隷の平和です。
私は奴隷の平和は選ばない。
やはり平素から日本の平和と独立を侵そうとする勢力に対しては断固たる決意を持って抵抗するという、その備えがあって初めて戦争は防げるんじゃないでしょうか。

○田英夫君 全くあの戦争犠牲者たちの願いが分かっていない、その尊さが分かっていないと思いますよ。
 確かに、残念ながら人間は戦争を本能のようにしてきた。人間の歴史は戦争の歴史ですよ。しかし、ここで違うと、核兵器というものが、原子爆弾というものができた以上、もう戦争に対する考え方を変えなければならないというのが幣原さんの考え方だったということもこの前申し上げました。ここで変えなかったら、特に日本が世界の先頭に、人類の先頭に立って変えなければならないという決意をしたんですよ。そのことをもっともっと皆さん大事にしていただきたいということを重ねて申し上げて、終わります。
 ありがとうございました。



田 英夫氏のホームページより

今日は小泉さんの言葉だけを紹介しておきます。
個人的には、国家指導者がここまできちんと言って下さった事には、素直に賞賛します。

アジア外交が重要なのは言うまでもありませんが、では、どうやってアジア外交を築いて行くのか、その具体的な方策や思案を語らずに、ただ、中国が求めるように靖国問題だけを配慮する事が、アジア外交だと勘違いしている政治家、外交官の多さには閉口していただけに、久しぶりにスカッとする発言でした。

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