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1 02, 2006

今年も朝日は行きます! 期待を裏切りません!!

何だかさ、同じような事を何度も書くのも気が引ける、ってのか、どうも自分でも納得行かないんだけど、朝日新聞や毎日新聞はそれを許してくれないようで。(笑)

正月早々、社説でまた笑わせて頂きました。

毎日新聞の方は、明日時間があればまた書きますが、今回は朝日新聞の新年の1発目の社説なので、今年度もネタの提供をヨロシク、と言うご挨拶も兼ねて取り上げましょう。



武士道をどう生かす 2006謹賀新年

 明けましておめでとうございます。


 今日はこの言葉が日本中を行き交っていることだろう。


 正月がめでたいのは、気分新たに幸せが来そうな気がするから。英語で「ハッピー・ニューイヤー」、中国語では「新年快楽」や「新年愉快」。この気持ちは世界に共通のようだ。


 あなたの願いは何だろう。入試、就職、恋愛、仕事、健康、平和……。みなさまの幸せを心からお祈りしたい。


 ところが困ったことに、幸運は平等にはやってこない。スポーツに勝者と敗者があるように、我が身の幸せはしばしば他人の不運と重なり合う。


 昨年は郵政民営化で勝者と敗者が明暗を分けた。織田信長を好む小泉首相は気迫で総選挙の勝負に出ると、造反派のもとに「刺客」を送る非情さも見せた。




 内外のいらだち


  「戦国武将に比べれば、いまの権力闘争などなまっちょろい」


 甘えやもたれ合いの時代が去ったからこそ、これが余計受けたのか。いまは能力や成果を争う「競争」の時代だ。


 しかし、それはちょっと嫌な言葉も生んだ。「勝ち組」と「負け組」である。


 IT事業や投資ブームの波に乗ったリッチな人々。一方で倒産、失業、リストラ。正社員は減り、フリーターやニートが増える。所得の差は広がり、自殺者は空前の水準。競争と二分化によって生まれる社会のいらだちは、これからの大きな課題に違いない。


 そんな折、この国の近所づきあいがすっかりこじれたのは偶然ではないかもしれない。日中も日韓も首脳間の信頼がこれほど壊れてしまうとは……。




 大きな火種は小泉首相の靖国神社への参拝だ。悪いのはそっちだ、いや、そっちの方がおかしい。子供のようなけんかは歴史の歯車を逆転させ、せっかく緒についた「東アジア共同体」の機運にも水を差してしまった。


 昨春、北京や上海で暴力騒ぎになった反日デモのように、中国や韓国には荒々しいナショナリズムが横たわる。中国の強権的な支配や軍事力膨張の不気味さなども厄介で、こちらがきちんともの申すべき点は少なくない。


 他者への哀れみは


  だが、それだけに身をただすべきこの日本は、どうだろう。


 「牙を剥(む)く中華帝国」


 「反日国際ネットワークを粉砕せよ」 まるで戦争前夜のような見出しが一部の大手雑誌に毎号のように躍る。呼応するかのように有力政治家も寄稿する。


 空前の韓流ブームは救いだが、一方で『嫌韓』の言葉を冠した漫画が何十万部も売れている。インターネットにはさらに激しい言葉があふれる。冷静さを欠いた言論は、まるで国内のいらだちを外に吐き出しているかのようだ。


 「外国の干渉を許すな」と、首相の参拝を支持する人々の声もとかく勇ましい。郵政問題を武将の流儀で押し切ったように、ここでも強気で押してこそ国家のリーダーだ、といわんばかりに。


 そういえば少し前、映画『ラストサムライ』のヒットもあって、ちょっとした「武士道」ブームが起きた。忠義のため命を捨てる潔さがたたえられがちだが、その本質は決して好戦的ではない。


 1世紀ほど前、新渡戸稲造は英語で出版した名著『武士道』のなかで、「いつでも失わぬ他者への哀れみの心」こそサムライに似つかわしいと書いた。弱者や敗者への「仁」であり、「武士の情け」「惻隠(そくいん)の情」のことである。


 最近では数学者の藤原正彦氏がベストセラー『国家の品格』でそうした側面を強調し、武士道精神の復活こそ日本の将来のカギを握ると唱えている。


 ならば「武士道精神に照らし合わせれば、これはもっとも恥ずかしい、卑怯(ひきょう)なこと」(藤原氏)だった日中戦争に、いまだけじめがつかないのでは話にならない。あの時代、アジアでいち早く近代化に成功した「勝ち組」が「負け組」に襲いかかったのがこの戦争だった。


 靖国神社はその軍部指導者までたたえて祀(まつ)っている。そこに、中国などの神経を逆なでして首相が参拝し続けるのは、武士道の振る舞いではあるまい。参拝をはやしたてる人々もまたしかりだ。




 品格を競いたい


  いま「60年たっても反省できない日本」が欧米でも語られがちだ。誤解や誇張も大いにあるが、我々が深刻に考えるべきはモラルだけでなく、そんなイメージを作らせてしまう戦略性の乏しさだ。なぜ、わざわざ中韓を刺激して「反日同盟」に追いやるのか。成熟国の日本にアジアのリーダー役を期待すればこそ、嘆く人が外国にも少なくない。


 中国の急成長によって、ひょっとすると次は日本が負け組になるのかも知れない。そんな心理の逆転が日本人に余裕を失わせているのだろうか。だが、それでは日本の姿を小さくするだけだ。




 武士道で語られる「仁」とは、もともと孔子の教えだ。惻隠の情とは孟子の言葉である。だからこそ、子供のけんかをやめて、大国らしい仁や品格を競い合うぐらいの関係に持ち込むことは、アジア戦略を描くときに欠かせない視点である。秋に新たな首相が選ばれる今年こそ、大きな転換の年としたい。


 ことは外交にとどまらない。


 国民の二極分化が進む日本では、まだまだつらい改革が待っている。競争や自助努力が求められる厳しい時代だからこそ、一方で必要なのは弱者や敗者、立場の違う相手を思いやる精神ではないか。隣国との付き合い方は、日本社会の将来を考えることとも重なり合う。


 自分の幸せを、少しでも他者の幸せに重ねたい。「新年愉快」ならぬ「年中不愉快」が続いては困るのだ。



朝日新聞 2006年1月1日 社説


まあ、いろいろ見方はあるだろうし、今更朝日の見解など犬も食わぬようなものですが、相変わらず焦って何か暴走しているような内容ですね。



>>あの時代、アジアでいち早く近代化に成功した「勝ち組」が「負け組」に襲いかかったのがこの戦争だった。

相変わらず単純だね。
アジアでは、いち早く近代化に成功したかも知れないが、世界レベルでは、日本以上の近代国家がアジアを食い物にしようと、ハゲ鷹のように襲ってきている時代だったわけで。
単純に、「勝ち組」「負け組」の視点で見るなら、当時の世界の強大国こそ「勝ち組」であり、日本は未だに「勝ち組に入りたい負け組」だったに過ぎないわけで、自分達の視点でしか物を見ていない表現ですな。

私は、個人的にはあの時代を「自衛の戦いだった」と言い切ってしまうのは、確かに少し抵抗はある。

しかし、「自己防衛の為の1つの戦略としては、侵略もあり得た」という考えはあり、それは当時の世界標準で見れば間違った選択ではなく、その戦略の選択の良否はともかく、それ以外の選択もあり得たかも知れないが、時代の流れと当時の日本国民が選択した方法には、後世の人間が、勝手に批判するようなレベルではない、その立場ですね。
だから、朝日のような決めつける一方的な価値観(違った物の見方も出来るのに、敢えて無視する手法)には、毎回賛同出来ないんです。


 


>>靖国神社はその軍部指導者までたたえて祀(まつ)っている。そこに、中国などの神経を逆なでして首相が参拝し続けるのは、武士道の振る舞いではあるまい。参拝をはやしたてる人々もまたしかりだ。

これもそうなんですよね。

武士道という言葉を、都合良く引っ張って来ますが、反対にお聞きしたいのは、武士道ってのは先祖様に対し、感謝と慰霊の念を持って参拝する事は、許されない行為なんですかね?

そもそも、中国の神経を逆撫でしていると言うが、それはあくまでも前提条件ですよね。
ところが、もはや日本人の多くは、その前提条件は、単に中国政府の政治的道具としてしか使われていないと、知ってしまっているわけで、それを持ち出しても通用しません。
ですから、武士道云々を持ち出すにしても、まずは、祖先に対し、感謝と慰霊の心を大事に持つ事を否定する理由を、武士道を使ってもっと明確に説明して欲しいですな。


 
ところで、相変わらず、靖国参拝が日中関係の障害だというような書き方ですが、民主党の前原代表は、靖国神社に軍部指導者が(A級戦犯)が祀られている以上、参拝はしないと言う立場の人間ですよね。
つまり、中国が求めているそのまんまの考えの政治家です。

ところが、中国脅威論を上げたとたんに、わざわざ中国に行った前原氏に対し、中国首脳は誰も会わなかったのだ。
これぞまさしく、「靖国神社参拝問題」が解決すれば、日中関係は好転すると言う中国側の言い分のウソ、矛盾を示すものだが、未だに朝日などは靖国神社を、日中関係の問題点として残しておきたいようだ。

知識人も含めて多くの人が、「靖国問題が日中関係の本質ではない」と語っているのに、靖国神社参拝では、朝日は日中関係の最大の問題点として存在してもらわねばならない(と言うか、中国がそう主張しているので、ムリがあると分かっていても、ごり押ししているのでしょうけど)、そう思っているのでしょうな。
今時、靖国参拝は片づけば、日中関係は良くなると信じているのは、チャイナスクール出身の加藤センセーぐらいなものでしょ?
自分の謀反時期を見誤ったように、何も見えない政治家が言っても、誰も付いてきてくれないでしょうけど。


 
中国と日本の関係は、朝日や毎日が言うほど、甘くない。

どこの世界にも、既得権益という物は存在します。
まあ、早い話が、甘い蜜をもらう側と、献上する側ですな。

当然、どんな問題があろうとも、甘い蜜を受け取る方は、「改革」によって自分達にその蜜が回って来なくなれば、猛反対するのも当然ですな。

こんなのは、郵政民営化でも、道路公団民営化でも、郵政族や道路族議員の態度を見れば、一目瞭然です。
彼らは国民に選ばれ、国民の為に奉仕する身分でありながら、その使命も目的も忘れ、甘い蜜を取り上げられる時は、見苦しいまでの反対を示します。
官僚にしても、例えばODAを外務省から引き離そうとするだけで、外務省から猛反発が出るんですな。

誰しも、総論賛成、各論反対は持っているんですけど、それを改善しなきゃならないんですけど、朝日は相手が政府や省庁に対してなら、厳しく追及するのに、中国や自分の事になれば甘い見解を出す、その事自体が、結局は自分達も同じ展開に成っていることに気づかないんでしょうな。


 
要するに、中国が今の日本との外交に必死なのは、自分達の今まで受けてきた甘い蜜、既得権益を失いたくないからです。
総会屋やヤクザと同じです、自分達の利益を守るために、何でも必死にやって来ますよ。
それは、ODAなどのストレートのお金もそうですし、中国がクシャミをすれば、日本は風邪薬を持ってくるほどの気を遣う関係を維持したいわけですし、その他多くの形で日中関係が修復された30年以上で甘受した利益を、中国側がそんなに簡単に手放すわけがありません。

朝日新聞の基本姿勢は、言うまでもなく、目先の結果だけを見つめて、「日中関係が行き詰まっているのは日本のせい」などと言うのですな、私も偉そうな事は言えませんが、自分自身を見失っているんじゃないでしょうか。

 

あと、朝日新聞が必死でネットも攻撃を始めたのは、以前も言いましたが、それだけ情報を新聞社がコントロール出来なくなった故の焦りから来ているんだと思いますね。

昔は、国民がニュースなどの情報を得るには、新聞、TV媒体によるものがほとんどでした。
その中で、週刊誌などが記事をスッパ抜くこともありましたが、それでも何百万部も売り上げる新聞社が、大々的に取り上げなければ、国民は関心を持つことも少なく、結果的に自分達が国民を自由に誘導出来たわけです。

 
ところが、インターネットの世界がその情報の管理、制御をガラリと変えました。
国民は、今までは電波で流れてくる、もしくは配達される紙面と言う、狭い世界での受動的な立場でだけ、情報を得ておりましたが、現在はインターネットで、自ら情報を探して拾ってくる、能動的な立場に変化しました。

そうなれば、今まで意図的に隠してきた情報、怪しいソースから取り上げた情報、都合の良い部分だけ取り上げた、明らかに誘導された情報などが、国民の知るところになり、国民が騙されなくなってしまったんですな。

例えば、今まで「ニューヨークタイムズ(NYT)が日本に対して、このような批判をした」という記事を載せれば、国民は、「ああ、アメリカでもおかしいと思っているんだな」と思いますよね。

ところが、誰かがインターネットで、NYTの記事って、オオニシって言う日本人が書いているようだぞ、と調べ上げると、また一方で、NYTの東京支局って、朝日新聞と同じ住所だ、と言う情報までバラしてくる。

そして、今まで朝日新聞が伝家の宝刀として、アメリカ世論の動向を伝えるときに使っていたNYTの記事は、実は朝日新聞のマッチポンプだったと、ネットの世界では知らないものは誰もいなくなったわけです。

これは朝日としては、困ったでしょうな、今までは困った事があれば、オオニシを利用して、NYTを利用できたのが、もはや事情を知った人は、誰も朝日新聞の記事を信用しない。
少なくともネットでは、朝日新聞を肯定する意見、ブログよりも遙かに否定、反対の意見が多く飛び交っているのも、それまでの朝日ブランドが通用しなくなってしまったのは事実でしょう。


 
だから、ネットで飛び交う声を、一部の歪んだ考えだと否定し、批判するようになったんでしょうな。
焦りまくっていますな。(笑)


>>冷静さを欠いた言論は、まるで国内のいらだちを外に吐き出しているかのようだ。

まさに、これは朝日新聞自身の心の叫びでしょう。
昨年の12月にも書きましたが、最近の朝日は、ネットでは朝日ブランドという神通力を失った、と自分達で悟ってからでしょうか、ものすごい勢いで、グダグダに走っております。

ま、これもただ単に、見解の相違なのかも知れませんがね、焦っているのは、朝日から見れば私を含む、ネットで発言をする一部の人達で、私から見れば、ネットの声を真摯に受け止められない朝日の方が焦っている、そう感じるだけなんですが、最終的には朝日がどんなに批判をしようとも、どんなに自己主張を続けようとも、時代は流れていきますし、国民が最終的な判断を下すんですけどね

まあ、2006年は朝日新聞にとっても、平和で冷静になれる年でありますように、祈っております。(笑)

 

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