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1 22, 2006

挨拶の言葉

驚くような話をみかけた・・・

「いただきます」「ごちそうさま」「ご苦労様」「ありがとうございました」

日本には挨拶の言葉が数多くありますが、母親という立場の人間が、これほど無知で思慮が足らない人間だと言う点に、非常に悲しく思いますね。
分別の付かない子供がこんな事を言ったのであれば、まだ救いようがあるですが・・・





考:「いただきます」って言ってますか? 「給食や外食では不要」ラジオで大論争

 TBSラジオ「永六輔その新世界」(土曜朝8時半~、放送エリア・関東1都6県)で昨秋、「いただきます」を巡る話題が沸騰した。きっかけは「給食費を払っているから、子どもにいただきますと言わせないで、と学校に申し入れた母親がいた」という手紙だ。番組でのやり取りを参考に、改めて「いただきます」を考える。【文・遠藤和行、写真・米田堅持】


 ◇「私の場合」を募集


 手紙は東京都内の男性から寄せられ、永六輔さん(72)が「びっくりする手紙です」と、次のように紹介した。


 《ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と》


 番組には数十通の反響があり、多くは申し入れに否定的だった。あるリスナーは「私は店で料理を持ってきてもらった時『いただきます』と言うし、支払いの時は『ごちそうさま』と言います。立ち食いそばなど作り手の顔が見える時は気持ちよく、よりおいしくなります」と寄せた。


 一方、母親のような考え方は必ずしも珍しくないことを示す経験談もあった。「食堂で『いただきます』『ごちそうさま』と言ったら、隣のおばさんに『何で』と言われた。『作っている人に感謝している』と答えたら『お金を払っているのだから、店がお客に感謝すべきだ』と言われた」との内容だ。


 また、申し入れを支持する手紙も数通あった。学校で「いただきます」を言う際、手を合わせることに「宗教的行為だ」、と疑問を投げかける人もいるという。


 永さんは、中華料理店を営む友人の話を紹介した。その友人は「いただきます」と聞くとうれしいから、お客さんの「いただきます」の声が聞こえたら、デザートを無料で出すサービスをした。後日、永さんがサービスを後悔していないかと尋ねたところ「大丈夫です。そんなにいませんから」と言われたという。


毎日新聞 2006年1月21日 東京朝刊

この記事だけでは、この母親がどのような考え、経緯を持ってこのような申し入れを行ったのか見えにくいのだが、お金を払っていれば「いただきます」は言わなくて良いだろうと言う考えは、どうみても「いただきます」を「食べる」の謙譲語である「いただく」から来た言葉そ、店側(料理人)に対してだけの言葉として捉えているのだろう。

だから、こちらはカネを払っているからお客様で、お客が店に「食べさせていただきます」という理屈はおかしい、と言う結論を自己脳内で持ってしまったんだと思うのだが・・・
小学生の母親と言うことは、20歳後半から40歳前半の可能性が大きいだろうか。

どのみち、子供を持つ親が「いただきます」という言葉の挨拶に関して、この程度の認識しか持てず、しかも言葉を持つ意味や経緯を自分で考えようとはせずに、一方的に学校に申し立てる辺り、この女性の人間性というよりも、この子供の将来が怖く思います。

 
私も、小さい子供を持つ親として、この母親と関係ない年齢とは言えず、気になります。
ただ振り返れば、私は学校と言うよりは、この辺りは家庭、主に母親に教わった気がする。
つまり、父は無口であったがゆえ、母が生活習慣などには口うるさかったが、私にいろいろ教えてくれた。

お茶碗にご飯粒1つでも残そう物なら、厳しく私は叱られた。
米を作る農家の人に感謝しなさい、稲を育ててくれた、大地に感謝しなさい、恵みを与えた日の光や雨に感謝しなさい。
世界では飢えで無くなる人が多く、昔は日本も食べるものがなく、栄養失調になった子供が随分といた、だから食べるもの1つを取っても、あらゆるものに感謝して、食べなさい。
感謝が出来ない人間が、他人に感謝されるような事が出来るはずがない。
などと、口を酸っぱくして言われましたな。

子供心には、言われたときは「また五月蠅い事を言っている、米粒1つで大袈裟な」とか聞き流していたものだが(笑)、そのような親の五月蠅い言葉は、自分が大きくなって理解出来る言葉が多く、親が如何に子供に、口うるさい言葉を繰り返して聞かせていたか、自分が五月蠅いと感じていたので、子供には言わないなどの、愚かな親になっていないか、親となった今は、そこが気になります。
五月蠅い言葉でも、きちんと伝えているかどうかで、その子供が親になった時の常識が育つのだと思う。


 
この記事にも書かれているが、母親のような考え方は必ずしも珍しくない例として、食堂で「いただきます」と言ったら、「なぜ」と返ってきたそうだが、そのような考え方が増えているとするなら、もはや「家庭」による躾、教育はどこに消えたのだろうかと言う想いです。

確かに、この食堂の話の場合、「作っている人に感謝している」では、やや説明が不十分だか、お金を払っているから、こちらが感謝されるべきだ、いただきますなど言う必要がないという、一方的な視点が、まさにその人間の器を示すようなもので、これがあるから「勝ち組」「負け組」などと平気で口に出きるのだろうと思う。
お金を払っていても、料理を作ってくれてありがとう、食べ終わったあとも、美味しかったです、と感謝の示す事のどこが不思議なのだろうか、仕事への対価はお金で支払うが、相手の誠意は、こちらも誠意でもって返すものだろう、何事もお金で払って済むというのは、バブル以降の日本人の悪癖となったようだ。


挨拶の根底には、「いただきます」「ごちそうさま」には、あらゆるものへの感謝が込められており、「おはよう」「おやすみ」には家族への敬愛の感謝が込められている事を、自分達の子供に伝え、また自分が年齢を重ねた大人であるなら、今一歩、挨拶について深く考えて欲しいものですな。


 
最後に、手を合わせることに「宗教的行為だ」と言う意見に対しては、確かに強制はよくないが、相手への敬意を示す態度として、古来よりどのような態度があるか。
そこは宗教とは別として、相手に礼を尽くす行為として、会釈、一揖、敬礼、叩首、拝礼などいろいろあるが、その中で一揖を行うのもあながち「宗教」とは言えないと考える。
神社や寺に参拝した時に、二礼、二拍、一拝を想像して、宗教行為と見てしまうのであれば、あまりにも狭い心ではないかと思う。

つまらない型に拘る前に、まずは挨拶の意味と、その感謝の心を育むような事を目指すのが先決であることは、自明の理であろう。

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1 13, 2006

トルコ訪問にも靖国問題を持ち出すマスコミ

本当にマスコミは一体どうしたんだろう。

私もいい加減、靖国問題の話題だけを繰り返し書きたくないのだが、年頭からずっと靖国批判が続いているのだが、今度は首相のトルコ訪問に対する記事でも、靖国問題に絡める陰湿さ。
まさに、首相の寝食も行動も全ては、靖国参拝問題に原因がある・・・的なノリで、何でも靖国に結びつけて報道するので、つい反応してしまう。(笑)

また、最近はネットではアジア軽視(何度も言うけど、アジアじゃなく、中国や韓国だけね)が飛び交うなどと狂ったように批判を続けるマスコミ。
この国は一体どうなるんだろうか、本当に心配になる。



トルコ訪問の小泉首相、外遊の成果は

 トルコを訪問している小泉総理が、まもなく帰国の途につきます。果たして、外遊の成果はあったのでしょうか。

 イスラエル、パレスチナ歴訪は中止となりましたが、小泉総理は、トルコ訪問で日本のエネルギー政策にとっても重要な中東和平推進への意欲を示しました。

 日本と同じく、イスラエル、パレスチナ双方と友好的なトルコのエルドアン首相との会談では、中東和平の推進に向けて、ともに協力していくことで一致しました。

 「中東のイスラエル、パレスチナについて、歴史的にも政治的にも関与の度合いは極めて少ない。少ないからと言って、マイナスに働くとは限らない」(小泉首相)

 小泉総理は、このところ、中東和平に関与する姿勢を強めていますが、靖国神社参拝をめぐる中国、韓国との関係冷え込みなど、外交では八方ふさがりというイメージを払拭する狙いがあるとの見方も出ています。

 それだけに外務省幹部は、トルコ訪問は「イスラエル・パレスチナのついでではない」と神経を尖らせ、訪問の意義を強調します。

 実際、いち早くイラク戦争を支持した日本が、中東地域の親日国・トルコとの友好関係を深めることには、重要な意味があると言えます。

 また、今後、イギリス・オランダ軍がイラクから撤退した場合、イラク情勢に精通しているトルコからの情報提供に期待を寄せているという側面もあります。

 中東和平推進は確かに大きな外交課題ですが、今回の訪問では、意欲はアピールしたものの、目に見える成果はなく、日程の大半が視察にあてられ、来週から始まる通常国会を前に、つかの間の息抜きとなった形です。


TBSニュース(12日23:19)

要するに、中国と違う国を訪問したり、外交を行うと、日本のマスコミは「外交では八方ふさがりというイメージを払拭する狙いがある」という見方になるんだよな。
本当にもはや日本のマスコミは、信じるに足らない組織に陥ってしまったようだ・・・


いや、もちろん外交に限らず政治的目的ってのは、1つしかない事はあり得ず、いろんな理由、目的、狙いがそこにはあるはずで、その中に、外交イメージというものがあるのは間違いないだろうが、世界は中国だけじゃなく、数多くの国と外交を続けるのが当然なわけで、なぜ、中国以外の外国訪問をこれだけ悪意を持って見ることが出来るのか、その異常な精神状態を、何と言っていいのだろう。


 


小泉首相トルコ訪問 現地メディア 破格の扱いに

 【イスタンブール=高木桂一】小泉純一郎首相がトルコを訪問し、両国関係の強化を打ち出したことについて、トルコのメディアは十日から十一日にかけて一斉にトップ級で報じた。
 小泉、エルドアン両首相の会談を受けた十一日の主要新聞は「お祭り騒ぎ」(ホテル従業員)といったところだ。「中東における連帯」(テュルキイ紙)、「中東和平のためのトルコ・日本の協力関係」(イェニ・シャファック紙)、「トルコ・日本間の協力関係」(ラディカル紙)、「鳥インフルエンザへの共同対策」(ヴァタン紙)-などの見出しで大々的かつ肯定的に伝えた。
 一方、テレビも十日の両首脳の共同記者会見を四局が生中継し、ニュース専門局「NTV」などは約五十分に及んだ会見を、時間を延長して最初から最後まで完全放送した。
 外交筋は「他の主要国首脳の訪問の際には見られない破格の扱い」と驚きを隠せない様子だ。

sankei.web 平成18(2006)年1月12日[木]

トルコに取っては、これほど重要な会談だったわけだ。
何も日本に価値があったかどうか、自分達の主観による価値観だけで批判するのではなく、外国への訪問である以上は、現地の国の状態もきちんと伝え、歓迎を持って迎えられたのであるなら、それはイコール、日本国民にとっても価値があり、嬉しいはずなのに、日本のマスコミは、どうしてこうも偏見に満ちているのだろうか。


さらに、こんな記事もあった。


泉首相:トルコ航空元機長に謝意 イ・イ戦争で邦人救出

 【イスタンブール松尾良】トルコ訪問中の小泉純一郎首相は12日午前(日本時間同日午後)、イラン・イラク戦争の際にテヘランに取り残された邦人約250人を特別機で救出したトルコ航空の元機長、アリ・オズデミルさん(75)とイスタンブール市内で会い「20年前の救出劇をテレビで見て感動した。あなたが引き受けてくれなければ救出できなかった」と感謝の意を伝えた。
 1985年3月、イラン・イラク戦争でイラク軍がテヘランに空爆を開始、在留の外国人が脱出のために空港に押し寄せたが、日本の航空会社は現地に就航していなかったため、邦人が孤立。トルコ政府が救出のために急きょ特別機を派遣し、オズデミルさんが機長を務めた。
 首相は「日本人がみんな感動した。感謝の気持ちを伝えることができてうれしい」と述べ、オズデミルさんに日本製の置き時計を贈呈。オズデミルさんは「お目にかかれて光栄だ」とうれしそうに語った。

毎日新聞 2006年1月12日 19時25分

年齢的に、私はこの事件を知っていて然るべきだが、残念ながらと言うか、恥ずかしながら、全く知らなかった。

ただ、さもありなん。
当時の私の環境は、今回のように、海外の首相の訪問ですら、一方的な価値観の元、批判するだけのマスコミ記事しかなかった時代だ。
私にとって、当時はテレビと新聞(朝日)だけが、外部のニュースとの接点であり、最初にあげたニュースしか国民の耳に届かないとすれば、さすがに誤った判断に、今回のこのパイロットの存在すら知らずに過ぎたでしょうな。

もちろん、今回も毎日新聞がこの記事を載せているし、当時もテレビ局のニュースでは流れたかも知れないが、多くのメディアが繰り返し放送するのは、そんな美談などでなく、政府の批判だけ繰り返し流せば、国民の意思もそちらに流れたでしょうね。


 
まあ、今回のこの辺の、当時の日本人を救出してくれた、1民間人への謝礼を忘れずに伝え届けること、例えこれが小泉氏特有のパフォーマンスとしても、非常に喝采してやるべき行為だと思うのだが、これをTBSはどのように受け止めているのか。

日本人を救出に、民間飛行機会社は、自分のパイロットを戦場に出す事を拒否するのは当然だろう、そんな危険な目に遭わせたくないのは誰も同じだ。
だからと言って、当時自衛隊を派遣しようものなら、社会党や共産党が大反対をしたでしょうな。

結果、日本人を救ってくれたのは、現地トルコ政府と、現地の飛んでくれた民間人パイロットになったわけだが、まずはマスコミも含めて、当時、日本人の救出に人力を尽くしてくれたトルコ政府や、パイロットに改めて謝意を述べるのが普通だろう。


産経新聞だけは、エルトゥールル号の事も、今回の邦人救出の事も、プロジェクトXの事も、きちんと紙面で紹介している。
ところが、朝日は


小泉首相、日本人215人救出の「命の恩人」と面会

<前略>
 当時、現地邦人の救出作業に手間取った日本政府に代わり、トルコが救出を申し出た。小泉首相は「砲弾が飛び交うなか、救出して頂いたことに、日本人が皆感動した」と語り、日本製の置き時計を記念に渡した。オズデミルさんも


「日本人救出は任務だった」

と応じた。


asahi.com 2006年01月12日20時46分

記事にはしたが、こちらも素直に書けないようで。

まあ、本当にそう言ったかも知れないが、他の新聞社同様、わざわざ書くことか?
まるで「任務だった」から「日本が好きだから、日本人を助けたかったら」行ったわけじゃない、単なる業務としてやった、とでも強調して言いたいのかね。(笑)


本当に、日本のマスコミは見境無く政府という組織に噛みつく野犬みたいなものだね、政府を批判だけすれば全ては丸く収まると言う自己満足の世界ですね。


 

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1 11, 2006

報道を指導しろと言う国際感覚

中国が、今度はマスメディアに噛みついたそうだ。


中国外務省、日本メディアに異例の批判

 中国外務省の孔泉(コン・チュワン)報道局長は10日の定例会見で、「日本の一部メディアは中日関係の報道で、遺憾な方法をとることがある」と述べ、昨年の日中首脳会談など具体例を挙げて批判した。中国政府が、日本メディアの具体的な報道内容について言及し、注文をつけるのは異例だ。

 孔局長は「一部メディアは、中日関係に現れた摩擦と問題について派手にさわぐことに夢中だ」と批判。一方、王毅(ワン・イー)駐日大使の談話や、昨年4月の日中首脳会談で胡錦涛(フー・チンタオ)国家主席が示した、歴史認識や台湾問題での約束を実際の行動で示すことなどを求めた「五つの主張」についての「報道が大変少ない」と指摘した。


朝日新聞 2006年01月10日21時41分

爆笑ですな。

日本では、朝日や毎日などの大新聞社や、地方新聞のほとんどが、日本の新聞社のクセに、中国ばかりに顔を向けた記事を書いていると、国内では批判されている(もちろん、全員からとは言わないけど)のに、それで満足できず、もっと好意的に書けだって。

おまけに、朝日新聞記事によれば、「中国では日本に対し、良い報道がなされるようにメディアを指導している、日本も指導すべきだ」と言ったとか。


やはり、中国ってのは報道規制の国だねぇ、あれだけ中国を持ち上げているのに、この程度の表現では納得行かないらしい。
自由に記者が記事を書く内容に慣れていないんだろうね。
それに、国民が自由に考えを出せる環境など、想像も出来ないんだろうね。



本 当 に、こ ん な 国 で


 オ リ ン ピ ッ ク


開 く の か? 開 け る の か?

今からでも遅くない、止めるべきだろう。

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1 08, 2006

新聞社の靖国反対大合唱・・・

どうしても、中国のために安倍や麻生を総理にしたくないんだな。
昨年末から朝日新聞はぶっ飛ばしていたけど、年が改まった2006年になっても、益々加速させておりますな。

危うい面はあるが、国内経済は上向いているように見えるし、郵政民営化など国内政治も転換期で、まだ見えぬ結果に対して大ぴっろげて批判は出来ない、となると、小泉嫌いの親中新聞社各社は、何を書くのか・・・

案の定、正月から各地方新聞を含めて、靖国の首相参拝に対する反対大合唱の連発だ。
まあ、他に攻めるところが見当たらない、と言うか、攻めるべき箇所もあるけど、中国や韓国との外交の行き詰まりが、もはや最大の攻めどころなのでしょうがない。
それに、靖国参拝は、今年9月の小泉退陣に伴う有力な後継者が、何れも靖国参拝賛成なのだから、焦りもあるわな。



首相年頭会見 私たちこそ理解できぬ
これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。

 年頭の記者会見で、小泉首相は自らの靖国神社参拝に対する内外の批判について、5回も「理解できない」を繰り返した。

 「一国の首相が、一政治家として一国民として戦没者に感謝と敬意を捧(ささ)げる。精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」

 理解できない言論人、知識人とは、新聞の社説も念頭に置いてのことだろう。全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている。「理解できない」と口をとがらせるよりも、少しは「言論人」らの意見にも耳を傾けてはどうか。

 首相は、日本を代表する立場にある。一政治家でも一国民でもない。私的な心情や感懐より公的な配慮が優先することは言うまでもない。



 私たちは、一般の国民が戦争で亡くなった兵士を弔うために靖国に参る気持ちは理解できると繰り返し指摘してきた。

 一方で、戦争の指導者であるA級戦犯をまつる靖国神社に首相が参ることに対しては、国民にも違和感を抱く人は少なくない。まして侵略を受けた中国や、植民地だった韓国に快く思わない人が多いのは当然だとも考える。

 言論人や知識人の多くが首相の参拝に反対するのは、こうした理由からだ。

 会見の次のくだりも理解しがたい。

 「靖国の問題は外交問題にしない方がいい。私は交渉の扉を閉じたことは一度もない。一つの問題があるから中韓が会談の道を閉ざすのはあってはならない」



 首相は忘れたのだろうか。靖国参拝が「外交問題」になったのは、首相自身が01年の自民党総裁選の公約に「毎年8月15日の参拝」を掲げ、「心の問題」を政治の問題にしたからだ。日本遺族会の支持を得る狙いだったはずだ。

 中韓の反発などで、結果として終戦記念日の参拝はしていないものの、今度は毎年1回の参拝が信念だと譲らない。自ら火種を持ち込んでおきながら相手を批判し、「外交問題にしない方がいい」と説くのはいかにも身勝手である。

 深刻なのは、9月に首相が任期を終えた後も、こうした事態が続く可能性があることだ。



 たとえば、ポスト小泉と目される一人、安倍晋三氏は、官房長官に就く前に月刊誌にたびたび登場し、「だれがリーダーとなったとしても、国のために尊い命を犠牲にした人たちのために手を合わせることは、指導者としての責務だと思う」と首相の参拝を強く支持してきた。

 次の首相を選ぶ自民党総裁選が控えている。荒れ果ててしまったアジア外交をどう立て直すのか。その具体策こそが問われるべきであるのは、だれにでも理解できることだ。


朝日新聞 【社説】2006年01月05日(木曜日)付



朝日だけじゃなく、北海道、沖縄、高知、など地方新聞も探せば同じように、靖国参拝を批判する記事だらけですな。



これほど理解力が足りない人が、内閣総理大臣を続けていたのだろうか。そう思いたくもなるような光景だった。

私から見れば、これほど理解力のない新聞社が、よく恥ずかしげもなく、見苦しい記事を書けるものだ。 そう思いたくなるような光景が、昨年末以来ずっと続いているんですけどね。(笑)

よく、小泉首相を、靖国参拝をさして「頑固」だの「意固地」だの書いている記事も見かけますが、私から見れば、国内の新聞社の方が、よくもまあ飽きもせず、同じようなくだらない見識を述べている姿に、頑固だし、脳の硬直化を見る想いですけどね。
そもそも、国内新聞社そのものが、信用置けないのに、新聞社の多くが反対しているのに、耳を傾けない事を「許せない」みたいな事を書いていますが、この傲慢さが許せませんね。
特に朝日は、戦前は戦争を煽った事、戦後は北朝鮮は楽園だと日本人を送り込んだ事など、自らの反省を生かすことなく、新聞の言論人は正しいと思っている事が、嫌いですな。


 
そもそも、何度も言いますが、靖国問題は国内においても賛否両論存在し、そんな簡単な問題であり得ない。
また、靖国参拝が中国との外交を閉ざしたと言う、トンチンカンな外交感覚では、賛同出来るものも出来ない。

日本は中国に首脳会談の申し込みを常に行っているが、拒否しているのは中国なのであり、日中首脳外交は、あくまでも中国側の問題だけなのだ。
この簡単な構図がどうして、中国スキスキー者には分からないのだろうか。


 
簡単な話である。
北朝鮮と、日本の間には拉致問題がある。
日本は、横田めぐみさんの消息も含めて、まずは、拉致された被害者の完全なる解決などなければ、北朝鮮に対して許せないキモチは、多くの日本人が抱いている感情だろう。

だがしかし、日本と北朝鮮の間に横たわっている問題は、何も拉致問題だけではない。
日本人なら、拉致問題の解決無くして、日朝外交などあり得ないと思うのだが、実際には、拉致問題の解決をしていないからと、北朝鮮との完全な外交遮断をしても良いのだろうか。

現状は、北朝鮮が拒否しているので、日本としてはどうしようもないが、もし北朝鮮が日本との首脳会談を求めていても、日本が拉致問題だけを理由にして、会談を拒否して日朝関係に進展はあるのだろうか。
こんな事は、小学生にも分かる理屈であるし、靖国問題で小泉を叩いている、「言論人」である、新聞社各社も恐らく、拉致問題の解決のためにも、会談は拒否するべきではない、と言う論調になるのは当然だろう。

つまり、日本が会談を拒否するのは許せないが、中国が政治的理由で、会談を拒否するのは当然で、日本が悪いと堂々と社説などで書くような、二枚舌、ダブルスタンダードを恥ずかしげもなく新聞に載せるのが、今の新聞社なのだ。

ここは日本である、中国の共産党が管理する新聞、韓国のメディアが二枚舌で、日本を悪く言うのであれば、フェアとは思わないがどうしようもない国だなと思う事が出来るが、日本国内において、日本の新聞社だと名乗る組織が、何でもかんでも日本が悪いと書くのであるのだから、呆れて物が言えない。


 
靖国問題は、靖国問題として、日本人同士大いに議論すべきだろう。
だが、それを外交問題にすり替えて、日中関係が上手くいかないのは、小泉首相の靖国参拝が原因だと平気でウソを書くのだから、何を信じて良いのやら、日本人が混乱する。


また、民主党前原代表が、靖国参拝に反対する立場でありながら、中国脅威論を述べただけで、中国側は会談を拒否するような国である。
何が靖国問題だけが解決すれば、日中関係に期待が持てるのだろうか、明らかに中国は、自分に心地よい意見、言葉しか聞きたくないのが明白ではないか。
今の、朝日を代表とする、靖国参拝が日中関係を壊していると判断している愚か者は、靖国参拝を辞めたとして、その後如何なる日中関係を描いているのだ?


 
毒ガス処理問題では、もはや中国の要求は天井知らず状態だ。
それを理由に、また首脳会談を拒否されれば、また、日本が悪い、全額出すべきだ、などと社説などで訴えるのか?

靖国参拝問題は、確かに、日中関係に横たわる問題だが、それはあくまでも1つの問題にしか過ぎない。
中国が、何かを理由づけて首脳会談を拒否するのであれば、それは1つの問題が解決したあと、どこまで日本が中国に譲り続けなければならないのか、その辺りの説明など全くないのが許せない。

日中間における首脳会談が開けない状態は、根本的な問題を解決しなければ、問題が変わるだけで、永遠に続く可能性がある。
そこを、どうして新聞社は説明しないのだろうか、そのところが非常におかしい。
つまり、当然ウラがあるんだろうね。

 


首相は忘れたのだろうか。靖国参拝が「外交問題」になったのは、首相自身が01年の自民党総裁選の公約に「毎年8月15日の参拝」を掲げ、「心の問題」を政治の問題にしたからだ。日本遺族会の支持を得る狙いだ

あはは、自分で「政治問題」だと書いているじゃないか。
国内の総裁選での公約に、何を言おうが、あくまでも「政治問題」なんだろ? 外交問題じゃあるまい。
日本遺族会の支持は得られても、新聞社のほとんどや、日本国民の多くは靖国参拝に反対なんだろ? 自分の新聞記事に書いたんだから、自分の吐いたツバは呑めないよな、だったら気にするな、遺族会の支持以上に、朝日新聞の記事によれば、それ以上の反感を買って不支持を得たことになるのだから。(笑)


しかし、小泉がいつ、中国に対して靖国参拝をする事で攻撃を仕掛けたのかね?
靖国参拝を認めなければ、ODAを中止するぞとか言ったのか?
どこに外交問題に利用しているのか、明確な説明が聞きたい物だ。

少なくとも、靖国を口実に、いろんな問題を持ち出しているのは、中国だろ。
あることを口実にして、他国に何かを要求したりすることを、外交問題に利用すると言うのじゃないのか?
少なくとも、小泉は靖国を口実に、中国や韓国に何かを求めたわけでも、強制したわけでもないのだが、その辺りの感覚からして、朝日などの記者の感覚は異常であることが分かる。



「外交問題にしない方がいい」と説くのはいかにも身勝手である。

外交問題にしている理由の1つも説明出来ずに、よくもまあ、こんな事が言える物だ。
本当に、最近の朝日新聞の記事は、主語を「アサヒ」に置き換えるだけで、十分に意味が通じる記事が多い。
と言うことは、最近の記事の内容が薄ぺっらいって事ですな。


 

荒れ果ててしまったアジア外交をどう立て直すのか。その具体策こそが問われるべき

そんなのがあれば、まず自分自身で書けば良いだろうに、言論人としてのプライドがあるんだろ?(笑)

まあ、中国様に謝る、譲歩する、貢ぐなど、ふざけた意見以外に、どうしたらよいのか、アサヒなどはちっとも真剣に考えた事が無いんだろうね。

おっと、最後に「荒れ果てたアジア外交」ってのはきちんと「荒れ果てた特定アジア外交」に変えるべき。
むしろ日本としては、特定アジアとはこの際冷却期間を設けて、本当のアジア諸国と綿密な関係を結び、今まで中韓に向けていた無駄なパワーを、この際、欧州や中東とも関係を深めるために使い、世界中と良好な関係を結ぶべきだ、なんて事ぐらい書けば、「おおっ」とか思うんだけどな。(笑)

今の、野望を持つ独裁主義国の中国に対し、何かアクションを起こしてもムダだろうね。
荒れ果てた日中関係は、早急な解決ではなく、冷却期間を設けて時間をかけてゆっくりと構築すべきだろうね。
まあ、朝日にとっては、時間を掛けてゆっくり・・・等という選択肢は、最初から無いんだろうけど。(笑)

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1 02, 2006

今年も朝日は行きます! 期待を裏切りません!!

何だかさ、同じような事を何度も書くのも気が引ける、ってのか、どうも自分でも納得行かないんだけど、朝日新聞や毎日新聞はそれを許してくれないようで。(笑)

正月早々、社説でまた笑わせて頂きました。

毎日新聞の方は、明日時間があればまた書きますが、今回は朝日新聞の新年の1発目の社説なので、今年度もネタの提供をヨロシク、と言うご挨拶も兼ねて取り上げましょう。



武士道をどう生かす 2006謹賀新年

 明けましておめでとうございます。


 今日はこの言葉が日本中を行き交っていることだろう。


 正月がめでたいのは、気分新たに幸せが来そうな気がするから。英語で「ハッピー・ニューイヤー」、中国語では「新年快楽」や「新年愉快」。この気持ちは世界に共通のようだ。


 あなたの願いは何だろう。入試、就職、恋愛、仕事、健康、平和……。みなさまの幸せを心からお祈りしたい。


 ところが困ったことに、幸運は平等にはやってこない。スポーツに勝者と敗者があるように、我が身の幸せはしばしば他人の不運と重なり合う。


 昨年は郵政民営化で勝者と敗者が明暗を分けた。織田信長を好む小泉首相は気迫で総選挙の勝負に出ると、造反派のもとに「刺客」を送る非情さも見せた。




 内外のいらだち


  「戦国武将に比べれば、いまの権力闘争などなまっちょろい」


 甘えやもたれ合いの時代が去ったからこそ、これが余計受けたのか。いまは能力や成果を争う「競争」の時代だ。


 しかし、それはちょっと嫌な言葉も生んだ。「勝ち組」と「負け組」である。


 IT事業や投資ブームの波に乗ったリッチな人々。一方で倒産、失業、リストラ。正社員は減り、フリーターやニートが増える。所得の差は広がり、自殺者は空前の水準。競争と二分化によって生まれる社会のいらだちは、これからの大きな課題に違いない。


 そんな折、この国の近所づきあいがすっかりこじれたのは偶然ではないかもしれない。日中も日韓も首脳間の信頼がこれほど壊れてしまうとは……。




 大きな火種は小泉首相の靖国神社への参拝だ。悪いのはそっちだ、いや、そっちの方がおかしい。子供のようなけんかは歴史の歯車を逆転させ、せっかく緒についた「東アジア共同体」の機運にも水を差してしまった。


 昨春、北京や上海で暴力騒ぎになった反日デモのように、中国や韓国には荒々しいナショナリズムが横たわる。中国の強権的な支配や軍事力膨張の不気味さなども厄介で、こちらがきちんともの申すべき点は少なくない。


 他者への哀れみは


  だが、それだけに身をただすべきこの日本は、どうだろう。


 「牙を剥(む)く中華帝国」


 「反日国際ネットワークを粉砕せよ」 まるで戦争前夜のような見出しが一部の大手雑誌に毎号のように躍る。呼応するかのように有力政治家も寄稿する。


 空前の韓流ブームは救いだが、一方で『嫌韓』の言葉を冠した漫画が何十万部も売れている。インターネットにはさらに激しい言葉があふれる。冷静さを欠いた言論は、まるで国内のいらだちを外に吐き出しているかのようだ。


 「外国の干渉を許すな」と、首相の参拝を支持する人々の声もとかく勇ましい。郵政問題を武将の流儀で押し切ったように、ここでも強気で押してこそ国家のリーダーだ、といわんばかりに。


 そういえば少し前、映画『ラストサムライ』のヒットもあって、ちょっとした「武士道」ブームが起きた。忠義のため命を捨てる潔さがたたえられがちだが、その本質は決して好戦的ではない。


 1世紀ほど前、新渡戸稲造は英語で出版した名著『武士道』のなかで、「いつでも失わぬ他者への哀れみの心」こそサムライに似つかわしいと書いた。弱者や敗者への「仁」であり、「武士の情け」「惻隠(そくいん)の情」のことである。


 最近では数学者の藤原正彦氏がベストセラー『国家の品格』でそうした側面を強調し、武士道精神の復活こそ日本の将来のカギを握ると唱えている。


 ならば「武士道精神に照らし合わせれば、これはもっとも恥ずかしい、卑怯(ひきょう)なこと」(藤原氏)だった日中戦争に、いまだけじめがつかないのでは話にならない。あの時代、アジアでいち早く近代化に成功した「勝ち組」が「負け組」に襲いかかったのがこの戦争だった。


 靖国神社はその軍部指導者までたたえて祀(まつ)っている。そこに、中国などの神経を逆なでして首相が参拝し続けるのは、武士道の振る舞いではあるまい。参拝をはやしたてる人々もまたしかりだ。




 品格を競いたい


  いま「60年たっても反省できない日本」が欧米でも語られがちだ。誤解や誇張も大いにあるが、我々が深刻に考えるべきはモラルだけでなく、そんなイメージを作らせてしまう戦略性の乏しさだ。なぜ、わざわざ中韓を刺激して「反日同盟」に追いやるのか。成熟国の日本にアジアのリーダー役を期待すればこそ、嘆く人が外国にも少なくない。


 中国の急成長によって、ひょっとすると次は日本が負け組になるのかも知れない。そんな心理の逆転が日本人に余裕を失わせているのだろうか。だが、それでは日本の姿を小さくするだけだ。




 武士道で語られる「仁」とは、もともと孔子の教えだ。惻隠の情とは孟子の言葉である。だからこそ、子供のけんかをやめて、大国らしい仁や品格を競い合うぐらいの関係に持ち込むことは、アジア戦略を描くときに欠かせない視点である。秋に新たな首相が選ばれる今年こそ、大きな転換の年としたい。


 ことは外交にとどまらない。


 国民の二極分化が進む日本では、まだまだつらい改革が待っている。競争や自助努力が求められる厳しい時代だからこそ、一方で必要なのは弱者や敗者、立場の違う相手を思いやる精神ではないか。隣国との付き合い方は、日本社会の将来を考えることとも重なり合う。


 自分の幸せを、少しでも他者の幸せに重ねたい。「新年愉快」ならぬ「年中不愉快」が続いては困るのだ。



朝日新聞 2006年1月1日 社説


まあ、いろいろ見方はあるだろうし、今更朝日の見解など犬も食わぬようなものですが、相変わらず焦って何か暴走しているような内容ですね。



>>あの時代、アジアでいち早く近代化に成功した「勝ち組」が「負け組」に襲いかかったのがこの戦争だった。

相変わらず単純だね。
アジアでは、いち早く近代化に成功したかも知れないが、世界レベルでは、日本以上の近代国家がアジアを食い物にしようと、ハゲ鷹のように襲ってきている時代だったわけで。
単純に、「勝ち組」「負け組」の視点で見るなら、当時の世界の強大国こそ「勝ち組」であり、日本は未だに「勝ち組に入りたい負け組」だったに過ぎないわけで、自分達の視点でしか物を見ていない表現ですな。

私は、個人的にはあの時代を「自衛の戦いだった」と言い切ってしまうのは、確かに少し抵抗はある。

しかし、「自己防衛の為の1つの戦略としては、侵略もあり得た」という考えはあり、それは当時の世界標準で見れば間違った選択ではなく、その戦略の選択の良否はともかく、それ以外の選択もあり得たかも知れないが、時代の流れと当時の日本国民が選択した方法には、後世の人間が、勝手に批判するようなレベルではない、その立場ですね。
だから、朝日のような決めつける一方的な価値観(違った物の見方も出来るのに、敢えて無視する手法)には、毎回賛同出来ないんです。


 


>>靖国神社はその軍部指導者までたたえて祀(まつ)っている。そこに、中国などの神経を逆なでして首相が参拝し続けるのは、武士道の振る舞いではあるまい。参拝をはやしたてる人々もまたしかりだ。

これもそうなんですよね。

武士道という言葉を、都合良く引っ張って来ますが、反対にお聞きしたいのは、武士道ってのは先祖様に対し、感謝と慰霊の念を持って参拝する事は、許されない行為なんですかね?

そもそも、中国の神経を逆撫でしていると言うが、それはあくまでも前提条件ですよね。
ところが、もはや日本人の多くは、その前提条件は、単に中国政府の政治的道具としてしか使われていないと、知ってしまっているわけで、それを持ち出しても通用しません。
ですから、武士道云々を持ち出すにしても、まずは、祖先に対し、感謝と慰霊の心を大事に持つ事を否定する理由を、武士道を使ってもっと明確に説明して欲しいですな。


 
ところで、相変わらず、靖国参拝が日中関係の障害だというような書き方ですが、民主党の前原代表は、靖国神社に軍部指導者が(A級戦犯)が祀られている以上、参拝はしないと言う立場の人間ですよね。
つまり、中国が求めているそのまんまの考えの政治家です。

ところが、中国脅威論を上げたとたんに、わざわざ中国に行った前原氏に対し、中国首脳は誰も会わなかったのだ。
これぞまさしく、「靖国神社参拝問題」が解決すれば、日中関係は好転すると言う中国側の言い分のウソ、矛盾を示すものだが、未だに朝日などは靖国神社を、日中関係の問題点として残しておきたいようだ。

知識人も含めて多くの人が、「靖国問題が日中関係の本質ではない」と語っているのに、靖国神社参拝では、朝日は日中関係の最大の問題点として存在してもらわねばならない(と言うか、中国がそう主張しているので、ムリがあると分かっていても、ごり押ししているのでしょうけど)、そう思っているのでしょうな。
今時、靖国参拝は片づけば、日中関係は良くなると信じているのは、チャイナスクール出身の加藤センセーぐらいなものでしょ?
自分の謀反時期を見誤ったように、何も見えない政治家が言っても、誰も付いてきてくれないでしょうけど。


 
中国と日本の関係は、朝日や毎日が言うほど、甘くない。

どこの世界にも、既得権益という物は存在します。
まあ、早い話が、甘い蜜をもらう側と、献上する側ですな。

当然、どんな問題があろうとも、甘い蜜を受け取る方は、「改革」によって自分達にその蜜が回って来なくなれば、猛反対するのも当然ですな。

こんなのは、郵政民営化でも、道路公団民営化でも、郵政族や道路族議員の態度を見れば、一目瞭然です。
彼らは国民に選ばれ、国民の為に奉仕する身分でありながら、その使命も目的も忘れ、甘い蜜を取り上げられる時は、見苦しいまでの反対を示します。
官僚にしても、例えばODAを外務省から引き離そうとするだけで、外務省から猛反発が出るんですな。

誰しも、総論賛成、各論反対は持っているんですけど、それを改善しなきゃならないんですけど、朝日は相手が政府や省庁に対してなら、厳しく追及するのに、中国や自分の事になれば甘い見解を出す、その事自体が、結局は自分達も同じ展開に成っていることに気づかないんでしょうな。


 
要するに、中国が今の日本との外交に必死なのは、自分達の今まで受けてきた甘い蜜、既得権益を失いたくないからです。
総会屋やヤクザと同じです、自分達の利益を守るために、何でも必死にやって来ますよ。
それは、ODAなどのストレートのお金もそうですし、中国がクシャミをすれば、日本は風邪薬を持ってくるほどの気を遣う関係を維持したいわけですし、その他多くの形で日中関係が修復された30年以上で甘受した利益を、中国側がそんなに簡単に手放すわけがありません。

朝日新聞の基本姿勢は、言うまでもなく、目先の結果だけを見つめて、「日中関係が行き詰まっているのは日本のせい」などと言うのですな、私も偉そうな事は言えませんが、自分自身を見失っているんじゃないでしょうか。

 

あと、朝日新聞が必死でネットも攻撃を始めたのは、以前も言いましたが、それだけ情報を新聞社がコントロール出来なくなった故の焦りから来ているんだと思いますね。

昔は、国民がニュースなどの情報を得るには、新聞、TV媒体によるものがほとんどでした。
その中で、週刊誌などが記事をスッパ抜くこともありましたが、それでも何百万部も売り上げる新聞社が、大々的に取り上げなければ、国民は関心を持つことも少なく、結果的に自分達が国民を自由に誘導出来たわけです。

 
ところが、インターネットの世界がその情報の管理、制御をガラリと変えました。
国民は、今までは電波で流れてくる、もしくは配達される紙面と言う、狭い世界での受動的な立場でだけ、情報を得ておりましたが、現在はインターネットで、自ら情報を探して拾ってくる、能動的な立場に変化しました。

そうなれば、今まで意図的に隠してきた情報、怪しいソースから取り上げた情報、都合の良い部分だけ取り上げた、明らかに誘導された情報などが、国民の知るところになり、国民が騙されなくなってしまったんですな。

例えば、今まで「ニューヨークタイムズ(NYT)が日本に対して、このような批判をした」という記事を載せれば、国民は、「ああ、アメリカでもおかしいと思っているんだな」と思いますよね。

ところが、誰かがインターネットで、NYTの記事って、オオニシって言う日本人が書いているようだぞ、と調べ上げると、また一方で、NYTの東京支局って、朝日新聞と同じ住所だ、と言う情報までバラしてくる。

そして、今まで朝日新聞が伝家の宝刀として、アメリカ世論の動向を伝えるときに使っていたNYTの記事は、実は朝日新聞のマッチポンプだったと、ネットの世界では知らないものは誰もいなくなったわけです。

これは朝日としては、困ったでしょうな、今までは困った事があれば、オオニシを利用して、NYTを利用できたのが、もはや事情を知った人は、誰も朝日新聞の記事を信用しない。
少なくともネットでは、朝日新聞を肯定する意見、ブログよりも遙かに否定、反対の意見が多く飛び交っているのも、それまでの朝日ブランドが通用しなくなってしまったのは事実でしょう。


 
だから、ネットで飛び交う声を、一部の歪んだ考えだと否定し、批判するようになったんでしょうな。
焦りまくっていますな。(笑)


>>冷静さを欠いた言論は、まるで国内のいらだちを外に吐き出しているかのようだ。

まさに、これは朝日新聞自身の心の叫びでしょう。
昨年の12月にも書きましたが、最近の朝日は、ネットでは朝日ブランドという神通力を失った、と自分達で悟ってからでしょうか、ものすごい勢いで、グダグダに走っております。

ま、これもただ単に、見解の相違なのかも知れませんがね、焦っているのは、朝日から見れば私を含む、ネットで発言をする一部の人達で、私から見れば、ネットの声を真摯に受け止められない朝日の方が焦っている、そう感じるだけなんですが、最終的には朝日がどんなに批判をしようとも、どんなに自己主張を続けようとも、時代は流れていきますし、国民が最終的な判断を下すんですけどね

まあ、2006年は朝日新聞にとっても、平和で冷静になれる年でありますように、祈っております。(笑)

 

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結局は外務省かい

昨夜、あれほど褒めて期待したのに、たった1日で期待を裏切られたような。(笑)



中国大使に宮本氏が有力 飯村氏は仏大使就任か

 阿南惟茂(あなみ・これしげ)駐中国大使の後任として宮本雄二(みやもと・ゆうじ)沖縄担当大使を起用する人事が有力になった。政府筋が31日明らかにした。

また次期駐フランス大使には飯村豊(いいむら・ゆたか)駐インドネシア大使の就任が有力だ。早ければ1月中にも発令される見通しだが、中国大使について外務省は日中関係の推移を見ながら、最終的な発令時期を慎重に判断する方針。


1月で就任丸5年となる阿南氏の後任をめぐっては、日中関係の冷却化などで選考が難航。最終的に中国語研修組で、中国課長、駐中国特命全権公使などを務め、中国専門家である宮本氏が適任との判断が強まった。


 次期駐中国大使は、小泉純一郎首相の靖国神社参拝などで悪化した日中関係の立て直しが当面の課題となる。日中間では、上海の日本総領事館の男性職員が2004年5月に自殺した問題で日本政府が抗議、中国政府がこれに反発するなど新たな火種も生まれている。

 飯村氏は現在の平林博(ひらばやし・ひろし)駐フランス大使と交代することになるが、一時、阿南氏の後任に有力視されていた。(共同)


産経新聞(12/31 22:53)

あらら、まだ飯村氏に決定してなかったのね。
宮本氏はチャイナスクール出身者ですね、結局は外務省ってのは、既成の概念から脱却出来ない、旧態依然の組織なんですかねぇ。
別に、チャイナスクール出身者が絶対ダメとは言わないけど、どんな経歴を持っていようと、きちんと任務を果たしてくれれば問題無いんですけど。

でも、私が知っているチャイナスクール出身者は、ロクな人間がいません。
阿南大使にしても、瀋陽総領事館での中国武装警官を、領事館内に引き入れた事に対して、また、事前に「亡命者は追い出せ」と指示を出していた点などで、非常に有名になった御仁であります。
また、あの落ち武者ゾンビの加藤鉱一氏も、チャイナスクールですな、言っていることがムチャクチャな事で有名な御仁です。

結局、チャイナスクール出身者だけを差別したくないけど、過去の有名なスクール出身者って、この程度の人物しか活躍していないから、どうしても色眼鏡で見られてしまうのも、仕方がないですよね。


 
ところで、確か昨年の8月に、阿南さんは駐中国大使を退任されたと思ったのですが、まだ後任が決まっていなかったのですね。
と言うか、それ以前に、8月で辞める予定じゃなかったの?>阿南氏

どうして、退任が決まっているのに、後任が決まらないのでしょ?
まあ、噂では、チャイナスクール外から中国大使を持ってくる事に、中国も反対しているし、日本の政治家、外務省内でも反対が多いので難航しているとか。
個人的には、外務省がまともな仕事をしないから、チャイナスクール出身者以外から人材を求めていると思っているんで、その点で、何ら反省も改革もする意志も無い外務省の意見など、無視するのは当たり前だと思うんで、問題は中国側の反対と、その一部の政治家達なんでしょうな。

はっきりした名前は分かりませんが、先に挙げた加藤センセーなどは、当然絡んでいるでしょうな。(笑)
まあ、「加藤」という文字が出た時点で、「反対する政治家」の意見など、無視して良いと思われます、はい。


 


「靖国」公表避ける 日本、首脳会談で米に要請

 【ワシントン=有元隆志】米政府関係者は三十一日、二〇〇五年十一月に京都で行われた日米首脳会談で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝について話し合われたものの、日本側から米側に対し、記者会見などではこの問題に関する具体的な説明を控えるよう要請があったことを明らかにした。首相の靖国参拝に反対する韓国でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を控え、この問題がクローズアップされるのを避けようとしたものとみられる。


 同筋によると、会談で大統領は具体的に靖国とは言わなかったものの、現在の日中関係について質問した。これに対し、首相は靖国参拝を続ける理由について、「心ならずも犠牲となった戦没者に哀悼を示すため」との従来の考えを改めて説明。大統領は耳を傾けていたという。


 会談後、日本の外務省幹部は記者団からの「靖国については」との質問に対して、「『日中間にいくつかの問題はあるが』ということで首相が言われた部分はあるが、全体として、日中関係は経済をはじめ進展していると首相は説明した」と述べた。米側も、「首相は日中間にあるさまざまな問題について説明した」と説明するにとどまった。


 米政府筋によると、大統領はこの場で首相の参拝に対し、とくに態度表明はしなかったという。ただ、日米首脳会談後の十一月二十日に行われた中国の胡錦濤国家主席との会談で大統領は、靖国参拝に反対する胡主席に対し、父親のブッシュ元大統領が戦争中、日本軍の攻撃で負傷したことなどを指摘。そのうえで、「自分は日本に対し、厳しい感情を抱くこともできたが、実際は、日本と良好な関係を築いている」などと述べ、未来志向の重要性を説き、胡主席に日本との対話を求めた。



産経新聞 平成18(2006)年1月1日[日]

海外の来賓が、純粋な気持ちで靖国神社に参拝したいと申し出ても、対中国に遠慮して、慌てて認めないような外務省ですから、この記事に書かれているような内容があっても、不思議じゃないんですが、「いつまでこんな事を続けるつもり」なんでしょうなぁ。

気配りは大事ですが、中国に配慮して公表を遠慮してもらう、と言うことは同時に、国民にも隠しておく、と言うことですな。
つまり、騙すとまでは行かないまでも、事実を国民に隠すわけですから、ソレ相応の大義名分が欲しいと思う。
例えば、人命優先で報道規制を行い、国民には事実を隠しておくというのは、まだ分かります。
ただし、これは報道規制なので、ある時期になれば、真実が公表されると言う前提ですが、国際関係における秘密とは、下手すれば永久に外に出されない可能性もあり、国民にすら隠す必要があるというなら、それだけ国家に重要な意味がある場合に限るはずでしょう。


それが、中国側のへの遠慮のためとは、国民に真実を隠すと言う重大な行為に比べて、些か拍子抜けするほど見窄らしい理由のような気がするのは、私だけでしょうか。


何度も言いますが、人と人との個人的な付き合いでは、毎回相手を立てて、遠慮する事も美徳で許される行為でしょう、「情けは人のためならず」ということわざが日本にはありますしね。
ところが、国際社会ではそれが美徳になるとは限らないですね。

情けは・・・は、あくまでも自分(国内)の事であるので、行う事は自由であるし、意味があります。
ところが、外交とは海外の違う民族、宗教、文明を持った人との付き合いであり、必ずしも「遠慮」だけが美徳にならない、って事は外務省であっても知っていると思うのですがね。
例えば、アメリカ人に「わび・さび」を知ってもらおうと、一方的に押しつけても、中には「わび・さび」を感じる人もいるでしょうが、多くのアメリカ人は「何という粗末で暗いんだ」と言う印象を持つでしょうね。


 
外務省に限らず、官僚ってのは、任期中に何も問題、失点を犯さず、平穏に過ごせば合格って感じですよね。
だから、何か問題が発生したら、問題が無かった事にしたい、穏便に済ませたい、隠して終わらせたい、そう思って結局は、一般人の感覚では一番最低な選択をするんじゃないでしょうかね?

この辺が、官僚という制度の限界なのかも知れませんが。


 

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1 01, 2006

あけましておめでとうございます

2006年になりましたね、今年はどんな年になるでしょうか。
昨年は、韓国の竹島問題から端を発し、ある意味中国などの特定アジアの外交関係において、多くの日本人が現状を、中国や韓国の本質を認識出来た年だったと思います。


年末もいろいろ話題はありましたが、家内に年賀状作成に家のパソコンを占有されて、記事が更新出来ませんでした。(笑)

まあ、12月31日まで年賀状を書く方も、かなり問題ですが(苦笑)、ニュースがあっても、今年1年書いてきた中国、韓国との特定アジアとの外交、露骨に無茶な屁理屈で批判を繰り返す朝日などのメディアを、改めて呆れて見るだけで、1年間書いてきた内容と同じようなものだしなー、と言う感じで、書きたいと言う意欲があまり無かった事も原因ですけど。

ただ、この事件、事実はどこにあるのか分かりませんが、注目したいと思います。

元記事はもう良いでしょう、日本の総領事館の職員が、中国側の罠にはまって、悩んで自殺したと言うスッパ抜き記事に関しての話しです。


領事館員自殺「関係していない」在日中国大使館が声明

 中国の在上海日本総領事館の男性館員が2004年5月、中国側から外交機密に関する情報提供を強要されたとする遺書を残して自殺した問題で、在日中国大使館は31日、「日本側は、館員は職務の重圧のため自殺したと表明、遺族の意思に基づいて中国側に事件を公表しないよう求めた」とする声明をホームページで発表するとともに、報道各社に声明文を送付した。

 声明はまた、中国側の調査により、この問題は「中国政府当局者といかなる関係もないことを確認した」とした上で、結果を「日本側にも説明した」と主張。日本政府が、「(こうした)事実を顧みず、事件の責任を中国側に押しつけようとした」として強く非難した。

 中国側は外務省の秦剛副報道局長がすでに29日の記者会見で問題に触れ、日本側の対応について、「中国の印象を損なおうとする悪質な行為だ」と非難しているが、声明は、問題に対する日中間のやりとりの経緯をあらためて明らかにし、中国側の正当性を訴えようとしたものとみられる。


(2005年12月31日20時30分 読売新聞)


まあ、予想された・・・と言うか、2005年風に言えば「想定内」の回答ですね。
ただし、阿南大使をトップにする、過去の対中国外交を見れば、中国側が主張するような「内々に話を終わらせたい、問題を大きくしたくないので終わりにしたい」という意志が、外務省に無かったかと言えば、日本人であるんだけど、日本外務省には信頼が全く置けず、もしかしたら・・・そうしたのかも知れない、と言う不安は付きまといますね。

なんせ、日本が行った抗議(4回でしたっけ)で、当時の阿南大使の名前で抗議をしたとは、記事を探したけど、どこにも書かれていなかったんですけど、誰か、阿南大使が抗議を行ったとした記事を見かけた人はいませんか?

明確な確証が無い限り、外務大臣が直接批判するのは避けるべきだろうが、上海でそのような事件が発生した以上、大使が中国に置ける全権を任せられているわけだから、どうして彼の名前で出せなかったのか・・・そこに、当時の外務相の体質が見え隠れしており、結局は、中国の言い分通りの情けない対応を、日本外務省は取ったかも知れない・・・と言う疑念が、拭えないのが本当に情けない。

 
ところが、31日にこんな記事が出ました。


領事館員自殺、中国発表に日本外務省「事実に反する」

 在上海日本総領事館員の自殺問題で、中国大使館が日本側の対応を非難する声明を発表したことについて、外務省幹部は31日夜、「よくこんなことが言える。我々が把握している事実は、遺書に記されていたことだ。中国側の説明はまったく事実に反する」と反論した。

 この問題では、鹿取克章外務報道官が28日の記者会見で、「中国側公安関係者により、ウィーン条約上の義務に反する遺憾な行為があった」と指摘していた。

 日本政府はすでに中国政府に抗議し、事実関係の究明を求めている。


(2005年12月31日22時5分 読売新聞)


今までの外務省から思えば、「言い返す」など想いもしない反応だと思うので、一応は評価したいですね。

ただし、外務省としての見解でもなければ、外務省幹部とは誰かなどの名前もなく、下手すればゴシップ新聞記事の「ある関係者の話しに寄れば」などの、都合の良い関係者が突然現れるみたいな存在の「外務省幹部」だけでは、諸手をあげて喜べない部分もある。

ただまあ、外務省も阿南さんが昨年に退任され、新しく中国大使として任命された飯村氏が、初めてチャイナスクール出身者でない、と言う現実と、田中-川口と言った女性大臣から、町村という「中国に対し、フラットな意見が言える」人物が大臣になり、今は麻生という、これまた中国外交には歯に衣を着せない人物が大臣になった事で、外務省の体質が徐々に変わってきているとすれば、これが歓迎すべき方向に進んでいるのではないかと思いますね。


中国は、改めて言うまでもなく、日本を叩いて国民を鼓舞する政策を採って来ましたし、アジアの盟主として君臨する野望の為には、日本をこのまま弱い国にしておきたい、日本よりも上位の立場にいる事を示したいがために、日本に対して政治、外交の上で謝ったりはしない国なんですね。

その国に対して、どのようにしたら円満に外交が出来るかと言えば、朝日や毎日が言うように、謝罪外交を続けることが真の外交関係になるはずもなく、この1年は小泉外交は失敗だった、みたいな論調を繰り返すメディアには、まさに信頼が置けないと、多くの国民が認識するに至った1年であった。

と同時に、外務省の基本姿勢だったかのように見える、「国家間では波風を立たせない事が優秀な外交関係で、国益に繋がる」と言う事を、杓子定規的に優先するがあまり、譲歩外交を続け、表面上だけ上手く付き合ってきたかのように見せていた事は、ある意味、国民に対する背信行為のような気がします。

なぜなら、譲歩だけ繰り返し、表面上だけ円満に見せかけるのは、それはまるで、株主総会を円満に進めるため、総会屋にカネを払って終わらせていた、みたいな感じですね。
カネさえ払っていれば株主総会は問題なく終わる、だから表面上はその会社は問題無かった、なのに、総会屋の癒着を断ち切ったら、株主総会が荒れた、総会屋に譲歩しないのは、株主総会に対する運営失敗だと、まるで結果だけに拘ったのと同じ、私はそう思いますね。

もちろん、外交の基本姿勢は譲歩と交渉の繰り返しでしょうが、単に譲歩だけして妥協する外交で、表面だけ取り繕うなら、外務省の存在価値はありませんね。


その意味では、外務省もここで大きく変革する事を望みたい、2006年はそんな1年ですね。

 
今年もよろしくお願いします。

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