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9 30, 2005

夢の国の夢の物語で、リアルを求める滑稽さ

某高校関係者さんから、また長い文章を頂きました。
より一層、共産・社会主義色を強くして来ておりますが、みなさん、引かずにおつきあい下さい。

話の出発点は、ある高校の教師が、中間試験でイラク戦争を問う問題を出したところ、自衛隊を肯定したものには0点、否定したものには5点の成績を付けた、そして愛知県教育委員会は不適切だと判断した、この記事です。

http://papa.air-nifty.com/neboke/2005/09/post_8ccb.html
自衛隊派遣の肯定=戦争肯定?(笑)


それが、ついに民主主義とは、ヒューマニズムとは、国家主権とはなどの、このような話しになってしまいました。(笑)
まあ、ある種の人達と語るときは、この程度の話の展開を覚悟せねばならないのでしょうね。

正直な話し、まじめに読むのも疲れますな。(笑)
相変わらず、主観的で独断判断で物事を決めつけて書いてあり、読んでいてムカムカする表現も今回は多いですしね、何となく読み疲れる文章です。
確かに、他人の思い込んだ主張の垂れ流しを、一方的に読むのは苦痛に近いものがありますからね。


さすがに平日ですから、全部読めませんし、レスは当然無理です。
ただ、こんな長文を頂いた事だけは紹介して、みなさんにも読んでもらおうと思います。
そして、やはりこのような偏った思想の持ち主が、未だに多くいる事に対して、みんなが自身で考えて欲しいと思います。

どうぞ、いろいろ言いたいことがあれば書いてください。
盛況なら、それこそ掲示板を真剣に考えます。


 

これで4度目になりますでしょうか、夜遅くまで私の拙文に目を通していただいた上、力のこもったレスをいただきありがとうございました。またレンタルの掲示板についてまで考慮いただき感謝いたします。この間、私は大いに知的刺激を受け、さらに意見を述べたくなりました。

あなたは「お互いの考え方が、出発点で違うような気がするので、話は平行線を辿るだけかも知れません」と述べておられますが、私たちは「平和主義」民主主義」という点では共通すると思います。軍国主義の本質についても、戦争が狂気であることも、アメリカのイラク侵攻が国際法に反する暴走であることも、北朝鮮へ軍事侵攻はすべきでないことも、日本のアメリカへの従属が不本意であることもほぼ一致しているように思います。ただ、その中身にほんの少しズレ、ボタン1個の掛け違いがあるだけのように思います。そこを明らかにして整理することにも意味があると思いました。



1.民主主義について

民主主義とは国民が主人であり、政府は召使ということです。にもかかわらず、政府は古代から今日にいたるまで、常に国民を騙し、抑圧し、搾り取り、最後は捨ててきました。こうした悲惨な歴史のなかで、憲法第97条が述べているように「過去幾多の試練に堪え」人類は血と汗と涙を流して闘い、ようやく民主主義を勝ち取ったのです。「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」とはこのことです。

従って、民主主義は、政府さらに権力というものは「避けられない悪( necessary evil )」であるという前提に立っているのです(「必要悪」とは訳さないでくださいね)。これは常識です。詳しくはトマス・ペインの『コモンセンス』を読んでください。だから国民は常に猜疑心をもって政府を見なければならないのです。そして憲法で縛らなければならないのです。これが「法の支配」ということであり、民主主義の要です。

言うまでもないことですが、「法の支配」とは、国民が憲法によって政府を支配することです。政府に憲法を「押し付け」、政府を「束縛」することです。いうまでもなく、政府が国民を支配することとか、憲法は政府と国民が日本古来の美風に基づいて仲良く打ち立てたルールである、などというものではありません。

だから、政府には憲法を守る義務があり、国民には守らせる責任があります。もちろん、これは政府にとって疎ましいものです。できれば「改正」と称して国民を騙し、自分たちに都合のよいように作り変えたいに違いありません。でも騙されてはいけません。



2.ヒューマニズムについて

そもそも民主主義の根底にはヒューマニズムがあります。ヒューマニズムとは、「人間は罪も犯せば間違いもします。しかし根本において信頼に足りる存在である。」という主義です。なぜなら人間には、根本においては正しく生きたいという心があるからです。カントはこれを「善意志」といい、ルソーは「一般意志」と呼んでいます。

ゆえに私は「人間に悪いものはない、権力に良いものはない」と考えています。従って、日本・アメリカ・中国・韓国・朝鮮の全ての国民はお互いに理解し協力し合えると思っています。しかし権力者や政府は信用できません。ブッシュ・小泉・胡・盧・金はそれぞれ個人的には立派な人かもしれませんが、権力の地位にあると全く別の動きをするものです。自らの権力をさらに強化するために国民を騙し、隠し、煽り、破壊し、抑圧します。これは歴史が証明してくれます。だから常に猜疑心を持って警戒しなければならないのです。

しかし、あなたは、私とは逆に考えておいでのようです。ほとんど無条件で政府を信頼し、国民あるいは人間に不信感をもっておられるようです。ここに根本的なボタンの掛け違いがあるようです。もちろん、それがいけないとは申しません。しかし、それはもはや民主主義ではありません。それは国家主義なのです。

どちらが正しいかの結論は保留しておきましょう。しかし、古来「墨子、岐路に泣く」といわれるように、分かれ道において最初の一歩の誤りが、やがて千里の差となるのは悲しいことです。



3.国民主権について

あなたは、自衛隊が「憲法違反かどうかは最高裁で判断するのでしょう」と述べておられます。とんでもないことです。あなたは最高裁に「最終決定権」があると誤解されています。裁判所はあくまでも「憲法の番人」なのです。最終決定権、すなわち主権は国民にあるのです。国民主権とはそういうことなのです。そして、それが民主主義なのです。

すでに下級裁判所では自衛隊が違憲であるという判決が出ています( 1973.9 長沼ナイキ訴訟第1審判決 )。しかしその後、合憲であるという判決は一度も出ていません。最高裁も「統治行為」だと言っているだけです。これは、ありていに言えば「『番人』としての責任を放棄しました」ということで、決して合憲と判断しているわけではないのです。まさかあなたは、最高裁のサボタージュが絶対であり、国民はこれに従うべきであるとおっしゃるつもりはありませんよね。

もちろん国民こそ主権者であり、最終決定権者です。この厳粛な事実を、あなたは「まさか、国民が勝手に判断するの?」「個人が独断で進めることが出来るとは、それはスゴイ話ですな」と茶化しておられます。どうか主権者としての責任を自覚してください。あなたが主権者なのです。せっかく主権者という尊い身分に生まれながら、自ら好んで政府の「奴隷」にまで身を落とすことはありません。ごまかしやサボタージュをしている政府や裁判所にカツを入れてあげてください。親が子どもの非行に責任を持たなければならないように、主権者である国民は政府の非行に責任を持たなければならないのです。



4.自衛隊について

はっきり申しあげます。憲法第9条が禁止している「陸海空軍その他の戦力」に警察権は含まれませんが、「自衛のための戦力」は含まれます。そして、はっきりと否定されています。それは憲法制定時の国会( 1946.6 )で、政府の代表である吉田首相が、「一切の軍備と国の交戦権も認めない結果、自衛権の発動としての戦争も放棄したものであります」と答弁していることから明確です。新憲法はこれを前提として議決され、制定されたのです。これは動かしがたい事実です。
あなたが主張される「自衛のための必要最小限の戦力」が許されるとしたら、ナイフ→鉄砲→マシンガン→ミサイル→原爆へと限りなく軍拡競争が続いていきます。あなたが述べておられるように「どんなに装備をしていても全てをカバーできるわけはない」からです。その例として、岸首相は自衛のためなら核兵器も許されると言っています( 1957.5)。さらに福田首相は細菌兵器も許されるとまで明言しています(1973.3 )。もはや歯止めはききません。当然、政府は自衛隊が憲法違反であることは自覚しています。だから「憲法改正」に躍起になっているのです。



5.祖国の防衛にについて

さて、Akinopapaさん、自衛隊論争はこの辺で終わって、日本が侵略された時にどうやって祖国を守るかを考えようではありませんか。

私の立場は明確です。アメリカ軍や自衛隊は不要であり、祖国の防衛は国民自身で行うというものです。なぜなら政府は悪だからです。これに軍隊を持たせることはキチガイに刃物だからです。百害あって一利なしです。
まず、政府が信用できない理由は以下のとおりです。
 1.軍隊を持たせたら独裁政治になり、やがて国民に対して牙をむく。
 2.政権を維持する為に、外敵をでっち上げ、ナショナリズムを煽り、戦争を始める。
 3.国民を守るどころか、武力を背景に国民を弾圧する。
 4.戦争によって民主主義が廃れ、日本は守る値打ちのない国になる。
 5.戦争に負けるやいなやアメリカに国を売った事実がある。
 6.一億総無責任になって、軍規が乱れ虐殺や略奪や陵辱が行われる。
 7.国民の依存心が強まり「防衛意識」の育成が阻害される。


次に、国民の力こそが信頼できる理由は以下のとおりです。
 1.人間は一番大切なものを守る時に無限の能力を発揮して奇跡が起きる。
 2.人間には思いやりがあり、他国を侵略しようという意思と能力を持たない。
 3.団結して侵略者から自国と同胞を守る時は天地の理がある。
 4.戦うことによって民主主義が磨かれ、日本は本当に守るべき国になる。
 5.一人ひとりが自らの司令官であり、誇り高く軍規が守られる。
 6.老若男女の全てが、それぞれの持ち場で縦横無尽に戦術を展開できる。


以上をふまえ、憲法第9条・12条・97条に基づいて「防衛基本法」を制定し、国民の「自衛責任」と「自衛権」に基づいて「自衛団」を下から組織し、国民自らが国を守ることを提案します。そして、政府の役割は社会保障と公共サービスという、本当の意味での「小さな政府」を目指します。警察も自治体に任せます。政府には銃後の守りに徹してもらいます。例えば、戦って死んだ戦士の骨を拾い、遺族を援助してくれるだけで十分です。少なくとも、侵略者に迎合して、祖国のために戦う国士を裏切って迫害し、遺族を差別しすることだけはやめてほしいと思います。



あなたもスイスについてよく調べてくださいました。ご存じのように、スイスの民兵と日本の自衛隊の決定的違いは、国民の組織か政府の組織かの違いです。スイスの制度は、国民を信頼し、国民の力で国を守るという点で私の立場・理念と一致します。
憲法は、第9条で明確に政府の戦力は否定し、第12条で自由・権利の保持責任を明記しているのです。第12条は抵抗権・革命権、そして自衛権と自衛責任の根拠です。当然、いざという時には国民皆兵になります。しかし、これは軍国主義のもとでの徴兵制とは本質的に異なるものです。またgoukiさんが、「国防意識」と「ナショナリズム」を「再教育」するものではないかといわれましたが、そうではなく、憲法に基づいて正しい政治や防衛が行われれば、自然発生的に正しい国防意識やナショナリズムが育ってくるものです。天皇陛下が石原知事たちに「強制はいけません」と言われたのはこのことです。


なお、国民の自衛権は天賦人権ですので政府に譲渡できるものではありません。したがって政府が自衛権の保持者を詐称できるはずがありません。国家の「自衛権」は国民の自衛権のアナロジーによるフィクションです。騙されてはいけません。考えてもみてください。ファシズムの国家や軍国主義の国家に自衛権があってたまるものですか。そのようなものは潰れたほうが国民のためです。戦前の大日本帝国が潰れたおかげで私たちは自由になれたのではありませんか。
言うまでもないことですが、祖国を守ると言う時の「祖国」は、民主主義国家としての祖国です。軍国主義国家やファシズム国家は、私たちの祖国ではありません。そのようなものは守るに値しません。それどころか私たちは力を合わせてこれを倒さなければなりません。アメリカ独立宣言で、革命は権利であり義務であると述べているのはこのことです。


何処かの誰かさんが、竹ヤリでどうやって原爆と戦うのかとおっしゃいました。いい質問です。でも、竹やりも原爆もいりません。大切なものは何か。それは、Akinopapaさんがおっしゃった「防衛意識」であり「覚悟」です。自衛隊やアメリカ軍に頼らず、国民は自力で自らを守るという決意です。これさえあれば戦術は縦横無尽に展開できます。事前に原爆やミサイルを準備する必要もありません。これらは侵略には必要でしょうが防衛には無用の長物です。祖国防衛戦の戦術は、ギリギリまで引き付けて敵を撃破しますので大量破壊兵器はいりません。もちろんアメリカ軍や自衛隊は不要です。暴力団に頼れば、やがてその食い物にされるように、軍隊に頼ればやがてその餌食にされるのは歴史の必然です。


6.誠実な外交について
外交の目的は、信頼関係を打ち立てて、平和的・友好的な国際環境を作ることです。そのためには長期的展望にたって粘り強く誠実な交渉を行うことです。その原則は以下のとおりです。
 ①政府に任せないで、互いの国民が交流を深め、下からの外交を積み重ねる。
 ②国民は、政府が権力強化のために外交を悪用させないよう、互いに監視する。
 ③第三国を敵視したり、これを取引の対象にしたりしない。
 ④常に、利益より正義を優先させる。
 ⑤国益の名のもとに特定の集団の利益を図ることなく、双方の国民の利益を優先する。
 ⑥双方の国民の利益を目指すときは、常に人類全体の利益を視野に置く。
 ⑦大国に従属することなく、自ら主体的に判断して正しく行動する。
 ⑧武力を背景とした強圧的な交渉は行わない。
 ⑨係争問題は国際司法裁判所において解決することを第一とする。
 ⑩駆け引きや、相手の弱みに付け込んだ取引は行わない。
 ⑪無償援助や借款は相手の国民への思いやりであり、取引や買収の道具としない。


こうした原則に基づいて外交を行っていれば、戦後60年の間に北方領土は還り、中国残留孤児も早期に帰還でき、竹島・尖閣諸島問題も解決し、拉致事件も起きず、米軍も日本から撤退し、日本の国連常任理事国入りも実現できていたと思います。これに対してAkinopapaさんは「それは理想だ」といわれると思います。確かに「理想」です。問題は、その理想を前にした私たちのあり方です。あなたは「あきらめよう」であり、私は「がんばろう」ではないでしょうか。間違っていたら謝ります。


北方領土返還運動を思い出してください。あれはただの反共運動でしかありませんでした。あんな姑息なことをやっていては還るものも還ってきません。だいたい戦後の日本には外交の名に値するものはありませんでした。外務省官僚の私利私欲を肥やすためのゲームがあっただけです。
また、北朝鮮の拉致事件とA級戦犯の靖国合祀事件はほとんど同時(1977年)であり両者は関係が深いことも指摘したいと思います。さらに閣僚の靖国参拝は中国や韓国・朝鮮が反対する以前に私たち日本の国民が反対すべきだと思います。なぜなら日本の軍国主義が復活して一番困るのは私たち日本人自身だからです。A級戦犯は決して英霊ではありません。日本を地獄に突き落とした悪霊です。静かに靖国神社に封印しておくべきです。これに参拝して、またぞろ悪霊を跳梁跋扈させてはなりません。


7.リアル指向かバーチャル指向か
もう一つボタンの掛け違いについて考えたいと思います。それはマスコミの「記事」についてのあなたと私の姿勢です。私は記事を読んだとき、その向こうにある「事実」はどうなのだろうと常に思います。公明党教育介入事件のような胡散臭い記事を読んだときは特にそうです。ノン・フィクション的興味をそそられ、いろいろ調査したくなります。その結果いくつかの新事実が判明してきました。公明党、創価学会青年部、教育委員会内の創価学会関係者等の関与もその一つです。
それに対して、あなたは「公明党が関与しているのが事実としても、私には興味ありません」と言ってリアルな「現実」から目を背けられます。そして「この教師が記事の通りの事をやったのなら、批判するだけです」と述べ、バーチャルな「記事」に閉じこもっておられます。私にとってはほんの入り口にすぎない「記事」が、あなたにとっては全てであり、これ以外を見ようとされません。リアル指向とバーチャル指向の差が、私とあなたとの間にあるようです。
もちろんあなたの生き方が悪いとは思いません。むしろナウいファッショナブルな生き方かもしれません。しかし、近づきつつあるファシズムと軍国主義に絡めとられていとも簡単に持っていかれないか心配です。
もっとも、あなたは「マスコミの報道を鵜呑みにして、ただ一方通行での情報で、特定の教師を批判する無礼は、ある程度ご容赦頂くしかありません」述べておられます。ここにあなたは良心と自覚を感じます。どうか、私が調査した新事実に対して、「だから何?」「それは主観すぎない」といって耳目を覆われるのではなく、リアルな「現実」に目を向けてください。


8.公明党教育介入事件について
今日の右傾化した時代にあって、ほとんどの教師が現実の問題から目を背けて受験のための詰め込み教育に逃げ込んでいます。こうした中で、例の教師が現実の「イラク戦争」について考えさせようとしたことの意義は大きいと思います。
もちろんあなたが言われるように、戦争はダメだという結果だけ教えるのではなく「何故ダメなのか」を考察させることが大切です。また、「自衛隊派遣を賛成だろうが、反対だろうが、考察を問う問題を出しているなら、結論がどうあれ、そこに導き出す過程や内容に価値がなければなりません」ということも真実です。ですから、現実のイラク戦争について考えさせようとしたほどの教師がそのことを理解していないはずがありません。また実行していないはずがありません。そう思って私は独自に調査しました。その結果いくつかの事実が明らかになりました。
そもそも論述試験の採点が機械的に「自衛隊派遣に肯定的な解答は0点、否定的な解答には5点」などということはあり得ません。事実、その後の私の調査でもありませんでした。たまたま自衛隊派遣に肯定的な解答の考察の内容が不十分であったため0点であり、否定的な解答の考察の内容が優れており読む人の心を打つものがあったため5点になっただけでした。
私は、何と、この教師が発表した「声明文」のコピーを入手しました。その中でもはっきりと「政治的立場については評価を加えることは一切せず、あくまでも文章表現、知識、見識、真摯な姿勢や努力に基づいて評価を行いました」と述べられています。また伝聞ではありますが、この事実を確認しました。さらに驚いたことに、新聞によると「日本史」の試験ということでしたが、事実は「政治・経済」の試験でした。新聞も本人に裏を取っていなかったようです。公明党、創価学会青年部、教育委員会内の創価学会関係者等の捏造したものをそのまま掲載しただけのようです。


9.教育の中立性について
少し話は変わりますが、センター試験で次のような問題が出されたらあなたはどう思われますか。


問 イラクへの自衛隊派遣について適切な説明を次の中から選べ。
  ① 日本の国益の為ではなく、国際社会に貢献するためのものである。
  ② 復興援助が目的であり、武器の使用は一切認められていない。
  ③ 憲法違反の疑いも強く、反対の運動も起こっている。
  ④ アメリカの戦略とは無関係であり、日本独自の国策に基づいたものである。
  ⑤ 自衛の為なら必要最小限度の核兵器の使用も憲法上は認められている。


 正解は③であるといっても、「考えを押し付けた」ということにはならないと思います。まして「イラク戦争について述べよ」と出題して、「イラク人はバカだから自衛隊を派遣して石油をいただけばいい、侵略戦争がいけないというのなら憲法を変えればいい」という答えを0点にしても「考えを押し付けた」ということにはならないと思います。あるいは「年金の問題について述べよ」と出題して「老人は役に立たないから年金は防衛費に回し、自衛隊をイラクに派遣して石油を確保したほうがいい」という答えを0点にしても同様です。何の義理があってこんな答えを5点にしなければならないのでしょうか。なお、これらは全く私の創作ではなく、これに類似した答えが実際にあったそうです。
また、これは試験ではありませんが、「郵政民営化」についての生徒のレポートで次のようなものもあったそうです。


「政府は、『市場の失敗』については触れず、ムダを無くして『小さな政府』を作ると言っている。しかし、社会保障や公共サービスを削れば軍事中心の政府になるだけである。削った分は防衛費に回されるだろう。イラクへの自衛隊派遣はその手始めであると思う。こうした政治の動きに私たちは反対しなければならない。」


これを「主観のみ」ということで否定するには忍びないと思います。なぜなら、こうした「主観」は、この人の実生活における「経験」の反映だからです。私たち人間は互いに経験の深いところで繋がっています。多くの人がこの生徒のレポートに共感できると思います。
まことに、あなたがおっしゃったように、全てが「自衛隊とは全く無縁の世界の出来事」ではないことがわかりました。しかし、イラク戦争同様、自衛隊派遣に「反対」と書いてあれば5点をつけてはいけないといわれたら教師は困ります。やはり、教育への介入はやめてください、ということになります。


ここで、教師は「国家の教育方針には従うべきです」というお言葉について少し言わせてください。この教師は、憲法や教育基本法に明記された民主主義・平和主義という「国家の教育方針」には忠実に従っています。この教師が従わなかったのは、アメリカのイラク侵略への加担という現在の政権党の政策に対してです。その理由はおそらく憲法第98条にあるように「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」からだと思います。
教育は不偏不党であり、時の政府の政策に左右されてはならないものです。国民の税金から給料をもらっているからといって、政府の軍国主義に協力する義理はありません。教育基本法第10条の「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」とはこのことです。これを「教育の中立性」といいます。誤解のないように申し上げますが、中立性とは左翼と右翼の中間にあって当り障りのない曖昧な態度をとることではありません。それは単なる「日和見」です。
ところで、ここで問題を一つ考えてください。もし憲法が「改正」されて日本が軍国主義・全体主義の国家になったら教師はこれに従うべきでしょうか。あなたの答えを聞かせてください。たぶんあなたと私の考えは同じだと思います。


10.イラク戦争の本質について
まず「あなたは本当に物事の本質を見抜いているのか」という私へのご質問にお答えします。イラク戦争の本質はアメリカによる侵略です。そして、自衛隊のイラク派遣は侵略への加担です。二点間を結ぶ最短距離が直線であるようにこれは明白なことです。あるイラク人は手紙の中で、自衛隊を “ US allied invading troop” と呼んでいました。これが偽らざる実感なのです。
また「自衛隊はサマワで何をしているのですか?」ということでしたので、はっきり述べさせていただきます。
 ① 侵略をしています。
 ② 物品を配って住民の歓心を買っています。
 ③ 日本を軍国化するための既成事実を作っています。
特に②は屈辱です。夫を殺しておいて、その妻に真珠のネックレスを贈るようなものです。それを見た子どもは何を思うでしょうか。人間にはやっていいことと悪いことがあるのです。サマワを撤退したオランダ軍の兵士が、自衛隊に嫌悪感を表わしていたと聞きましたが、分かる気がします。
さらに「人殺しをしているのですか? 街を壊しているのですか?」ということでしたので、答えさせていただきます。おそらく、現地の住民の反日感情を見ると、もっと酷いことをしているのでしょう。報道管制を敷いている事実がそれを証明しています。隠さなければならないことをしているはずです。マスコミの報道も、まるでかつての「大本営」のようです。
最後にあなたの「余計な個人的な主観など抜きにして‥‥‥事実だけ教えて下さい。」というおっしゃり方が気になります。あなたは主観を一切否定して、客観的事実を重んじようとしておられるようですが、大切なことをお忘れです。それは、真の実在は主観・客観に分析する以前のありのままの経験である、という事実です。例えば、蛙は解剖したらもはや蛙ではではないのです。真の蛙とは池や田んぼで元気に遊んでいる姿です。これを西田幾多郎風に言えば、真の実在は「主客未分の純粋経験」(『善の研究』) ということになると思います。つまり、私が言いたいのは、イラクを侵略しておいて、それは「個人的な主観」であり、事実は「ネプタ祭りをやって、集まった子供たちにお菓子を配っている」だけである、と言っても世界は納得しないということです。事実これは現地で大問題になりました。失礼な言い方で申し訳ありませんが、ぜひご一考ください。




 今回の議論で私自身多く学ぶところがありました。武田信玄の志についても考えることもありました。また、戦争は狂気であり、平和が大切であることは、あなたも私も意見が一致しました。最後に、他人のブログで思想を振りまいたことはお詫びをしたいと思います。また「オウムの喩え」など失礼のあったことはお詫びいたします。それにもかかわらず、私の文に目を通していただいた上、きちんとコメントをいただいたことに感謝いたします。これからも、このブログがたとえ小さくとも真実に開かれた窓でありつづけることを期待します。




名前: 某高校関係者 | 2005年9月29日 午後 11時55分



某高校関係者さんには、長文のコメントへのお礼は、言っておきます、ありがとうございました。

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9 27, 2005

ボンクラーズの勝ち!!

このタイトル、あずまきよひこ氏の漫画作品である「あずまんが」の1コマのセリフです。
このセリフだけで、全てを理解しちゃった人は、あずまんがが好きな人ですね。(笑)

ちなみに、この漫画は4コマ漫画なんですが、この場面、さすがに4コマとも覚えていないのですが・・・
多少のセリフの脚色は勘弁してください、こんな感じで進んだ、と言う点だけ。
ちなみに、とも、神楽、大阪の3人を、この漫画の中では「ボンクラーズ」というトリオを結成(?)しております。

-テスト返却にて-
とも「ちよちゃんは何点だった?」
ちよ「えへへー、100点でしたー」
とも「31点!」
神楽「32点!」
大阪「40点!」
『3人合わせて、103点!! ボンクラーズの勝ち!!!』

 
さて、なぜコレを書いたのか・・・今朝の、朝日新聞の天声人語を読んで貰えれば分かると思います。(笑)

【天声人語】

まさか。そう思って、2度、3度と検算してみた。やはり正しい。うーむ。考え込んでしまう。先日あった総選挙での300小選挙区の票数のことである。

 自民、公明両党の候補者の得票数を合計すると、ざっと3350万票だった。一方の民主、共産、社民、複数の新党や無所属を全部合わせると3450万票を超えている。なんと、100万票も与党より多いではないか。

 小泉首相は断言していた。「郵政民営化の是非を問う選挙だ」。そして、法案に反対した自民党議員の選挙区に「刺客」を送った。「民営化反対だけの候補者になったら有権者も困る。賛成の自民、公明どちらかの候補者を出さないと選択できない」という理屈だった。

 まるで、小選挙区で民営化への白黒をつける国民投票を仕掛けたように見えた。ならば、この票数では民営化は否決されたことにな りはしないか。反論はあろう。無所属の中には民営化賛成もいたとか、比例区の得票数なら与党の方が多いとか。

 でも与党の議席占有率ほど、民営化の民意が強くないのは確かだ。小選挙区制は死票が多いぶん、民意のわずかな違いが大きな議席の差を生み、政治を一気に動かしていく。12年前、カナダで約150あった与党の議席が2に激減した例もある。

 とはいえ、民意を一方向に束ねたような今回の結果には改めて驚いた。きょう、小泉首相は所信表明演説で郵政民営化を熱く語るはずだ。そのとき、小選挙区への投票者の過半数が、必ずしも民営化に賛成ではなかったという事実は、頭の片隅にあるのだろうか。



朝日新聞 2005年09月26日(月曜日)付

いやあ、来ましたね。(笑)

この間、ニューヨークタイムスで、大西哲光氏に、自民党を大勝させた日本国民は、「バカ」と遠回しに批判したかと思うと、今度は選挙制度に文句をつけて、自民+公明の圧勝に文句をつけております。(笑)

よっぽど自民の大勝が悔しかったんでしょうけど、往生際が悪いというか、見苦しいと言うか・・・


 

まず、いつもの捏造・・・と言うか、批判するために、自分達の都合の悪い事実を隠している部分を指摘しておくと、カナダの例を挙げているが、カナダは比例区などなく、全て小選挙区だったはず。
この時の選挙結果は知らないが、小選挙区という性質上、51対49でも当選者はは1対0になるのが小選挙区なので、2議席になったとは言え、得票率が問題。
日本の場合、今回は比例区でも僅かながらも与党が勝ったので、このような結果になったが、カナダの場合と全く事情が違うと言うことも、惑わされないためにも、覚えておいた方が良いと思う。


 
一昔前は、天声人語と言えば受験で扱われるので、どの受験生を持つ家庭でも、朝日新聞を購読していたものだ。
ところが、代替わりしたのだろう、天声人語の内容も随分と様変わりしてしまった、何と言っても質が非常に落ちてしまった。

少なくとも、私が受験生だった20年以上前は、こんな低レベルの天声人語など見たことが無い。
恐らく、天声人語がと言うよりも、朝日新聞社そのもののレベルが落ちているのかも知れない。

なりふり構わずと言うか、NYTに東京支局発(実は支局は朝日新聞社内)でこの間の衆議院総選挙に対して、日本国民の民主主義に対する民度が低いと嘆いたかと思うと、今度は天声人語を使って、中学生でも使わないような詭弁を持ち出して、実は反対者が多かったんだ、などと、3流ゴシップ記事のような内容の有様。
実際、9月15日の日刊ゲンダイという夕刊紙が既に、同じ内容の記事を書いてある。

この3流新聞とも言える夕刊紙と、大新聞社の朝日様が、10日以上も遅れて、ゴシップ記事と同じ内容を、あの天声人語で書いてあるのだから、天声人語の質を疑うのは無理もないだろう。


 
さて、ツッコミどころ満載のこの天声人語、もはや私がいろいろ書くまでもなく、各所で大きな話題になっているので、今更、熱弁を振るう価値も無いという気がするので、断片的な批判だけ。

そもそも、朝日は開票後の報道でこの選挙は政権選択の選挙で、郵政だけを争点にするべきではない&世論調査の結果でも郵政を判断材料にする有権者は少ないと自分達で書いてある。
ところが、結果に大いに不満になれば、「郵政民営化に白黒をつける国民投票のように見えた」と書いてある。
まさに厚顔無恥そのものだろう、言っている本人は恥ずかしくないのだろうが、この場合、読んでいる方が恥ずかしい。(笑)

自分達で、選挙争点は郵政民営化だけでない、と結論づけているのであれば、投票結果は当然ながら「民営化賛成 VS 民営化反対」の構図ではない、自民党に入れた人も、みんなが郵政民営化賛成ではないし、野党に入れた人もみんなが郵政民営化に反対ではない、と言うスタンスになるはずなのに、批判するためには舌の根の乾かぬうちに、自分達の主張を180度転換しちゃうわけです、と言うか、この天声人語の時だけ、変えちゃっているんでしょうけど。


 
また、過去に置いて、民主党が躍進したのは無党派層のおかげだ、と持ち上げていたはずなのに、いざ、その無党派層が自民党票に流れて自民が大勝すれば、今度は「国民はバカだ」と批判する、これほどコロコロ態度、表情を変えるほど軽い新聞社に、何時の間に成り下がったのだろうか。


 
>>反論はあろう。無所属の中には民営化賛成もいたとか、比例区の得票数なら与党の方が多いとか
>>でも与党の議席占有率ほど、民営化の民意が強くないのは確かだ。

ここから、一応は、手放しで郵政民営化反対者の方が、賛成者よりも多い、と言う結果を保留しておき、手放しで反対者が多いんだ、と押し切ろうとせずに、議席占有率ほど民意が高くないんだよ、と釘を指している雰囲気は分かる。
ところが、わずか数行下で、

>>小選挙区への投票者の過半数が、必ずしも民営化に賛成ではなかったという事実は

となり、結局は「事実」にしたがってしるところが痛い。
反論はあろう・・・でも、本当は○○なんだよ、などと一見して、優しく見せようとして、実は最後の本音は、「反対者が多いのは事実だからね」と結ぶ辺り、文章からして支離滅裂であり、ここからでも、天声人語という質の低下はもはや明白です。


 
そもそも、天声人語とは、朝日新聞の顔であったはず。

そのコーナーで、小選挙区選挙は最初から分かっていて、選挙後に選挙制度に対して文句を言う、後出し何とやらを平然と書くのは、それだけでも驚くに値する。

学級委員の投票で、Aクンが19票、B君が9票、C君が5票、D君が4票、E君3票だったとして、Aクンが嫌いな朝日は、Aクン以外に21票もあるんだからAクンが信任されたとは言えない、Aクンは反対者の方が多いコトを念頭に置いてください、って言うの?
また、反対者が多いのに、これほどの差が付くのは、投票方法がおかしい、こう主張しているようなもの。

最初に話を戻しますが、3人合わせていくら100点以上とっても、一人で100点を出した人に対しては、素直に評価するべきで、今頃、3人あわせればボンクラーズの方が上だとか言っても、惨めなだけ。


こんな馬鹿げた話を、堂々と天声人語という朝日の顔に載せた朝日新聞・・・自分で自分の顔に泥を塗っている事に、何時気づくでしょうね。


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9 24, 2005

朝日の野望のカラクリ

朝日新聞と言う反日新聞社が、どうしてこうも日本ではステータスを得ているのだろうか?
自民党が圧勝したのは、選挙結果である以上、日本の国民の意思の1つの形である。
それは、結果的にどうであれ、日本人であれば受け止めるべき事実であろうし、新聞社という大衆に影響力あるマスメディアなら、その報道には慎重さを求められるモラルがあるはずだ。

ところが、朝日新聞は自民党が大勝したのが気にくわないらしい。
あの超有名な本多勝一も、かなり国民をバカにした発言を繰り返していたわねん、朝日の心の叫びなんでしょう。(笑)

でまあ、個人レベルの主張とかでなく、どうしても国民を批判したいし、掲示板などで反自民の立場の人が良く書く「自民支持者はアホ」を、本気で書きたいし、自民党を選ぶ国民が情けないと歌えたかったのでしょうな。

ただ、さすがに国内の記事で、日本国民をバカにした記事は書けない・・・では、海外でバカにして、国民を目覚めさせてやろうと思ったんでしょうか。

自民党「支配」中朝と同一視 米紙NYタイムズ報道 外務省、不公正と“抗議”

【ワシントン=古森義久】米紙ニューヨーク・タイムズの日本の政治や選挙に関する報道は不公正だとして、外務省が二十一日までに同紙に投書の形で抗議の意向を伝えた。投書はニューヨークの日本総領事館経由で送られた。
 外務省側が問題にしたのはニューヨーク・タイムズ九月七日付の東京発の「なぜ日本は一党に統治されることに満足なのか」という見出しの報道記事と小泉純一郎首相を批判した同十三日付の社説。投書は「貴紙の日本に関する報道への懸念を深めている」として、まず「七日の記事は自民党の統治の役割を不公正にも中国や北朝鮮の一党支配にたとえている」と述べている。

 同記事は日本国民が今回の選挙でも自民党を選ぼうとするのは民主主義の基盤が弱いからだという趣旨で、自民党の長期政権保持を中国や北朝鮮の共産主義政権の支配にたとえ、韓国や台湾の方が市民社会や自由なマスコミが健在で民主主義がより進んでいる、と述べている。

 文中には「日本の民主主義は幻想、その基盤は希薄」「五十年の一党支配が民主主義の成長を止めた」「マスコミはみな自民党路線」というような記述が続出する。記事は民意の反映の結果としての自民党の政権担当という民主主義の基本を無視しているわけだ。

 外務省の投書は今回の総選挙が有権者の改革継続への支持の劇的な結果だとして、「すべて日本の民主主義の社会と制度の枠組み内での問題解決への道」だと評し、北朝鮮などはそうではないと強調している。

 十三日付社説は、総選挙が郵政民営化だけを争点としたとして、その結果、「小泉首相の軍事的ナショナリズムという日本の伝統の愚かな受け入れを容認することとなった」と述べ、さらに「軍国主義者が祭られる神社への小泉首相の参拝と、より力強い軍事政策への同首相の支持はアジアの世論を警戒させた」と論評している。つまり、小泉首相は軍国主義を推進していると非難するに等しいわけだ。

 この点、外務省の投書は、アジアでの日本の役割は日本の内外での論議の的となっているとしたうえで「日本は平和憲法や国際協力、そして隣国との相互に有益な関係の保持を続ける構えだ」と述べるとともに、「小泉首相は日本に過去六十年、平和と繁栄をもたらした基本原則から逸脱はしていない」と説明している。

 小泉首相を軍国主義者とみなすニューヨーク・タイムズの対日姿勢は中国の公式主張にきわめて近く、日本外務省としても放置はできないと判断したのだろう。
産経新聞社 2005年 9月23日 (金) 02:55

要するに、ニューヨークタイムズ(NYT)は、自民党が圧勝した国民の民度が低く、民主主義の基盤が弱い。
だから自民党の長期政権保持は、中国や北朝鮮の共産主義政権の支配と同じだ。
韓国や台湾の方が市民社会や自由なマスコミが健在で民主主義がより進んでいる。

早い話、日本国民は、民主主義を知らないバカだと批判しているわけだから、外務省が抗議したのは当然と言えば当然なのだが、個人的にはむしろ遅いぐらいだし、抗議内容、表現に「国民がバカにされた」事に対する厳しさがなく、単なる「遺憾」と同じ感覚でしか抗議していないのが、同じ日本人として情けない。
また産経も、「~と判断したのだろう」という記事じゃなく、厳しい態度で臨むのは当然、と言った論調が欲しかったね。


 
さて、NTYの記事はともかく、日本のコトを良く知らない外国人記者が、どうしてここまで、中国の主張そのままの文章、反日的思想の記事で、まるで朝日や毎日の社説のような記事が書けるのだろうか、疑問に思ったコトはないか?

そこで、私は、キーワードをここで出したいと思う。

2chでは、すでに一般常識となっているが、この問題は各大手マスコミが報道しない事であり、隠された事実を知らない国民も多く、そして「正しい道を教える為には、何をやっても良い」と言った自己中心的な考え、「間違っている国民に、正義を教えるのは人間として当然だ」みたいな、一種の宗教思想の元に考え出されたかのような、朝日新聞のカラクリがそこにあるのだ。


 
このNYTの記事で、日本の事を扱う記事で、東京発の記事を書いている記者を確認してくれ、このようなまるで朝日か中国が書いたような記事には、多くの場合「NORIMITSU ONISHI」という名前が挙がる。

大 西 哲 光

彼の名前を覚えて置くが良い、そしてまた、彼の名前でインターネットで検索してみて欲しい。
如何に多くの、反日記事をNYTというメディアを使って垂れ流しているのか・・・

NYTが、東京発で、首を傾げる記事を書いていたら、まずは「大西哲光」と疑うべきです。

まるで、強烈な匂いがプンプンする記事を、恥ずかしげも無く堂々と載せております。
まあ、日本だと赤っ恥過ぎて載せられないような内容でも、ゲーシャ、スシ、サムライの感覚の海外には、堂々と書けるから記事を送っているんでしょうね。


 
そこで、もう1つの重要な情報。

ニューヨークタイムス東京支局 東京都中央区築地5丁目3-2
朝日新聞社            東京都中央区築地5丁目3-2
 

そうなんです、NYTの東京支局は、実は朝日新聞社内にあるのです。
もちろん、組織的にはNYTの記者と朝日新聞社とは別でしょうが、この大西氏の書いている記事の内容が、朝日の主張している内容、中国や韓国を持ち上げ、日本を蔑む内容、あまりにも偏重に染まった内容など、まさに朝日新聞の影響をモロに受けていること、多くの方が頷いてくれるような気がしますね。


そして、朝日新聞の野望のカラクリは、



朝日新聞→NYT東京支社(大西)→NYT→共同通信→朝日新聞、毎日新聞などの国内メディア


このマッチポンプで、朝日思想=世界共通思想だと国民に塗り込む事ではないでしょうか、現実に共同通信で取り上げたニュースが、新聞各社にニュースと流れているのだから。

またそれに、NYTの記事に出た時点で、世界各国の新聞社の記事にも影響が出る事を狙っているのでしょうね。


 

この件で、笑えない事が1つある。
イラク日本人人質事件で、戦場に出向く覚悟も自覚も無い、無謀なバカな日本人が、自分の気まま勝手にイラクに乗り込み、人質になり、世界中に迷惑をかけた時の話で、「自己責任」という問題がクローズアップされた時だ。

日本では、朝日がサヨク活動家を守るために、かなり早い段階で「自己責任」に対する政府への批判記事を書いていた。
それと共同路線を歩むが如く、フランスのルモンドに、日本の対応に批判する記事がでた。
そして、日を置かずして、連続してNYTとロサンジェルスタイムスに、日本の人質に対する自己責任論の批判記事が出たのだ。

これは当時話題になり、未だにイラク人質事件での自己責任論を批判するサイトでは、これらの世界中の新聞社が挙って、日本の対応を批判した記事や事実を載せて、まさに誘導的に日本を批判している点だ。


これもよく考えて欲しい。
この「自己責任論批判」の記事を書いた、NYTの記者はやはり「大西哲光」。
ロサンジェルスタイムスは、朝日やNYTとの関係は明白ではありませんが、投稿した記者の名前は、Rie Sasaki と言う日本人らしき名前ですが、非常に怪しい、偶然の一致だろうか。

また、ルモンドと朝日新聞は提携関係にあり、靖国参拝に関しても、いろいろと反日的立場で、朝日とお案じ主張の記事を書く事が多い新聞社。

これらが、ある目的を共有し、日本で朝日が記事を書いてネタにして、それを提携関係のあるルモンドが書く。
これは先にルモンドでなくとも、NYTでもかまわない、要するに、アメリカとヨーロッパでも大手新聞が同じ内容を書いて、日本を批判する事が重要なのだから。
その結果、日本人の多くが「自己責任論」に対して誤解、もしくは彼ら3人に対し、甘えさせるような結果に繋がった。


 
ですから、大西哲光をキーワードにした、朝日の野望のカラクリは、記事のマッチポンプと、それに続く世界戦略的な捏造、誘導、情報操作が絡んでいるんではないでしょうか。


 

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9 19, 2005

6.健全な日米関係の構築へ

やっと最後の項目ですか、明日が休みで良かった、(笑)
実は、もう2時を回っているんだな、これが。

6.健全な日米関係の構築へ

Akinopapaさんは、教育とは「戦争=ダメ」と単純に拒絶することではないと述べておられます。
また「自爆テロを起こす側にもその理由があるはず」と述べておられます。
ともに同感です。
私も祖国日本が侵略されればテロを起こすかもしれません。
少なくとも、何らかの形で侵略者と戦うでしょう。


ところで、現在の日本は安保条約の名の下にアメリカに従属させられ、膨大な軍事基地を置かれ、周辺の住民が苦しめてられています。
「それなのに、なぜ戦わないのか!?」と問われると私は辛くなります。
まして、あなたのように「アメリカを頼って親密な関係を結ぶしかない」などとは言えません。
もちろん、あなたも本気ではないと思いますが‥‥‥。

私には、アメリカに知人も恩人もいます。
しかし、どうしてもアメリカだけが良くて、中国や韓国・朝鮮が悪いとは思えないのです。
皆な同じに見えるのです。
だから、アメリカの日本占領を不問にして、中国や北朝鮮の脅威を叫んでも白々しさを感じるのです。
「食糧もろくにない中国や朝鮮が攻めてくることより、現にアメリカに占領されていることを心配しろよ」と言いたい気持ちです。

イデオロギーが終焉した今日では、共産主義の脅威も現実的とは思えません。
戦後六〇年経っても、米軍基地は日本のいたるところにあります。
政治家はいまだにアメリカのいいなりです。
これでは独立国とはいえません。
これは日本人にとってもアメリカ人にとっても不幸なことです。
もちろん日本は、アメリカと戦争をする必要はありませんが、一日も早く安保条約を廃棄して従属関係を断ち切り、対等な関係で「日米平和条約」を締結するべき時がきていると思います。

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分

この項目は、概ね意見が一致していると思います。
ただ、簡単に言うけど、現実は厳しいはずで、覚悟があるのかどうか伺いたい気もしますね。


ところで、現在の日本は安保条約の名の下にアメリカに従属させられ、膨大な軍事基地を置かれ、周辺の住民が苦しめてられています。

軍事的に従属されている部分は、仕方がないと思っています。
日本は、自衛隊という世界でも有数の戦力は、一応は整えていますが、形だけで、実際に情報収集、調査、検討、運用、実行、緊急対応等々、あらゆる面で劣っていますからね。

また、日本は憲法の制約から、先制攻撃は許されないし、集団自衛権の行使も出来ません。
この辺は、小説とは言え、日本の自衛隊が抱え持つ矛盾、問題点を洗いざらい書いている「宣戦布告 上下」(麻生幾著 講談社文庫)を読んでみても面白いかも知れません。

そう言った事を考えると、仮に北朝鮮がテポドンを東京に向かって発射しようとしても、日本は今までは、ミサイルが撃たれるまで反撃が出来ませんでしたが、最近になってやっとそれが可能になりました。
ところが、今度は、ミサイル基地に攻撃する手段がないと慌てました。
専守防衛に、空対地ミサイルなど必要ないので、日本仕様に取っ払った戦闘機しか持っていないとか。

ここまで考えると、日本の自衛隊は、まずは憲法で縛られ、国家組織の中で制約を受け縛られ、国民の防衛意識の薄さで縛られ、結局は有事の際に何も出来ない可能性がありますな。


となれば、在日米軍基地も多数あり、アメリカ国民も大勢住む日本に、アメリカが自衛隊に代わってある程度の迅速な対処をお願いするしか無いのですから、防衛に関して、軍事力に関しては、日本はアメリカの足下にも及ばないので、従属も仕方がない気はしますよね。


 

まして、あなたのように「アメリカを頼って親密な関係を結ぶしかない」などとは言えません。

もちろん、あなたも本気ではないと思いますが‥‥‥。

私は真面目ですよ。
国防の項目でも言いましたが、日本の国を守るには、単に軍隊だけ強化してもダメだし、外交関係で軍事上の同盟国は当然必要でしょう、それが日本の場合地理的に、アメリカに頼らざるを得ない状況だ、と言うことですから。

日本は現憲法下では、集団自衛権が持てないんですよ、共同して戦う事が出来ません。
ならば、日本に近い場所に基地を置く国で、緊急の際には頼み込んで、自衛隊に代わって対処してもらうしか無い、それが可能な国は非常に限られて来ますよね。
ヨーロッパの国々は、友好国として同盟国として結ぶには問題ないけど、軍事関係では距離が遠すぎて、日本に取ってはアメリカほどのメリットがありません。


 

しかし、どうしてもアメリカだけが良くて、中国や韓国・朝鮮が悪いとは思えないのです。

皆な同じに見えるのです。

だから、アメリカの日本占領を不問にして、中国や北朝鮮の脅威を叫んでも白々しさを感じるのです。

「食糧もろくにない中国や朝鮮が攻めてくることより、現にアメリカに占領されていることを心配しろよ」と言いたい気持ちです。

悪いとか、そんなレベルではなく、信用がどこまで置けるのか、と言う問題だと思います。
中国は、共産主義を維持するために、反日教育を意図的に行っている国で、まさしく、真っ先に日本を裏切る国でしょう、信用などとても出来ませんね。
北朝鮮などは、拉致しておきながら、解決済みなどとうそぶく国ですから、これまた同盟などもっての他。

韓国は、形式上は民主主義を唱えておりますが、あそこも竹島問題、日本海呼称問題、歴史捏造問題など、日本にとって相手に出来ない国ですしね。
何より、核を持っていません。

こう考えるに、北朝鮮や韓国は除くとして、中国とアメリカ、どちらと親交を深めた外交を行うのが一番か、一目瞭然んですよね。
おまけに、欧州はみんな民主主義国家で、特定の国と親交を深くする必要が、最近は薄れて来ましたが、アジア・・・特に東アジアでは、独裁国家が2つもあり、その中で日本という国家、国民を守っていく上で、大陸欧州とは違う形で、大きくある国に依存せざるを得ない立場は、同じ日本人なら分かると思うのですが。※ 9/20加筆


それに、占領と言いながらも、日本に米軍基地があり、アメリカ軍がいるからこそ、日本は核兵器を持たずとも、何時の時代も日本の背後にアメリカ軍という存在があったわけで、その功罪もきちんと評価しなければなりません。
日本に米軍基地が多く存在するのは、確かに日本人として愉快であるはずがありませんが、同時に、日本は国防そのものを、長きに渡ってアメリカと共同で行うことを前提に来ているのですから、日本の防衛そのものを見直す必要がありますね。


 

イデオロギーが終焉した今日では、共産主義の脅威も現実的とは思えません。

えっと、「終焉した今日」っていつ頃からの話かな?(笑)
中国って、インドやベトナムと国境で揉め、ネパールを侵略し、東シナ海では海底油田資源を日本からかっぱらっていますよね。
おまけに、昨年は潜水艦・・・軍艦ですよ、それが堂々と日本の領海を侵犯し、それについて謝罪など一切行わない国ですよ。
そうそう、謝罪と言えば、中国の民衆が日本領事館を襲って、これまた謝罪すらしない国です、こんな国、他にありますか?
いくら何でも、警戒が必要な国である事は間違いないでしょう。

※ すみませ~ん、ネパールではありません、チッベットの間違いです。 あー恥ずかしー、お詫びしますだぁ


 

政治家はいまだにアメリカのいいなりです。

これでは独立国とはいえません。

これは日本人にとってもアメリカ人にとっても不幸なことです。

もちろん日本は、アメリカと戦争をする必要はありませんが、一日も早く安保条約を廃棄して従属関係を断ち切り、対等な関係で「日米平和条約」を締結するべき時がきていると思います。

そうですよね、立派なことを仰る。
でも、これも外交と同じで、具体的な構想と決意がなければ、単なる絵空事ですね。

日本人は軍隊とかやたらに過敏に反応する人もいますよね。
アメリカを頼らずして、独自で防衛を行うと言う事は、アメリカ並みとまでは行かなくとも、日本独自で情報の収集を行い、調査や検討する専門家がいて、詳細な分析能力を持ち、有事に際しては制限無く、フリーハンドに近い形で応戦が出来るような運用など、ハードルがかなり高い事を意味します。

その中で、憲法9条を変えようと言っただけで、日本ではまさにアレルギーの如く、反対する人が多いのですよ。
また当然、アメリカから独立して、核兵器を持つ北朝鮮や中国との外交を行うわけですから、持つ、持たないは別としても、日本にも核兵器をどうするのか、と言った、今までタブーだった議論にも踏み込まなければなりません。
しかしながら、核と聞いただけで、話が最初から出来ない人も大勢います。

さらに、自衛隊員は日本を守る軍人であるべき存在ですが、今はイラクに派遣されるにも、政府に「はんた~い!」と市民団体からシュプレヒコールが上がるのは、やむ得ない事ですが、日本の場合は命令されて出動する立場の自衛隊そのものに、市民はシュプレヒコールを上げますからね、何を考えているのやら。
また、自衛官そのものを、軍人という意識なのか、白い目で見るような。
自分の国の軍服を着て、堂々と街を歩けないのは、日本だけじゃないんですか?


 
要するに、この状態では何の理想論を上げても、国民の意識が変わらなければ、何をやってもムリでしょう。
日本がアメリカのポチだ、などと批判する人も多いですが、考えて下さい、日本人が自身で自国の防衛を拒否している人が多いわけですから、自分達でアメリカの言いなりになるような行動を起こしている、まさに矛盾した姿がそこにあります。

日本は、国民も自国の防衛には目を背けてきたし、政府も、及び腰で問題を先延ばしにしてきただけですね。
本当に独立したいのであれば、嫌な防衛議論も、積極的に参加して考える必要がありますし、何よりも、まずは日本人自身の意識改革が必要でしょうね。
そうなれば、スイスの民間防衛のような形態も、可能になるんですけどね。

 
ただし、同じ「日本も独立せよ」と主張される人の中には、ただ間違った平和観の軍隊アレルギーで、在日米軍基地もいらん、自衛隊は違憲だ、などと現実逃避している人だけではありません。
反対に、憲法はきんと改憲して、先進国並みの国防予算を5~6倍を与え、人材を集め、アメリカから軍事面でも独立しよう、と言う考えの人達はいます。
それならば、私は反対しません、よっぽどこちらの方が、合理的な意見ですから。※ 9/20加筆


そこで、最初にも言いましたが、今の日本にそこまでの覚悟がおありですか? ここが重要だと思っています。


 

でまあ、話は最初に戻って、自衛隊は違憲だから肯定すれば0点とか、短絡的に自衛隊=戦争と結びつけるようなキーワードには反応を示すような教育を行う事は、結局は日本が、独立を自分達で許さない国に育てている気がするんですけどね・・・
ときちんと結んで、話を終わってみる。(笑)

お疲れ様ッス。

 

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5.イラク戦争とは何か

正直な話し、最初の話題でだした教師が、試験で「イラク戦争とは」という問題を出したのを取り上げたんですが、まさかここで「イラク戦争」についての話しに展開するとは思いませんでしたな。(笑)

5.イラク戦争とは何か

イラク戦争は、アメリカによる不当な侵略であることはもはや明白な事実です。
大量破壊兵器の有無やアルカイダとの関係、国連憲章違反についてはもはや述べる必要もないと思います。
また日本は同盟国として、その戦略の一翼を担うために自衛隊を派遣していることも疑いのない事実です。

あなたは、「イラク侵攻は、結果的にフセインの圧制からイラク国民を解放しました」と述べてこれを正当化しょうとしておられるようです。
しかし、たとえ「フセインの圧制」が事実としても、それはイラク国民の問題です。
他国が軍事的に介入すべき問題ではありません。
内政不干渉の原則を思い出してください。
また、自衛隊派遣は「イラク(サマワ)市民への支援」であると述べて自衛隊派遣を正当化しょうとしておられるようです。
しかし、たとえサマワの市民が喜んでもこれは侵略です。

日中戦争のときも日の丸を振って日本軍を歓迎した中国人もいました。
しかし、それによって侵略を正当化できるものではありません。
あなたが言われるように、私も「あらゆる角度から歴史や物事は見るべき」だと思います。
しかし、現象面に目を奪われて、物事の本質を見失ってはならないと思います。

まして最近は、多くの国民が自衛隊の撤退を要求しています。
もはや、というより最初から、「国際協力」とか「復興支援」という題目は欺瞞に満ちていることは明らかです。
だから政府も、もはや論理的説明を放棄して、国益とナショナリズムに訴えるしかなくなっています。

つまり、この侵略を否定する者に対して「あなたは何処の国の国民なのか!」と恫喝するしかなくなっています。
Akinopapaさんも、冗談だとは思いますが「あなたは何処の国の高校関係者なんでしょうか?」と私に問われています。
確かに戦前の天皇制ファシズムの時代なら私は「非国民」でしょう。
しかし、現在の民主主義の時代では、私は「愛国者」のはずです。
なぜなら、憲法とそれに依拠した民主主義的な国家体制を擁護しているからです

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分

相当に力が籠もった項目ですな。(笑)

ちなみに、私は米国のイラク侵攻を、正当化も美化するつもりもありません。
と言うか、アメリカがイラク国民の為に、圧政から開放する為に戦ったとか、世界警察の偉大な指導者だから懲らしめに行ったとか、そんな事は絶対にあり得ない、と言う認識ですからですね。
アメリカはそんなお人好しのはずがありません。(笑)

アメリカは・・・いや、アメリカに限らず、世界の主要国のどこも、自国の利益の為にしか動かないものです。
今回のイラク侵攻は、もちろん建前ではいろんな名目はあったでしょうが、所詮は、アメリカのアメリカの国益の為の、アメリカによるイラク侵攻であることは、某高校関係者さんに言われるまでもなく、明白な事実でしょう。
でもって、アメリカのイラク侵攻に反対したロシア、フランス、中国も、アメリカ主導によるイラク石油や国際社会での利権に反発したからであって、何も彼らもアメリカの非道を本気で批判したのではなく、単に建前に利用して反対しただけで、間違いなく、彼らがアメリカの描く利益構造の中心にいたとしたら、イギリスのように賛成したでしょうね。


それを踏まえて、ではイラク戦争とは何であったか、と言う問いかけにおいて、単純にアメリカを非難するのは簡単ですが、これもあまりにも物事を短絡的に見て、答えを出す愚だけは避けたいものです。
自分達のことを棚に上げて、反対だけして傍観者になった、参加しなかった国々は正しい(悪くない)のでしょうか、攻め込まれた側(フセイン)には非は無かったのでしょうか、国際連合はどんな意味があったのでしょうか。



しかし、現象面に目を奪われて、物事の本質を見失ってはならないと思います。

某高校関係者さんは、こう仰りましたが、あなたは本当に物事の本質を見抜いているんですか?
私は、あらゆる角度から検証し、考察し、お互いの立場で物事を理解し、そこでやっと少しだけ、その本質とやらの1部が見えてくるものだと思っておりましたが、さすがですね、もう分かったんですか?
イラク戦争の本質って、どんなものだったのですか、是非、客観的な事実に基づく、貴方が見抜いた本質を御教授下さいませ。


 

あなたは、「イラク侵攻は、結果的にフセインの圧制からイラク国民を解放しました」と述べてこれを正当化しょうとしておられるようです。

残念ながら違います。
正当化しようとは思っておりません、それは「客観的事実の前に、正しい、間違っているの判断はない」という持論を述べている点でも理解して頂けるかと思っております。
アメリカが、イラクに攻め込んだ、フセイン政権を倒した、イラク国民を殺した、大量破壊兵器の事実は出てこなかった、現在でもテロはやまない、これらは紛れもなく「客観的な事実」でしょ。
でも、そこに単純に、1つ1つにこれは良い、悪いの判断を下す事に意味があるとは思っていません。

何度も言いますが、歴史というもの、事象と言うもの、全て単純な構造で発生したものは無い、あらゆる理由がそこに存在するのであって、1つの面をもって歴史や事件などを「正しかった」「間違いだった」と判断したくない、それが私の考えです。


今までの発言を見ても分かるように、某高校関係者さんは、どちらかというと、出来るだけ単純なロジックで物事を考察し、シロクロの結果をすぐに出し判断をするタイプですよね、それに対し私は、イラク戦争はアメリカの暴走であった、と言う考えは持っておりますが、歴史の流れにおいて正しいだの間違っているだの、そんな簡単に結論は出せない、そう言っているだけです。

 


他国が軍事的に介入すべき問題ではありません。

内政不干渉の原則を思い出してください。

仰るとおりですな、私も同感です。
北朝鮮に関しても、援助する事は考えられても、北朝鮮の国民のために軍隊を派遣して、金政権を倒す事はあってはならない、私もどう考えております。
最終的には、北朝鮮の国民次第なのですから。

ですから、


また、自衛隊派遣は「イラク(サマワ)市民への支援」であると述べて自衛隊派遣を正当化しょうとしておられるようです。

残念ながら、正当化などと言った矮小な考え方で述べたつもりはありません。
あくまでも、事実関係を述べただけです。

聞きたいのですが、自衛隊はサマワで何をしているのですか?
人殺しをしているのですか?
街を壊しているのですか?

余計な個人的な主観など抜きにして、何をしにサマワに行って、何をしているのか、事実だけ教えて下さい。
そしてそれは、その事実に対し、正しい行為なのですか? 間違った行為なのですか?

私は、自衛隊が現日本憲法下で活動するとすれば、限られた条件でしか活動が出来ず、また、その活動が意味する事を大事に考えたいだけです。

むしろ、自衛隊の行動を認めるような発言をすれば、すぐに「正当化しようとしている」などのセリフを聞きますが、もうちょっと気の利いた意見を聞きたいんですけど。

 

まして最近は、多くの国民が自衛隊の撤退を要求しています。

もはや、というより最初から、「国際協力」とか「復興支援」という題目は欺瞞に満ちていることは明らかです。

だから政府も、もはや論理的説明を放棄して、国益とナショナリズムに訴えるしかなくなっています。

まあ、外交政策と絡めて、イラクでも選挙が始まり、やっと歩き始めたわけで、引き上げる潮時としては、1つのタイミングと言う気もしますし、別に問題ないと思います。

それよりも、最初から国際協力や復興支援が欺瞞だったのなら、どうして小泉さんはアメリカに従って、イラクに自衛隊を送り込んだのでしょうね?
あっと、ちなみに、私も国際協力や復興支援などは、後付の理由だと思っていますよ。
ただし、日本の国の首相として、国益を計って国際協力をしているのでしょうから、その国益は何だったのでしょうね、と言う話ですけど。


 

つまり、この侵略を否定する者に対して「あなたは何処の国の国民なのか!」と恫喝するしかなくなっています。

Akinopapaさんも、冗談だとは思いますが「あなたは何処の国の高校関係者なんでしょうか?」と私に問われています。

確かに戦前の天皇制ファシズムの時代なら私は「非国民」でしょう。

(笑)
私が、侵略を否定しているから、貴方にそんな事を言ったとか、もしかして、理論的な反論が出来ず恫喝したと思っているわけですか、それはやれやれですな。
立場が違うので、私も相手の立場を尊重しておりますが、はっきり言わせてもらえば、あなたから主観的な意見は、たくさん聞かされましたけど、客観的な理由というのが、滅多に聞かされていないんですけどね?

「あなたは何処の国の高校関係者なんでしょうか?」と書いた文章の前後を、きちんと読みました?


自衛隊が「戦力」であることは客観的事実です。つまり自衛隊の存在も派遣も客観的には憲法違反なのです。

あなたはこう書いたのですよ。
でもって、あなたの言う客観的事実とは、良く見れば、全く客観的な理由などなく、単なるあなたの主観ですよね。
その主観を持って、個人の思い込みではなく、教えるのは当たり前のことだと結論づけているのです。

文部省は自衛隊は違憲の存在だと教えるように指導しているのでしょうか?
文部省は、自衛隊の存在そのものが違憲だと言う認識で、教師にもその考えを生徒に教える事を容認しているのでしょうか?

その上で、日本国の教師が、日本の国の方針に反して教育を行っているとすれば、そりゃ一般人から見れば、「あんたはどこの国の人?」となっても不思議じゃないでしょう。

もし、今からでも「客観的な事実」とやらがあるのなら、もしくは、文部省は違憲である指導を認めている、と言う事実があれば、教えて下さい。
素直に認めて謝罪させて頂きます。


 

しかし、現在の民主主義の時代では、私は「愛国者」のはずです。

なぜなら、憲法とそれに依拠した民主主義的な国家体制を擁護しているからです

あはは、真っ黒に塗りたくった街宣車に載って、大音響で乗り回す「右翼」も、自分達のことを愛国者だと言っていますね。(笑)

宗教も、思想も、自分の世界にはまり込んで、主観で判断し、「自分こそは正しい」と思う人は、非常に危険な人物ですが、そこまでにはならないように、セーブする心は、某高校関係者さんはきちんとお持ちですか?
あなたが、憲法を依拠した民主主義を大事にしているのは分かりましたが、少なくても、「自衛隊の存在が違憲である事は客観的な事実である」という考えは、今のところ肝心の客観的な事実は述べておらず、個人的には主観的な判断である可能性が高い、そう感じております。

何度も言いますが、「私が絶対に正しいのだ、政府が間違っているのだ、誤魔化しているのだ」こう言っているのと同じ部分が、貴方にはありませんか?


 

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4.軍国主義の本質

軍国主義の本質ですか・・・凄そう。(笑)

4.軍国主義の本質

あなたは防衛費の増大と軍国主義の復活は違う次元の話であるといわれました。
確かにそうかもしれません。
卵と鶏は違う次元の存在でしょう。
卵にコケコッコーと鳴かせることはできません。
しかし卵と鶏の本質は同じです。
アリストテレス風にいうならば、同じイデアが内在して成長していくということになるのでしょうか。

ならばその本質とは何でしょう。
これは難しい問題ですが、それは他国への、さらには人間への不信感でしょう。
そこから不安が起こり、武力しか信じられなくなり果てしない軍拡競争が始まるのです。
そして、ますます緊張は強まり、被害妄想が高まり、ついに些細なことで引火して戦争となるのです。
だから吉田首相が指摘したように全ての戦争は「自衛のため」に行われているのです。
正当化の理由は後からどうにでもつけられます。


戦争は狂気の暴発です。
理性は麻痺して殺戮が自己目的化します。
南京大虐殺、従軍慰安婦、731部隊の人体実験、広島・長崎への原爆投下、アウシュビッツの虐殺、アブグレイブやグアンタナモの捕虜虐待へとサディズムはますますエスカレートします。
暴虐は敵に対してだけ行われるものではありません。

自国の国民にも熾烈を極めます。
自由主義者や平和主義者にはスパイや非国民のレッテルが貼られて血の弾圧が加えられます。
沖縄の住民の多くは日本軍によって殺されました。
これが一番おぞましいことです。

だからこそ憲法は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(前文)のです。
そして第9条で戦争と武力の行使を「永久に」放棄したのです。

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


ここは、一部を除いて、ほとんどの部分で賛同する意見内容なんですけよね。
それだけに、特に反論も無いけど、一部分だけにレス。


しかし卵と鶏の本質は同じです。

もちろん、全くの関連性が無いとは言いません。
北朝鮮など、国家収入に対する軍事費など常識を越えております。

ただそれは、軍国主義ならば軍事費の増大、国家予算における重要性が高い、というのは命題として真になると思います。
もっともこれは、歴史を振り返っても、多くが成立すると言っても良いと思う、と言うレベルですが。(統計を詳しく知った上での意見ではありません)

しかし、反対に逆命題の、軍事費が増大するならば、それは軍国主義である、は必ずしも真にはならなですよね。


ただどのみち、日本の場合に限って言えば、防衛費はほとんどが人件費で占められており、GDPに対する割合も低く、多少の動向があったとしても、軍国主義の話は全く無縁だと思って良いでしょうな。
まあ、アジア諸国(例の東アジア3カ国の別呼称)は、すぐに軍国主義だの騒ぎ立てるかも知れませんが。


 

あとは、中段辺りの、防衛費の増大に対する周囲国の感情は何か、と言う辺りから、戦争は狂気だ、と言う意見には大いに同感です。
まさに、戦争とは狂気の世界で、一般常識が通用しない世界でもありますし、どんな人出も理性が吹っ飛ぶものだと、私も理解しております。
もっとも、だからこそ、現代の軍隊の規律は、非常に厳しいものだと言うことも、理解しておりますが。


あとは、南京大虐殺の規模、従軍慰安婦の軍隊の関与、アウシュビッツ、731部隊、沖縄の住民は日本軍に殺された等々、事実認識で私とは多少異なるとは思いますが、まあここではその意識の差は、大きな意味を持たないと思うので、流しておきますが。


 

ただ、この項目の結論が、どうして「だから第9条で戦争と武力の行使を「永久に」放棄したのです」になるのか、繋がっているように思えないので、よく分からないのですね。(笑)

そもそも、日本が永久に放棄しているのは、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として」ですからね。
誰も自衛の為の武力行使を、永久に放棄したとは思っていないでしょう。


 

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3.自衛隊の発展的解消

では、前回の続きから行きます。
某高校関係者さんの文章を読んで、あまり深く考えずに、脊髄反射的に書いてあるところもありますので(笑)、おかしい箇所があったら、遠慮無く突っ込んでください。
あと、言葉遣いなどは、無礼な表現になっている箇所もあるかと思います、ご容赦下さい。

3.自衛隊の発展的解消

そこで自衛隊をどうするかという問題が出てきます。
私は、自衛隊を警察予備隊と災害救助隊と海外援助隊に3分割することを提案します。
そして、それぞれ警察庁・国土交通省・外務省の管轄にします。そうすれば違憲ではなくなります。
同時に一層の効率化がはかれます。
「自衛団」の案とともに、これを「防衛の分割民営化」として小泉構造改革の一環としていただきたいものです。

そもそも軍隊というものは、その組織や装備から見て侵略には役立つかもしれませんが、防衛にはほとんど役立たないものです。
日本軍が満州や沖縄の住民を護れたでしょうか。
フセインの軍隊がイラクを護れたでしょうか。
アメリカ軍がハリケーンから住民を護れたでしょうか。
護る意思も能力もありませんでした。
軍隊とはそういうものなのです。
だから憲法は軍隊を否定しているのです。
どうか軍隊への幻想を断ち切ってください。


私の知り合いがスナックを経営していました。
酔っ払いが暴れるからといって暴力団にミカジメ料を払って用心棒になってもらいました。
しかし結局、彼は暴力団に食い物にされてしまいました。
軍隊に税金を払って護ってもらおう考える国民はやがて軍国主義の食い物にされてしまいます。
だいたいお金を出して護ってもらおうという考えは虫が良すぎます.自分の店は自分で体を張って護るしかないのです。
同様に、主権者である国民は、自ら体を張って汗と血と涙を流し、自らの国を護るしかないのです。
つまり、私たちの平和と安全は、私たち自らの「自由獲得の努力の成果」(弟97条)なのです。
だから憲法は、「不断の努力」(第12条)と「幾多の試練に耐え」(第97条)ることによって、国民は自らと自らの権利を護ることを説いているのです。

しかし、アマチュアの自衛団がプロの侵略軍に勝てるのかという不安があると思います.大丈夫です。
古代ギリシャの市民は5倍もあるペルシアの大軍をマラトンで破っています.寄せ集めの八路軍は近代装備の関東軍に勝っています。
ベトコンはアメリカ軍に勝ちました。
やがてイラクの民衆もアメリカ軍や自衛隊をイラクから追い出すでしょう。
これは歴史の必然です。だから憲法は第9条で軍備を否定し、第12条で国民の自由・権利の保持責任を明記しているのです。

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


ごめんなさい、全くこの思考には付いて行けそうもありません。(^_^;)>
考え方が、私と某高校関係者さんとは、根本的に違うようなのです、この辺りは平行線でしょうな。

まず、自衛隊を3分割する話は、それはそれで個人のお考えとして、理解はします。
ただ、3分割する意味と、1組織の中で3つの活動を行うのは、どう違うのだろうか、と言う疑問はありますけどね。
1つの組織からの命令系統は、まあある程度合理的かつ速やかに流れていきますが、組織を分けると、縦割り組織の弊害を如何になくすか、と言う面倒な措置も必要になるデメリットはあります。

さらに、組織を分けると言うことは、コスト面でも、割高になりますよね。
例えば、1つの組織なら、1つの装備にメンテナンス、要員などまとめて出来ますが、分けるという事は、それだけ独立した装備、場所、要員などが必要になるので、合理的な構成が出来るのか疑問視されますね。

こういった、諸々のデメリットに対して、如何にメリットの方が大きいか、明確な必要性が無ければ、自衛隊の3分割という意見も面白いのですが、ただそれも絵に描いた餅で終わってしまう気がします。

また、3つに分割すれば違憲ではなくなる、と言う表現もありましたが、3つに分けるからではなく、軍隊ではなく警察予備隊とか言う、警察力と同程度の戦力を保持する程度に抑えるから、違憲ではなくなる、そう主張されているんですよね?。
ならば、3つに分ける理由に、違憲性の有無は関係ないですよね。


 

そもそも軍隊というものは、その組織や装備から見て侵略には役立つかもしれませんが、防衛にはほとんど役立たないものです

う~む、何と言ったら良いものやら・・・

防衛って、相対的な関係があるものなんすよ。
例えば、家族が暴漢に襲われた時、相手がナイフを持っていたとする、こちらが素手なら、家族を守る方も厳しいですな。
ところが、こっちが鉄砲を持っていたとする、するとナイフしか持っていない暴漢は、普通は襲いかかって来ませんね。
もっとも、相手がマシンガンを持ってくれば、こちらが鉄砲では、家族は守れない・・・

また、マシンガンを持っていても、不意にすれ違いざまにナイフで刺される事を防ぐのは、これまた不可能。
どんな装備を持っていても、全てをカバー出来るわけではない・・・当たり前の事ですな。


つまり、某高校関係者さんも同じ事を仰りたいのだと思いますが、「軍隊が防衛には役に立たない」という表現は正しくなく、軍備、装備は際限がなく、専守防衛には限度があるし、完璧ではあり得ない、と言う事でしょうな。
ここで重要なのは、あくまでも「限度があり、完璧ではない」という意味で、無駄という点ではない事に、特に某高校関係者さんは注目して欲しいですね、普通の人は言わなくても分かることなんだけど。


 


日本軍が満州や沖縄の住民を護れたでしょうか。

フセインの軍隊がイラクを護れたでしょうか。

そこで、この話しに繋がるんだけど、この陳腐なレトリックは、真面目に議論するつもりで書かれたのでしょうか?

それじゃ何?
国、国家を守るのは誰かと言えば、政府ですよね。
でも、政府が沖縄や満州を守れましたか?
フセインもイラクを守れなかった、だから政府は必要ないですよね・・・
このように、軍隊が必要ないと言った答えを導き出したように、典型的な三段論法を使えば、スゴイ結論が簡単に出ますね(笑)


 

某高校関係者さんも、気づいておられるとは思うのですが、少し議論に熱中して忘れてしまったのかも知れませんが、国防は、軍隊だけで行うものではありません。
現代どころか、中国の春秋戦国時代から、軍隊だけで国を維持した、また、軍隊だけで他国を侵略した、等という話はほとんど聞いたことがありません。

戦争とは、外交手段の最終的な形態の1つである、と言われる所以はここにあります。


古今東西、大きな国が小さな国を攻め滅ぼすのでさえ、権謀術数を駆使して当事国を弱体化させ、外交によって孤立化を計り、恫喝や柔和を繰り返し、内部崩壊を誘い、そして最終的に相手を滅ぼすものです。

日本の戦国時代でも、武田信玄が上洛戦を織田信長に仕掛けたとき、敵対国上杉家には、同盟国北条氏と本願寺勢力に上杉家の抑えを頼み、浅井、朝倉に信長を武田軍だけに戦力を割けないように指示し、京では将軍義昭に約束し、信長の味方だった松永久秀には裏切りを勧誘し、また信長領内においては一向一揆を扇動して、まさに八方塞がりの状態にして、織田・徳川領に侵攻していったのです。
当時の武田騎馬隊は日本一と言われたほどの戦力、軍隊を持っており、あの徳川家康なども木っ端みじんに粉砕されてしまいましたが、そんな軍事力を持ってしても、国に攻め込むときは、あらゆる手段を講じたものです、これが当たり前ですね。


反対に言い換えれば、守る方も、軍隊だけがあっても意味がありません。
国内においては、軍備を整理し、盤石な体制を整えるのと同時に、政治基盤をしっかりと築き、国民の意思を統一し、国外においては友好国を作り、国際社会では貢献と実績を持ち信頼を築くなど、あらゆる方策が必要なのは言うまでもありません。
何度も言いますが、軍隊だけがあっても国は守れませんが、軍隊、国家、国民、指導者、全て揃って、初めて国防は意味をなすのです、1つが欠けても、国防は難しいものなんです。


 

さて、ここまで言えば分かってくれるでしょうか?
敗戦したとしても、それは軍隊が役に立たなかった、と言う事例、証拠には何ら成り得ません。
それは単なる戦略において、後手に回り、軍隊を無力化されたからに過ぎません。
長い人間の歴史において、戦いによって築かれてきた歴史には、軍隊とそして国家の戦いは、本当に多くの事を後世に残し、教えてくれているはずです、それをどのように学んだのでしょうか?

まさに、高校生ともなれば、歴史を学習するに、その部分を考察することで、思考の幅を広げて欲しいと思うものです。
高校生にもなって、ただ戦争に負けたら国は守れない、だから軍隊は不要だ、等というお粗末で短絡的な思考で、物事を単純化して解釈しようとする教育であるなら、それこそ教育は無意味なものと言わざるをえません。


 

だから憲法は軍隊を否定しているのです。

残念ながら、否定をしているとは思いません。
国を守ると言う点において、理想や空想だけで世界が平和にならない、と言うのと同じで、現実面に目を向ければ、最低限の軍隊の必要性は当然「言わずもがな」だと思っています。


 


どうか軍隊への幻想を断ち切ってください。

まあ、その言葉をそっくりお返しします。
日本が戦後60年、攻め込まれた事は1度もありません。
それは何故でしょうか?
まさか憲法9条があったから、等というどこかのおめでたい人のお考えと同じではありますまいな。

もちろん、軍隊だけがその理由ではありませんが、軍隊の存在もその1つであると、きちんと現実を見据えるべきでしょう。

 

あとはスナックのお話、どこまで真面目にコメントすれば良いのか、本当に迷ってしまいますが・・・


酔っ払いが暴れるからといって暴力団にミカジメ料を払って用心棒になってもらいました。



だいたいお金を出して護ってもらおうという考えは虫が良すぎます.自分の店は自分で体を張って護るしかないのです。

すみませんが、ここの暴力団って中国の事? それともアメリカの事?
でもって、この場合出てきていないけど、警察ってのは、何に該当するの? まさか国連?

なんだか、読んでいると最初は、店=日本国民、暴力団=自衛隊だと思っていましたが、自衛隊ってのは国の組織の一部ですから、国民を食い物にするって表現がおかしいですしね、そうなれば、暴力団ってのは外圧だと思うのですが・・・よく分かりません?

言うまでもなく、某高校関係者さんが持ち出した例では、例えになっていないでしょう?


 

同様に、主権者である国民は、自ら体を張って汗と血と涙を流し、自らの国を護るしかないのです。

つまり、私たちの平和と安全は、私たち自らの「自由獲得の努力の成果」(弟97条)なのです。

だから憲法は、「不断の努力」(第12条)と「幾多の試練に耐え」(第97条)ることによって、国民は自らと自らの権利を護ることを説いているのです。

でもって、自己陶酔に浸っているところ申し訳ありませんが、これら全て、どこをどう読めば、軍隊の否定とどう結びつくのでしょうか?
私も、ここの某高校関係者さんの文章は、同意するもので、そのままの文章を使って、同じ訴えをしても全く問題ありません。
ただし、私の場合、その自分達の国を守ると言う事において、軍隊の存在も、その国民の国防意識の1つだと思っている箇所が違いますけどね。


 

やがてイラクの民衆もアメリカ軍や自衛隊をイラクから追い出すでしょう。

これは歴史の必然です。だから憲法は第9条で軍備を否定し、第12条で国民の自由・権利の保持責任を明記しているのです。

ここまで来ると、なんだか宗教勧誘を受けているよな錯覚に陥りますね。(笑)
誰か分かりやすく説明してくれんかね?


 

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9 18, 2005

2.日本の平和と安全の確保

あらま、夜中の2時を回ったので、今日はこれが最後にします。
続きは、また明日以降で書けたときに。

2.日本の平和と安全の確保

日本の平和と安全を確保するためにはどうすればよいか。
まず私の試案を披瀝させてください。

第1に、誠実な外交によって近隣諸国と信頼関係を打ち立てて対等な立場で平和条約を締結することです。
拉致事件の解決はもとより、最初からそんな事件が起きないような国際環境を作ることです。

第2に、軍隊は侵略には役立ちますが防衛にはほとんど役立たない代物である事実を明らかにして、近隣諸国と軍縮さらには軍備廃棄をすすめることです。
そのために「自衛隊の3分割」を提案します。

第3に、憲法第12条の「自由・権利の保持責任」に基づいて、国民が自主的に「自衛団」をつくることです。
そして日本人は決して他国を侵略しないが、他国の侵略も絶対に許さないことを世界に示すことです。
そのためにスイスの制度は参考になると思います。

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


さて・・・何を言ったらよいのか。(笑)

出来れば、中学生の主張を聞いているわけじゃないので、もうちょっと具体案を出して貰えますか?

例えば、「誠実な外交」とは、どんな外交を示すのか?
外交は、口では簡単ですが、国と国とのメンツも関わって来ますし、国民の利益を損なわないように、誠実な外交を続けるのは非常に難しい話です。

対等な立場で平和条約を結ぶ・・・そりゃ結構な話ですが、平和条約をまだ結んでいない国とは・・・北朝鮮の事ですよね?
どうやって結ぶのでしょうね? 拉致問題の解決はもとより? 今の北朝鮮と拉致問題の解決が出来る? どうやって?
北朝鮮に、核廃棄1つ求めるのにも、これほど苦労しているんですから。
アメリカや中国が、核廃棄すれば簡単ですけど、それこそ夢物語ですしね。

なんだか、ホント抽象的な平和論で、「こうなれば良いな」という考えは分かるのですが、理想論、空想論だけでは他人を説得は出来ません。


 

憲法第12条の「自由・権利の保持責任」に基づいて、国民が自主的に「自衛団」をつくることです。

これも具体的に、聞きたいですね、イメージが沸きません。

申し訳ありませんが、私はスイスの国防に対しては、あまり知識がありません。
スイスって徴兵制であり、シェルターを建設する義務もありますし、武器の携帯も認められている、つまり防衛意識が非常に高い上に、彼らの民間防衛意識が成り立っている(強固な愛国心が必要)、そんな断片的なものです。
日本はご存じのように、国防意識そのものが薄いですよね、自衛隊に対してアレルギーの多い人も多いですし。

自衛団の趣旨は、スイスの民間防衛のようなものを想像している、と勝手に考えておりますが、日本ではまず国民の国防意識が、スイスとでは雲泥の差ですから、学ぶとしても相当な意識改革が必要で、簡単には学べないような気がしていました。

どのような部分を参考にしたいと考えておられるのでしょうか?


 

遅くなりましたので、今宵はここまで・・・

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1. 自衛隊の違憲性について

ではあとは、1番から順番に行きましょうか。

1. 自衛隊の違憲性について

あなたは最高裁で判決が出ていないことや、政府が認めていないことを理由に、自衛隊が違憲であることを受け入れようとされません。

しかし、よく考えてください。
政府は「全体の奉仕者」であり、裁判所は「憲法の番人」なのです。
そして、私たち国民は「主権者」なのです。
どうして主人が、ごまかしやサボタージュを続けている「召使い」の決定に従わなければならないのですか。
これでは童話の「裸の王様」じゃないですか。
あなたも自衛隊は「戦力」であることは認めておられます。
そのうえで憲法第9条2項の「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」を素直に読んでみましょう。
ねっ、王様は裸でしょう。みーんな本当のことは分かっているんですよ。
ですからもはや不毛な議論に時間を費やすことなく、自衛隊は違憲であることを認めた上で、ではいかにして祖国の平和と安全を確保するかを考えようではありませんか。


名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


はは、私から見れば、よく考えなよ、と言いたいのはこっちになりまなぁ。(笑) まぁ立場が違うからね、出発点が違うから仕方がないけど。

ところで、すまんが、違憲かどうか判断するのは、日本では誰なの? まさか、国民が個人で勝手に判断するの?
国民が主権者である事は、もちろん否定しません、しかし憲法違反かどうかは、最高裁で決定するわけでしょ、そのための違憲審査でしょ?
主権者だからと、個人が独断で進めることが出来るとは、それはスゴイ話ですな、裁判所などいりませんな、三権分立も必要ないですな。(笑)


 

まず、私が最高裁の判決が出ていない事を持ち出したのは、三権分立において司法がきちんと自衛隊の存在を違憲だと判断したのかどうか。
違憲だと判断をしたのであれば、賛否両論あろうとも、日本国はその裁定に従う義務が国民に対してあるはずです。
反面、最高裁が違憲判断を下していないと言うことは、事実として「違憲」ではないと言う事です。

この辺りが、非常におかしい。
国民が個人で判断するのは自由ですが、それはあくまでも主観にしか過ぎません。
しかし、それは客観的事実とは決して言いません、それこそ個人レベルで「そんなのまやかしだ、だから違憲は当然だ」など各々が勝手な事を言っていれば、国は収拾付かない事ぐらい、小学生にも分かる理屈じゃないでしょうか。


そして次に、政府を持ち出したのは、あくまでも自衛隊は日本国に属する組織で、政府が「違憲」の組織と認めていない以上は、政府が取っている立場が「事実」となるはずです。

確かにこれまた、政府は「全体の奉仕者」に異論はありませんが、単純奉仕者、一部の者だけの奉仕者ではあってはならないと考えます。
政府は国民全員に対して、国民の生命や財産を守る責任と義務を負う奉仕者であるはずです。


 


あなたも自衛隊は「戦力」であることは認めておられます。
そのうえで憲法第9条2項の「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」を素直に読んでみましょう。

憲法9条を素直に読むと、確かに戦力は持たないと書かれています。
しかし、ご存じの上で、わざと茶化しているのでしょうが、この戦力の意味は何なのか、これが重要なのでしょう?

学者同士の間でも学説が多数あり、一本化されておらず、絶対的な解釈は未だに出来ておりません。
某高校関係者さんが言ったように、単純に素直に呼んで「戦力」だから持ってはいけない、等という単純な話では解決しません。


 
この戦力とは「警察力を越える」という判断と「自衛のための最小限必要な実力を越える」の2つの判断が、私は中心になると思います。
つまり、憲法9条2項には「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」と書いてあるが、最低限のものは持っても良いと言う解釈が一般的ではないでしょうか?

そして政府の、必要最小限についての見解は、後者の「自衛のための最小限必要な実力」だと言う認識、立場である、と言う事だけです。

某高校関係者さんが仰るように、素直に読めば戦力そのものを否定すれば、それは自衛のために、警察程度でさえも持てない結果になりますな。(笑)

私が、自衛隊は「戦力」だと書かずに、「軍隊」だと書いたのは、警察力を越える戦力を持っているとは思う、と言う事を述べただけです。

そして何度も言いますが、数多くある学説、意見が集約されないままある中、現時点での判断として、最高裁で違憲だと判断されていない、また、警察力を越える戦力でも、政府の立場が「国を守るための必要最小限の戦力」だという立場である以上、単純に違憲だとは言えない、これが私の主張です。
これが、客観的な事実に一番近いかなと思うわけです。

 
 
だから、多く人が議論しているのは、その最低限レベルとはどこにあるのか、と言う問題であって、素直に読めとか、そんなレベルでは憲法9条問題など語れません。
裸の王様という言葉は、面白く分かりやすいのかも知れませんが、あまりにも短絡的な物事のとらえ方で、例え話の持ち出しとしては全く的を射ていないと思いますよ。


 


ですからもはや不毛な議論に時間を費やすことなく、自衛隊は違憲であることを認めた上で、ではいかにして祖国の平和と安全を確保するかを考えようではありませんか。

不毛な議論に時間を費やす事の無駄、大いに同感です。
また、祖国の平和と安全を確保するか考えることは大賛成です。

ですが、その平和を考える上で、違憲かどうかは必要条件だとは私は思えません。
むしろ、違憲だと拘って、無駄な論議に時間を費やして、平和に対する話し合いを遠回しにしているのは、どう見ても自衛隊が違憲だと叫ぶ人達だと思うんですけどねぇ。
本当に、平和について論議したいのであれば、自衛隊など違憲かどうかではなく、まず自衛隊の存在そのものが必要か、不要なのか。
不要なら、どのような手段で平和を構築すべきなのか、コチラの方が大事だと思うんですけどね。
なんだか、自衛隊は違憲だと認めなければ、先に進まないような行印象があるんですけど。(笑)


 

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7.公明党教育介入事件について

予告したように、某高校関係者さんから長いコメントを頂きましたので、きちんと対応したいと思います。
まずは、問題の発端となった新聞記事の話題を先にしてしまいます。

7.公明党教育介入事件について

本題からやや逸れましたが、ふたたび「自衛隊派遣に肯定的な解答は0点、否定的なら5点」という胡散臭い記事に戻りたいと思います。

まず第1に、記述試験が0点か5点などというはずがありません。 きっと1~4点もあり、おそらく3点を中心に正規分布をなしていたはずです。

第2に、新聞では本人も事実を認めたとありましたが、おそらくウソだと思います。 今日にいたるまで本人は頑として公明党や教育委員会の言い分を認めていないと思います。

第3に、「他国に軍隊を送るのはいけない」と記載したとありますが、侵略戦争を否定するのは教師なら、いや人間なら当然です。

第4に、「自衛隊が違憲なら憲法を変えればいい」などの暴言は「低俗」ですまされないものです。

第5に、「自衛隊はイラク人のために良いことをしている」などという詭弁は、日本人としてゾッとします。いくら少女が喜んでも「援助」は売春であるように、いくら傀儡政権が喜んでも「援助」は侵略です。

そもそも、この教師は「自衛隊派遣」について出題しているわけではないのです。 にもかかわらず自衛隊について勝手に書いておいて、たまたま点数が低かったからといって「考えを押し付けられた」とは言いがかりもはなはだしいと思います。 教師は、「自衛隊派遣に賛成」と書いてあれば、どんなくだらない答えも満点にしなければならないのでしょうか。 バカバカしいにもほどがあります。 そもそも日本の学校の教師が日本国憲法や教育基本法に基づいて授業をし、採点をするのは当たり前です。 それがいやなら日本の学校へ行かなければいいのです。

たとえば「地下鉄にサリンを撒いてはいけない」と教師が教えたら、世の中にはオウム真理教を信じる人たちや好意を持つ人々も大勢いるので、一方的にそのように教えるのは「考えを押し付ける」ことになるのでしょうか。 また、オウムに殺された人々は、「罪を浄化さされて天国にポアされた面もあるわけで、一つだけを否定することなどはできないはずです」などど言えるのでしょうか。 やっぱりおかしいですよね。

この胡散臭い新聞記事の向こうに見えてくる事件は、やはりイラク侵略を推し進めている政治勢力による教育への不当な介入です。 これは日本の軍国主義化とファシズム復活の一局面であると思います。したがって、この事件を今後は「公明党教育介入事件」と呼ばせていただきます。

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


 
この項目を読んでみましたが、全く意味が分かりません。

前回、私は断っているはずです。


「マスコミの報道を鵜呑みにして、ただ一方通行での情報で、特定の教師を批判する無礼は、ある程度ご容赦頂くしかありません」

その上で記事に戻りますが、なるほど、最近は新聞記事の捏造もよくありますからね、だからこの記事も捏造されたと言う可能性はありますが、あなたは記事の内容を否定されておりますが、その理由が「○○のはずがない」(第1の理由)「おそらくウソだと思う」(第2の理由)「ゾットする」(第5の理由)というあなたの主観のみで否定されており、否定の根拠としては他人に納得させるには乏しい、というのは自分ではお分かりでしょうか。
この記事を読んで、あなたがどう考えようと勝手ですが、否定する内容が他人には理解出来ないレベルですので、記事の内容で自分の考えを述べている人から見れば、「だから何?」というような感じです。


 


「他国に軍隊を送るのはいけない」と記載したとありますが、侵略戦争を否定するのは教師なら、いや人間なら当然です

また、この意見もものすごく滑稽なのですが、「他国に軍隊を送る=侵略戦争」とはあまりにも単純過ぎませんか?
高校教師ともなれば、まさかこんな短絡的思考で生徒にものを教えているとは思いたくないんですけど。

あなたは「テロを起こすにも起こす側の理由がある」に賛同してくれたように、1つの事象の結果には、あらゆる理由がそこに展開する事は理解しているように見えます。
しかし、話が軍隊関係になれば、それまでの寛容な理解はどこに行ったのか、意味不明の拒絶反応を示しますよね。
他国に軍隊を送る事の詳細な理由、事情、過程、理屈、道理、結果などの全ての要因を抜きにして、侵略戦争だから否定すると言うのであれば、人間として当然だと私は思えないのですよ。


 


「自衛隊が違憲なら憲法を変えればいい」などの暴言

あとこれもね、自衛隊が違憲なら、憲法を変えると言う考えのどこが暴言なのか、そう捉える理由はどこにあるのかな、と言う興味はあります。
自民党や民主党では、憲法改正の問題が上がっており、9条の焦点は自衛隊の明記であると言う事もご存じでしょ?
つまり、自民党や民主党の考え方は、あなたには暴言になるわけですよね? 多くの国民は、この意見には首を傾げると思いますが?
まあ、まさか一方的な思い込みで、さも自分の意見が、人間として当然の意見を述べているなどの、思い上がった思想から来ているのでないとしたらの話だけど。


 


この教師は「自衛隊派遣」について出題しているわけではないのです。にもかかわらず自衛隊について勝手に書いておいて、たまたま点数が低かったからといって「考えを押し付けられた」とは言いがかりもはなはだしいと思います。

本気で書いています?(笑)
「イラク戦争について」の考察を求めたわけでしょ?
イラク戦争は、日本・自衛隊とは全く無縁の世界での出来事だったのでしょうか。(笑)
こう言うのを、詭弁と私は理解しております。



「自衛隊派遣に賛成」と書いてあれば、どんなくだらない答えも満点にしなければならないのでしょうか。バカバカしいにもほどがあります。

本当にバカバカしいですよね、ここまで来ると、私には付いて行けません。(笑)
そもそも、イラクへの自衛隊派遣に肯定的な解答は0点とし、否定的な解答は5点として、成績を付けた事が発端でしょ?
完全に論点をすり替えているのに、それに気づかないで、何か熱く語られても、私はちょっと引いてしまいます。


 

あとね、自衛隊派遣を賛成だろうが、反対だろうが、考察を問う問題を出しているなら、結論がどうあれ、そこに導き出す内容に価値がなければなりませんよね。
時事を扱う「イラク戦争について」で、反対だの軍隊否定だの、そんな意見や結論だけを正解とするなら、考察問題など不要でしょう、最初から○×問題にして、生徒を洗脳すれば済む話です。

まあ、考察を求めずに、統一された結果だけを教え込む・・・つまり、その洗脳を実現させているのが、中国や北朝鮮などの教育ですが、あれが当たり前の教育だと勘違いされていないでしょうね?



罪を浄化さされて天国にポアされた面もあるわけで、一つだけを否定することなどはできないはずです」などど言えるのでしょうか。やっぱりおかしいですよね。

そりゃ、根本的に間違っているのでおかしいですよ。(笑)

う~む、問題の本質を理解されているのでしょうか?
時々、貴方の考えに近い人の意見に共通する話なのですが、主観的な思い込みと、客観的な事実が混同されて話されているコトが非常に多いですよね。

真面目に書かれたのであれば、もう一度私の考えと、自分の書いた内容を読み返して整理して見てください。
冗談で書かれたのなら、マナー違反ではありませんか?


 

「公明党教育介入事件」と呼ばせていただきます。

どうぞ御勝手に。(笑)

すみません、あなたが何と名前を付けて呼ぼうとかまいませんが、一般市民のブログに来て、自分の思想を振りまいて勝手に決めつけて、自分の世界に引き込まないで下さいます?

仮に、本当に公明党が関与しているのが事実としても、私には興味ありませんし、この教師が記事の通りの事をやったのなら、批判するだけですし、某高校関係者さんのような意見の主張には、反論を唱える部分もありますし、ただそれだけです。




そもそも日本の学校の教師が日本国憲法や教育基本法に基づいて授業をし、採点をするのは当たり前です。
それがいやなら日本の学校へ行かなければいいのです。

最後に、これは言ってはいかんと思うよ。
これを言うなら、日本の学校は、日本国憲法が定める国家の管轄下であり、国民の税金から給料をもらっているなら、司法が判断を下していない以上、国家の教育方針には従うべきです。
それが嫌なら、日本の学校の教師にならなければいいのです。

こう切り返されちゃうよ。


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自衛隊の存在は違憲なので、教育では否定は当然? その2

またも、某高校関係者さんから、えっ!! 自衛隊の存在は違憲なので、教育では否定は当然? にかなり長いコメントを頂きました。

かなりいい味が出ていると思いますので、またもや記事として扱いたいと思います。

しかし、ブログでは長文の議論には向いていないので、どこかレンタルの掲示板でも借りようかと思ったりしましたが、まあ今のところ二人だけですし、まだ数回だけですので、このままにしておきます。
もし、他の方も複数で参加される、もしくはこの話題が長く続くようでしたら、広告付きなら無料の掲示板もあるし、どこかで用意しますが、それはとりあえず思案中と言うことで。


 
正直な話し、かなり長いので、1つのテーマ毎に記事も分けたいと思います。
お互いの考え方が、出発点で違うような気がするので、話は平行線を辿るだけかも知れませんが、とりあえず1つずつ行きたいと思いますが、話の論点が飛びまくっていますので、話題をきちんと整理しましょう。

と言うわけで、次の記事から順番に行きます。

でも最初は、今回の元になった報道の話題を扱った、7.公明党教育介入事件についてからです。

 

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9 14, 2005

ピンチは最大のチャンス

また選挙関連の話しです、続いて申し訳ないです。
でも、それだけ国民の今回の選挙に対する意識が高かった、と言うことで。

民主党に原口一博衆議院議員がいる。
TVタックルでもお馴染みなので、よくご存じの方も多いだろう。

彼も、今回の選挙では佐賀1区で、小選挙では自民党に僅差で敗れ、比例ブロックの1位で復活当選した。

そんな彼が、TVでこんな事を言っていた。

  

  困難に出会った時がチャンスなんだ。
  参院で郵政民営化法案が否決された時は、
  多くの人が小泉首相はピンチになったと思った。
  だけど、彼はそれを最大のチャンスに変えてしまった

同じく、宮城5区に民主党の安住淳衆議院議員がいる、彼は逆風の中、何とか小選挙区で勝ち残った。
その安住氏もまた、こんな事を言っている。

  

  民主党は大敗したが、票は1.3倍負けただけだ。
  票は1.3倍だが、議席では200近く負ける。
  これを考えれば、逆もまた真なりと捉えるべきだ。
  小選挙区の戦いを、本当の意味で国民は知った、良い勉強をした


彼らがいるうちは、民主党はまだ将来は明るいと思う。

問題は、何度も言うが負けたあとの民主党の改革、それが大事だと思う。
負けたから大変だ、危機だ、ピンチだと叫んで、気持ちでシュンとするのではなく、ポジティブに考えて前進する力が欲しい。

これまた何度も書いてきたが、現時点での民主党の考えには、人権擁護法案、外国人参政権、靖国問題、対中韓外交姿勢などで、個人的には賛同出来ないし、五分五分の選挙であれば、民主党には私は入れない。

でも、自民党も完璧だとは全く思わず、まだまだ古い体質が残っている側面もあれば、肥大化した政治政党は、利権が絡んで小泉さんのような人間が出てこない限り、なかなか改革そのものが進められないと言った問題点もある事は事実。

そう言った場合に、自民党に代わって、国政を任せられる政党が、日本には絶対に必要な事は間違いない。
昔の社会党を始めとした、政権を握るだけの力がないのに、反対だけは一人前の政党は、もはやいらない。

民主党には、今回の惨敗を、是非ともチャンスだと捉えて、どうせ小泉さんがいる間は、足掻いても仕方がないので、じっくりと党内の改革を行い、育ってください、ただそれだけを祈りますし、それが国の為、国民の為だと個人的には信じております・・・


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9 13, 2005

連日のステーション

昨日は、衆議院選挙であり、軒並み選挙速報番組を行っておりました。
でもまあ、うちの家はNHKの受信状態が悪く、TBSは電波の筑紫と久米の最強コンビだし、フジは選挙速報そっちのけで、柔道の中継しているし、テレ朝は古舘だし、本当に日テレしか見るチャンネルがなかったのがツライかったです。

と言いながらも、CMになったり、くだらない人が画面に出たりすれば、チャンネルをパッパ変えていたので、結構テレ朝もTBSもみちゃったんですけどね。(笑)

笑えたのは、TBSで自民圧勝が確実になっている段階で、小泉首相が官邸を出たのを速報で流していたところ、久米が「小泉さんが官邸を出たことが、そんなにニュースなんですかね?」と真面目に言っていたのが印象的。
しばらく、周囲がかたまったのち、筑紫じいさんが「官邸を出たということは、勝利宣言をするために党本部に行くということで、注目されるニュースですね」とフォローしていたが、まあさすがに筑紫の爺さんは、少しは意味が分かっていますね、久米っちは現場を離れた長かったのか、笑わせてもらいやした。


 
さて、題名は連日のステーションということで、まず、昨日の選挙ステーション(古舘司会)であったヒトコマ。
まだ広島6区は、開票中で、ホリエモンも亀井氏も競っていたときで、どちらが当確が出るのか、予断を許さない時間帯で、ホリエモンが選挙ステーションにゲストとして呼ばれていた時のはなし。


古舘「堀江さん、普通に考えると、金の次は権力ってのは、お決まりじゃないですか。」
堀江「いや、政治家は権力だ、と言う考え方は古いですよ。」
1秒ほどの沈黙
古舘「んじゃ、何なんですか? 新しい考え方は?」
堀江「権力と思うことが、すごくネガティブな政治に対してみなさんの思いを、反映しているんじゃないですか?」
古舘「あの権力に・・・」
堀江「権力でも何でも無いとおもいますよ、政治は」
古舘「古い権力から、新しい権力かな、と言う形が、何時の時代もあるような気がするんですけどね?」
堀江「いや、政治=権力と考えることが、僕はすごく間違いだと思うし、僕は権力者になりたくもないですよ。」
古舘「国を変えたい?」
堀江「そうですね、皆さんの為に国を変えたいと思うだけですよ。 それを権力だと思われることは、非常に悲しいですよね。」
古舘「今回仮にですね、今こんな事を言うのは失礼ですが、でも負けてしまったとしてですね、これは自民党に対する応援として、全国レベルで、落下傘含めて、底上げして自分は敢えて捨て石になった、ところの功績、実績は大きいですよね?」
堀江「ああ、全然そんなこと考えていないですよ。 ほんと、選挙区に入ってみてくださいよ、そんな余裕無いですよ。自分がどうやったら当選出来るか、それを考えて、そして自分の考え方を皆さんに知ってもらう事しか、それしか無いんですよ。」
堀江「ね、みなさん東京におられて、スタジオにおられると、そんなこと想像も出来ないと思いますけど、1回、あの、広島6区に来られると良いですよ、そんな悠長な事言ってられないですよ、本当に。」


古舘「何もこっちは悠長な事やってんじゃないですよ。 日々戦っているんですよ、こっちはこっちで」

(かなり怒った表情と口調)
堀江「いや、うちのスタッフみんなも頷いていましたよ。 ホント、正直な話し、そんな事を考えている余裕は無いです。小選挙区で一回利口補してみれば分かります。」
古舘「いや、私はする気は無いですよ、そんな事強制しないで下さいよ」
堀江「いやまあそんなんですけど、だから、そう言う質問は、ちょっと失礼なんじゃないかと思うんですよ」
古舘「いや、何で失礼なんですか?」
堀江「いや、そんな事考えていないし」
古舘「やっぱりホリエモンの野望、浪漫、こういう事を聞きたいだけですよ、僕は、いつも語っている事を聞きたいんですよ」
堀江「野望、浪漫を語っているほど、余裕はないって事ですよ、今」
古舘「あっ、そんなに無いの?」
堀江「そうですよ、だって小選挙区で立候補しているんですから、比例区で復活当選でも出来るならまだしも」
古舘「ただ、ホリエさん、冷静になれば、ねっ、さっきの底上げ効果も含めて、これは堀江さんの今後の浪漫に向けて、イイ流れでもあるじゃないですか」

 
いやはや、いくらなんでも、今回は古舘さんが悪いでしょ。
選挙を戦い、開票結果を待っている人に対し、無礼な言い方だと思うけどね。
だって第一声が、「お金の次は権力ですよねっ」って尋ねるか?
亀井さんには「やっぱり権力は手放せませんよね」とは聞かない。
確かに、堀江氏は過去にも同様のコメントを残しているかも知れないし、司会者として面白いネタを引き出したいのかも知れないが、これはあくまでも選挙速報で、選挙を戦っている人には、同等に敬意を示すべきでしょう、TV司会者なら。


 
それが、政治家=権力者ってのが古い考えだ、と指摘されたら、「では新しい考えってナンだよ」って、お前は小学生か。(笑)
政治家ってのは、確かにある程度政治を行う上での、特権や権利を有するが、それを直接権力として使ってきたのが、従来の自民党の大物政治家と言われている人たちでしょう。
小泉さんは、それを壊したかったわけで、ホリエモンもその意味では、ある程度賛同した上で立候補しているんだろうし、それを「お金持ちになったら、次は政治家=権力者ですね、」って聞くのは失礼ってのは、私でも思うよ。

司会者が、小選挙区で戦って、結果を待っている候補者に、金だの権力だの話を振って、仮に落ちたとしても、自民党のために働いた功績があるだの、何を言っているのか、自分で失礼なことを言っている自覚がないってのが、情けない。
選挙速報番組において、ホリエモンの野望とロマン? んなもん、自分が思い通りの回答が来なかったからと言って、逆ギレしちゃ司会者失格でしょう。


 

 

今日の報道ステーションでは、民主党はなぜ負けたのか、というコメントを出していたのだが・・・

要約すると

・民主は、自民と同じ方向を向いていたため、特色が出ずに小泉人気で、自民に持っていかれた。
・共産や社民は健闘した、特に社民は護憲だけで2議席も増やした。
・つまり、社民、共産ほど護憲、平和、福祉になれず、自民ほど郵政をはじめとした政治手法、憲法改正、など寄れず、中途半端な位置にいた。

何かよーわからんが、こんなことを言っていた気がする。
ということは、民主党は対自民を意識して、最初から社民、共産のように、左に特色を出していれば、これほどの惨敗はなかった、票を伸ばせた主張しているのか?

とんでもねえな。(笑)

その左に特色を持った政党が、結局今回の選挙で何議席奪えたのかな?
社民なんか、2議席増やしたと得意げだが、そのうち1つは東京の比例区で、自民の大勝のおかげでタナボタで1議席回ってきただけで、そんなに増えたわけじゃない。
むしろ、前回の選挙で、19議席から5議席まで、どん底に減らした状態から脱却できていないだけでしょう。
そんな状況で、よくもまあ、自民党と違いがなかった、共産や社民はあったから議席を増やせたなどと言えますなあ。


 

つまり、報道ステーションとしては、二大政党が同じ方向に向いているのが気に食わないのね。
本音は、社民党がもっと大きくなって、自民党に対する二大政党の一翼を担って欲しいという希望があったけど、現実は社民や共産では人気で限度があるから、コメンテーターを使って、電波で民主がもっと社民に近ければ、票を伸ばせたはずだ、民主党は旧社会党に完全に戻って、二大政党の片方の特色を出すべきだ、などと洗脳しているのでしょうか。(笑)


まあ、民主党は小沢で求心力を高め、旧社会党派は小泉のように、強硬な改革と称して黙らせる、追い出すべきでしょうな。
そしてその間に、参議院選挙を経て力をため、若手指導者を育てて、4年後の衆議院で反攻に出る、ってシナリオを夢見ているんだけど、ちょっと都合よすぎるかな。(笑)

 

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9 12, 2005

予想外の結果は、予想外の結果への布石

もはや私がここで言うまでもなく、2005年9月11日の衆議院総選挙は、空前絶後の結末となりつつある。

小泉首相は自民党を変えようとした、その点は評価できるし、改革を推進するブレない姿勢には賛同したもので、それが私個人だけの感情ではなく、多くの国民もどうような事を感じていたのだと思う。

ただ、自民党は半分は壊せたが、綿貫、亀井と言った理論的な政策より、人情、ドブ板選挙を地元民が支持した点で、国民の方がまだ時代の流れに着いて来られない人もいるのが現実でしょう。
また、執行猶予中である辻元氏にも、多くの票が入った事は、「浪花節」感情で国政議員を選ぶ人が多いと言う印象を、個人的には受けた。

さらに、ニュースを見ていて感じたのですが、刺客候補という立場はともかく、新たに余所から来て立候補した人に、地元の人が「地元のこと知っているんか?」とか「地元のために立候補しているのか?」とヤジを飛ばしていた人が居た。
10年ぐらいに前に書かれた政治マンガ「加治隆介の議」(安保さんブログ)と言うものがあるが、国会議員とは誰のために選ぶのか、そのマンガが書かれた時代から、国会議員は田中角栄、竹下登みたいに、地元に還元してくれるヤツ=大先生という意識が変わっていないんですね。
地元還元政治家志向が、抜けられない地域が、まだまだあるということでしょうね。


 

今回の選挙結果を受けて、敗戦の弁を語るべき野党の党首が相変わらず、自民への批判、小泉批判、郵政批判をしていたのが印象的ですね、「往生際が悪い」というか、「負け犬の遠吠えでみっともない」というか。
きちんと現状を見据え、敗戦、反省の弁が欲しかったですな。

ともかく、この結果であっても、まだまだ考えなきゃいけないことも多いし、でも、一歩前進したのかな、という印象を持っています。


 


さて私は、自民党が圧勝し、民主党が惨敗すれば良いと考えていたが、結果は予想以上の数値を示しています。
私の選挙区は、民主党が強い地盤で、TVでお馴染みの末松議員であり、今年になって市長選でも民主が自公を圧倒していた。
それに対して、自民党候補は31歳の若造で、普通なら問題なく結果が出ていたはずで、私も前回の得票差5万票が、どこまで迫れるのか、そこがポイントだと見ていたが、小選挙区では、激戦だったが驚くことに、末松氏が敗れた。
それだけでなく、隣の東京18区では、あの菅氏でさえ苦戦し、党の幹部や主要議員が小選挙区で次々に敗れた。


 
自民は公明との連立で、過半数どころか、単独で過半数に早々と達し、その後は252の安定数、269の絶対安定多数を、繰り返すが単独で達成してしまった。
現時点で、自民+公明で憲法改正に必要な国会議員数の2/3の320議席すら確保してしまった。


 
民主党は、これ以上のない惨敗である。
政権交代への二大政党の1つどころか、片方に320議席と言う、憲法改正すら野党では止められない数値を与えてしまった事は、屈辱以外の何者でもないでしょう。

それに、都市部で強いと言われた民主党が、東京で前回は自民党vs民主党は、12勝12敗で五分の戦いをしたのに、今回は自民党の23勝1敗であり、その1勝も代表も務めた、党は重鎮である菅直人氏が、やっとこさ勝てただけで、これ以上の惨めな負け方は無いだろうと思う。
仮に、選挙結果が出る前に、今回の選挙にシナリオを誰かが書いたとしても、ここまで一方的に民主党が惨敗する姿勢を書くことは出来なかったと思う、その意味では、まさに事実は小説より奇なり、と言う感じ。


 
ただ、私はこれで今回の自民大勝は、次の民主党の復活への十分な布石になったと思っている。
これほどの惨敗を経て、民主党自身が改革の必要性を強く感じた、そう信じたい。

私は、「政権交代可能な二大政党化」には賛成するもので、今回惨敗した民主党には是非とも党内改革を期待したい。


今回、自民党は勝ちすぎた。これが民主党にとっては反対にチャンスだと私は思う。
党首が岡田さんである間は、どう考えても民主党は強くならないことは明白だったし、相手が小泉さんであれば、もうどうあがいても不利は否めなかったはず。
これが、負けたとしても、前々回の衆議院選挙、前回の参議院選挙のように、民主党が健闘して良い勝負で終わっていれば、岡田さんが勘違いしたように、民主党はまた懲りずに、何も変わらない可能性があったが、これだけの惨敗なら、民主党は自覚し、危機感をもてたでしょうから、これだけ大敗した事は、むしろラッキーとして、ポジティブに捉えるべきでしょう。

 

自民党は、今回勝ちすぎたために、国民の期待はピークに達している。
憲法改正だって可能な数の議席をもらい、政治改革に必要な体制は整い、必要とあらば、官僚を規制するような法案だって問題なく通せるようになったはずで、これで次回の選挙までに「改革が進んでない」状況ならば、多くの国民が自民党に批判を行うはず。
ならば、冷静に考えて、改革は進むと思うか・・・
国民が期待するほどの改革なぞ、出来るはずがない。
現状でも、「総論賛成、各論反対」で収拾がつかず、小泉さんであってもこれだけ苦労したわけで、1年後、小泉さんが首相を退いた後、大胆な改革など出来るはずがないと私は見ております。

となれば、当然ながら民主党はチャンスなのです。

次回の選挙が4年後なら、4年の間にきちんと党内改革を済ませ、そのことで多少規模が小さな党に変わっても、4年後は今回の自民圧勝の反動を受けて、自民がこける可能性が高く、筋を通し、ブレない政策ときとんと数値や具体的な政策を示せる政党に変わっていれば、反対に大躍進が約束されているようなもの。

 
勝負とは、片方が大勝したら、その後も大勝するとは限らず、その反動で大敗することもあるのは、歴史上何度もあったこと。
大敗したことにめげず、これを反対にチャンスと思い、利用できるか、これが大事だと思う。

自民党が小泉さんの下で改革したのに、改革を望む民主党自身が、何も改革できなかったのが、今回の大敗の理由の1つでしょう。
先ほども言いましたが、次回がチャンスなんです、自民党は国民が期待するほど(300近い議席を単独与えるほど)の改革は、絶対に出来ないはずなんですから、民主党がここはチャンスだと気付いてくれれば、次回の選挙こそ、本当の意味で日本の政治が改革出来る、私はそう感じています。

もし、民主党が少なくなった議席数に拘り、党内で改革が進まず4年後の選挙を向かえたならば・・・日本の政治は真っ暗でしょうな。

 

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9 07, 2005

選挙まであと5日

私の住んでいる街は、実は西東京市で、今度の選挙では東京19区になります。

東京19区と言えば、ここ数年は民主地盤と言って良いほどで、今年に入り、西東京、小平両市長選で、民主都議出身の2氏が相次いで自公推薦の現職を破り当選を果たしております。
特に、2月に行われた西東京市長選挙では、自民+公明の与党が推薦する候補に対し、圧倒的な大差で破っておりますので、民主党の勢いがある選挙区ですね。

そして、この東京19区の衆議院に立候補する民主党議員は、TVタックルなどでもお馴染みの、末松氏です、今度4期目(連続)を狙っています。

前回の選挙でも、末松氏が13万6千に対し、今回も立候補しています、自民党は松本氏が8万8千で1.5倍の差で、ボロ勝ちしている地域です。


 
さて、そんな自民が弱い土地と言うこともあったのでしょう、実は日曜日に小泉首相が、西東京市の西武新宿線の田無駅に、応援演説に来たのです。
その日は、小泉さんだけでなく、各党の党首も、朝からTVをどの局を回しても、党首討論としてずっと出ておりました。
そのこともあって(午前中は東京に釘付け)、最後の日曜日の午後は、東京でも自民が苦戦している場所に、順番に応援演説に回ったのでしょう。

普通なら、地元で3期連続当選で、知名度もある末松氏に対し、自民党はまだ31歳の若手を起用。
どう考えても、末松氏の圧勝の土地なんですけどね、自民への追い風と、今回の応援演説でどれだけ流れが変わったか・・・


前回の衆議院選挙では、末松氏が松本氏(当時まだ29歳)に、1.5倍の差を付け圧勝したのは、既に述べました。
また、今年の2月の市長選でも、同じく自公推薦の候補者を1.5倍近い、4万対2万7千ほどの大差で民主が勝ったと言うのも、先ほど述べた通り。

でも、実を言うと、これらの選挙には、私も民主党に投票しています。(笑)
ただ今回は、私は民主には投票しませんが、同じように考えている人が、どれだけ19区にいるか、これで決まるでしょうね。
小泉さんのパフォーマンスとは言え、自民党を変えようとしている姿勢に、どれだけの人が賛同するのか、ちょっと楽しみににしているんです。

たぶん、末松さんの牙城は崩れない(相手は31歳の小僧?(笑))だろうと思うのですが、少しでも僅差になって、民主党に危機感を覚えて欲しいものだと思っていますので。


 

まあ、郵政民営化問題は賛否両論ありますが、それにしても、今回この私のブログにもトラックバックが4連発も貼られたように、郵政に関しては、純粋に反対する人以上に、郵政関係者の抵抗が激しい事が伺えます。
しかも、ネットをみていても分かりますが、異常な反対者は粘着っぽくて、同じ事を繰り返し、人を貶すような手法で来る。
まあ賛成者も、たまにそんな人はいますけど、やはり「自分の既得権益を奪われる」という危機感を持った人に比べれば、気迫というか何と言うか・・・当事者の鬼気迫るものには負けるものがありますからね。


 
 
でまあ、これほど抵抗があるわけですから、小泉さん以外に、誰が郵政民営化をここまで持って来れたのか、と言う話しですが、よく考えなくとも、んなの小泉さん以外、誰もいないでしょう。
北朝鮮に行って、蓮池さんや地村さんなど、拉致被害者、その家族を行動で取り返したのも小泉さん、他の誰もが出来なかった。

恐らく、道路公団民営化でも分かるように、自民党は利権政治で固まった政党で、何か1つ新しい改革をしようと思えば、根強い抵抗があり、改革自体がうまく行かなかったのが、私の嫌いな自民党の姿でした。
でも、道路族を斬り、小沢でさえ手玉に取られた野中を追い出し、橋本を辞めさせ、中曽根を引退させ、今回は亀井を追い出した、まさに小泉さん以外の誰が出来るのか。

結局、昔の自民も今の民主も、改革については「総論賛成、各論反対」の構図には変わらないんですな。
小泉自民党だけが、少しだけ改革という意味では、期待は出来る。


 

マスコミでは、無党派層が鍵を握ると聞きますが、「彼らは冷静に見て、何処に入れるか考えている、3日前にならなければ分からない」などと聞きますが・・・

私は、自分では自分の事を無党派層と思っております。(笑)
そりゃ、前回、前々回と民主に入れましたし、過去には社会、共産にまで入れた事がある。(笑)
歴とした無党派層なんですけど、でも、選挙が決まって公示される頃には、私は結構自分の入れたいと思う政党、政治家は、既に決まっていることが多いですけどね。

まあ、全く投票まで考えが変わらなかった、と言うわけではなく、悩んだ事ももちろんありましたけど。
特に今回など、政治に興味があれば、政策論点など早くから分かっていましたし、マニュフェストだって、政党公約は前回、前々回のを知っていれば、大まかな政党の考えは分かりますし、何より法案など提出したその中身を見れば、一目瞭然です。

今回ほど、明確ではっきりした選挙争点は無いのですが、無党派層の4割ぐらいがまだ決めかねているとか・・・
本当でしょうか?

まあ、失礼ですが、政治に興味がないウチのカミさんのような人達なら、ある程度分かります、公約が出されてから考えているような人は、確かに迷っているかも知れませんね。
でも、多くの人はある程度自分の考えを教えたくなくて、決まっているのに口では「まだ決めていません」などと答えているんじゃないのかな。


 
マスコミが、本当かどうか知りませんが、最近の調査では、自民人気が5ポイント程度下がり、民主が5ポイントぐらい上げている、などとよく報道しています。
特に、今日の報道ステーションでは、無党派層に限って言えば、自民より民主を応援する人が逆転したと、堂々と報道しておりました、本当かな。(笑)

まあ、マスコミは記事さえ捏造するのですから、完全にウソがばれない調査など、自分達の都合の良い結果に操作している事は、前々から言われていましたけど、今回の報道ステーションの結果には(特に無党派層では、自民より民主に人気がある)、眉にツバつけないと行けないような気がするな。(笑)
なんだか、政府批判により、何とか自民党に吹いている風を変えたくて、躍起になって自民火を消したがっているように見えるんだけどねぇ。


 
この記事でも読んで下され。

小泉首相集めた!1日で5万

ラストサンデー自民優勢証明
この日、小泉首相がまず向かったのは、自公選挙協力のモデル選挙区だった東京12区。無所属出馬の八代英太氏(68)らと激戦を繰り広げている“公明党のプリンス”太田昭宏氏(59)のもとに走った。

 「太田さんにはなんとしても当選してもらわなきゃ。公明党を背負って立つホープですから」と絶叫した首相。演説場所のJR赤羽駅東口は1万2000人(主催者発表)の人で埋め尽くされた。歩くのも困難な中、通行人が「警察がちゃんと仕切れよ」と叫び、警官と小競り合いを起こす場面もあった。

 そんな状況はどこ吹く風、大観衆を前に首相の舌は止まらない。「『もうそろそろ(演説を)やめて下さい』と言われちゃいました。太田さんが頑張っていたから、ついつい力が入っちゃう」と壇上でニヤリ。

 次に向かったのはJR池袋駅東口。東京10区から立候補の小池百合子環境相(53)の演説先だ。こちらでも約1万人の前で「さすが、環境は日本だけでなく世界の問題。世界で活躍しているのが小池さんです」とベタぼめ。“造反組”の急先ぽうで新党「日本」の小林興起代表代行(61)のもとに、首相自らが“女性刺客”として送り込んだのが小池氏。首相は「今回、政治の“環境”をよくしようとして、わざわざ東京で立候補してくれた」と評した。

 さらに、東京19区から立候補の松本洋平氏(32)が演説する西武新宿線田無駅にも降り立った小泉首相。松本氏に対し「地盤、看板、かばんもないこういう人は普通、選挙に出られない」と前置き。「(現在の自民党からは)おもしろい人がどんどん出ている。自民全体が『新党』みたいになっている」と自画自賛した。

 ひたすら郵政民営化のみを訴える首相だが、演説先の各駅前の道路、ロータリー、歩道橋は人、人、人で埋め尽くされた。この日計6か所での聴衆の数は5万人を超えた。他党党首の演説時とは聴衆の数の差は歴然。まさに自民党が圧勝した01年参院選時の“小泉フィーバー”の再来。その勢いは止まりそうにない。


Web Hochi(中村 智弘)

すごいですね、私も5万人の中の1人なんだけど(笑)

じゃ、もう一方の岡田党首の方は、何人集まったのかなと調べたのですが・・・
民主党が必死で隠したのか、休日の話は見あたらない。

でも、2日の金曜日の記事は見かけました。

民主岡田代表 横浜市内で演説

  民主党の岡田代表は2日、横浜市内の5カ所で、1~3、6、8区の同党候補の応援演説をした。約300人が集まった同市鶴見区のJR鶴見駅前では、小泉政権について「看板倒れの『改革』。しがらみだらけ、役人任せで中身は骨抜きだ」と批判した。

  演説では、年金改革と子育て支援に力を入れる考えを強調。「数百万もの人が無年金者になる社会、子育てがしたくてもできない社会が幸せか。大胆な歳費削減をして必要な分野に金をかけ『あのとき民主党に任せて良かった』と言われる政治を必ずやる」と訴えた。


asahi.com 2005年9月6日 更新

休日と平日の違いとは言え、方や1万人越えで、方や300人ですか・・・(笑)
でも、平日でも今日の岐阜には、相当な人が集まったようですし、同じ平日で8月31日にはこんな記事もみつけた。

小泉人気健在? 応援演説に2500人 大津

 小泉首相が8月31日、来県し、大津市の大津パルコ前で自民党公認候補の応援演説をした。約2500人(県警調べ)が詰めかけた。4区前職の陣営幹部は「郵政解散で国民の政治への関心は高まり、小泉人気も戻ってきた。この勢いに乗れれば」と期待を込めていた。

 各区の候補4人が次々とマイクを握った後、小泉首相が壇上に上がると、カメラ付きの携帯電話を構える人が続出。郵政民営化について、首相は「大事なサービスは公務員しかできないというのは、官尊民卑の考え方だ」などと話した。


asahi.com 2005年09月01日

平日でも2500人だってさ。
どのみち、完敗だなぁ・・・(笑)


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9 05, 2005

えっ!! 自衛隊の存在は違憲なので、教育では否定は当然?

某高校関係者さんから、自衛隊派遣の肯定=戦争肯定?(笑)について、非常に長いコメントを頂きました。
先の2つのコメントと違い、真剣に書かれており、また内容も非常に面白いので、ここに来てくださる方に読んでもらい、みなさん個人で、このコメントを判断してもらおうと思い、独立した記事にして載せました。

非常に長いので、全文はこの記事のコメント(上記リンク先)を参照して頂くとして、意見を書かれた2段目以降の文章を上げさせてもらいます。



 しかし、この教師は、採用時に教育委員会に、憲法や教育基本法を遵守して「民主的・平和的な国家社会の有意な形成者」を育成するという内容の誓約書を提出しているはずです。したがって、「戦争はいけない」を前提として授業をし、テストを作り、採点をしていたと思います。だから彼の「正義感」は、当然「戦争はいけない」ということだったと思ったのです。もっとも、これは彼の「思い込み」でも「主観」でもなく、憲法や教育基本法の基本理念なのです。そして教師は、これに基づいて授業をする義務があるのです。

 
もちろん、あなたも述べておられるように「戦争は良いことだ」と思っている生徒は一人もいなかったでしょう。またアメリカのイラク侵略が良いことだと思っている生徒も一人もいなかったでしょう。したがって、この教師が戦争やイラク侵略は良くないと教えても「教師自身の考えを独断で、生徒に教育し押し付けようとした」ことにはなりません。ただ自衛隊のイラク派遣については、おっしゃるとおり賛否両論があります。そして、あなたは「主観の問題」だといわれます。しかし、自衛隊が「戦力」であることは客観的事実です。つまり自衛隊の存在も派遣も客観的には憲法違反なのです。教師である以上、憲法違反を満点にはできないのは当然です。これは「個人の思い込みで勝手に指導する」というものではないのです。

 
また、この教師は自衛隊の派遣について出題しているのではないのです。「イラク戦争についてどう思うか」と出題しているのです。昨今、イラク戦争については多くの大学入試でも出題されています。また多くの教師が授業でとりあげています。なぜこの教師だけが問題になり全国紙で報道されたのでしょう。( あなたはこの事実に興味がありませんか?)おそらく多くの人は、この教師は日教組か共産党のバリバリの活動家であるとイメージされていると思います。ところが実際は定年間近で病弱なノンポリの爺さんでした。なぜ公明党はこんな教師をターゲットにしたのでしょう。なぜ日教組か共産党のバリバリの活動家をターゲットにしなかったのでしょう。ここに公明党のお家の事情があったようです。

 
それは、これを取り上げた公明党がイラクへの自衛隊派遣に自ら手を染めていたからです。そして、かくもヒステリックに取り上げられたのは、かつて平和と福祉を標榜していた彼らが後ろめたさを感じていたからだと思います。事実、創価学会の内部からの突き上げもあったようです。それが教育への介入を引き起こしたのでしょう。しかし相手が日教組や共産党ではバックが大きすぎます。それこそ血みどろの全面戦争になりかねません。そこでバックのないノンポリ爺さんを血祭りにあげて見せしめにする必要があったのでしょう。それにしても、創価学会青年部の生徒達がこの教師をつるし上げている様は、ヒトラー・ユーゲントか紅衛兵を思わせるおぞましいものだったそうです。

 
ところで、あなたは平和主義とファシズムを並列に考えて、「『個人の思い込みで勝手に指導する』という意味において同じ」であると述べておられます。常識で考えれば「バカかお前は」ということになりますが、それを承知であえてこのように発言された勇気に敬意を表したいと思います。そこで私もあなたの言葉尻をとらえるのではなく、あなたの言葉の根底にあるお気持ちに共感する努力をしたいと思います。

 
もしかしたら、あなたは、歴史上のさまざまな事件がしばしば「思い込み」すなわち正義感から行われたこと、そしてそれは善意であるがゆえにブレーキがかかりにくく多くの悲劇を引き起こしたことを指摘しておられるのではないでしょうか。古くは中世の魔女狩り、近くは太平洋戦争です。これはアジアの解放という正義感で始められ、何千万人という人びととが殺されました。正義感や善意とは恐ろしいものです。これのために歴史上多くの人が殺されています。

 
今回のアメリカのイラク侵攻も、テロを無くして平和を実現するという善意によって引き起こされました。そのために罪のない人たちが大勢殺されているのです。そして日本も「復興援助」のためという善意で自衛隊を送っています。そのために香田さんも橋田さんも殺され、基地にロケット弾が打ち込まれ、サマワでは反日デモが起こっています。

 
それを思うと、今こそ私たちは主観的な「正義」や「善意」を総点検し、事実を「ありのまま」に見つめ直す努力をしなければなりません。私なりにその努力をした時、私はやっぱり、イラク戦争は間違っていると直感します。自衛隊のイラク派遣についても、「アメリカの戦略の一翼を担っているから侵略である」などという論理はさておき、「復興支援」という言葉そのものに欺瞞を感じます。また国家財政の窮迫にもかかわらず防衛費だけが増えていくことにも危険を感じます。あなたの論理によると防衛費の増大と軍国主義の復活は「違う次元の話」ということになるかもしれませんが、やはり不安を感じます。

 
哲学などで、よく「知的直観」という言葉が使われます。複雑怪奇で流動的な現実の世界は、とても固定した言葉を組み立てた論理では解明し尽くせません。たとえば民主主義の根底にある「人の命は尊いものである」という事実は論理的に証明できるものではありません。しかし、あなたも私も容易に直観できます。お互いに、立場の違いや行きがかりにこだわらないで直観を働かせば、イラク戦争がどういうものであるか、自衛隊の派遣がどういうものか分かるはずです。そして、あなたのお感じになっていることも、私が感じていることも、本音のところではおそらく一致していると思います。いかがでしょうか。

 
以上、長くなってしまいましたが悪しからず。また、私の考えをあなたに押し付けることになったらお許しください。また軍事力の是非については別の機会にお話したいと思います。


名前: 某高校関係者 | 2005年9月 4日 午後 09時50分

断って置きますが、もちろん私は教師ではありません。
憲法や教育基本法を遵守した誓約書を、教育委員会に提出する事の知識程度は、ニュースなどで聞いて知っておりますが、実際において、教師が現場でどの程度、個人の教育理念と、文部省の教育方針のギャップを埋めて、努力して教育現場に立っておられるか、その辺は、想像するしか出来ないレベルです。

それを踏まえて上で、マスコミの報道を鵜呑みにして、ただ一方通行での情報で、特定の教師を批判する無礼は、ある程度ご容赦頂くしかありません、まさか事実関係を全て知らなければ、批評など出来ないわけでもありませんしね。


そこで、今回の記事を整理したいと思うのですが、大雑把にまとめれば、記事の内容は以下の感じになると考えて良いと思います。

(1)日本史の中間試験で、「イラク戦争についてどう思うか」と問う記述問題を出題した
(2)イラクへの自衛隊派遣に肯定的な解答は0点とし、否定的な解答は5点として、生徒の生活態度などを評価する平常点に配点していた
(3)愛知県教育委員会は「不適切な設問だ」と指導した
(4)「模範解答」として「他国に軍隊を送るのはいけない」「自衛隊派遣に反対」などと記載した
(5)「自衛隊が違憲なら憲法を変えればいい」「自衛隊はイラク人のために良いことをしている」などの解答例は「低俗」と指摘していた。

こんな感じですよね。



だから彼の「正義感」は、当然「戦争はいけない」ということだったと思ったのです。もっとも、これは彼の「思い込み」でも「主観」でもなく、憲法や教育基本法の基本理念なのです。そして教師は、これに基づいて授業をする義務があるのです。

私は、先ほども言ったように、教師では無いので教育委員会の指導内容など知りませんが、「戦争はいけない」と教える事は否定はしないつもりだったが、戦争はいけないと教えることは、即ち世界で発生する戦争全てを、単純に「いけないこと」だと拒絶反応を示せば良い、教育とは単に戦争=ダメと言う結果だけ教える事を指すのであれば、それは教育ではなく、単なる洗脳になるのではないか、そう感じざるを得ませんね。

戦争は何故ダメなのか、これを教育現場では総合的に教えるものだと、私は勝手に思っていました。

そもそも、戦争は何故起きるのか? 戦争が起きるとどうなるのか? 戦争は国際社会に何を意味するのか? この戦争の歴史的な意味や存在はどうなのか? いろんな方面から考える事はあるでしょう。
これら全ての、客観的な資料に基づいて、事実関係から考察し、生徒自身に答えを考えさせて、その結果「戦争はいけない事なんだ」と理解させるのが教育だと思っていました。

例えば、基本的には、自爆テロはいけない事だが、自爆テロを起こす側にもその理由があるはず。
それを一切理解せずして「テロ(戦争)はいけない」、だから自爆テロ(イラク戦争)に対するキミの考察は0点だ、とするのが教育だ、と言い切ってしまうのであれば、それは驚くしかない。


生徒に「どう思うか」という考察させる問題を出させるのは、教育上重要な意義があると理解する。
しかし、試験問題において「イラク戦争」について問う事も疑問だが、その考察内容を無視して、一方的に生徒の成績表に差を付ける事が、教育現場の義務だと仰るのであれば、我々一般人の感覚からすれば、そんな教育は間違っている、と指摘するしかないですね。

 


この教師が戦争やイラク侵略は良くないと教えても「教師自身の考えを独断で、生徒に教育し押し付けようとした」ことにはなりません。

ですから、この教師は教えていないでしょ?
試験問題で、個人の意見を考察させる問題を出しながら、採点には偏りがあったわけですから。
しかもそれは、県教育委員会も認めて指導している事から、事実でしょう。

「イラク戦争」は、貴方自身も賛否両論あると書いてあるじゃないですか、どうして片方の意見を出したものには0点で、片方の意見には点を付ける行為が、「押しつけでない」と言い切れるのでしょうか、自分でおかしいと思いませんか?


 


しかし、自衛隊が「戦力」であることは客観的事実です。つまり自衛隊の存在も派遣も客観的には憲法違反なのです。教師である以上、憲法違反を満点にはできないのは当然です。これは「個人の思い込みで勝手に指導する」というものではないのです。

だから、これこそ主観でしょ?
自衛隊の存在は憲法違反だと言うが、最高裁で判決でも出たのでしょうか?
政府の立場で、違憲だと認めたのでしょうか? 私は政府が自衛隊の存在を違憲だと認めた事を聞いたことがないのですが?

誤解無きようにお願いしますが、私も、自衛隊の存在は立派な「軍隊」だと思っていますよ、でも、自衛のための戦力はこれを認める学者も多く、簡単に「憲法違反と言う考えは客観的な事実だ」と言えないはずです。
もしそれを本気で言っているなら、あなたは何処の国の高校関係者なんでしょうか?

本当に、文部省、教育委員会は、自衛隊の存在は憲法違反なので、自衛隊を肯定すれば減点も当然だという教育方針なのでしょうか?
私は、文部省など嫌いですが、さすがにそこまで文部省が腐っているとは思えませんね、教師個人の勝手な都合の良い思い込みに過ぎないでしょうか、もし本当にそのような指導があるなら、資料を教えて頂きたいものです。


 
まあ、その「自衛隊は憲法違反だから満点に出来ないのは、個人の勝手ではなく教育理念なんだ」と正当化するその姿勢こそ、現代の教育現場に蔓延する思想に、ゾッとする思いです。


 


イラク戦争については多くの大学入試でも出題されています。また多くの教師が授業でとりあげています。なぜこの教師だけが問題になり全国紙で報道されたのでしょう。

某高校関係者さんは、この問題の教師に詳しいようなので、弁解したい事も多いのでしょうが、一般市民にとって報道で知らされた内容からすれば、イラク戦争を取り上げた事が問題になったとは到底見えません。

入試問題で、ある大学は内容にかかわらず、「自衛隊に対して肯定する意見を書けば0点だ」という事実があれば、それそこの教師レベルの問題でなく、大騒ぎになっているでしょうな。
ではどうして大騒ぎにならないのでしょうか?
もし、あなたが大学関係者とも交流があり、入試問題でも自衛隊を肯定すれば0点なんだ、と言う事実を知っていれば、どうぞリークしてあげてください、少なくとも、この高校教師の問題は無くなるでしょうから。


 


この教師は日教組か共産党のバリバリの活動家であるとイメージされていると思います。
公明党はこんな教師をターゲットにしたのでしょう

すまんが、この教師が変質的な日教組だろうが、バリバリの共産主義者だろうが興味は無いです。
この記事が全てであり、先ほども言ったが、教育現場では同様の行為が当然の如く行われているのでれば、どうぞ告発して下され。
この問題など、一気に吹き飛ぶでしょう。


 


あなたは平和主義とファシズムを並列に考えて、

前回も書いたが、平和主義者とファシズムを並列に考えるのを笑っているようだが、その姿勢が自身を危うい考えに導いている、そうは考えたことは無いのかい?
あなたは、平和主義と書いてあるが、自衛隊そのものを肯定しないのであれば、絶対平和主義に近いと思うが、私にしてみれば、全体主義のファシズムも、無抵抗主義の絶対平和も、どっちもどっちで、本気で主張されたら迷惑な存在なんだけどね。
あなたに勇気を褒められても、ちっとも嬉しくないな。(笑)


 


もしかしたら、あなたは、歴史上のさまざまな事件がしばしば「思い込み」すなわち正義感から行われたこと、そしてそれは善意であるがゆえにブレーキがかかりにくく多くの悲劇を引き起こしたことを指摘しておられるのではないでしょうか。

もちろん、それもあるよ。
改めて言うまでもないけど、戦争そのものに正義など無いと言うのは正しいと思うが、戦争に参加する人間の正義は、それぞれに存在するものと理解しているからね。


 


  今回のアメリカのイラク侵攻も、テロを無くして平和を実現するという善意によって引き起こされました。そのために罪のない人たちが大勢殺されているのです。そして日本も「復興援助」のためという善意で自衛隊を送っています。そのために香田さんも橋田さんも殺され、基地にロケット弾が打ち込まれ、サマワでは反日デモが起こっています。

だから、戦争そのものに正義などあるわけないのは理解しています。
でも、イラクがクエートに侵略したのも、アルカイダが9.11テロを引き起こしたのも、いやいや、世界で繰り広げられている戦争、紛争全て、正義などありはしないが、参加する国、個人レベルでは、相手に理不尽ながらもそこに正義が存在する、私はそう考えています。
だから、どっちが正しいとか、間違っているとか、私はそんな無責任な批判などしたくない、ってのが正直な気持ちですね。


イラク侵攻は、結果的にフセインの圧政からイラク国民を開放しました。
これはあくまでも1面から見た、客観的な事実ですな、そこには正しいとか間違っているとか存在しないと考えます。
日本は、自衛隊派遣も、そりゃある側面から見れば「アメリカ追従」「侵略加担」と見ることは出来ますが、また違った側面で見れば「イラク(サマワ)市民への支援」であり、日本は武力は使えないけど、自衛隊が滞在するおかげで、他国の軍が治安も担当する面もあるわけで、1つだけを否定することなど出来ないはずです。

あなたが、自衛隊にどのような感情を持っていようが、自衛隊に対し、反感を持つ人々、好意を持つ人々、期待をする人々、いろんな人が存在し、それを総合的に判断した結果、いろんな賛否両論の意見が飛び交うわけで、あらゆる角度から歴史や物事は見るべき、そう言う考えです。


 


あなたの論理によると防衛費の増大と軍国主義の復活は「違う次元の話」ということになるかもしれませんが、やはり不安を感じます。

「あなたの論理」でなくとも、一般的に別次元の話でしょう。(笑)
防衛費の増大=軍国主義となるなら、中国など当然軍国主義になるのででしょうからね。

そもそも、何に不安なのでしょうか?
私は、現在の自衛隊の防衛費、運用、法律、全てに不安を感じていますが、違う意味の不安なのでしょうね。(笑)

まあ、自衛とは相対的な面を含んでいるのは言うまでもありませんが、日本の国防費は先進国の中でもGDPに対する割合は最低ですし、一人当たりの国防費も低ければ、防衛費の延びだって微々たる物ですが、ご存じのように最近は削減されてきております。
さらに、日本を取り巻く状況は厳しく、中国の防衛費の増加は脅威であり、中国、北朝鮮は徴兵制であり、中国は共産党独裁国家であり、北朝鮮は独裁国家で、日本と違って民主主義的な理屈など通じない国が傍にあって、軍備を益々増大させていますからね。
しかも恐ろしいのは、両国の仮想敵国に日本が入っている事ですな、日本はこれらの情勢から、国防を考える上でこれ以上の防衛費は難しいのであれば、アメリカを頼って親密な関係を結ぶしか無いわけですし、その方面での不安なら理解出来るのですが。(笑)


 


あなたのお感じになっていることも、私が感じていることも、本音のところではおそらく一致していると思います。いかがでしょうか。

もちろん否定はしません、最終的な目標はそんなに遠くないと思います、単にその過程が違うだけで。
ただ、目指す山は同じ方向でも、通る登山道が違えば、谷底に落ちたり、獣に襲われたり、天候が悪化して動けなくなったり、違いはいろいろと大きいとは思いますが、どちらの道がどの登山道なのかは、さすがに私も分かりませんね。


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9 02, 2005

自衛隊派遣の肯定=戦争肯定?(笑)

少し古い記事なんですが、6月25日に書いた、テストで自衛隊派遣に賛成だと「低俗」で0点、と言う私の記事に、コメントを頂きました。

例によって、長文になったので、こちらで返事を書かせてもらいます。

イラクへの自衛隊派遣に賛成だと0点

愛知県の県立高校が5月に実施した高校3年生の日本史の中間試験で、担当の男性教諭が「イラク戦争についてどう思うか」と問う記述問題を出題し、イラクへの自衛隊派遣に肯定的な解答は0点とし、否定的な解答は5点として、生徒の生活態度などを評価する平常点に配点していたことが25日、分かった。

 愛知県教育委員会は「さまざまな考えを持つ生徒や保護者への配慮を欠いた不適切な設問だ」として、配点を無効にするよう学校側に指示した。

 県教委によると、教諭は自分が担当する2クラスの生徒約80人を対象に、試験にイラク戦争についての意見を問う問題を追加。試験後に生徒に配布した解答例には「模範解答」として「他国に軍隊を送るのはいけない」「自衛隊派遣に反対」などと記載した。

 一方「自衛隊が違憲なら憲法を変えればいい」「自衛隊はイラク人のために良いことをしている」などの解答例は「低俗」と指摘していた。


ZAKZAK 2004/06/25

元記事はこれです、今ではZAKZAKの記事リンクは当然ながら切れています。(笑)
そして、コメントを頂いたのですが、恐らく、コメント内容から察するに、私が他の人に書いたコメントも気に入らなかったようで、そちらの内容を指摘しておりますので、両方あげておきます。


6月29日に、djibril さん宛に私が書いたコメント。

djibril さん、こんにちは、コメントありがとうございます。

あんな事(ダブルスタンダード批判)を書いておきながら、今更こう書くのも気が引けるのですが(笑)、人間は誰しも「自分に甘い」部分はあり、これは小さい子供はもちろんですが、年配になっても意外に無くなっていないものだと、私は思っています。

「自分に甘い」部分が、要はダブルスタンダードの最大の原因なのですが、ただこれは、普通は自分では気づかない部分も多いのですが、指摘されれば、以後は気をつける、修正しようとするのが、普通かなと思うわけです。


ただし、世の中には明らかに「そりゃおかしいだろ」と言うものまでありますが、さらに輪をかけておかしいのは、自分の正義に酔うとでも言いましょうか、理屈をつけて自分のことは、無理やりに区別して棚に上げて、正義を振り回して他人に押し付ける人がいますが、これが一番厄介だと思っています。

今回のケースでも、教師は自分では真剣に、「子供達に正しい道を教えなければ」と言う正義感を持って、接したのかも知れませんが、周囲から見れば、少し怖いですね。
これを認めると、ファシズムさえも肯定せねばならず、冷静になって欲しいなと感じるケースですよね。


9月1日に某高校関係者さんから頂いたコメントで、今回の私のレスは、このコメントに対して書いております。

 ところで、「戦争はいけない」と教えることがどうして「ファシズム」を肯定することになるのでしょう。論理の飛躍を超えて、そこには詭弁があるように感じます。「冷静」の名のもとに、罪もない人たちが大国の野望のために殺されていくのを黙視することこそ、一種の犯罪ではないでしょうか。 ごめん! ちょっと言い方きつかったね。


冷たい言い方をすれば、少しツッコミどころが満載で、どこから行こうか戸惑います。(笑)


>>ちょっと言い方きつかったね

全然大丈夫っす、と言うか、もうちょっとよく人の意見を読みましょう、話はそれからッス。


 
>>「戦争はいけない」と教えることがどうして「ファシズム」を肯定することになるのでしょう

すみませんが、元記事のどこに、この教師が「戦争はいけない」と教えていた、と書いてあるのでしょうか、教えてくれませんか?
この教師は、「イラクの自衛隊派遣」に対して、肯定的な意見は受け付けず、否定的な意見を採用した、と言う話しだったと記憶しているのですが。

いつからイラクの自衛隊派遣に否定的=戦争はいけない、と言う関係になったんでしょ。
もしかすれば、その反対である、イラクの自衛隊派遣に肯定的=戦争は良い、こんなコトを言いたいのでしょうか?(笑)
少なくとも、今回の記事から伺えることは、誰も「戦争はいけない」と言う論点で問題に取り上げられたわけではない、って事ですね。


あと誰も、「戦争はいけない」と教える事が「ファシズム」を肯定するなど言っておりません。
よく人の意見は読みましょう、某高校関係者さんが「イラクの自衛隊派遣に否定的=戦争はいけない」と個人で思い込むのは勝手ですが、その個人の思い込みで、コメントを書かれても困ります。(笑)
イラクの自衛隊派遣には肯定的でも、戦争はいけないと言っている人は、この世にもゴマンといらっしゃいますよ。

私が言いたかった事は、学校の教師自身の主張の内容ではなく、教師自身の考えを独断で、生徒に教育して押しつけようとした、その姿勢、考えに問題がある、と言いたかっただけです。
イラクの自衛隊派遣に関しては、賛否両論はあるし、個人の主観で「ダメだ」というのはもちろん自由ですよ。
ですから、この教師が自分がイラクへの自衛隊派遣に否定的な考えでも、何ら問題ありません、こんな事は当たり前です。

しかし、イラクへの自衛隊派遣の賛否は、はっきり言えば主観の問題です。
いくら自分が、自衛隊派遣を否定する事が正しいと思い込んでいても、生徒に教えなければと個人が勝手に思い込んでいたとしても、それを実際に指導してしまう事がおかしいと言っているのです、これも当たり前でしょ?

自分の考えや信念に基づいて、正しいと思うことを、個人の勝手な判断で教育しても良いとなれば、それなら、熱烈なファシズム志望の教師がいて、この教師が「ファシズムこそ子供達の未来のためだ」と狂人的な思い込みを持って指導されても、否定出来ないでしょ?

これが理解できますか?
よく、反戦、平和主義と、恐ろしいファシズムを並列に考えることこそおかしい、なんて言う人もいます。(笑)

どちらも、「個人の思い込みで勝手に指導する」という意味において同じなのに、そこが理解できず、だれも、主張の内容を吟味して評していないのに、内容が違うだろ、俺たちは特別だと思い込んでいるのでしょうか。

私が、ファシズムさえも肯定しなければならない、と言った趣旨が理解して頂けたでしょうか?
当たり前の事で、そんなに難しい話では無いと思うのですがね。
ここまで書いてなお、これが論理の飛躍を越えて詭弁だとお思いなら、お手上げです。(笑)


 

あと、「戦争はいけない」って強調されておられますが、それは誰もが思っていることでしょ?
この世で、どれだけの人が、はっきりと「戦争は良いことだ」と言ったのでしょうね。
前後の文脈を無視さえしなければ、そんな事言っているヤツは、ほとんどいないでしょ。

自衛隊派遣や、自衛隊の存在そのものが、認める人は、戦争を肯定しているんだ、と考えるまで思考が飛躍している人も多いですよね。
これってどうなんでしょうね。
否定する事は、即ち持たざる事だと直結する思想は、一種の宗教っぽく感じるんですよね。
現実的には、軍事力だけでなく、否定はするが持たざるを得ない、ってものもこの世にはかなりあると思うんだけどね。


>>罪もない人たちが大国の野望のために殺されていくのを黙視する

もちろん、貴方個人の考えは尊重するよ。
でも、イラクの自衛隊派遣が、罪もない人達が大国の・・・になるのか、私は理解出来ない、ってのが本音ですね。
自衛隊が、誰か殺しに出掛けたのでしょうかね? 彼らは戦争に行ったんだっけ?

何度も言いますが、戦争に反対、戦争はいけないと叫ぶことと、自衛隊という軍隊を持つこと、イラクに派遣をする事、これは全て違う次元の話しで、混同して語るから話がややこしくなるのです。

個人的には、「言い方きつかったね」と心配されるよりは、もう少しいろんな事を考えて欲しいかなと、ってこっちの方がキツイか(笑)



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