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9月 18, 2005

1. 自衛隊の違憲性について

ではあとは、1番から順番に行きましょうか。

1. 自衛隊の違憲性について

あなたは最高裁で判決が出ていないことや、政府が認めていないことを理由に、自衛隊が違憲であることを受け入れようとされません。

しかし、よく考えてください。
政府は「全体の奉仕者」であり、裁判所は「憲法の番人」なのです。
そして、私たち国民は「主権者」なのです。
どうして主人が、ごまかしやサボタージュを続けている「召使い」の決定に従わなければならないのですか。
これでは童話の「裸の王様」じゃないですか。
あなたも自衛隊は「戦力」であることは認めておられます。
そのうえで憲法第9条2項の「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」を素直に読んでみましょう。
ねっ、王様は裸でしょう。みーんな本当のことは分かっているんですよ。
ですからもはや不毛な議論に時間を費やすことなく、自衛隊は違憲であることを認めた上で、ではいかにして祖国の平和と安全を確保するかを考えようではありませんか。


名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


はは、私から見れば、よく考えなよ、と言いたいのはこっちになりまなぁ。(笑) まぁ立場が違うからね、出発点が違うから仕方がないけど。

ところで、すまんが、違憲かどうか判断するのは、日本では誰なの? まさか、国民が個人で勝手に判断するの?
国民が主権者である事は、もちろん否定しません、しかし憲法違反かどうかは、最高裁で決定するわけでしょ、そのための違憲審査でしょ?
主権者だからと、個人が独断で進めることが出来るとは、それはスゴイ話ですな、裁判所などいりませんな、三権分立も必要ないですな。(笑)


 

まず、私が最高裁の判決が出ていない事を持ち出したのは、三権分立において司法がきちんと自衛隊の存在を違憲だと判断したのかどうか。
違憲だと判断をしたのであれば、賛否両論あろうとも、日本国はその裁定に従う義務が国民に対してあるはずです。
反面、最高裁が違憲判断を下していないと言うことは、事実として「違憲」ではないと言う事です。

この辺りが、非常におかしい。
国民が個人で判断するのは自由ですが、それはあくまでも主観にしか過ぎません。
しかし、それは客観的事実とは決して言いません、それこそ個人レベルで「そんなのまやかしだ、だから違憲は当然だ」など各々が勝手な事を言っていれば、国は収拾付かない事ぐらい、小学生にも分かる理屈じゃないでしょうか。


そして次に、政府を持ち出したのは、あくまでも自衛隊は日本国に属する組織で、政府が「違憲」の組織と認めていない以上は、政府が取っている立場が「事実」となるはずです。

確かにこれまた、政府は「全体の奉仕者」に異論はありませんが、単純奉仕者、一部の者だけの奉仕者ではあってはならないと考えます。
政府は国民全員に対して、国民の生命や財産を守る責任と義務を負う奉仕者であるはずです。


 


あなたも自衛隊は「戦力」であることは認めておられます。
そのうえで憲法第9条2項の「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」を素直に読んでみましょう。

憲法9条を素直に読むと、確かに戦力は持たないと書かれています。
しかし、ご存じの上で、わざと茶化しているのでしょうが、この戦力の意味は何なのか、これが重要なのでしょう?

学者同士の間でも学説が多数あり、一本化されておらず、絶対的な解釈は未だに出来ておりません。
某高校関係者さんが言ったように、単純に素直に呼んで「戦力」だから持ってはいけない、等という単純な話では解決しません。


 
この戦力とは「警察力を越える」という判断と「自衛のための最小限必要な実力を越える」の2つの判断が、私は中心になると思います。
つまり、憲法9条2項には「陸海空その他の戦力は、これを保持しない」と書いてあるが、最低限のものは持っても良いと言う解釈が一般的ではないでしょうか?

そして政府の、必要最小限についての見解は、後者の「自衛のための最小限必要な実力」だと言う認識、立場である、と言う事だけです。

某高校関係者さんが仰るように、素直に読めば戦力そのものを否定すれば、それは自衛のために、警察程度でさえも持てない結果になりますな。(笑)

私が、自衛隊は「戦力」だと書かずに、「軍隊」だと書いたのは、警察力を越える戦力を持っているとは思う、と言う事を述べただけです。

そして何度も言いますが、数多くある学説、意見が集約されないままある中、現時点での判断として、最高裁で違憲だと判断されていない、また、警察力を越える戦力でも、政府の立場が「国を守るための必要最小限の戦力」だという立場である以上、単純に違憲だとは言えない、これが私の主張です。
これが、客観的な事実に一番近いかなと思うわけです。

 
 
だから、多く人が議論しているのは、その最低限レベルとはどこにあるのか、と言う問題であって、素直に読めとか、そんなレベルでは憲法9条問題など語れません。
裸の王様という言葉は、面白く分かりやすいのかも知れませんが、あまりにも短絡的な物事のとらえ方で、例え話の持ち出しとしては全く的を射ていないと思いますよ。


 


ですからもはや不毛な議論に時間を費やすことなく、自衛隊は違憲であることを認めた上で、ではいかにして祖国の平和と安全を確保するかを考えようではありませんか。

不毛な議論に時間を費やす事の無駄、大いに同感です。
また、祖国の平和と安全を確保するか考えることは大賛成です。

ですが、その平和を考える上で、違憲かどうかは必要条件だとは私は思えません。
むしろ、違憲だと拘って、無駄な論議に時間を費やして、平和に対する話し合いを遠回しにしているのは、どう見ても自衛隊が違憲だと叫ぶ人達だと思うんですけどねぇ。
本当に、平和について論議したいのであれば、自衛隊など違憲かどうかではなく、まず自衛隊の存在そのものが必要か、不要なのか。
不要なら、どのような手段で平和を構築すべきなのか、コチラの方が大事だと思うんですけどね。
なんだか、自衛隊は違憲だと認めなければ、先に進まないような行印象があるんですけど。(笑)


 

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