« 2.日本の平和と安全の確保 | トップページ | 4.軍国主義の本質 »

9月 19, 2005

3.自衛隊の発展的解消

では、前回の続きから行きます。
某高校関係者さんの文章を読んで、あまり深く考えずに、脊髄反射的に書いてあるところもありますので(笑)、おかしい箇所があったら、遠慮無く突っ込んでください。
あと、言葉遣いなどは、無礼な表現になっている箇所もあるかと思います、ご容赦下さい。

3.自衛隊の発展的解消

そこで自衛隊をどうするかという問題が出てきます。
私は、自衛隊を警察予備隊と災害救助隊と海外援助隊に3分割することを提案します。
そして、それぞれ警察庁・国土交通省・外務省の管轄にします。そうすれば違憲ではなくなります。
同時に一層の効率化がはかれます。
「自衛団」の案とともに、これを「防衛の分割民営化」として小泉構造改革の一環としていただきたいものです。

そもそも軍隊というものは、その組織や装備から見て侵略には役立つかもしれませんが、防衛にはほとんど役立たないものです。
日本軍が満州や沖縄の住民を護れたでしょうか。
フセインの軍隊がイラクを護れたでしょうか。
アメリカ軍がハリケーンから住民を護れたでしょうか。
護る意思も能力もありませんでした。
軍隊とはそういうものなのです。
だから憲法は軍隊を否定しているのです。
どうか軍隊への幻想を断ち切ってください。


私の知り合いがスナックを経営していました。
酔っ払いが暴れるからといって暴力団にミカジメ料を払って用心棒になってもらいました。
しかし結局、彼は暴力団に食い物にされてしまいました。
軍隊に税金を払って護ってもらおう考える国民はやがて軍国主義の食い物にされてしまいます。
だいたいお金を出して護ってもらおうという考えは虫が良すぎます.自分の店は自分で体を張って護るしかないのです。
同様に、主権者である国民は、自ら体を張って汗と血と涙を流し、自らの国を護るしかないのです。
つまり、私たちの平和と安全は、私たち自らの「自由獲得の努力の成果」(弟97条)なのです。
だから憲法は、「不断の努力」(第12条)と「幾多の試練に耐え」(第97条)ることによって、国民は自らと自らの権利を護ることを説いているのです。

しかし、アマチュアの自衛団がプロの侵略軍に勝てるのかという不安があると思います.大丈夫です。
古代ギリシャの市民は5倍もあるペルシアの大軍をマラトンで破っています.寄せ集めの八路軍は近代装備の関東軍に勝っています。
ベトコンはアメリカ軍に勝ちました。
やがてイラクの民衆もアメリカ軍や自衛隊をイラクから追い出すでしょう。
これは歴史の必然です。だから憲法は第9条で軍備を否定し、第12条で国民の自由・権利の保持責任を明記しているのです。

名前: 某高校関係者 | 2005年9月17日 午後 01時33分


ごめんなさい、全くこの思考には付いて行けそうもありません。(^_^;)>
考え方が、私と某高校関係者さんとは、根本的に違うようなのです、この辺りは平行線でしょうな。

まず、自衛隊を3分割する話は、それはそれで個人のお考えとして、理解はします。
ただ、3分割する意味と、1組織の中で3つの活動を行うのは、どう違うのだろうか、と言う疑問はありますけどね。
1つの組織からの命令系統は、まあある程度合理的かつ速やかに流れていきますが、組織を分けると、縦割り組織の弊害を如何になくすか、と言う面倒な措置も必要になるデメリットはあります。

さらに、組織を分けると言うことは、コスト面でも、割高になりますよね。
例えば、1つの組織なら、1つの装備にメンテナンス、要員などまとめて出来ますが、分けるという事は、それだけ独立した装備、場所、要員などが必要になるので、合理的な構成が出来るのか疑問視されますね。

こういった、諸々のデメリットに対して、如何にメリットの方が大きいか、明確な必要性が無ければ、自衛隊の3分割という意見も面白いのですが、ただそれも絵に描いた餅で終わってしまう気がします。

また、3つに分割すれば違憲ではなくなる、と言う表現もありましたが、3つに分けるからではなく、軍隊ではなく警察予備隊とか言う、警察力と同程度の戦力を保持する程度に抑えるから、違憲ではなくなる、そう主張されているんですよね?。
ならば、3つに分ける理由に、違憲性の有無は関係ないですよね。


 

そもそも軍隊というものは、その組織や装備から見て侵略には役立つかもしれませんが、防衛にはほとんど役立たないものです

う~む、何と言ったら良いものやら・・・

防衛って、相対的な関係があるものなんすよ。
例えば、家族が暴漢に襲われた時、相手がナイフを持っていたとする、こちらが素手なら、家族を守る方も厳しいですな。
ところが、こっちが鉄砲を持っていたとする、するとナイフしか持っていない暴漢は、普通は襲いかかって来ませんね。
もっとも、相手がマシンガンを持ってくれば、こちらが鉄砲では、家族は守れない・・・

また、マシンガンを持っていても、不意にすれ違いざまにナイフで刺される事を防ぐのは、これまた不可能。
どんな装備を持っていても、全てをカバー出来るわけではない・・・当たり前の事ですな。


つまり、某高校関係者さんも同じ事を仰りたいのだと思いますが、「軍隊が防衛には役に立たない」という表現は正しくなく、軍備、装備は際限がなく、専守防衛には限度があるし、完璧ではあり得ない、と言う事でしょうな。
ここで重要なのは、あくまでも「限度があり、完璧ではない」という意味で、無駄という点ではない事に、特に某高校関係者さんは注目して欲しいですね、普通の人は言わなくても分かることなんだけど。


 


日本軍が満州や沖縄の住民を護れたでしょうか。

フセインの軍隊がイラクを護れたでしょうか。

そこで、この話しに繋がるんだけど、この陳腐なレトリックは、真面目に議論するつもりで書かれたのでしょうか?

それじゃ何?
国、国家を守るのは誰かと言えば、政府ですよね。
でも、政府が沖縄や満州を守れましたか?
フセインもイラクを守れなかった、だから政府は必要ないですよね・・・
このように、軍隊が必要ないと言った答えを導き出したように、典型的な三段論法を使えば、スゴイ結論が簡単に出ますね(笑)


 

某高校関係者さんも、気づいておられるとは思うのですが、少し議論に熱中して忘れてしまったのかも知れませんが、国防は、軍隊だけで行うものではありません。
現代どころか、中国の春秋戦国時代から、軍隊だけで国を維持した、また、軍隊だけで他国を侵略した、等という話はほとんど聞いたことがありません。

戦争とは、外交手段の最終的な形態の1つである、と言われる所以はここにあります。


古今東西、大きな国が小さな国を攻め滅ぼすのでさえ、権謀術数を駆使して当事国を弱体化させ、外交によって孤立化を計り、恫喝や柔和を繰り返し、内部崩壊を誘い、そして最終的に相手を滅ぼすものです。

日本の戦国時代でも、武田信玄が上洛戦を織田信長に仕掛けたとき、敵対国上杉家には、同盟国北条氏と本願寺勢力に上杉家の抑えを頼み、浅井、朝倉に信長を武田軍だけに戦力を割けないように指示し、京では将軍義昭に約束し、信長の味方だった松永久秀には裏切りを勧誘し、また信長領内においては一向一揆を扇動して、まさに八方塞がりの状態にして、織田・徳川領に侵攻していったのです。
当時の武田騎馬隊は日本一と言われたほどの戦力、軍隊を持っており、あの徳川家康なども木っ端みじんに粉砕されてしまいましたが、そんな軍事力を持ってしても、国に攻め込むときは、あらゆる手段を講じたものです、これが当たり前ですね。


反対に言い換えれば、守る方も、軍隊だけがあっても意味がありません。
国内においては、軍備を整理し、盤石な体制を整えるのと同時に、政治基盤をしっかりと築き、国民の意思を統一し、国外においては友好国を作り、国際社会では貢献と実績を持ち信頼を築くなど、あらゆる方策が必要なのは言うまでもありません。
何度も言いますが、軍隊だけがあっても国は守れませんが、軍隊、国家、国民、指導者、全て揃って、初めて国防は意味をなすのです、1つが欠けても、国防は難しいものなんです。


 

さて、ここまで言えば分かってくれるでしょうか?
敗戦したとしても、それは軍隊が役に立たなかった、と言う事例、証拠には何ら成り得ません。
それは単なる戦略において、後手に回り、軍隊を無力化されたからに過ぎません。
長い人間の歴史において、戦いによって築かれてきた歴史には、軍隊とそして国家の戦いは、本当に多くの事を後世に残し、教えてくれているはずです、それをどのように学んだのでしょうか?

まさに、高校生ともなれば、歴史を学習するに、その部分を考察することで、思考の幅を広げて欲しいと思うものです。
高校生にもなって、ただ戦争に負けたら国は守れない、だから軍隊は不要だ、等というお粗末で短絡的な思考で、物事を単純化して解釈しようとする教育であるなら、それこそ教育は無意味なものと言わざるをえません。


 

だから憲法は軍隊を否定しているのです。

残念ながら、否定をしているとは思いません。
国を守ると言う点において、理想や空想だけで世界が平和にならない、と言うのと同じで、現実面に目を向ければ、最低限の軍隊の必要性は当然「言わずもがな」だと思っています。


 


どうか軍隊への幻想を断ち切ってください。

まあ、その言葉をそっくりお返しします。
日本が戦後60年、攻め込まれた事は1度もありません。
それは何故でしょうか?
まさか憲法9条があったから、等というどこかのおめでたい人のお考えと同じではありますまいな。

もちろん、軍隊だけがその理由ではありませんが、軍隊の存在もその1つであると、きちんと現実を見据えるべきでしょう。

 

あとはスナックのお話、どこまで真面目にコメントすれば良いのか、本当に迷ってしまいますが・・・


酔っ払いが暴れるからといって暴力団にミカジメ料を払って用心棒になってもらいました。



だいたいお金を出して護ってもらおうという考えは虫が良すぎます.自分の店は自分で体を張って護るしかないのです。

すみませんが、ここの暴力団って中国の事? それともアメリカの事?
でもって、この場合出てきていないけど、警察ってのは、何に該当するの? まさか国連?

なんだか、読んでいると最初は、店=日本国民、暴力団=自衛隊だと思っていましたが、自衛隊ってのは国の組織の一部ですから、国民を食い物にするって表現がおかしいですしね、そうなれば、暴力団ってのは外圧だと思うのですが・・・よく分かりません?

言うまでもなく、某高校関係者さんが持ち出した例では、例えになっていないでしょう?


 

同様に、主権者である国民は、自ら体を張って汗と血と涙を流し、自らの国を護るしかないのです。

つまり、私たちの平和と安全は、私たち自らの「自由獲得の努力の成果」(弟97条)なのです。

だから憲法は、「不断の努力」(第12条)と「幾多の試練に耐え」(第97条)ることによって、国民は自らと自らの権利を護ることを説いているのです。

でもって、自己陶酔に浸っているところ申し訳ありませんが、これら全て、どこをどう読めば、軍隊の否定とどう結びつくのでしょうか?
私も、ここの某高校関係者さんの文章は、同意するもので、そのままの文章を使って、同じ訴えをしても全く問題ありません。
ただし、私の場合、その自分達の国を守ると言う事において、軍隊の存在も、その国民の国防意識の1つだと思っている箇所が違いますけどね。


 

やがてイラクの民衆もアメリカ軍や自衛隊をイラクから追い出すでしょう。

これは歴史の必然です。だから憲法は第9条で軍備を否定し、第12条で国民の自由・権利の保持責任を明記しているのです。

ここまで来ると、なんだか宗教勧誘を受けているよな錯覚に陥りますね。(笑)
誰か分かりやすく説明してくれんかね?


 

|

« 2.日本の平和と安全の確保 | トップページ | 4.軍国主義の本質 »

コメント

なぜ、武器というものが発明されたのか?

「宇宙は不断の戦場であって、森羅万象は常に闘争裡にある。飛花落葉といえどもすべて優勝劣敗の現象にほかならない。人間のみがひとりこの境界を超脱しているわけには行かない。これを歴史上に於いて見ても、人類はいずれの世にも弱肉強食を事とし、生存競争、自然淘汰の理によって弱者は滅び、強者のみがいよいよ盛大に赴いて子孫を後世に繁栄させることは古今東西そうである。近世往々唱えられるところの先頭廃止論や軍備縮小論のごときは畢竟、不自然の空論であって、到底自然の許容するものではない。故に古来、人類原始時代から今日に至るまで、人心は勝利を闘争に得ようとする一事に専心努力を続けてきているのである」(有坂しょう三「兵器論」序)
 日本人の教育のなかで、軍事技術についての知識が欠落しているのではないか?一度、大砲などの発達史を読んでみてはどうか?たとえば、「大砲の歴史」など。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990222806/249-8850472-8992338

投稿: カクタス | 10月 16, 2005 13:19

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 3.自衛隊の発展的解消:

« 2.日本の平和と安全の確保 | トップページ | 4.軍国主義の本質 »