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6月 20, 2005

なぜ、靖国神社だけ特別なのだろう?

ああ、メールとか、何かコチャコチャしていたら、もう夜中の1時半じゃ・・・
おまけに、さっき地震があったし。(笑)

時間もないけど、しばらく書き込んでいないので、宮沢のじいさんの話だけ。
BSのディベートも見ていないけど、酷かったようだし、話題はあるんだけどなー。

靖国参拝の自粛を―宮沢氏 交流妨げる要因排除すべき

 宮沢喜一元首相は19日のテレビ朝日番組で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題について「中国側が(首相の)靖国参拝を(日中両国)首脳の行き来に差し障ると考えているのであれば、首脳交流を妨げる要因は取り除いておいた方がいい」と述べ、日中関係改善の観点から参拝は自粛すべきだとの考えを示した。


 河北新報 2005年06月19日日曜日

どうして、靖国神社参拝になれば、このような話が簡単に出てくるんだろう。
国のために亡くなった人達が、その国の最高責任者である首相が参拝するのは当然だと思うんだが。
と言うか、お国の為に身を捧げて散った兵士達に対して、参拝しないのも、あまりにも無責任でしょ。

もっとも、参拝反対する人の中には、A級戦犯が合祀されている事を問題にする人もいるけど・・・それって、純粋に、中国や韓国の話を抜きにして、A級戦犯合祀を問題にしている人って、どれだけいるんだろう。
外野(中韓)の声を抜きにして、A級戦犯の合祀を問題にしている人って、少ないと思うんだけど。
現に、この宮沢のじいさんも、中国が問題にしているから問題だと言っているみたいだし。



中国側が(首相の)○○○を(日中両国)首脳の行き来に差し障ると考えているのであれば、首脳交流を妨げる要因は取り除いておいた方がいい


これさ、言うまでもないけど、○○○に何をいれても、文章が成り立つのねん。
例えば、靖国神社参拝問題が解決したとして、次に、この○○○の中に、尖閣諸島や、海底油田問題、教科書問題に、謝罪や賠償などの言葉が入ってきたら、宮沢のじいさんはどう言うのだろう。
まさか、同じように中国が外交問題に捉えたら、やっぱり首脳交流を妨げる要因は取り除いておいた方がいいと言えるのだろうか。

いくら宮沢じいさんとは言え、さすがにそんな事は言わないと思うんだが、加藤コーイチなどの親中派の議員やイオン岡田などは、平気で言いそうだから怖い気もする。(笑)


まあ、腐った民主党はさておき、もし宮沢のじいさんが、この○○○の中が「尖閣諸島」であったり、国益に直接関係なさそうな「教科書問題」が入ったら、さすがに止めろと言わないとすれば、自分自身で「靖国参拝問題」を非常に軽く考えている証拠で、これはさすがに譲歩出来ないけど、この問題なら中国に譲歩しようと言っているようなもので、過去の反省が何も無いって事ですね。
譲歩する事はあっても良いでしょう、しかしその「譲歩」というカードを切るには、相手にもそれと同等か以上の、譲歩カードを出させる事が、本当の国益であり、外交でしょう、それがタダで譲歩カードを何度切れば気が済むのでしょうね。


 
個人的には、小泉首相の靖国参拝は続けるべきで、少なくとも「中国が・・・」とか、「韓国との関係が・・・」との理由には、絶対に持ち出してはならない、そんな理由に止めるのは、日本国を日本人自身が軽んじていると思うわけです。


あと、日本人がA級戦犯合祀が問題とか言って欲しくないんですよね。
私は、これまた個人的に歴史とは、たった一人、一部の人間だけで作ることは不可能だと思っています。
強烈な個性だった織田信長にしても、彼個人の能力や性格だけで、日本の戦国時代が収束したわけではなく、かれを取り巻く勢力や補佐をする武将、またもっと言えば、その時代背景や情勢が戦国時代を作り上げ、歴史そのものが織田信長という人物を、ただ借りただけで歴史を作ったと信じているからです。これは、秀吉しかり、家康しかりです。


その意味では、A級戦犯が悪かったのは致し方が無い、責任を取らせるのも当然だと思うも、A級戦犯だけに全ての責任や罪を押しつけて、あとはしらんぷりとは、あまりにも情けないと思ってしまうのです。
私から見れば、歴史の流れの中で、1つの選択としてあの時代を歩んだ結果は、日本国民全員で受けなければならないし、それははっきり言えば天皇陛下も例外では無いと思っております。

そして、A級戦犯らは責任を取って処罰された、東京裁判そのものにも問題がありますが、それはともかくも、彼らは日本と言う国の背負って処罰されたわけですから、A級戦犯が合祀されたからどうだ、というのを、日本人が自分で口に出すのは責任転嫁、無責任だと思ってしまうのれす。


 

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コメント

 ところがこのひとたち、「中国側が」の部分を「アメリカ側が」とおきかえると、瞬間に反対の結論を導き出すんだなぁ。

投稿: 罵愚 | 6月 20, 2005 03:51

A級戦犯についての知識がなさ過ぎるように思えます。また日本の言論統制の厳しさと、軍の圧力に負けた政治家の立場を考えてもらいたい。取り締まった憲兵も(何人日本人や中国人や韓国人を殺したかわからない)含まれている靖国神社を参拝することに抵抗感を持たない人に、その理由をお聞きしたい。
軍の上層部の無謀な戦いで、一回で八十パーセント以上の兵隊が死んだこともたびたびあったと聞いている。死んだ兵士を国のために死んだとまつることに反対する人はいない。が、無謀な作戦を立てた人と一緒でもかまわないと思う人はいるのだろうか。東条さんの孫が出ていたが、分けないでおまいりしてくれという前に何かいうことがあるはずです。
軍の圧力に負けた政治家にも責任があると自民党の某代議士の回顧録に記述がある。今の代議士の代表として何をすべきなのかな?

投稿: 心象仙人 | 6月 20, 2005 22:46

心象仙人 さん、コメントありがとうございます。
A級戦犯の事に知識がないとは、いきなりなご挨拶ですね。(笑)

そりゃ私は靖国やA級戦犯でメシを食っているわけじゃないので、その道の専門家ほどの知識はないかも知れませんが、人を批判するあなたの方にも、それだけの知識があるのですか?
読ませて頂いたところ、理論的な反対ではなく、単に感情論から来る反論のようにお見受けします。

A級戦犯と言うよりも、歴史そのものに目を向けては如何でしょうか?
はっきり言えば、明治維新からずっと、日本の軍部はその無謀な戦いを繰り返して、多くの兵士を殺して来たわけですが、彼らの戦いがあったからこそ、良い意味でも、悪い意味でも今の日本があるのです。

戦争に負けたのは東条が悪いのですか? それとも、戦争に突入したのは、A級戦犯で処罰された人達だけが、悪かったのですか?
当時を生きて来なかった私にももちろん、あなた自身にも、A級戦犯だからと厳しく非難する資格は無い、私はそう思うんですけどね。

投稿: akinopapa | 6月 20, 2005 23:17

戦犯はどうでもいいので、「靖國イズム」をどう考えているのか、次の記事を期待します。
靖國イズムは、靖国神社を訪れ、本殿右手にある「遊就館」という軍事博物館で映画を見、展示を見て回ると感じ取れると思います。

投稿: 大豆 | 6月 22, 2005 03:16

内容を見ずに、タイトルに毒づく人がいて大変ですねw>管理人さん

A級戦犯は悪くないなど何処にも書いてないですし
別に靖国を賛美しているわけでもない。

中国のご威光を元に国策を決めるのはどうなんだ?
そういう記事であることは、読めばわかるでしょうに。
中国の外交戦略にまんまとはまるようでは
これからの日本は危ういぞ・・・と言ってますよね。

読んでから反論しましょうね
ボクはこの記事、非常に慧眼だと思いますけどねぇ・・・。

管理人さんがA級についての個人意見を書いてるのは
あくまでも「追記」的部分ですよ
文章力身につけて反論しましょう。

投稿: 似非紳士 | 6月 22, 2005 11:17

大豆さん、お久しぶりです。

靖国イズムと言われても、ピンと来ません。
私は、別に靖国に傾倒しているわけでも、靖国を特別視する事もないので、靖国がどんな主張を行おうとも、個人的には「あっそう」という感じです。

遊就館は、10年ほど前に行ったきりで、改修されたあとはまだ行ったことがありませんが、戦争博物館としての役割をどれほど逸脱していると感じているのか知りませんが、判断は難しいと思います。

朝日新聞系の記事によれば、ゼロ戦をどーんと展示している時点で、もはや戦争奨励博物館だと感じる人もいるようですし(笑)、方や、戦争資料館として中国や韓国には全国にあるのに、日本にはこの遊就館のような場所が、靖国のここにしかない点や、内容を評価する記事も見かけます。

所詮は、1つの物を見て、どう感じるかと言った、主観の問題にもなりますので、靖国イズムを感じるかはどうか、微妙なものだと思いますけど。

また、遊びに来てくださいね。

投稿: akinopapa | 6月 23, 2005 00:25

似非紳士さん、コメントありがとうございます。

私は、靖国参拝問題とは別に、日本人でA級戦犯を問題にする人は、どのぐらいいるのか、非常に疑問であったのが、本音なんです。
社民、共産系の人も、A級戦犯を口にするけど、実際は中国が言うから、その理由付けに、A級戦犯合祀だと納得しないから・・・云々で、反対しているのかと。

でも実際は、私の想像以上に、日本人でもA級戦犯合祀が本気で問題に思っている人もいるようで・・・

まあ個人の考え方の違い、そう言ってしまえば簡単ですが、私はどうしても、首を傾げたくなるのです。
A級戦犯の人が居なければ、日本は本当に泥沼の戦争をしておらず、平和な国になっていたと言いたいのかなと、メルヘンの世界にでもいるのかなと、などなど不思議でしょうがないのです。(笑)

仮に、処罰されている東条らA級戦犯の人が、当時いなかったとしても、結局は日本には別の誰かがA級戦犯になったでしょう、それが明治維新から続いてきた、日本の歴史の流れだと思うから。
A級戦犯者に責任は無いとは言わないけど、同じ日本人が、国のために戦った人物を、ゴミのように軽く切り捨てるその考えが、寂しいのねん。


それから、いろいろと弁護、代弁して下さってありがとうございます。
似非紳士さんに、慧眼と言う表現を頂くと、アマがプロに褒められたように、反対に恥ずかしい気分です。(笑)
これからもよろしくお願いします。

投稿: akinopapa | 6月 23, 2005 00:48

akinopapaさん、こんばんは。関係ないコメントをしてしまったみたいですいません。
簡単にフォローすると、日本国民のほとんどは靖国神社参拝の本質を論じていない、と言うか、ほとんど知らないまま、マスコミが垂れ流す情報戦に乗っかって発言してるんだと思います。A級戦犯とか外圧なんて本質には関係無いのに。
靖國は国のために準じた方をお慰めするという名目で、本当はいかに国家に忠誠を誓う兵士を徴用するかという役割を重視して存続してきたのだと思います。つまり軍国主義が崩壊してからは存在価値がなくなったはずなのですが、いろんな思惑や情報戦で意味づけされて今日を迎えた。そして小泉首相のパフォーマンスで問題が表面化した。(小泉さんの唯一の能力は、問題を顕在化し大きく取り上げることだから、ワザとなのかも)
靖国神社は数年前まではそれなりに節度ある態度で存在していた。しかし今は物を言う神社になり、布教活動にも熱心。利益拡大のためでしょうか、それとも軍国主義思想のゾンビでしょうか。
10年前はともかく、現在の遊就館は戦争の肯定と美化、東京裁判はまったく間違った裁判、と言う主張を映画やビデオ、パネル展示などで行っています。
首相や政府が、東京裁判を受け入れて今日の日本がある、と言う公式見解を出していますが、靖國は真っ向から否定しています。
そんなところに公式にお参りしていいのだろうか。
A級戦犯や外圧ばかりにとらわれていると、本質の論議が深まらない。これは情報戦略と言えるのでしょうか。ほとんど興味の無かった人たちも、まんまと乗せられてます。そこが心配です。
それから遊就館の零戦はかっこいいです。でも本当に軍事博物館に特化するなら、歴史認識にはふれるべきではないと思うのですが、その辺はいかがでしょうか。
遊就館は4年前にリニューアルされて、天子様の勅令の下皇軍かく戦えり、モードに変質してました。
それから、ボクのおじいちゃん(当時陸軍少尉・沖縄で自害)は靖國に勝手に祀られてるみたいですが、遺品は一切奉納していません。
簡単ではなくなってしまった。またページを汚してすいません。

投稿: 大豆 | 6月 26, 2005 00:05

大豆さん、コメントありがとうございます。

>>A級戦犯とか外圧なんて本質には関係無いのに。

私も本当にそう思います、日本人同士が真摯に議論するなら分かるのですが、とやかく現時点では外野席の声が五月蠅く、まともな論議になりにくいのも、その悪循環の要因の1つかと思います。

特に、野党第一党の民主党の党首が、中国や韓国と仲良くするために、靖国参拝は止めろと堂々と垂れ流す始末。
また、同じ自民党の中でも親中派からは反対の声があがり(親中派=中国様のために参拝はやめろ)、外務省官僚も、チャイナスクールの連中の影響で、中国や韓国に対する配慮から、靖国はまさに特別な腫れ物として扱われてきています。
この状況下、靖国問題を日本人同士がどこまで真剣に討論出来るのでしょうね、私はそこが問題だと思っています。

>>現在の遊就館は戦争の肯定と美化

最近の展示を見ていないので、私にはある意味発言の資格は無いのですが、「戦争の肯定と美化」という表現は、最近の中国や韓国が好んで使う表現ですね。(笑)
まあ東京裁判など、このコメント欄で扱うには大きすぎるテーマはさておき、主観的な判断は立つ位置によって、下される判断は全く違うと言う、当たり前の話だけは上げておきます。
本文で織田信長を上げたので、今回も用いるなら、織田信長を中心とした彼の業績、行動、結果を判断した場合、まさに天才がピッタリの秀逸の人物です。
ところが、民衆(一向宗)や制圧された他勢力から見れば、ジェノサイドはやるし、皆殺しにするしで、まさに第六天魔王であり、崇拝するなどもっての他ですね。
これは、現在の大河ドラマの義経と頼朝の関係も同じです、どちら側で見るかで、判断は大きく異なります。

靖国の主張は、私には賛同出来ない部分もありますが、でも、それを頭から否定することは出来ません。
国の見解、主張と違う場所に、公式参拝するのがおかしいと言う声もありますが、靖国と言う神社が大切なのか、そこに眠る慰霊が大切なのか、と言った問題もありますし、単純に判断出来ない部分はあると思います。

投稿: akinopapa | 6月 26, 2005 09:34

たびたびすいません。

>国の見解、主張と違う場所に、公式参拝するのがおかしいと言う声もありますが、靖国と言う神社が大切なのか、そこに眠る慰霊が大切なのか

ボクの素朴な疑問なんですが、死んだ人が神様になり、それを祀るために神社をこさえるという手法が通用するのは何時代までなのだろうか。

今、そんなことを言い出しても、宗教法人として認められるかどうか。公安に目をつけられるかもしれない。

ぎりぎり靖國までオッケーなのでしょうか。

ぎりぎり靖國までは神様なのでしょうか。

天子である天皇様がありがたくもお作りになったからオッケーなのでしょうか。

もう一つボクの素朴な疑問。
靖國の、戦没者(身元のわかっている)を勝手に祀るという姿勢は、ボクが学生時代(20年以上前)にしつこく勧誘された新興宗教の理屈に似ていると感じてしまうのですが。

「オレは入信しないっつーの!」
「あなたが神を信じなくても、私たちはみんなであなたのために祈りますよ」
って……。
どうすりゃいいのよオレは、みたいな。

ぎりぎり靖國までは「勝手に神様」でオッケーなのでしょうか。

投稿: 大豆 | 6月 26, 2005 17:21

大豆さん、コメントどうもありがとうございます。

>>ボクの素朴な疑問なんですが、死んだ人が神様になり、それを祀るために神社をこさえるという手法が通用するのは何時代までなのだろうか。

う~む、通用すると言う表現は、私から見れば少し違いますね。

小さい頃に教えられた、死んだら人はお星様になるとか、神様になるとか、もちろんそんな事はあり得ませんが、いつもご先祖様が見守って下さるなど考えることも、私から見れば結局は亡くなった祖先を、神として祀っていると同じだと思いますので、「通用する」という表現には違和感を感じますね。

国の命令で戦地に赴き、亡くなった人を慰霊する場所、別にそれは靖国でなければならないとは思いませんが、どこかにあって当然ではないですかね? 
自衛官が亡くなった場合も、確か靖国に合祀されるはずですが、彼らの霊も「通用する、しない」という考え方ではなく、単純に慰霊するかどうかではないのかな、そう私は考えています。

>>靖國の、戦没者(身元のわかっている)を勝手に祀るという姿勢は、ボクが学生時代(20年以上前)にしつこく勧誘された新興宗教の理屈に似ていると感じてしまうのですが。

まあ難しい話しとは思いますが、関羽を祀った関廟亭や、楠木正成の湊川神社、菅原道真の太宰府、全て本人に断って神として祀っているとは思えないので(笑)、神として祀る分には問題ないのかも知れません。

もっとも、生前、明らかに遺書か何かで「靖国に合祀するな」とはっきりしている場合は特別除き、後は死んだら本人に確認のしようがないですしね。
ジャングルから生還した小野田元少尉も、「われわれは死んだら神になって国民が靖国神社で手を合わせてくれると思えたからこそ戦えた」は、兵士の言葉として重みがあるし、当時はそれが約束であったのでしょうから、「絶対拒否」がはっきりと分からない限り、本人の意思の尊重を考えれば、合祀もしょうがないんじゃないですか。


投稿: akinopapa | 6月 26, 2005 18:14

>国の命令で戦地に赴き、亡くなった人を慰霊する場所、別にそれは靖国でなければならないとは思いませんが、どこかにあって当然ではないですかね?

大賛成です!

その上で、ボクは靖國反対なんです。
小野田さんは「靖國を信じた兵士」だったから、あんなに長く戦い続けたわけで、「兵士の言葉」と一般化は出来ないと思います。
信じたフリをせざるを得ない状況にあった人も多いのです。そうしたシステムを作った、当時の日本は、いかなる理由があろうと支持できません。靖國は大政翼賛会と共に我が国の思想統制の象徴として軍国主義推進の役割を持っていたわけですから、やはり支持できません。
たぶん、たぶんですが、ボクの母を含めて、戦争で一家の主を失ってものすごく苦労した人たちや、戦争のせいで爆弾に焼かれて死んでいった国民の多く、さらにはその遺族や経験者の多くは、靖國なんか好きになれないでしょう。

こわいのは、国が靖國の位置づけ、戦争との関係などを教育せず、あやふやにしたまま60年も経ってしまったことです。靖國のパワーを実感する人たちはどんどん亡くなっていきます。実感を持たずに、一部の人が口にする美辞麗句によって靖國の思想がよみがえってしまうことです。

やはり追悼施設は別に欲しい。そうすれば手を合わせる人が増えると思います。

投稿: 大豆 | 6月 26, 2005 23:40

大豆さん、コメントありがとうございます。

ブログの記事を更新していないのに、コメントだけがどんどん増えちゃう。(笑)
いずれ、分けようかな。

靖国反対はかまわないのですが、2つほど聞いても良いですか?

>>小野田さんは「靖國を信じた兵士」だったから、あんなに長く戦い続けたわけで、「兵士の言葉」と一般化は出来ないと思います。


この根拠は何?

現在の価値観で、当時の人間を判断すると、理解出来るものも理解出来なくなりませんか?
言論統制、思想教育などあったにせよ、当時の国民が信じていたものを、現代の人が否定するのは、どうでしょうか。

例えば今の日本人が、祖先を敬う事がまだ常識であるのに対し、未来の日本人が、祖先の霊など存在は科学的にあり得ない、未来は霊を敬うなど存在しない、そんな馬鹿げた話し、当時の日本人も祖先など祀っていたくなかったんだ、と結論づけられて、私たちは良い気分がしますかね?

今の我々は、非科学的であろうとも、祖先を祀っていたいし、未来の常識はともかく、それを現代に持ってきて批判されるのは、ほっといてくれ、ってなものです。

言いたいことが、上手く表現出来ませんが、上記の「特別扱い」は、小野田さんを侮辱する発言にも繋がりかねませんね。

 

>>さらにはその遺族や経験者の多くは、靖國なんか好きになれないでしょう。

えっと・・・これもよく分からないのですが、靖国が死ねと命令でもしたのでしょうか?
好きになれないのが一般的な感情ならば、遺族会は、どうして首相の靖国参拝を求めているのでしょうか?

もちろん、遺族の感情を、全て推論するのは不可能で、みんなが同じ感情だとは思いませんが、戦争で犠牲になった事を靖国まで嫌いになる原因とするのは、冷静に考えれば筋違いですよね。

好き嫌いの感情は、確かに誰でもありますが、どうも大豆さんの意見を読むと、今の倫理観念と現代の思想で、当時の人間の感情まで押しつけているように感じて仕方がありません。
「天皇陛下万歳」と叫んで死んでいく感情は、当然私にも理解できませんが、当時の兵士は、本気で自分のこの行為が日本国のため、親兄弟のためになるんだと信じて、犠牲になられたかも知れませんよ。
そのシステムを、現代の感覚でお嫌いになるのはかまいませんが、彼ら自身を否定してしまうのは如何でしょうか。


私は、確かに慰霊する場所は靖国でなくてもかまわない、ほんとうにそう思います。
しかし同時に、なぜ靖国ではダメなんですか? って事です。

明治維新以後、政府に利用されたと言う事情があったにせよ、靖国を信じて亡くなった方を考えれば、大事なのは「二度と尊い命を無駄にするような行為、悲劇を繰り返してはならない、戦争はしてならない」事であり、靖国の考えがどうだ、昔は利用されたからダメなんだとか、本末転倒のような気がしてなりません。


靖国論議とは、他国からの干渉を抜きにして、明治維新以後、いや明治維新以前も含めてもいいですよ、日本人が祖先を慰霊するものを考えて、当時の故人の考えを尊重しつつ、どうやれば良いかを考える事であって、決して感情的に、好き嫌いで判断するのはあまり好きじゃないんですよね。

また、上手く言えなくて、冗長な文章になってわかりにくいかも知れませんが・・・
今回の、大豆さんとの意見交換は、いずれ、まとめて記事にして、多くの人に読んで貰いたいと思います。

投稿: akinopapa | 6月 27, 2005 01:08

まとめちゃいましたね(^^;
最後に誤解だけ解かせてください。


まず、ボクは先祖を祀ることをばかばかしいとか、特にあの戦争に関係した兵士を慰霊することはけしからんとか、そんなことは考えていないので、その点はご理解ください。

慰霊は各遺族が、在所の墓地で行っているでしょうし、大昔から祖先崇拝はずっと続いていると思われます。それは政治や教育によって誘導されているわけではなく、もしかすると宗教とも無関係かもしれない。(仏や神は関係なく、ご先祖様を祀る日本人の信仰、小泉さんの言う文化・伝統かもしれない)

これは否定できません。もちろん、そうした気持ちで靖國を参りたい人は参ればいいと思います。

ただ、恐れがあるんです。
「首相が靖國を参拝するのは当たり前」が「国民が靖国を参拝するのは当たり前」
みたいにならないか、と、取り越し苦労して、恐れているんです。(^^;
靖國が純粋な宗教施設になってくれればいいんですが。(遊就館は無関係な人に売却してどっかに移転。神社で戦争グッズは売らずに甘酒でも売ればいい)


>>>小野田さんは「靖國を信じた兵士」だったから、あんなに長く戦い続けたわけで、「兵士の言葉」と一般化は出来ないと思います。


>この根拠は何?

「靖國を信じた兵士」というのは、純粋な軍国少年・軍国青年を指したもので「靖國」オンリーではありません。比喩として使ってしまったことは、不謹慎でした。申し訳ありません。


>現在の価値観で、当時の人間を判断すると、理解出来るものも理解出来なくなりませんか?
>言論統制、思想教育などあったにせよ、当時の国民が信じていたものを、現代の人が否定するのは、どうでしょうか。

当時の人を否定していません。(ほんと~にごく一部の人を除いて)
当時の日本のやり口を否定しているのです。見方を変えると、現代~将来の日本や世界への反面教師として評価しているのです。
今でも「当時の教育を信じている」、あるいは「否定できない」、「当時の体制否定は自己否定につながる」、「否定すれば戦友や遺族の死が無駄死にになる」などいろんな心情があります。これは事実なので「当時」で終わったことではなく「現代につながっている」ことです。だからこそ、そんな当時の日本のやり口を否定したいのです。60年も人々を苦しめ続けるとは……。
当時の思想を否定できない人たちにとって、ボクのような考えは腹立たしいでしょうけど、祖父を戦場で亡くし、その遺族(ものすごい苦労を強いられた)に育てられたボクはいろんな話を聞いてきましたから、どうしても当時の日本を肯定できないのです。


小野田さんですが、大本の発言です。

>>ジャングルから生還した小野田元少尉も、「われわれは死んだら神になって国民が靖国神社で手を合わせてくれると思えたからこそ戦えた」は、兵士の言葉として重みがあるし、当時はそれが約束であったのでしょうから

小野田さんを例として「兵士」の言葉をあげていたので……。
小野田さんは陸軍中野学校出身、諜報活動やゲリラ戦の教育を受け、最後まで戦うことをたたき込まれた戦争エリート。一般の兵士というよりは一般の兵士を教育する側の人です。横井庄一さんの言葉を書いていただけば、

>一般化は出来ないと思います。

などということは書かなかったと思います。

TVなどでよく、元「兵士」達のインタビューにふれることがありますが、
「靖國を信じている」派
「信じていなかったがしかたなかった」派
「当時は信じていたが今は間違いだと思う」派
いろいろな人がいるんです。


>当時の日本人も祖先など祀っていたくなかったんだ、と結論づけられて、私たちは良い気分がしますかね?

これ、ボクの意見?
前にも書きましたが、祖先を祀ることは否定しません。


>もちろん、遺族の感情を、全て推論するのは不可能で、みんなが同じ感情だとは思いませんが、戦争で犠牲になった事を靖国まで嫌いになる原因とするのは、冷静に考えれば筋違いですよね。

全部ではありません。靖國(は象徴であり、イコール国)に夫や父や兄弟をとられたと思っている人もたくさんいるということです。


>「天皇陛下万歳」と叫んで死んでいく感情は、当然私にも理解できませんが、当時の兵士は、本気で自分のこの行為が日本国のため、親兄弟のためになるんだと信じて、犠牲になられたかも知れませんよ。
>そのシステムを、現代の感覚でお嫌いになるのはかまいませんが、彼ら自身を否定してしまうのは如何でしょうか。

こわい状況だと思います。人間はどうすればそんな状況を作り出せるのだろうか。
しかし、何度も書きますが「彼ら自身」を否定したことは一度もありません。彼らが可哀想に感じてしまうのです。この「可哀想」という感情に反発する「同期の桜」の人たちがたくさんいることも知っています。「可哀想」という感情を「彼らの否定」と受けとられるのは不本意なのですが、そうした心情を抱いている人の存在を否定することはありません。


>私は、確かに慰霊する場所は靖国でなくてもかまわない、ほんとうにそう思います。
>しかし同時に、なぜ靖国ではダメなんですか? って事です。

靖国神社を中心とした政治運動が現存するからです。政治活動や、政治そのものと切り離すことが理想と考えます。


>方を考えれば、大事なのは「二度と尊い命を無駄にするような行為、悲劇を繰り返してはならない、戦争はしてならない」事であり、靖国の考えがどうだ、昔は利用されたからダメなんだとか、本末転倒のような気がしてなりません。

過去を清算して欲しいものです、未来のために。(靖國がではなく、国がやること)
未来の日本で、靖國が「ただの神社」になってしまったら「英霊達の尊い犠牲」がどうして起こったのか、そうした日本の貴重な経験(失敗の経験=現代の価値観)を無にし、尊い犠牲をないがしろにすると考えるからです。

投稿: 大豆 | 6月 27, 2005 12:24

大豆さん、コメントありがとうございます。

別にこの話題を終わらせたかったわけではなく、日曜日が終わったので、もしかしたらこの話が収束するかも知れないので、まとめただけで、もちろん続けても一向にかまいませんよ。

どうしても、こういった話し合いでは、訪問者が大変なので、今回は2点だけに絞って書きます。

  

1つ目は、首相が靖国に参拝するのは当然です。
これは小泉とか個人の話しではなく、日本行政府長の役職を持つ身分として、と言う意味です。

また、靖国と言う固有の神社にと言うものではなく、日本の国の命令で散った、兵士の御霊が眠っている場所という意味においてです。

現在でも、自衛隊は最終的には首相の判断に従います、公務で死亡した場合の責任は、全て首相が負うことになります。
先の大戦でも、国の命令で亡くなった以上、現在の日本の行政トップが、兵士に霊に対し、感謝と労い、反省と、不戦の決意などきちんと述べるのは当たり前でしょう。

これが反対に、個人の自由で慰霊をしなくて良い、などがあっても良いのでしょうか。
また、私的参拝なら良いとか、おかしいでしょ。

国が命令したんですよ、ならば、国の責任なのですから、きちんと犠牲になった兵士に、その時の国の最高責任者が、堂々と自分の役職の名において参拝し、言葉をかけるのが、霊に対する礼儀でしょう。

参拝はあくまでも個人的な感情で、総理としては参拝していない、など述べた馬鹿な総理も居ましたが、それは親兄弟、子孫を守ろうとして亡くなった兵士への冒涜以外の何者でもないでしょう。

 
 
2つめは、やはり私は、日本に限らず歴史の流れを意識せざるを得ません。
先の大戦は不幸な出来事には違いありませんが、歴史を振り返れば人間の歴史は流血の歴史でもありますね。

明治維新はどうして起きたのか? 大国の植民地競争時代に、貧しい日本はどうやって対抗し、生き延びたのか?
日本が世界の中で果たしてきた役割はどんなものだったのか?
 

北朝鮮は、金正日と言う独裁者に支配されていますが、これは誰の責任でしょうか。
金正日本人ですか? 朝鮮戦争ですか? アメリカですか? 日本ですか? ソ連ですか? 韓国ですか? 中国ですか?
もっと核心を突いて、第二次世界大戦が勃発したのは、何が原因ですか?
日本ですか? ドイツですか? イタリアですか? アメリカですか? ロシアですか? 第1次世界大戦ですか? 世界の貧困ですか?

 
明治維新以降、世界に追いつこうと日本は躍起になっていました。
日清戦争、日露戦争、ともに勝てる相手ではないと思われていた相手に勝ちました。
でも、もの凄い多くの日本兵を犠牲にした上で、勝利しておりますよね。

彼らの死は、勝ったので問題にならないのでしょうか?
彼らの魂もまた、靖国に眠っていると思いますが、当時の人口比を考えれば、若者を何十万ペースで殺した時の軍部首脳、行政首脳はどうなんですか? 彼らは俗に言うA級戦犯にはまりませんが、東条よりもマシだったのでしょうか?
では日本は、明治維新などしなければ良かったのでしょうか・・・

もちろん、戦争の反省、総括は必要かも知れませんが、そんな単純な話しではないでしょうな。

ちなみに、

>>過去を清算して欲しいものです

これの具体的な意味は何でしょう?
過去とは、太平洋戦争だけですか?

投稿: akinopapa | 6月 28, 2005 00:49

これまで通り、靖國に関してのみカキコします。

>1つ目は、首相が靖国に参拝するのは当然です。

当然だと思うのなら、靖國の立場をはっきりさせるべきだと思います。
また、ボクは兵隊だけが偉いとは思いません。
「この国の今日の平和と繁栄」ということに限って言うなら、沖縄で玉砕した陸軍少尉のおじいちゃんより、戦後の窮乏生活の中、3人の子供を育て上げたおばあちゃんの方が、よほど貢献しています。
「この国の今日の平和と繁栄」には、死んだ人より生き残った人の方が貢献していると評価し、感謝する姿勢が必要でしょう。
亡くなられた人を慰霊するなら、戦没者だけでなく、戦争によるすべての人を慰霊すべきです。
そして、戦後の復興から発展を支えた、生き残りの人たちに、国を挙げて大々的に感謝を示すべきです。


>2つめは、やはり私は、日本に限らず歴史の流れを意識せざるを得ません。

賛成です。それは貴重な経験ですよね。
近・現代史は、戦国時代や中世などとは異なり、当事者や当事者から大きな影響を受けた人々が健在であることから、一般の「歴史」より生臭い、「経験」と考えることも重要なのです。
経験には成功も失敗もあります。
自国の兵隊に「特攻」だの「玉砕」だの、人間の命を命とも思わないような命令を下してしまった「この国の経験」は、失敗の経験です。
靖國はなぜ、失敗を失敗と認めないのだろうか。
自殺を強いるのも「歴史の流れ」として生臭さを消し、美化してしまっていいものだろうか。
兵士が皆、武門の出なら「切腹の文化・伝統」もあったでしょうけど。


>彼らは俗に言うA級戦犯にはまりませんが、東条よりもマシだったのでしょうか?

ボクは、A級戦犯とか、他の戦犯とか、また、戦争につきものの「ならず者行為」を犯してしまった人などには言及せず意見をしています。
国の戦争によりなくなった方の犠牲を無にしないために、靖國が特別な神社であったこと、徴兵から殉国へ国民の犠牲を国民に納得させる役割を担っていたことを、まず認めて欲しい。


>もちろん、戦争の反省、総括は必要かも知れませんが、そんな単純な話しではないでしょうな。

この点にも触れていません。


>>>過去を清算して欲しいものです

>これの具体的な意味は何でしょう?
>過去とは、太平洋戦争だけですか?

日露戦争以降、日本政府が、ある意味図に乗ってしまって以降、徴兵・殉国を日本国民に納得させるために、英霊とか、神とか、そうした抗いがたい存在を利用した政府と、その象徴として存在した靖國にその責任があった事実を認め、今後、同じような使われ方をしない確固たる仕組みを作って欲しい。
さらに、例えば、国民や国際社会が(例外的に宗教法人である靖國を)監視できる仕組みを作ればいいのでは? そして、そのことを大々的なパフォーマンスを通して国民・国際社会にアッピールすれば、この国の不戦の誓いは公認のモノとなり、200年後には歴史に残っていることでしょう。ただし、ごく少数の圧力団体が許さないでしょうけど。

あやふやなまま、首相が参拝を続けることで、ごく少数の圧力団体の主張が、この国の方針として既成事実化してしまうことを恐れます。

投稿: 大豆 | 6月 28, 2005 12:44

大豆さん、こんばんは。
また、コメントだけ伸びる。(笑)

>>靖國の立場をはっきり

靖国が多くの御霊の眠る場所以外に、何か特別な存在なんですか?
靖国を問題にしたいのは、一部の団体であり、朝日新聞であり、在日や海外の圧力を掛けたい人達でしょ。

正直な話し、政教分離の問題はあるかも知れませんが、明治維新後から多くの魂が眠っているは靖国であり、戦時中も靖国がその象徴的存在だった事は誰も否定できない事実であり、私を含めて靖国に参拝する人は、慰霊の為でありそれ以上もそれ以下でもありません。

靖国を腫れ物扱いに開いて、何特別扱いなきゃ困るかのようなイメージがあります。

 
大豆さんは、A級戦犯を問題にしないと仰る。
なら、何が問題なのか、私にはわかりません。
戦後靖国神社には多くの政府関係者や、天皇陛下も参拝しておりました。
おかしくなったのは、朝日新聞が騒ぎ立て、中国が外交問題に利用始めた時からです。
それまでは、今のように大きく靖国参拝が問題になった事があるんですかね?

靖国は戦争の象徴でも何でもありません、ただ、犠牲になった人が眠っているんです、むしろ戦争に利用されたわけですよね。

 
 
>>また、ボクは兵隊だけが偉いとは思いません。

この辺も、大豆さんはまだ若いですな。
誰も、兵士だけが偉いなど、思っている人はいません。(例外はいるでしょうが)
「兵士だけが偉いとは思わない」という、有りもしない問題を持ち出し、靖国に反対しない人は、兵士さんを特別扱いしていると言う思い込みに陥っています、あまりこう言ったレトリックは感心出来ません。

「誰が偉いか」という問題で、亡くなった方を考えて比較しても、全く意味がありません。

ただ、兵士は「国に命じられて戦いに行った」わけであり、どの国だって兵士に対する扱いは格別高い物があります。
世界のどこに、亡くなった兵士の墓地(日本の場合は慰霊)を持たない先進国がありますかね?

 
>>亡くなられた人を慰霊するなら、」戦没者だけでなく、戦争によるすべての人を慰霊すべきです。

あのですね、小泉首相も千鳥ケ淵戦没者墓苑には、毎年参拝していますよ、広島や長崎にも行きますよ、知らなかったんですか?
確かに、靖国だけが中国や韓国が問題にし、朝日や毎日が煽るので、まるで首相は靖国しか参拝していないような錯覚をしている人は多いですが。
確かに、全ての死者に対して慰霊はしておりませんが、そんな事は物理的にもムリですから、誰も非難はしないでしょう。

 
>>靖國はなぜ、失敗を失敗と認めないのだろうか。

靖国の失敗って?(笑)
靖国が、特攻を仕掛けさせたわけでも、靖国が戦争をおこしたわけでも、靖国が国民を洗脳したわけじゃないですよね。
ただ、明治以降の政府が「利用」しただけで、靖国自身は、自分で何の失敗を認めるの?
大豆さんの話を読んでいると、まるで靖国が戦争の元凶のような印象を受けます。(笑)

 
>>自殺を強いるのも「歴史の流れ」として生臭さを消し、美化してしまっていいものだろうか。

自殺を強いた事は、確かに負の遺産だけど、もっとリラックスして、一歩引いてから見ましょうよ。
自爆テロって知っていますよね、彼らは、喜んで死んでいますよ? 自分の死を、本気で信じていますよ、何故でしょうね。

大豆さんは、彼らを見て、ただ単純に「可哀想、馬鹿な事を」と非難出来ますかね?
自分が生まれた時代、場所によっては、私は、もしかすればあの現場に経っているのは自分かも知れない、そう思うことが多いです。

戦時中の軍国主義や、明治以降の天皇陛下の存在などは、一種の宗教と同じだと思っています。
今から見れば、異常な世界だったとは思いますが、環境と立場が変われば、いつでも誰でも、恐ろしい立場に立つことが出来るのです。
だから、歴史を学ぶのであるし、見つめなおして欲しいのです。
批判するだけなら、一昔の言葉で、サルにもできる・・・って出来ないか。(笑)


>>英霊とか、神とか、そうした抗いがたい存在を利用した政府と、その象徴として存在した靖國

(笑)うわぁ、靖国はすごく悪者の本山なんですね。

もうちょっと冷静になっても良いかなと思うよ、あまりにも靖国に対して、特別な感情を持ちすぎている気がします。


>>国民や国際社会が(例外的に宗教法人である靖國を)監視できる仕組みを

この辺なんか、ちょっと・・・近寄れないっすよぉ。 神社の何を・・・監視するのでしょうか?
靖国神社が、何か悪いことを企んでいるのかな、それとも、国際社会に恥かしいことをしているのかな・・・
まさか、真面目に、大豆さんは靖国の存在が、日本を再び戦争の道に歩ませる存在だとか思っているとか。(笑)

少数の団体が許さないとか・・・少数じゃなく、そんな「靖国を監視せよ」とか言う意主張を、多くの国民が支持するわけがないと思うのですが、本気で多くの支持を得られると思っている?

もうちょっと、歴史や靖国に対して、余裕を持って見てあげても良いかと思います。
ちょっとはまり込んでいる・・・そんな印象を受けます。

投稿: akinopapa | 6月 29, 2005 00:40

>また、コメントだけ伸びる。(笑)

ごめんなさい。キリがないのでこれで撤退します。
ボクの文章力の至らなさと、文脈ではなく語句にこだわるAkinopappaさんと、両者の相性が悪かったようで、堂々巡りになってしまったのが残念です。

それから、今回Akinopappaさんが「?」マーク付きで書かれたことの答えは、これまでの大豆のコメントに書いてあります。興味があったら読み返してみてください。

ただ、一つだけ汚名をそそがせてください。

>大豆さんは、彼らを見て、ただ単純に「可哀想、馬鹿な事を」と非難出来ますかね?

彼らに「馬鹿な事を」なんて書いてません。汚名を着せないで。(^^;


撤退にあたって、「まとめ」。
このやりとりで主張しあったこと。

■追悼について
(Akinopappaさん)国民とその代表である首相が戦没者を追悼することは大切だ。
(大豆)     国民とその代表である首相が戦没者を追悼すること、戦争犠牲者を追悼すること、そして生き残ってこの国の発展に貢献した人に感謝することは大切だ。

■追悼施設について
(Akinopappaさん)靖國でもかまわない。
(大豆)     靖國でもかまわないが、首相の参拝に関しては現靖國は問題なので、問題解決に努力すべきだ。

以上です。
またいずれ、おじゃますることもあると思いますが、その時はお手柔らかにお願いします。

PS.靖國と千鳥ヶ淵戦没者墓苑については、いろいろ調べてみると面白いですよ。よけいなお世話ですね。(^^;

投稿: 大豆 | 6月 30, 2005 01:23

大豆さん、こんばんは。

>>脈ではなく語句にこだわるAkinopappaさんと

あらま、ちょっと失礼やねぇ。(笑)
私は語句に拘ったつもりはありませんよ、どの辺りでそう感じたのかしら。

ちなみに、私も力不足で自分の考えを文章に載せて、それを他人に伝えるような事が、なかなか上手く出来ませんが、私に限らず、みんな書いている時は、自分こそは言葉尻ではなく、文脈で話していると思い込んでいるんですね。(笑)
でも実際は、大豆さんが私が語句に拘っていると感じたように、他人は反対に感じる人が多んでしょう。

まあ、語句とはちょっとニュアンスが違いますが、個人的な感想として「靖国」というミクロの存在に拘らず、もっと世界と歴史の流れのマクロの世界で、物事を見ればまた違った「靖国」の姿が見えるかも知れない、そう感じただけです。(^^;)>

 

大豆さんが紹介されていた、高橋哲哉氏の「靖国問題」、人に薦められて読みました。
A級戦犯に拘らない大豆さんの思想は、恐らくこの書籍の影響だろうな、そう思っておりました。

この本は個人的には悪くはない、根拠もなく単なる靖国を悪者にするだけの、三流本では無いとは感じましたが、同時に、自分の主義主張が先行し(まあ哲学的な書だと自分でも書いているし)、どうしても自分の論理のあいた部分に、パズルを収めるようなとらえ方を、一部で行っているのが、鼻につきました。

例えば、第1章にいきなり、「愛する夫を奪われたのに、彼女は靖国を罵倒する声には耐えられないう。 夫を奪った責任者に対し、どうしてこうも愛することが出来るのか。それは彼女が悲しむ権利を国に奪われ、悲しむと言う人間の感性を失った人なんだと気づいた」みたいな表現をしている箇所がありました。
つまり、高橋氏にとって、愛する人を奪われた妻は、靖国を憎むべきであり、それが出来ないのは、人間の感性を持っていないからだ、と言う考えを強引に持ってきているわけです。
早い話、自分の価値観で、他人や当時の人を推察し、価値観を押しつけるような・・・

 

まあ、相手は東京大学の教授ですから、私のような市民とは知識も頭の中身も違うのは百も承知ですが(笑)、哲学者で歴史には詳しいとは限ら無いこともあり、読み手に対して好き嫌いは当然出るでしょうね。
そもそも、ちょんまげだった日本が、世界に出ていき、独立国家として国民を結束させようとするには、靖国という存在も否定できない一面はあるはずだけど、その点は全く触れず、反戦平和主義が一番であることだけしか分からなかった。
哲学的にはそれでOKかも知れないが、歴史の流れの中で、果たして一方的に非難するのは方手落ちだと思うけどね。

例えば、中国は共産党独裁国家で、国民に対する自由の制限は、国際的には許されないが、ある一面、あのような広大な土地に、莫大な人口を抱える国は、国際社会一般の政治形態では、とても維持できない、共産党独裁国家だからこそ、維持している部分はある、と言う違った方面の意見もまた、尊重し取り上げ、考えることが大事だと私は思っています。

 
最後に、高橋氏は国家による追悼施設は、靖国ではなくとも、第二の施設であっても否定していますよね?
国家が、追悼施設を作ることは、「第二の靖国」(ここの時点で、靖国が悪い=多くの国民の肯定との思い込み)を生み出すと言う考え方だったが、大豆さんは第2の追悼施設には反対じゃなかったような印象を受けましたが、そこは意見が違うんですね。


それから、コメントだけが伸びると嘆いているのは、単なる冗談で、もちろん記事として整理しなきゃならないのに、サボって出来ない自分に非があるのは明白です。(笑)

長い間、たくさんの投稿、ありがとうございました。
また遊びに来てください。

投稿: akinopapa | 7月 01, 2005 00:44

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