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5 01, 2005

人の命を預かる仕事

今回の、JR西日本の福知山線での脱線事故は、戦後最大級の死傷者を出した事故になりました。
ただ特筆なのは、火災や衝突などの複合的な災害で被害者数が増えたのではなく、単独事故として横転した事が原因でこれだけの被害者を出した事故というのは、ハードウェアが進化した現代に置いて、非常に珍しい事故だと言えるかも知れません。

ここに書かれてある「鉄道事故件数の推移」をご覧になって下さい。

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民鉄、国鉄(JR)に関係なく、事故件数そのものが現象しているのは、答えは明白で、事故を防止するためのハードウェアが進化した事が最大の理由でしょう。
また、幾度無く繰り返された過去の事故に反省した、鉄道運営システムや、従業員へのカリキュラムなど、ソフト面での充実も同様に事故減少に貢献していると思われます。


で、やはり月並みな言葉しか出ませんが、どんなに優れたハードがあっても、それを運用する人間によって左右されてしまう、と言う何百年も前から言われている(もちろんウソです(^^;)、当たり前の言葉しか出ませんね。
今回の場合、ハードウェアそのものも、ATSが旧式で速度制限に対応していなかったとか、脱線防止用のガードが無かったりと、最高の環境だったとは言えませんが、それでも福知山線の歴史そのものは、調べたところ1891年に尼崎~伊丹間で運行が始まったそうですから、実に115年の歴史もあり、1日に何本もの列車が毎日、事故現場を通過してきた上で、初めての大事故だったわけですから、置き石などの外的要因が無ければ、事故の原因は、明らかに運転手の個人の責任によるものです。


 

まあ、ここまではどの報道番組でも、コメンテーターやゲストが偉そうに口に出す言葉と同じなので、今更ですよね。
ただ私が現時点で気になるのは、この大事故を非難するにあたって、偉そうに語るコメンテーターの中で、どういった趣旨で発言されているのか分かりませんが、以下の2点で中途半端な指摘であり、下手すれば的外れで、論点がずれている批判になっていないか、非常に気になっています。

(1)運転歴11ヶ月の未熟な運転手に、通過駅などある快速電車を運転させた事への批判
(2)遅れた事に対する日勤教育なるものの存在への批判


(1)については、言うまでもありませんが、「未熟」という事を理由に、運転業務を任せた事に対する批判は、的外れとなります。
当たり前の話ですが、どんなベテラン運転手にも、運転歴11ヶ月と言う時期が存在し、どんな優秀な運転手にも、初めて運転する時があり、経験を積む前は未熟な技量しか持っていなかった時期は、必ずあります、ない方がおかしい。

ですから、ここで問題があるとすれば、運転業務を任せる上で、運転技量が十分であったのか、運転手を育てる上でのカリキュラムが正しく機能していたのか、と言う点だけに尽きると思います。
11ヶ月だろうが、10年のベテランだろうが、運転技量が未熟であれば、運転手としての勤務は再考すべきであり、何度か失敗を繰り返す運転手に対して、再教育するカリキュラムは、若い、ベテラン関係なく、正しいものであるべきです。

今回事故を起こしてしまったと言うことは、当然運転手が「若かった、未熟だった」という事も、事故原因の1つではありますが、それが事故原因の全ではなく、その未熟な運転手に運転を任せ、事故を起こすような状況を作ってしまったと言う、ソフト面での問題があった事は、結果論からですが、存在する事は明白です。


 

(2)については、まず報道であるような、「いじめ」「無意味な軍隊教育」があったとすれば、これは改善されなければならない事だと思います。
ただ、再教育システムそのものが、必要か不必要か、と言う論議になれば、冷静に考えれば答えは明白のはずです。


遺族が、「1分や2分遅れたぐらいなら、『ごめんなさい』で済む問題じゃないか」という心情を訴えるのは、当然です。
しかし、キャスターやコメンテーターが、この言葉を引用して「その通りです、1分急いでも何が変わるのでしょうか、遅れてはいけない、時間通りでなけれならない、誰が決めたのでしょうか」というのは、あまりにも無責任極まりない意見だろう。


1分でも遅れたら・・・のところは、本当に1分でも遅れないタメの指導だと、受け取るものだろうか?
もっとも、JR西日本の再教育は、どうも方向性が狂ってしまい、まともな教育になっていなかった気がするが。
それよりも、人の命を預かる運転手の心構えとして、「無意味な遅延」を起こすような、運転に対して集中力を欠く、自覚が無いのは困る、と言うレベルのはずでしょう。

前の駅で、この運転手が40mオーバーランを犯したらしいが、私が思うに、数メートルオーバーしてしまった、と言うのなら「ヘタクソ」の一言で済む問題かも知れないが、40mものオーバーランというのは、技量云々以前の問題では無いかと思う。

ゲームで「電車でGO」というソフトがあるが、このゲームのおかげで、運転技術は難しいと言うことを多くの人が知っており、また同時に、40mもオーバーランするなんて、どんな運転なんだと、疑問いっぱいのはずです。(^^;)>
40mものオーバーランというのは、むしろ停車駅と通過駅を勘違いした、もしくは、駅が近づいている事を忘れていたなど、運転中の集中力が切れていたとしか思えない結果なのです。

ここで問題なのは、1分半遅れた事ではなく、どうしてこの運転手は、40mものオーバーランをしてしまったのか、その原因ですね。
そこで、病気であるなら、病気であることの自己申請と、会社側の検診、病気に対する交代要員の配置システムなどを、再教育によって再認識する事も出来るし、居眠りなど精神的弛みから来るものは、人の命を預かる職業としては、決して許されるべきものでは無いので、厳罰で対処する事も当然ですし、いろんな意味で、ミスを犯した場合の再教育の必要性は、疑いの無いものです。


また、これは電車でGOで体験した事だけでなく、実際の運転手もコメントを寄せていたが、遅れた時間を短縮させる最大の方法は、速度ではなく、減速(ブレーキなど)である、と言うですね。
これに、この若い運転手は気づいていたかどうかですが・・・その意味では、経験不足は否めませんね。


 

我々は、慣れすぎたのかも知れませんが、毎朝出勤する場合、時刻表通りに運行される鉄道を信頼している面があります。
だからこそ、9時に出社なこの電車に乗り、10時に打合せ会議があれば、この時間の電車に乗る、などと計画を立てているはずです。
これは、鉄道会社の運営システムと運転手の努力、技量を持って初めて達成される、大変高度なシステムであり、世界を見渡しても、これほど時間に正確な鉄道会社は、他には無いとも言われていますよね。
ですから、「1分程度遅れても、ごめんなさいで済む」のであれば、多くの運転手が、努力している事はなんだろうか、と言う話になります。
心構えの1つで、1つの駅で1分遅れました、ごめんなさい、次の駅でも1分遅れました、などと遅れる事が当たり前となっては鉄道の運行は日本では意味がありません。
また、1つの列車だけの話しではなく、私も、私もと2本目、3本目の列車も同時に遅れ出すと時刻表の意味が無くなります。

事情があって遅れた場合はともかく、運転手はまずは、自覚と責任を持って、運転に集中して遅れがない様に勤める事が、最大の役目だと思いますよ。
そのための、再教育システムであって欲しいし、人の命を預かる仕事は、それだけ厳しいものだと、再認識させる事も必要ですね。


 

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