« ギレンの演説が頭に浮かぶ(笑) | トップページ | いい加減、出るトコ出ようぜ »

3 11, 2005

君が代問題での権利と義務、自由と責任

東京都では、昨年は卒業式と入学式で、日の丸と君が代問題関連で、200人を超える教職員が懲戒処分が出ました。
今年も、石原氏が都知事である以上、厳しくやると思いますが、日付で今日の11日が、都内で卒業式のピークを迎えるようです。
今年度の処分教員は、どうなりますか。

君が代めぐり生徒を指導 都立高卒業式、11日ピーク

 昨春の卒業式や入学式で、日の丸に向かって起立して君が代を斉唱しなかったなどとして200人を超える教職員が懲戒処分を受けた東京都で、都立高校の卒業式が11日にピークを迎え、80校で行われる。
 都教育委員会は、昨春7校で生徒の大半が君が代斉唱時に起立しなかったことから、生徒への指導を求める職務命令を教員に出すよう校長に要請。一部の教員らは「生徒に対する強制につながる」と反発している。
 都教委によると、2月に一部の地区で開かれた副校長会で、多数の生徒が起立しなかった場合の対応について質問が出され、都教委は、式の最中でも指導するよう要請した。


(共同通信) - 3月8日16時14分更


正直な話し、いちいち指導しなさいと、教育委員会が指示する事もばかばかしいと思うのに、教職員が自分の思想主義を貫くのに、教育現場で、子供達に、自分達の思想を押しつけている事が、何よりアホらしいと感じる。

君が代は天皇崇拝の歌で、国歌に相応しくない。
日の丸は、先の戦争に関係した、血にまみれたもので、国旗として相応しくない。

もちろん、君が代や日の丸に対し、このように思っても、何ら問題ない。
教師だから子供達の教育の為に、君が代や日の丸に対し、好きになるように強制するような、東京都からの指導があり、従わなければ罰則まで架せられた、と言うのであれば、これこそ思想の自由への侵害となるでしょうが、誰もそこまで強制しておりません。
職務において、国歌を歌うときは、生徒達に起立させ、斉唱させなさいと言う指導が来た、それに従わなかったかどうかの問題で、思想の自由とは全くの無関係です。


 
ネット検索で、君が代と東京都、処分などで見てみると、かなりの数の「東京都の処罰に対する反対意見」が見られます。
全部はとても読めませんが、上から数個だけ、一部のそれらの主張を読むと、判を押したように、同じような内容です。
もっとも、彼らを批判する私のような立場の意見も、ほんとんど差は無いと思われますが(笑)、でも、共通事項として子供達をダシに、自分の思想に対して、罰則を受ける、強制させられた事に対する、怒りなどに満ちている文章がほとんどです。

タイトルでも書きましたが、私から見れば、彼らの主張は、

「権利を求めながら義務を果たそうとはせず、自由を主張しながら責任を全うしようとしていない」

そのようにしか見えません。

もちろん彼らには、確かに思想・信条に対して権利があります。
ですから、個人的には君が代や日の丸に、どのような考えを持ったとしても、それは誰もが認める権利です。
しかし、彼らは同時に教員という職務に従事している分けですから、彼らが果たすべき義務が同時にあるはずです。

極端な話し、数学を嫌いになる権利はある、だから数学を教える事を拒否する、では教員は勤まりません。
例え、マルクスが大好きであるとしても、生徒達にマルクス思想を教え込む事が許されないように、思想の自由の権利を持つと同時に、権利には当然自分が果たすべき義務もあるはずです。


また、どのような思想を持つ、自由も彼らにはあります。
しかし同時に、その自由な思想、信条に対し、それを自分で行使するには、自分の責任も同時に負うはずです。
例えば、授業を行うにしても、指導要綱に従った上で、どのような授業を行うかは自由でしょう。
でも、自由だからと言って、自分の好き勝手な話ばかりしても良い、と言うわけではありません。
自由に教えて良いからこそ、教師としての責任において、偏った知識にならない、子供が偏重した思想主義に染まらないような教育を目指すべきでしょう。
↓こんなのは、論外なのだが、これを読むと日教組自体が、もはや教育者としての責任を放棄しているとしか思えない。

日教組の教研集会「音楽教育の分化会」で、こんな「君が代」についての授業実践教育があった。

・小学4年生に、朝日新聞に載った在日二世少女の「君が代は歌えません」の投書を読ませ、感想を書かせる。
・小学5年生に、この投書に対する読者の反響を載せた朝日新聞の記事を読ませる。
・小学6年生に、君が代を戦争と結びつけて教える。

 結果は、卒業式での君が代拒否につながったそうだ。


(後略)

その辺を、はき違えているんじゃないか? と疑うような意見が非常に多かった。


 

一部の教員・・・だけじゃないだろうな、このような分類の人達が怖いのは、自分が正しいと思うことは、何をやっても許される、そう思い込んでいるところがある事です。
以前にも、プログで紹介しましたが、ある市議会で共産党議員が、議会での日の丸掲揚に反対し、議会を不当に占拠し逮捕された事件がありました。
彼女たち(議員)は、それを不当逮捕だと言う。
おまけに、思想の自由への侵害だと平然と言うし、自分達が不当に議会を占拠し、議事を止めた事など問題にならないらしい。


 

以前に、ブログにも書いたけど、日の丸や君が代そのものに、いろんな考えを持つのは自由だけど、「国旗・国歌」に対する畏敬の念だけは、きちんと教育すべき問題だと思っています。

国旗とは、簡単に言えば国そのもののアイデンティティとも言える、そう思っています。
だからこそ、国旗掲揚ではその国に対する畏敬を込めて、起立した上で脱帽し、礼儀を姿勢で示すべきだが、日本では国旗に対してまともな教育を受けた事が無いので、そんな事すら分からない人が多い。

オリンピックの表彰で、日本の国旗が掲揚されても、脱帽しない選手がいたが、国際的には驚かれるような行為だそうだ。
もっとも、日本人が自国の国旗に対して、侮辱的行為を行っても、まだマシかも知れないが、他国に行って、その国の国旗が掲揚されているいるにも関わらず、座ったまま隣人とお喋りを続け、周囲から顰蹙を買ったのでは、本当に恥ずかしい限り。
そして、周囲から非難された日本人である本人が、何故、周囲からこれほど批判されたのか、それに気づかない点がもっと不幸だ。
これは即ち、個人の感性と言うよりも、日本の国として、国旗や国歌にどのような教育を行ってきたのか、と言う事が問われているわけですから、そのような行為を行った人達だけが恥ずかしいのではなく、日本全体の恥となっているわけですから。


まあ、だからこそ、中国や韓国などは、日本に反対する時には日の丸(国旗)を焼くわけだが、普通の国ではこれ以上ない侮辱、批判、反抗の態度なわけだが、日本人は国旗に対して無頓着なので、その映像を見ても、何も感じない日本人が多いわけだ。
これは、無用の衝突を避ける意味でも、国旗が燃やされても何も感じない、相手の挑発が効果的に働かない、この平和的姿勢は、日教組のおかげでもあるかも知れない。(笑)

ともかく、君が代や日の丸の問題とは別に、国歌と国旗に関しては、やはりきちんと子供に教育すべきだろう。
その上で、現時点では君が代が国歌であり、日の丸が国旗である以上は、ある程度は自分の思想主義をむき出しするだけでなく、包括して教育する姿勢が、本当の意味での自由と責任、権利と義務を果たしていると、私は思うのだが。

君が代や日の丸に反対するのであれば、自分の思想信条に照らして、正当な方法で反対運動を行うべきで、それを実力行使で云々となってしまうと、結局は彼らもまた、過激派と何ら変わらないと言うことに、気づくべきでしょうね。


 

|

« ギレンの演説が頭に浮かぶ(笑) | トップページ | いい加減、出るトコ出ようぜ »

コメント

どもです。

なんか国旗国歌に反対している人って「NHKが不正をしているから、受信料を払わない」「年金制度はどうせ破綻するのだから年金なんか納めない」と言っている人間と同じのような気もしています。

自分の国にリスペクトできない生徒を育てる教員は教員失格ではないか、と。

投稿: 安保 仁 | 3 12, 2005 00:55

どうも、おひさです。

仰るとおりですね、愛国心とまでは言いませんが、自分が生まれた、住んでいる国に対して、敬愛する気持ちを育むような教育が出来ない、そんな教師、教育とは、一体なんだろうと思いますよね。

身近であるがゆえ、父親に対して反感を持つ、反抗期であるなら、まだ年齢を重ねれば、父親に対する接し方も変わりますが、国に対する畏敬の念などは、少年時代の土壌に種も蒔かずに、リスペクトする気持ちが起きるはずもないですね。
 

この辺りを、きちんと考えて欲しいですね。
君が代とか日の丸は、その次の問題だと思います。

投稿: akinopapa | 3 12, 2005 01:14

日の丸と君が代には、神のご経綸(天界のご計画)が隠されているのです。
日の丸は、神道では、「ニニギのみことさまのみ魂が入った方」を表現し、仏教では「弥勒さま」を表現しているのです。
白字の部分は「正しい」をあらわすので
「弥勒さまがあらわれると正しい世界になる」
という神のご計画がでてくるのです。
「君が代」には、キ(神・天)ミ(人・地)が一体となった代になる。つまり
「弥勒さまがでると正しい世界になり神の世界と人の世界が一体となって平和な世界が永遠に続いていく」
と言う意味になるのです。
だから日の丸と君が代は2つで1セットになっているのです。
神のご計画が決定しているのにそれを人が変えようとすると天界のご計画に反逆する行為になるので
日本の国が法制化することは当然なのです。
一般の人たちは「神のご計画」をしらされてないので
論争がまきおこってしまうのです。
「日本」という文字にも、日(弥勒さま)本(正しい)
という意味があるのです。

投稿: あきら | 4 06, 2005 14:16

たしかにね、自分達の住んでいる国には敬意を示さないといけませんよね。僕は日本という国が大好きです。でも僕は日本の民主主義で資本主義で平和主義な所が好きなのであって、神道の求道者ではないので「君が代」の強制には反対です。たしかに教師がマルクス主義を生徒に教えるのはおかしい(笑)けど「君が代」は戦前の国歌であって戦後の国歌ではないですよ。天皇は「人の象徴」であって神じゃないし。天皇さんも「強制はさけたほうが良い」って言ってたし。右翼と左翼の鬩ぎあいは見てておもしろいけど、やっぱり「君が代」は国歌は、違う歌に作り変えるべきなのでは?日本が本当の意味で成熟した民主主義国家になるために。伝統もいいけど、強制はねえ・・・そうすりゃ愛国心なんてもんは自然に身に着いてくるんではないでしょうか?

投稿: ののん | 5 04, 2005 01:14

ののんさん、コメントありがとうございます。

仰りたいことは分かるつもりですが、私の文章がお粗末だからでしょうね、主張を御理解して頂けない部分があるようで、誠に残念です。

私がここで主張している事は、「国歌」と「君が代」の問題を混同するな、その一点だけです。

日本に国歌は必要でしょうか? 私は必要だと思っています。
それなら、国歌を学校教育の場の式典などで、子供に斉唱させる、国旗や国歌に敬意を示す事を「教える」事はどうでしょうか? 私は、世界中でも、国歌を学校で歌わない、教わらない国を探す方が難しいと思っていますので、当然教育には必要だと思っています。ここが重要なのです。

「国歌が君が代でどう思うか」は、この議論には、全く関係ありません。
国歌や国旗の問題に関しては、ののんさんのようなお考えの人も大勢いらっしゃいますし、当然、君が代や日の丸で良い、と思っている人も多いわけで、賛否両論存在する事は当然の話なのです。
では、自分が反対するものは、個人の判断(思想の自由)で、何でも拒否できるのか、と言えば、それは間違いだと指摘するしか無いでしょう。

それが、マルクス主義を教えると言う例文に続くのです。
ある日本人が、マルクス主義に傾倒しても、何ら問題ありません、それこそ自由です。しかし、その人が民主主義を拒否し、自分の信じるマルクス共産主義を、勝手に教育現場に持ち込めば、それは思想の自由とは誰も言いません。
君が代も、問題に思っている人がいても自由ですが、教育で「国歌」を教える事を行政側が決めている以上、自分の思想を理由に国歌に対して拒否する、生徒に自分の思想を教える事は許されない、私はそう考えます。

何度も書いていますが、ののんさんのように、君が代が国歌として問題と思っている人も多く、教員は業務時間外を使って、自由に論議して国民に訴えて、国民を啓蒙し、自分の考えと同じ議員を国会に多数送り込み、国会で君が代を廃止させるのが、日本の民主主義でしょう。
自分の思想に反するからと、民主主義の手続きを無視し、自分の思う通りに振る舞う行為を、私は問題にしております。

少しは、私の主張を御理解頂ければ、幸いです・・・

投稿: akinopapa | 5 05, 2005 21:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18447/3252098

この記事へのトラックバック一覧です: 君が代問題での権利と義務、自由と責任:

» 又、この季節がやってきた [冒険少年News-Blog]
>昨春7校で生徒の大半が君が代斉唱時に起立しなかったことから、生徒への指導を求め [続きを読む]

受信: 3 12, 2005 00:49

» 諸悪の根源・都教委(都立板橋高の卒業式妨害?) [宮乃@Studio M works]
都立板橋高の卒業式「妨害」事件について、20万円の罰金の判決が言い渡されたと言う。 卒業式の開式が2分遅れて20万円、1分10万円? この値段が妥当か?という論点のずれた議論は置いておいて、都立板橋高の職員は、子供を教育するに必要な「判断力」が備わっていないようだ。 これから入学する人は、入学を控えるという選択肢も考えた方が良さそうだ。... [続きを読む]

受信: 6 03, 2006 01:04

« ギレンの演説が頭に浮かぶ(笑) | トップページ | いい加減、出るトコ出ようぜ »