« 中国の日本に対する露骨な牽制2 | トップページ | 首相靖国神社参拝の外交カード »

10月 05, 2004

江沢民にとっての文化大革命

最近は、サッカーのアジアカップ以降、日中関係について考えることが増えました。

私の8月10日付けのブログ記事「ザ・ワイドの葉千栄氏について」に、コメントを頂きましたので、こちらで書かせていただきます。

昔から中国では抗日教育は行われてきた。江澤民が党の書記長に就任する前から、日本鬼子に対する憎しみは中国人民の中に当然あったし、今より多くの抗日映画が作られていた。
しかし、今回のサッカーの試合のようにまた、西安での反日デモのようにこんな形で中国人が騒ぐのは聞いたことがない。
党の押さえが効いていたのか、もっと中国人は冷静だった。
あの忌々しい文革の時と同じ集団ヒステリー状態であった。
誰かがたきつけているとしか思えない。
江澤民の教育と文革の時と同じように「造反有理」が許されたように、「反日有理」が許されている状況があるのではないかとおもわれます。

葉千栄について「彼は彼なりに立派であったといえる。テレビという公の場で、中国当局を批判することはできない。最後に有田のコメントに反論せず、同意してたのが彼の本音である可能性もある。彼の日本語がわかりにくいのはデリケートな話題を話しているためだと思う。

確かに掲示板の内容は内容が無いようというくらいくだらんものです。

投稿者: JIANGHAO_JILIN (10月 5, 2004 02:13 午前)

 

まずお断りです、JIANGHAO_JILIN さんの本文では、「江澤民」と言う字を使っていますが、日本人には「江沢民」と言う表記の方が馴染みがあると思いますので、私はこちらを使いたいと思います。


 


昔から中国では抗日教育は行われてきた。江澤民が党の書記長に就任する前から、日本鬼子に対する憎しみは中国人民の中に当然あったし、今より多くの抗日映画が作られていた。
しかし、今回のサッカーの試合のようにまた、西安での反日デモのようにこんな形で中国人が騒ぐのは聞いたことがない。
党の押さえが効いていたのか、もっと中国人は冷静だった。

仰るように、江沢民が指導者になる以前から、昔から抗日教育は行われて来たと思います。
ただそれは、中国にとっては、アメリカを始めとする西側諸国、蒋介石が指導する台湾中国などに対抗する上での、太平洋戦争で戦った日本と言う国を利用しただけに過ぎず、共産党に敵対する西側諸国の1つとしての存在でしかなかったのではないでしょうか。

それは、戦後の中国を取り巻く環境を見ても分かるように、朝鮮戦争やベトナム戦争が勃発し、東西冷戦下のアジアでは、ソ連と米国の間に立ち、沖縄などの駐留する米軍の戦力は中国には絶対的脅威であり、その米国と同盟を結ぶ日本が日本海を挟んで存在し、複雑な国際情勢と不安定な国内情勢に対し、政治的な理由で、日本に対する一種の敵対心を煽ることで、そのはけ口を求めた可能性も十分にあると考えます。

ただし、それら一連の中国の動きと、今回のアジアカップでの民衆の暴動は、少しレベルが違う気がします。


私が思うに、今回の反日感情は、出発点が天安門事件にあると思っております。
ソビエトや東欧諸国の崩壊を見るまでも無く、人権が無視されがちな社会主義国においては、政治、政府に対する民衆不満が、ある時を境に爆発し、国内政治が転覆、変化することはよくある話で、それは歴史でも証明されてきている話です。
中国は、その民衆の不満を、まずは戦車と軍隊で、流血によって強引に封じ込めました。

ただ、中国にとっては、天安門事件はショックだったでしょう。
天安門事件は学生によるデモの拡大版で、本当の意味での民衆蜂起ではなかったことが、中国政府にとっては救いだったはずです。
もし、中国12億人の国民が蜂起すれば、政府など吹っ飛ぶのは、誰もが分かる話で、今回は何とか力で抑え込みましたが、もし、民衆レベルで蜂起されると、それこそ自分たちの身分の破滅です、下手すれば、民衆の手で処刑されてしまうかも知れない、共産党幹部たちが、この事件で恐怖したことは想像に難くありません。

鳥居氏の著書である「反日で生きのびる中国」によれば、この天安門事件により、共産党幹部は「我々の政治思想工作が中途半端だった」と反省し、天安門事件で象徴される、共産党支配の危機に際し、林彪による「両憶三査」を思い出したのではないかと推測しています。
ただし、両憶(階級苦と民族苦)のうち、階級闘争などとっくの昔になくなった死語、むしろ共産党幹部そのものが「特権階級化」してしまっていたので、階級苦をそのまま持ち出せず、憎悪の対象としてのブルジョア社会、階級社会に対して持たせたいた憎しみの対象を、ただ日本にシフトさせた、そう結んでいますが、私もその通りではないかと考えます。

1994年に発表された、江沢民の「愛国主義教育実施要綱」から始まる、反日教育による国民の政治思想工作は、JIANGHAO_JILIN さんも仰っているように、まさに江沢民にとっては、第2の「文化大改革」にも匹敵する、運動だったのではないでしょうかね。

例えば、抗日戦争記念館を数年もの歳月と、50億円相当の巨費を投じて、国家が作ったわけですが、国立の記念館なのに説明書にはジャップと平気で刻まれていたり、日本軍がこんなにひどいことを、これだけやったんだぞ、と言う表現で作られています。
国が作った施設ですから、当然、中国政府がそれを作ったのと同じですよね。
日本にも、原爆平和記念館というものが存在します。 原爆による悲劇を二度と繰り返さないためにも、事実を歴史を、後世に伝えようとする目的で作られており、決して特定の国家、個人を卑下にしたり、憎悪の対象に仕向けるようなものではないのです。

この違いは、決して日本の歴史認識が悪いとか、そのレベルではなく、中国の抗日記念館のような施設は、江沢民が指導者になって200あまりも国内に作られ、そこには「愛国主義教育基地」と位置づけられ、明らかにある政治的目的を持ったものが存在する。
その記念館、資料館を見た中国人が、日本人に対していかなる感情を持つのか、これまた想像に難くないでしょう。


 

さて、話は戻ります。
江沢民の狙いは成功したことは、この間のサッカーアジアカップを見ても分かりますね。
日本に対する反感が、まさかこれほどまで育っているとは、日本人はほとんど気付いていなかったと思います。
いや、むしろ中国政府も予期せぬほどの、反日感情の成長で、驚いたのではないでしょうか。

中国政府は北京五輪が控えている立場で、国民のあまりにも露骨な排日運動は、国際試合を主催する立場で非常にマズく、国民の暴走に歯止めをかけようと、テレビや新聞で呼びかけましたが、ほとんど効果はありませんでした。
また例えば、中国は日本の高速鉄道(新幹線)技術が欲しい、だから日本と連携を持ちたいと考える、しかし、国民レベルでは、日本となんか手を結ぶなと、強烈な運動が起きるのです。
これは、1つの例ですが、アジアカップでも、自制を促す政府に対し、日本の肩を持つのかと反感を買ったとか、そういった話は数多く聞かれます。

これら全てのことを考えると、予想以上に愛国主義(特に反日感情)が国民に根付いてしまい、もしかすれば、中国政府はこの国民の反日感情をもてあましているかも知れません。
日本とは貿易においてお互いが重要なパートナーになっており、今更中国も経済を捨ててまで日本と対立しようとは思っていないでしょうが、その外交上において国民が感情的に、日本との外交を邪魔をする存在にならないか、そこだけが気がかりなんじゃないでしょうか。


ある意味経済は成功した中国ですが、政治に関してはまだまだ閉鎖的で、ブルジョアの日本、過去には日本の暴挙を食い止めた、政府の存在、日本は搾取階級なんだ、だからプロテストは正しいのだ、と言う理屈で動いている中国。
だから、日本が中国に対して謝罪をし続けても、援助を行っても、プロレタリアートから見れば、正当な階級闘争なので、当たり前だと受け止められてしまうのでしょうね。
これが続く限りは、正常な日中関係は築けないと思うのは、私だけじゃないと思うけど。

さてさて、江沢民はどうやら政界からは退場したようですが、影響力のほどは知りません。
またこの先、どこまで中国自身が変われるかが、日本にとっても一番重要な問題でしょうね。


 

ちなみに、葉千栄氏について、彼は彼なりによくやった、と言う話は了解です。
確かに、中国人が中国政府を公然と批判することの覚悟は、相当なものでしょうね。
これからは、その辺りも考慮しながら見たいと思います。
もっとも、中国政府を批判できない評論家を、コメンテーターとして呼ぶ価値、意味が、どこまであるのか、それもまた考えちゃう話ではありますね。

 

|

« 中国の日本に対する露骨な牽制2 | トップページ | 首相靖国神社参拝の外交カード »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 江沢民にとっての文化大革命:

« 中国の日本に対する露骨な牽制2 | トップページ | 首相靖国神社参拝の外交カード »