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8 31, 2004

阪神大震災の教訓はどこへ

少し最近はブログもサボリ気味だなぁ。(^^;)>
でも今日は、久しぶりやるせない思いになる記事を見かけました。

現代の震災には、地元の警察や消防隊だけで解決できないものもあり、阪神大震災を参考にすれば、自衛隊の救助活動における重要性が高いのは、もはや常識だと思うのだが。


<2004年8月31日 朝刊 26面>
自衛隊の参加中止求め要請/県防災訓練で八重山労組

 八重山地区労働組合協議会(大濱明彦議長)と沖縄平和運動センター(崎山嗣幸議長)は三十日、来月二日に石垣市八島の埋め立て地を主会場に行われる県総合防災訓練への自衛隊の参加中止を県に要請した。対応した県消防防災課は「上に報告する」と答えるにとどまった。

 訓練は明和の大津波(マグニチュード7・4)規模の津波を想定し、県と八重山三市町共催で行われる。警察、消防、学校を含む関係団体に加え、陸、海、空の自衛隊員約千人も参加し、F4ファントムや輸送艦「おおすみ」など、戦闘機やヘリ十数機と艦船四隻が使われる大規模なもの。

 要請を終えた大濱議長は「防災訓練に名を借りた軍事訓練だ。住民には何ら知らされておらず、説明義務を果たしていない。石垣島に自衛隊を駐屯させるための地ならしだ」と強く批判した。(沖縄タイムス社)


沖縄には、普天間で大学に米軍ヘリが墜落したことで、ちょっとばかり「軍」に敏感になっている部分もあるのだろうけど、それにしても、防災訓練で自衛隊はいらないとは、ちょっと冷静になるべきでしょ。

確かに、自衛隊には国民の救助活動を行う使命もあるでしょうから、防災訓練も当然自衛隊の訓練の1つには違いなく、それを「自衛隊の訓練」=軍事訓練と言うのであれば、言葉的には間違っていないけどね。

でも、災害時の救助活動は、地元住民、警察、消防、そして自衛隊の連携があってこそ、多くの人命が救われ、救助されると思うんだが、八重山地区労働組合協議会とやらは、それを否定するつもりなのでしょうか?

F4=戦闘機と短絡的に捉え、何も考えずに、アレルギー体質のように条件反射で拒否しているとすれば、それこそ愚かな団体であろう。
今回の災害には、津波も想定されている。 戦闘機を飛ばし、津波の位置、規模、速さなどを調べ、それをセンターに情報として送る、そのような情報収集は、当たり前のことであり、わざわざ速度の遅いヘリを使って情報収集するべきだと、本気で思っているのあろうか。

誰が考えても、1分、1秒でも早く、正確な情報を掴むことは、防災活動において重要な役割を果たすはずと考え、災害時に戦闘機があるのに、軍事に繋がるからと、戦闘機は使わせない。
その代わりに、足の遅いヘリを飛ばすべきだなど、本気で考えているわけではあるまい。
この辺りの、常識をどうして思い至らないのであろうか、聞いていて情けなくなる。

今回の訓練で使うF-4も、偵察機が沖縄にあったかどうかは忘れたが、仮に偵察機でなくとも、戦闘機でも偵察は、当然出来ることぐらい、想像は誰でもするでしょう。


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しかし、敏感になる気持ちも分からないではないが、ここまで盲目になるのは、哀れに見える。
彼らも、いざとなったら自衛隊に救助される身であろうに・・・・
目に見えるものには判断は付くが、目で見えないものには、考えが至らずに、感情で反応しちゃうんだろうな。


八重山地区労働組合と言う事は、旧社会党後援団体か。
阪神大震災でも、社会党の党首であり、当時は首相であった村山が、自衛隊の派遣をためらったおかげで、救えたはずの命が失われた経緯があったが、この反省を、どうして生かせないのだろう。
平和運動を正義感で行っているつもりだろうが、もっと冷静に考えるべきでしょう。


私も実家は神戸であり、震災時には東京にいたが、すぐに帰って、その悲惨な状況を見てきた。
崩壊した建物から、市民を救うには、専用の機材が必要なのだが、警察も消防も持っていない、自衛隊に頼るしかない。
いざ、詐害が発生したならば、身近にあって使えるものであれば、何でも使ったそうだ。
戦闘機だろうが、戦車だろうが、近くにあって使えるなら使う、それが災害でしょ、防災訓練に自衛隊が参加し、兵器を使用するからと反対するのでは、阪神大震災で、救助を待ちながら間に合わずに死んでしまった人たちに、大変失礼な言動だろう。

死んでしまった多くの人たち、救えなかった活動を反省、教訓としてこそ、被害者への最大のはなむけだと、私は思うのだが。


沖縄は米軍基地に関して、戦後の被害者だと言う意識があるのは分かるけど、それとは別に、日本には災害で失われた命も多く、自分達だけが最大の被害者だと勘違いし、自分達が中心で反対するだけでは、やはり日本中の共感は得られないだろう。
被害者であるなら、同時に、他の被害者の事も思いやる、想像してやれる感性があってこそ、初めてその彼らの活動や運動には、正当性も出てくるし、国民の共感を得られるようになる、そう私は思うんだが。

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