« 吼えるだけで解決するなら世話ない | トップページ | どうしてそんなに弱腰外交なのか »

5月 28, 2004

家族会への批判ってダメなの?


拉致被害者家族会バッシング相次ぐ
--------------------------------------------------------------------------------

 日朝首脳会談をめぐって小泉純一郎首相を批判した拉致被害者家族会へのバッシングがネット上で相次いでいる。イラク日本人人質事件で起きた批判と同じ構図だ。出口のない社会の閉塞(へいそく)感を背景に、ひぼう中傷をゲーム感覚で楽しむ風潮がネットを中心に広がりを見せ始め、被害者家族が新たな標的になった格好。しかし、肉親の安否を切実に心配する家族への思いに対する心ない仕打ちに、逆に批判も強まっている。

 小泉首相が訪朝を終えた22日深夜、「予想した中で最悪の結果」「プライドはおありか。二回も金総書記にだまされているのに平気な顔をしている」など、家族から怒りの声が上がった。首相を追及する家族らの姿がテレビ中継されると、バッシングに火が付いた。

 日本最大のネット掲示板「2ちゃんねる」には、「拉致被害者の家族、いいかげんにしろ!」と題するコーナーができ「ありがとうのひと言もないのか」「首相を批判する家族会は非国民」などの書き込みが続いた。

 家族の支援団体「救う会」にも抗議が殺到し、批判を含めたメールはこれまでに1000件を超えている。

 家族らは戸惑うばかりだ。増元るみ子さん=失跡当時(24)=の弟照明さん(48)は27日朝、都内で「家族会は首相に対し礼を尽くす一方、言うべきことを言っただけだ。ある事象にかこつけて、自分の考えや思想を表明する傾向が、今の社会には強いのではないか」と重い口を開いた。

 家族への批判の無責任さは、バッシングの発生過程に要因があるとの意見が少なくない。「バラエティー番組をみる時と同じ反応」と指摘するのは、ネット社会を研究する国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員の鈴木謙介氏だ。

 「家族たちが小泉首相を責めたてるテレビ映像の“瞬間”だけが切り取られた。問題の経緯とは無関係に、瞬間の印象だけで批判中傷が起きるのがネットの特徴」と分析する。

 小泉首相は家族会との面会直前、家族会の評価が厳しいことを逢沢一郎外務副大臣から聞かされた。続いて「(家族会への)報告をどうしますか」と尋ねられ「フルオープンにしろ」と命じたという。テレビ映像によって世論を触発していく「メディア戦略」がそこにあったとすれば、家族らに突然吹き始めた逆風は、首相の思惑の範囲内にあったのかもしれない。

 鈴木氏は、ネットの盛り上がりは話題を提供し批判を引き起こす対象の「娯楽性」で左右されるとみる。
(SponichiAnnex スポニチ)

う~む、「家族会への批判メール」で書いたように、私も直接送りつけるのはどうかなとは思うが・・・

この鈴木氏の書き方では、まるで家族会に不満を持ったり、彼らの言動を批判する事が、「おかしい」と言っているように聞こえるんだけどね、さすがにそこは、実際に私も批判した立場で言えば、カチンと来るわねぇ。


2chが表立って批判されるのも、良い意味でも、悪い意味でも、あそこが日本最大級の掲示板だからでしょうね。
くだらない情報も、中には驚く情報も、玉石混淆であり、Winnyもこの掲示板から生まれた。
まあ、仮に2ちゃんねるが潰れ(潰され)ても、次はYahoo!の掲示板を槍玉にあげるのでしょうか、探せば同じようなトピに、同じような内容の書き込みが一杯あるし。で、そこも潰したら、次はどこに行くのでしょうか、まだまだ同じような内容が書かれた掲示板は、他にも一杯ありますからね、自分にとって不快な掲示板は、名指しで次から次へと非難して行きますか、立派な言論弾圧ですな。


そもそも、家族会批判=悪い、無責任と言う構図を、最初から決めている時点で、評論家の偽善的なものの見方には疑問がある。
批判が起きるのは、それなりの理由があるわけで、それを、批判=悪質行為で捉え、何とか理由付けで説明しようとするから、社会的本質を見つめようとせずに、単なる「娯楽性の延長」としてみてしまうのでしょうね。


もちろん、家族会への誹謗中傷やいたずら、脅迫などがあれば、これはある意味犯罪ですので、それらは批判するべきでしょう。
でも、そう言った犯罪行為ではない純粋な「批判」さえも、ごっちゃにして軽薄な行為と考えるのでは、それこそある方向の言論差別のようなものです。


それにこれは、前回、敢えて書きませんでしたが、私が思うに、家族会への痛烈な批判(特に中傷や脅迫などの犯罪まがいのもの)は、何も日本人(一般市民)だけがやっているとは限らないと思いますよ。
北朝鮮に、経済制裁や強硬な態度姿勢を取るように、政府に要求を行っている家族会を、一番鬱陶しい存在として見ているのは、何処の誰でしょうかね、少し頭を働かせれば分かる話です。
彼らが、この機に便乗して行っている事は、十分に考えられるはずです、もちろん、全部がそうだとは言わないし、そもそもその証拠などありませんが、可能性の話としてね。

先生達の指摘には、彼らの存在が一切考慮されておらず、最近の日本人はどうなってしまったのでしょうか、などのような、お決まりの内容になっておりますが、そもそも日本人がやったかどうか、政治的思想で家族会を嫌う人達が、そのような行為を行っていなかったのか、ちゃんと確かめて批判しているんでしょうね。(笑)


自分達で、瞬間の情報で全体を見つめず判断するとか、偉そうに言っておりますが、その実、自分達もまた、結局は同じ事をやっている、私はそう思っているんですけどね。


|

« 吼えるだけで解決するなら世話ない | トップページ | どうしてそんなに弱腰外交なのか »

コメント

言葉使いをたしなめたり、戦術論としての有効性を論じるのは理解できますが、家族会を「純粋に」批判するのはあまりにこの30年の歴史を知らなさ過ぎだろう、と思います。

投稿: ごまめ | 5月 28, 2004 22:08

>家族会への批判ってダメなの?

 私も家族会への批判は的外れだと思っています。
 でも批判そのものは「日本とはそういう国だ」と蓮池さんに言われそうですね(笑)

 いろいろな意見があって、いろいろな批判があって、それも自由の範囲内だと思います。
 ただ、発言や行動には自分で責任を持つというのもルールですね。
 2chあたりの無責任な発言にいちいち反応する必要は無いとは思いますが、家族会への嫌がらせは例のイラクの事件でいじめられた方々がここぞとばかりに鬱憤をはらしているようで、なんか見苦しいなぁと思います。

投稿: mitsu | 5月 29, 2004 00:13

ごまめさん、コメントありがとうございます。

おそらく、私が思う家族会への「批判」と、ごまめさんが想像する「批判」では、少し温度が違いませんか?

私が感じた家族会への反発とは、家族会の「感情的な態度」であり、批判メールの多くが「総理へのねぎらいがない」と言った内容のレベルで、それを批判としております。

また、横田さん夫妻も、「感情的になり首相に失礼な事を言った事は反省しなければならない」と仰って下さいましたが、まさしく、私が感じた内容そのものです。

彼らの今までの運動を否定するような批判であれば、確かにおかしいでしょう。 これを否定するような批判は、日本人以外の誰かがやっているんじゃないの、と言う話しだったんですが。

まあ拉致事件は、家族会には申し訳ないけど、一朝一夕に解決するものではなく、現在は不明者10名の問題がクローズアップされていますが、仮に、何とかその10名が終わったにしても、当然家族会としては、その後に続く100名を越える拉致疑惑者の確認など控えているわけで、今の北朝鮮体制が続く限り、ねばり強くやらねばならない問題である事は明白ですから、それに対し、一方が感情的になるのはマイナスでしかならない、そう思いますよ。


投稿: akinopapa | 5月 29, 2004 02:21

mitsuさん、コメントありがとうございます。

>私も家族会への批判は的外れだと思っています。

難しいですなぁ。
先ほども言いましたが、彼らの存在、過去から行って来た活動、要求、運動、それら全てに対する批判は、私も全然的外れ・・・と言うか、間違っているとは思いますけどね。
(ただ、中にはその批判を行っている人も実際います、私の知っている掲示板では、そう批判するのは、反日主義の人たちですけど)

だけど、被害者だから、感情的になって何を言っても良い、ってな事ではないと思うんだよね。

実際、私はあの場面をテレビで見ていて、仮に放送外で謝意を表明していたとしても、総理に「プライドはないのか」という言葉は、やはり心の中で思っていても、実際に口に出して言っては行けない言葉でしょ、不愉快に感じたもの。
その自分が感じた「不愉快」という感情を口に出す=批判するって事だけど、それさえも「的外れ」だと言われてしまうと、どうかなーと感じちゃうのよ。

>いろいろな意見があって、いろいろな批判があって、

そうそう、それはその通りだと思う。

例えば、家族会が批判する相手は小泉さんではなく、あくまでも拉致した当事者の北朝鮮、金主席であり、日本においては、拉致など認めなかった社会党、被害者家族の声を取り上げなかった、歴代政権(総理)に向けるべきであって、小泉さんは少なくても、歴史上ただ一人、拉致問題を外交問題にまで引き上げ、拉致被害者や家族の一部を取り返した、評価されるべき努力をしている総理ではないか、と言う声もあるんですよね。
私はこの考えも、間違っていないと思いますよ。

反対に、政府は日本国民の財産と生命を守る義務があり、拉致された日本人を取り返すために、最大限の努力を行うのは当たり前で、成果が出なければ、国民に非難されても仕方がないではないか、と言う意見もあるけど、これも間違っていないと思う。

そう言う意味で、いろんな意見があって然るべきなのに、家族会への批判(私の場合印象ね)は、最初からおかしな行為だ、と決めつけられて言われるのには、どうしても納得行かないのねん。(笑)

投稿: akinopapa | 5月 29, 2004 02:45

>私が感じた家族会への反発とは、家族会の「感情的な態度」であり、批判メールの多くが「総理へのねぎらいがない」と言った内容のレベルで、それを批判としております。

わたしは「言葉使いをたしなめたり、戦術論としての有効性を論じるのは理解できますが」と書きましたが、本音を言えば家族会の一連の「感情的な態度」を批判することすら不快感を持ってみています。

なぜ国民に負託された義務の一部をようやく履行しただけのことに「ねぎらい」が必要なのですか?それが不思議です。もしかして小泉純一郎という一私人が求められる以上の善意に基づき自費で訪朝したわけではありますまい。

今の日本は「当然の義務を為したにすぎない事にも礼を強制する世の中になったのか」ということですよ。もちろん個人の自然な感情に発露に基づく感謝を否定するつもりはありませんが、それを強制することはいかにもおかしいですよ。

過去30年にわたって一切顧慮されてこなかった国政の最高責任者としての義務の一部をようやく少しだけ果たしたに過ぎないのです。

投稿: ごまめ | 5月 29, 2004 13:43

ごまめさん、再度コメントありがとうございます。

なるほど、お互いが違う方向を見ながら、不快感を感じていたんですね。
個人がどのような印象、感情を受けるのか、それは自由ですから、それ自体は私も否定いたしません。

これ以上は、お互いに平行線になるかも知れませんが、私の物の考え方として、「○○の行為をするのは当然」であっても、その行為や結果を、全く評価せず、相手に謝意を示さずに、自分の主張だけを述べる行為は、好きになれないんですよ、だから不愉快に感じちゃう。

それは、私にとっては、親子関係もそうだし、仕事関係もそう。
例えば、仕事なので多少の無理を聴くのは当たり前なんだけど、やってくれた事に対して、私は謝意を相手に伝えますよ。その上で、結果にまだ不満があれば、さらに相談を持ちかけますけどね。確かに、中には偉そうに命令するだけで、仕事なんだから当たり前だろ、と言う態度の人もいますけど、そんな人は嫌われます。(笑)
これはもう、私個人の感性の問題なので、いろんな人はいるのは承知です。

投稿: akinopapa | 5月 30, 2004 02:19

蓮池;地村両家に言う。

多額の税金を使って子供を連れ返してもらったのだから貴方たちは国民全員にお詫びと感謝を示さなければいけない。貴方達は日本国に貢献した英雄ではない。大きな顔をしてテレビにでるな。私達が支援したいのは横田めぐみさんをはじめ不明の人たちのことです。貴方達は子供のことと同時に不明者の支援を全国に訴えることに全力を注ぐべきではないか。北朝鮮でのしりえたことは隠さず国民に伝える義務がある。多額の国民の税金を使ったのだから。全部話せば相手が報復に利用するからと言うのは貴方達の言い逃れと思う意外にない。国民をだますな。同情を得るために小細工をするな。最後に拉致されたことは本当に気の毒なことであったと思います。以上

投稿: 木村 滋 | 6月 21, 2004 19:58

木村さん、コメントありがとうございます。

>>最後に拉致されたことは本当に気の毒なことであったと思います。以上

最後のこの言葉と、ここまでの文章の書き方のギャップに、少し戸惑いを感じちゃいます。(笑)


それはともかく、これはあくまでも私個人の感想なのですが、確かに、人に助けられた場合は、協力してくれた人たちに感謝はするべきだと思う、これは内容によって、程度差はあるかも知れないけど、誰もが感じることだと思いたい。

しかし、目に見える感謝は1~2度だけで十分だと思う。
度を過ぎた謝意は、被害者でありながら卑屈に見えてしまうし、「助けることは当然」だと思っている側から見ても、何度もしてもらうものではない、そう思う。

さらに、大きな顔でマスコミに登場していると言われますが、これはお茶の間の国民にも責任があると思う、国民の興味が無い(視聴率が低い)記事には、マスコミは見向きもしません、露出度が高いと言うことは、それだけ国民が気にしているのでしょう。個人的には、ゆっくり休んで欲しいです。

また、北朝鮮の情報ですが、確かに知りえた情報を包み隠さずに伝えるべきでしょうね。ただし、私は何も国民に全て伝える義務があるか、と問われれば、否と答えますね。
北朝鮮は、日本のマスコミをチェックしているようです、国民が知りえるような情報は、全て北朝鮮も知っていると思っても良いでしょう。

重要な情報は、切り札として手の内に残しておくことが貴重な場合も多々ありますし、北朝鮮に残された拉致日本人の生命の危機にもなりかねませんので、伝える相手は国民ではなく、国の機関だけで十分だと思っています。

投稿: akinopapa | 6月 21, 2004 20:27

ご批判有難うございます。マスコミにちゃらちゃらと登場するのは蓮池;地村両家の人たちが思い上がっているとしか思えません。皆さんは気の毒なとの思いから批判を遠慮している向きがありますが折に触れ色々の人の意見をきいてみると今度の小泉首相の訪朝後は両家の人たちがテレビに出ているのを見るのはウンザリだといっています。マスコミが勘違いしているのではないでしょうか。以上

投稿: 木村 滋 | 6月 21, 2004 21:40

木村さん、再度のコメントありがとうございます。

ただ単純に批判したわけではありません。
蓮池さん夫妻、地村さん夫妻が、自分達でマスコミに出たいと望んだ結果の、現在の露出度であるなら、私も同様の感想を抱いている可能性はありますが、その辺の事情を私は知りません。

よくある話ですが、定期的に会見を開いて情報をマスコミに公開する、と言う協定が結ばれている可能性はあります。

要するに、自由な取材を許した場合、マスコミ各社が両家の家に押しかける、近所に取材しまくる、勤務先や買物先まで追いかけたり、パパラッチのような真似をされてしまい、それでは普段の生活が出来なくなるので、会見を開くので、取材は勘弁して欲しい、と言った取引を結んでいる可能性があります。
もしそうならば、マスコミに登場することで、彼らを直接批判するのは的外れではないか、私はそう思うのですよ。


まあ、彼らがテレビに出ているのはウンザリ、と言う人もいらっしゃれば、国民の支援もあって助かったのだから、近況報告ぐらいは国民に向かってするべきだ、などと考えている人もいるのでしょう。
だからと言って、ウンザリだと批判してはいけないとは思わないです、ただし、批判するなら、彼らではなく、彼らをそっとしておかない、マスコミや国民に向かって言うべきではないか、そう思いますけどね。

投稿: akinopapa | 6月 22, 2004 18:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 家族会への批判ってダメなの?:

« 吼えるだけで解決するなら世話ない | トップページ | どうしてそんなに弱腰外交なのか »