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4 28, 2004

日の丸反対・除名取り消し訴訟

★日の丸反対・除名取り消し訴訟で元市議の請求棄却

・日の丸掲揚に反対して議長席を占拠するなどしたことを理由に、02年に
 横浜市議を除名された井上桜市議(39)と与那原寛子元市議(39)が、
 市議会に除名処分の取り消しなどを求めた訴訟で、横浜地裁は28日、
 2人の請求を棄却する判決を言い渡した。川勝隆之裁判長は「市議会の
 混乱の程度などを考慮すると、裁量権の乱用があったとは言えない」と
 述べた。

 原告側は「除名は思想、表現の自由を侵す弾圧で、地方議会の裁量権の
 乱用で違法だ」と主張していた。

 判決によると、横浜市議会は02年5月、議場での日の丸掲揚を決めた。
 2人は同月、掲揚された日の丸を撤去しようとして退場させられた。同年
 6月には、議長に話し合いを求め、約6時間にわたって議長席などに座り
 続けた。市議会は同月、2人の除名を決めた。
 井上氏は昨春の横浜市議選で当選している。(asahi.com)


 えっと、この記事を読む限り、この2名の市議は、自分の思想、主張を押し通すために、議場で日の丸を撤去しようとして、市議会を混乱させ、議長に話し合いを求めるのに、6時間に渡って議長席を占拠したので、除名されたが、裁判では除名は妥当であるとされたわけですね。

では、この2名の市議の言い分を聞いてみましょう。


◎井上さくらさん弁明 
「日の丸」は個人の思想・信条の自由に関わる事なのに、掲揚決定を知らされるだけで全く意見を述べる機会が一度もなかった。この間少数会派の発言する機会がなく、議会での議論ができなくなっている。6時間の空転は事態打開の為の方策が取られなかたために起きたもので責任を一方的に押し付けられる事は不平等でないか。議会での議論ができなくなっている議会体質となっていて、多数会派による多数決で全て決めている
全て多数決で決めて行くやり方が本来の議会制民主主義であるのか、今一度立ち止って考えて欲しい。

◎与那原さん弁明
 6月23日は沖縄慰霊の日、沖縄出身の私にとりいまだ米軍が駐留する沖縄の現状を考えれば日の丸掲揚は見過ごす事のできない問題である。発言の機会を求めていたが与えられず、発言不許可の理由が明らかにされていない。発言の中身(日の丸掲揚について)に対しての不許可だと思う。国旗・国歌を尊重するしないはその人の良心の領域の問題である。一つの意見に強制する事に反対である。議会に思想・信条を侵すものを持ち込まず自由闊達に議論できる場の保証をしてほしい。

・・・・・・なんですかこれは?
 こんな自分勝手な言い分、あるのでしょうか。


もう一度確認しましょう、なぜ、この2名が除名されたのか。
「議長席を不法に占拠したために、市議会が空転、混乱したため」でしたね。

さて、もう一度彼女達の弁明を見ましょう。
井上さん「日の丸は思想・信条の自由だ。 議会で自分が発言できないから市議会が空転した。 自分だけが悪くない、多数決で辞めさせられた」
除名させられた理由が、分かっていないようです、頭を冷やすべきですね。

与那原さん「沖縄出身の私は、日の丸掲揚は許されない。議会で発言できない、自由闊達に議論したい」
これまた、除名された理由に少しも触れられておりません、分かっていないのですね、冷静になりましょう。

除名させられた行為に関して、なんら誠意ある弁明をせずに、自分は悪くないとばかりの一方的な言い分。
こんな自分勝手な言い分を垂れ流す、それだけでも、十分に同情の余地なしですな。


そのほかにも、この二人は自分の主義・主張にのめりこんでおり、単なる感情的なヒステリーですな。
彼女達の言い分、それぞれが突っ込みどころ満載です。

まずは井上さん、確かに日の丸は思想・信条の自由ですよ、でも議会が決めたことを、自分の思想だけに照らして強制的に撤去しようとする自由は、いつから日本で認められるようになったのでしょう。 思想・信条の自由を持つ=実力行使で撤去しても良いわけではありません、ここは民主国家ですよ。
また、議長席を不法に占拠し、自分達の要求を押し通そうとする姿勢は、どこぞのテロリストの論理とどう違うのですか?
民主主義と言うのであれば、実力行使(占拠)など使わずに、きちんと民主主義の手続きに則って、訴えるべきです。
こんなの当たり前です、自分達が少数派で意見が通らない、自分達の意見を聞いてもらえない、その辛さは理解出来ますが、だからと言って、実力行使が正当化できるものではないことぐらい、中学生にだって分かっている事です。

また、与那原さんもそう。
沖縄出身で、日の丸に対して良い感情を持っていない、と言うのは理解しましたし、日の丸に対しいろんな主張や活動を行う事は、まさに自由です。 でも、自分が嫌いだからといって、他人の日の丸を掲揚する自由を、強制的に侵害する自由は日本にはありません。
仮にも、議会で定められた国旗掲揚ならば、掲揚を中止させるのは、議会で決めるしか無いのです、こんなの市議ともあろう方なら、言われなくても分かっているはず。
議論が議会で出来ないとか、発言が無いとか、井上さんに言った言葉そのまま同じ事を送ります。
自分達が正しいと信じる行為でも、不法な振る舞いを行ってよい理由にはならんのですよ、こんなの常識です。

正論を振りかざしているつもりで、実は単なる自分勝手な振る舞いしかしない、だから、私はあなた達のような人たちに、信用がおけないのです。

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4 26, 2004

責任をどうやって取ってもらうか

国民年金 中川経産相ら3閣僚が保険料を未納

 中川昭一経済産業相、麻生太郎総務相、石破茂防衛庁長官の3閣僚は23日午前の閣議後会見で、国民年金の保険料を納めていなかったことを明らかにした。国民に保険料支払いを求める政府の閣僚から未納者が発覚し、保険料の引き上げを盛り込んだ年金改革関連法案に反対する野党側は「21年間払っていない中川氏は悪質。政府は法案を出す資格はない。(未納の)閣僚を辞めさせるか、法案を出し直すかだ」(野田佳彦・民主党国対委員長)と批判。同日午前の衆院厚生労働委員会は、民主党が中川氏らの出席と答弁を求めたため、たびたび中断した。
 中川氏は「83年2月に(旧日本興業銀行を)退行し、12月に国会議員になって今まで国民年金を払うのを忘れていた。まったくのミス。おわび申し上げたい」、麻生氏は「96年11月に経済企画庁長官に就任した時、厚生年金を国民年金に切り替えるところで怠ったため、00年9月に60歳になるまでの約3年10カ月が未加入になっている。お騒がせして申し訳ない」と、それぞれ陳謝した。中川氏は02年以降の保険料を先週納付したことも明らかにした。(毎日新聞)


これは先週の23日に発覚したので、記事はいつのものでも良いのだが、まあ、呆れるばかりですな。

実を言えば、私も会社の倒産を経験しているので、厚生年金と国民年金の切り替えと言う問題を経験した。
倒産によって無職になり、暇だったので手続きとか自分でやったが、国会議員ともなれば、確かに家族か誰か他の人に面倒な事務手続きは任せるだろうけど。
今は、自分達で会社を作ったので、また手続きが面倒だったけど、今度は会社で一括してやったので、自分ではやらなかった。


確かに、大臣にもなった3人が「うっかり」で済まされるほど、簡単な問題ではないと思うが、個人的には、これぞまさしく、年金制度のシステムが複雑で、難解であるかの証明ではないか、そう思っています。
民主党が目指す一元化は、まさにこの複雑なシステムを改革するものです。
まあ、今の民主案には賛成できないけど、一元化だけは大賛成かな。

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あと、未納の大臣達よりも腹が立つのは、社会保険庁です。

社会保険庁は、閣僚の未納問題について、「プライバシーの問題もあり、本人の了解なしに加入状況を調べるわけにはいかない」と説明したそうですが、「お前はバカか!!」と言いたいですな。(笑)

「本人の了解なしに加入状況を調べる」のではなく、「長期間未納しているものを調べる」だけで十分でしょう。
中川経済産業相などは21年間未納なんですから、長期間の未納者のリストさえあれば、中川大臣などすぐにチェックできるでしょう。

支払能力がありながら、支払わない悪質な未納者に強制徴収を始めたそうですが、21年間政治家やっている人間は、当然支払能力がありだと判断されると思うのですが、そのケースが悪質に入らないこと自体が、異常ですよね。
どんな基準で「悪質」と判断しているのか、判断基準が曖昧で、社会保険庁にその資格が無いのが明白です。

また、それ以前に、江角マキコも石破茂防衛庁長官も言っていたけど、未納者に「未納通知」さえ出しておけば、払った人も大勢この世にはいるのではないか?
税金が未納なら、必ず通知が来て、取立てまで来るのに、年金に関しては未納通知さえ出していない。
年金の未納者が増えている(今は4割)とか、年金の財源不足だとか言われて久しいが、未納者に対し、通知を行うと言う基本的な作業すら行わずに、未納者が多いなど困ったと言う資格が、社会保険庁、いや厚生省にあるとは思えないです。


もはや、年金問題とは、単にシステムの改革だけでなく、今までの行政のツケ、厚生省役人にどのようにして一部でも負担させるか、どのような責任を取らせるか、それが大事でですね。
未納者が増えたと言っても、通知もせずに真剣に取り立てもせず、一部の国民にだけ強制徴収を行い、ポーズだけは作るその態度、自分達は天下り先や、年金をポンポン湯水のように無駄遣いをした、その過去のツケ、それら全てが役人(政治)不信につながり、年金制度不信に繋がっている。


政治家への不振もさることながら、厚生省への責任をどうやって取らすのか、そこまで踏み込まなければ、年金改革は何をやっても信用されないだろうね。

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4 25, 2004

想像力の欠如?

奇しくも、23日のブログで、鳥取こども祭りへの自衛隊参加反対に関する記事を紹介したところ、こんな記事も出てきました。


自衛隊祭り」で男児らがけが 市民団体、抗議--松本 /長野

 陸上自衛隊松本駐屯地(松本市高宮西、村永次郎司令)で18日あった創設54周年記念行事(自衛隊祭り)の際に、名古屋市内の男児(8)らが展示されたヘリコプターなどに触れてけがをしたとして「自衛隊祭り反対松本地区連絡会議」など9市民団体が23日、事故への抗議と事実関係調査を同駐屯地に申し入れた。

 申し入れ書によると、展示中の戦車で遊んでいた子どもが手の指を骨折。また、並んで展示していたヘリでも、別の子供が手の指のつめを負傷したという。事実であれば、関係者への謝罪も求めている。

 これに対し同駐屯地広報班は、男児がヘリ側面に触れ、右手の指のつめがはがれて応急処置をしたことを認めたが「詳しい事実関係は分からない」とした。また戦車で骨折した件は把握しておらず、調査して回答すると約束した。

 事故当時、展示したヘリや戦車の前にはプラスチック製チェーンが張ってあったが、係員はおらず、自由に近寄れる状態だったという。【森有正】

毎日新聞 2004年4月24日


はっきり言って、こんなに嫌われ者になっている、自衛隊員が不憫ですなぁ。(笑)

彼らは、緊急の際(有事・災害関係なくね)には、自分達の命を顧みず、体を張って、このように嫌っている市民団体の人たちも助けるんですよねぇ。 しかも、それは自衛隊員自身の子供や家族と分け隔てなく、国民を助ける、守るわけですが、そのことを、この人たちはどう思っているんでしょうね。
 
その局面が来ても、我々は自衛隊に反対する立場なので、助けてもらいたくない、死んでも良いので、ほっといてもらおう」なんて言うのでしょうか。

阪神大震災から9年、いろんな書籍が出ていますから、ぜひとも読んで欲しいですね。
私も実家が被害にあって、震災後神戸に入りましたが・・・自衛隊の救助活動にどれほど救われたか。
平和ボケと言うより・・・そんな場面を想像できない、想像力欠如とでも言うべきですか.。

いい大人が感情的になって、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」をやってどーするんだろうね。

ところで、チェーンが張ってあったと言うことは、危険なので立ち入り禁止だったわけですよね、そこに子供が入って怪我をした、親の監督保護責任は、どこに行ったのでしょうね。
立ち入り禁止だったから、怪我をしても自衛隊に全く責任が無い、とは言わないけど、これって今回の人質事件の構図にも似ている。
退避勧告の出ている国出かけて拉致された、政府はそんな人たちでも、国民である以上は助ける義務はある。
でも、拉致された側にも、当然危険な地域に出かけた、自覚と覚悟があるべきで、その自己責任が話題にもなっており、子供の親はどこに行ったのでしょうね。

私は、自衛隊派遣を反対するのに、国会議事堂前や政治家に反対するのでなく、心配そうな家族が見守る中、危険な任地に赴く自衛隊員に向かって、「行くな!」とか「自衛隊は違憲だ!」とか、全く頓珍漢で意味の無い、感情的なバカな運動に対しては、これからもここで徹底的に糾弾して行くつもりです。


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4 23, 2004

子供をバカにするな!

う~ん、またまた来ました。

自衛隊に祭り参加取り止めを要請--新日本婦人の会 /鳥取

 鳥取市内で25日開かれる「鳥取こどもまつり」(同まつり実行委など主催)に自衛隊員が参加予定だったことが分かり、「新日本婦人の会県本部」(市谷貴志子会長)などは21日、隊員の参加取りやめを求め、実行委と自衛隊地方連絡部に要請書を手渡した。主催者側は「一部の催しは自粛したい」としており、児童用制服を着用しての記念撮影などはやめる方針。
 要請書で、婦人の会は自衛隊について「イラク派遣により軍隊としての性格を強くしている」と批判。「『かっこいい』という一面的な見方が子どもたちを戦場に駆り立てる流れを促進する」として、祭りの参加取り止めを求めた。
 主催者側によると、自衛隊はこれまで、12回参加。ジープの展示などで子どもたちと隊員が交流していた。【平川哲也】(毎日新聞)


さて、「新日本婦人の会」をネットで調べてみたところ、役員に共産党の井上美代参議院議員がいたり、この会の目的を見れば、共産党の支援団体のようですな。

理由が、「イラク人質事件で、邦人が拉致され生命が危険にさらされ、犯人グループが自衛隊を名指ししていることもあり、自衛官自身が子供の為とは言え、祭りどころの心境ではないだろう、自粛してはどうか」などであれば、十分に私はその意見に理解をしたと思う。

しかし、「イラク派遣により軍隊としての性格を強くしている」と批判。「『かっこいい』という一面的な見方が子どもたちを戦場に駆り立てる流れを促進する」ですか・・・
まあ、確かにこの婦人の会の目的とやらは、共産党系ですから、自衛隊に対しては反対の立場をお持ちですし、それを主張するのはかまわないけど・・・婦人会の旦那たちは、どう思っているんだろうね。(^^;


調べたところ、この鳥取こどもまつりは、今年で29回目だそうです。
そのうち、過去に12回の参加があったそうですが、過去28年の中で、その自衛隊にこどもまつりで接した時、「かっこいい」とかの理由で、戦場に出かけていったバカな坊主は存在したのでしょうか。
そんなことを申し出る以上、最低、自衛官になっちゃった坊主はいるんだろうね? まさか、いないとか言えないだろうけど。

でも、仮にそんな子供がいたとしても、そんなの本人の選択だろうし、仮にその場で「かっこいい」と感じても、当時子供なら、入隊するまでの数年間で、いろんな見識を広げるチャンスもあったはずで、それを踏まえて、その子は自衛官になったんだろうし、どうして個人の選択を尊重できないかね。

婦人の会の旦那たち、小さいころプラモデル全盛のころ、戦車や戦闘機や戦艦を作って「かっこいい」と思わなかった? 親に、銀玉鉄砲買ってもらって、友達とバンバン撃ち合いしたこと無いの? 店先に飾ってあるライフルやら銃を見て、「かっこいいなぁ、欲しいなぁ」と思ったこと無いの?
俺の子供のころの周りには、そんなヤツが一杯いたよ、戦争ごっこだってやったし、プラモデルだって、わざわざ戦争のジオラマまで作って見せっこしてた。 でも、その中のだれも戦争になんか行っていないし、自衛隊にも入っていないけどな。
むしろ反対に、今のNGOのような話題がなかった時代に、海外青年協力隊でアフリカに行ったヤツはいたな。
普通、そんなものでしょ、子供のころにかっこいいと思っても、所詮はその程度。


まったく、子供をバカにするなよ、そんな単純なもので、将来が決定すると思っているのか? 自分が子供のころを思い出してみろよ、そんなに単純な人生を歩んできたのか?


母親と父親は、子供に対する教育、期待などは、どうしても違うらしいけど、少なくても、職業で偏見を持つような態度は、子供の教育にも良くないことぐらい分かるだろうに、そんな馬鹿げた提案を止めるよう、おかあちゃんに反対できなかったのかね。
婦人会が嫌いなのは、自衛隊と言う組織であって、自衛官と言う個人の人間じゃなかろうに。


ともかく、自衛官と言うのは、現代社会におけるひとつの立派な職業なのよ、個人の主義主張や、好き嫌いに関係なく。
そこをまず認め、そこから運動を展開しないから、この間の人質事件でも、人質のことよりも共産党は政治運動として、彼らの事件を利用し、政府を非難して撤退を主張したでしょ。
現在の、あの3人へのバッシングって、言い換えれば共産党などの、捕まった彼ら以外の日本にいた、NGOや共産党関係者のせいで起きている、そう私は思っているんだけどね。

昨年の衆議院選挙では、社民党や共産党は惨敗したけど、その理由が分からないと、今度の選挙でも同じことになるよ。
この間の比例区では、全国で共産党は得票総数の約7.65%の458万票しか集められなかった。
ちなみに、社民党は約5.23%の300万票だったけど、2つ合わせても、13%の750万票にしかならんのよ。
まあ、あと民主党の中にかなり社会系の人もいるので、まだ何とかなるし、共産党は今回のような、婦人の会のような組織票が他にもあるから、まだそんなに大きく崩れないとは思う。
でも、大きな基盤を持たない社民党は、このままでは次回の参議院選挙でも議席を落とすだろうし、共産党も浮動票をどこまで取り込めるんだろうね、反自民票が民主党に行くだけでは、共産党の存在価値はどこにあるんだろうね。


白状しておくと、私は15年前は反自民勢力として、社会党(土井さん時代)や共産党にまで投票した経験があるけど、今は個人的に、世の中にまだ社民、共産なんかに票を入れるのが700万人もいるのか、と言う方に驚いている、そこまで私の中では両党は落ちぶれているのねん。

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4 21, 2004

イラク人質事件、解放-3-

今回の、日本国内の人質に対するバッシングについて、フランスの新聞で批判されたようです

自己責任論を批判 「若者誇るべき」と仏紙

 【パリ20日共同】20日付フランス紙ルモンドは、イラク日本人人質事件で、日本政府などの間で「自己責任論」が台頭していることを紹介、「日本人は人道主義に駆り立てられた若者を誇るべきなのに、政府や保守系メディアは解放された人質の無責任さをこき下ろすことにきゅうきゅうとしている」と批判した。
 東京発の「日本では人質が解放費用の支払い義務」と題した記事は、解放された人質が「イラクで仕事を続けたい」と発言したことをきっかけに、「日本政府と保守系メディアの間に無理解と怒号が沸き起こった」と指摘。「この慎みのなさは制裁まで伴っている」とし、「人質の家族に謝罪を要求」した上に、健康診断や帰国費用の負担を求めたと批判した。
 記事は、「(人質の)若者の純真さと無謀さが(結果として)、死刑制度や難民認定などで国際的に決してよくない日本のイメージを高めた」と評価。パウエル米国務長官が人質に対して、「危険を冒す人がいなければ社会は進歩しない」と慰めの言葉を贈ったことを紹介した。(共同通信)


実際の話として、確かに最近のバッシングには、かなり行き過ぎる部分もありますね。
当事者3人だけではなく、家族への誹謗中傷や無言・罵倒電話などは、正直な話、付き合いきれません、あれは犯罪です。また、賠償金で何十億円も払わせろとか、バカバカしい意見まであって、自己責任派でも内容はピンキリのようです。
もっとも、そんな人たちは、自己責任派と言うよりも、単に騒ぎに便乗して喜ぶ愉快犯だろうけど。


さてさて、ルモンドの今回の記事ですが、確かに酷いバッシングもありますが、国民の多くのバッシングに関しては、その詳しい背景を知らないで、一面的な部分だけを拾って、この記事を書いていると思われます。
まあ、日本のマスコミも似たようなものですから、その点だけでルモンドの批判は出来ませんが、少なくてもこの記事に限っては、裏の事情を取材していない、取るに足らない内容と見て良いと思うな。

ちなみに、読売新聞ですが、以下の記事を紹介しておきます。


「人間の盾」各国は放任 「危険承知」「自己責任」

 外務省は24日、各国の「イラクでの自国民保護状況」を発表した。イギリスやフランスなど主な国から聞き取り調査したもので、状況を正確に把握していない例が目立った。日本はイラクへ向かう日本人の数や、滞在先を正確に把握し、連日のように個別に出国を呼びかけている。だが、フランス政府などは「人間の盾、報道関係者などは危険を承知で自己責任で滞在している。政府として安否確認に関知しない」としており、日本とはそもそも考え方が違うようだ。
 各国の対応は次の通り。

 米国=調査中▽英国=当初「人間の盾」7人がいたこと以外は推定もできない▽フランス=「盾」参加者がいると想像されるが数と滞在地は不明▽ドイツ=報道では「盾」のために2人が滞在しているとされるが把握していない▽イタリア=滞在者は35人。「盾」登録者は4人▽オランダ=14人が滞在(場所、内訳不明)▽ロシア=大使館員、報道関係者以外滞在なし

( 2003年3月25日付  読売新聞 無断転載禁止)

フランス政府もまた、やはり自己責任で滞在しているはずだ、と言う立場ですね、むしろ日本政府の方が、宿泊先などを把握して退去勧告を出したりして、親切だと言えます。

要するに、危険地帯に行くことは、それは「危険である」と言う認識を自身が持ち、そしてその危険な地域での事故、事件などに巻き込まれた場合、それ相応の覚悟をしているはず、イコール、自己責任が前提にあるわけで、これは万国共通だと言う事です。
フランス政府をはじめ、米欧諸国も、自国の国民が危険地域にどれだけいるのか、それを把握しないのが当たり前のような立場ですよね、ルモンドもおそらくそんなことは「常識」であり、そこでまさか食い違っているとは思っていないのでしょう。

言うまでもなく、ルモンドが批判しているのは、危険地域に向かうジャーナリストやNGO関係者を非難しているからですが、ルモンドが見落としている大事なところは、この危険地域に行く覚悟=自己責任を自覚している事が前提であるはずなのに、彼らにはその自覚がどこまであったのか、少なくても、日本国民は、彼らや、彼らの家族、そして彼らが所属する組織、支援する団体が、それらを自覚しておらず、自己の要求や政治的運動に利用した点に対して、大きなバッシングに変化した事を、取材していない点です。

個人的な感覚ですが、危険を承知で紛争地域に赴くジャーナリスト、NGO関係者などは、その勇気と行動において、日本でも賞賛される立場であると思っています。 ただ、その賞賛をもらえる人は、本当に危険が身に迫ったときに、自分のわがままで来たのだから、政府や国民に迷惑などかけたくない、と言う心構えがきちんと出来ている事が前提でしょう。

以前どこかで聞いた話によれば、あるジャーナリストは、このような危険地域に取材に出かけるときは、常に自分の身に何があっても、国民に迷惑をかけたくないので、見殺しにしてくれ、と言うような内容の手紙を書いて出かけているそうで、その心意気がれば、彼の勇気と行動には、畏敬の念を抱くことが出来る。

しかし、その覚悟もなしに物見遊山気分で、社会勉強気分で、気軽に出かけているとすれば、むしろその自覚のなさに非難が集中するのは、日本だけではなく、フランスでもどこでも同じだと思う。


ただ、いろいろ書きましたが、私は捕まった5人が、覚悟せずに気軽に出かけたとは、思いたくないです。 だって、もしそう思っていたら、余りもの平和ボケさに、国際社会に向かって恥ずかしいじゃないですか。
だから、彼らは自覚して出かけたけど、被害に遭ったと思う。 しかし、今回のバッシングは、彼らではなく見送った側の家族、支援団体側に、その自覚がなく、彼らの態度で多くのバッシングを受けたのではないか、そう思いたい。
彼らの解放されたときコメントも、気になるけど、事の重大さを理解していなかったのは、現地での情報の少なさによるものとしてあげたいな。

あと基本的には、外務省はチャータ機でありながら、通常の航空料金の5万円程度しか請求しないと言う。
それなら、請求してもぜんぜん問題無いと思うし、勉強代にもなるんじゃないか。

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4 19, 2004

イラク人質事件、3人が解放-2-

4/16付けの「イラク人質事件、3人が解放」に対し、以下のコメントを頂きました。

コメント

今回は、これに対するレスを書きます。
私の場合、ブログが不定期にしか書けないので、少しでも稼がせて頂きます。(笑)

>>世の中の第三者が被害者家族宅に嫌がらせ電話などをかけることに、この国民の卑しさというのを感じてしまいます。

御意。

仰るとおりですね、これは犯罪です。
私が、環境保護団体グリンピース、過激な反戦運動を行う左翼が嫌いな理由に、まるで「自分達の主義主張を通すために、法を犯しても正当化される」と思い込んでいるかのような行動を、周囲の迷惑を考えず、公然と行う事にあります。
然るに、今回の一連の嫌がらせは、まさしく私が左翼を嫌う理由と、全く同じ事を行っているようなもので、何の正当性もなく、自己責任だと思っている、その多くの人の支持すら、失う行動ですね。(もちろん、私もそうです)

まあ、これらはどちらかと言えば、主義主張のためでなく、単なる愉快犯だと思っていますから、それだけ、馬鹿げた行動をする人が多くなったのも、悲しい話ではありますけど。


>>また、自衛隊含め日本政府もこの事件が起こっても事件解決に向けて行動できなかった点も、この政府の無能さを感じてしまいます。

まあ確かに、特に外務省は無能だと、私も思っていますけどね。(笑)

それはともかく、私は、今回の「拉致事件 → 解放」に至るまでの、裏事情をよく知りませんので、日本政府への批判は現時点では避けますが、まあ、現段階でも「無能」かどうかは分からないけど、「無力」ではありましたね。
この事件は慎重に考えるべきで、個人的にはいまだに「自作自演」の可能性は0%ではないと思っていますし、彼ら3人が直接関与していなくても、背後に左翼系日本人(旧赤軍派も含む)の存在の可能性もまた、残っていると思うので、そうだとすれば、最初から政府が関与できるものではなかった可能性もありますからね。

ただ、さすがに政府も、今回の事件に関しては、裏ではいろんな手を打ったであろう、と信じてあげて(笑)、結果的に無事解放された、その点だけは評価したいですね。

>>逆に自衛隊、日本政府には安全な箱庭の中で水汲みばかりしていないで、真のイラク支援とは何かというものをもう一度考えていただきたいものです。

この点は、同感だけど、実際問題として「特措法」で派遣されている以上、制約が多すぎるもの確かです。
日本のNGOや民間企業を派遣して、復興させるのも良いですが、現在のイラクの治安状態がそれを許しません。
かと言って、自衛隊を派遣して彼らを守ることも、今の日本では許されません。

今回もよく言われたのですが、仮に、犯人のアジトが見つかっても、自衛隊は邦人の救出のために武力も使えなければ、アジトまで動くことすら出来なかったわけで、そのような状況になった時、同じ日本人を助けるのに、そばに派遣されている日本の自衛隊ではなく、アメリカなり他国の軍隊にお願いしなければならない、そういった自己矛盾を、現在の自衛隊は抱えているのです。

憲法改正にアレルギーを感じている人は多いですが、日本がマジメに国際貢献を行う、アメリカのポチと呼ばれないような独立した行動を取る、真のイラク支援が行えるために、憲法改正は避けては通れないものなんです。
いつまでも、目をつぶっていれば、嵐が行き去ると言った態度では、同じことの繰り返しですね。
何事も、一朝一夕では出来ないものですから、徐々に作って行きたいです。

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4 16, 2004

イラク人質事件、3人が解放

先週、イラクで人質となった、郡山さん、今井さん、高遠さんの3人が、日本時間の昨夜、無事に解放されました。
何はともあれ、無事の帰還は良かったです。

まだ、2人の日本人が行方不明なので、手放しで喜べないのですが、とりあえず一区切りですね。


今回の事件で、日本はまさに完全に二つの立場に分かれた気がします。

1)人命を第一に犯人の要求を呑め
  人質事件も自衛隊派遣が原因なので、早急に撤退しろ
  今回の事件の責任は、あくまでも政府にある

2)テロの要求に従う自衛隊撤退は、絶対に許すな
  外務省が勧告を出している場所に行ったのだから、自己責任だ
  今回の事件の責任は、あくまでもテロ実行犯であり、捕まったあの3人だ


こんな感じでしょうか。
もちろん、支持政党で言えば、上が社民党、共産党であり、下が自民党、民主党、公明党でしょうか。
私は、もちろん下の、自衛隊の撤退はないし、自己責任だと言う立場ですけどね。

今回の事件で、事件発生当時から、私はどうも違和感と言うか、もしくは嫌悪感を感じていたのですが、どうやらこの2極対立と言うか、事件なんだけど、それを利用した、政治的な主張が鼻についたからのようです。

今回、被害に遭われた3人のうち、ジャーナリストの郡山さんを除く2人、高遠さんや今井さんは、家族からして共産系、もしくは左翼系の運動を行う立場の人で、家族や関係者はとかく人命第一を言いますが、それ以上に、彼らの周辺からは自衛隊悪者論を展開し、自分達の主張、運動を進めておりました。

良い例が、拉致したのは日本政府ではないのにも関わらず、首相官邸では自衛隊撤退のデモを行ったりしています。
普通、どの国を見ても、犯人に人質解放を呼びかけるデモを行うでしょう、そしてその次に、対応がまずければ政府の批判をするデモもあるでしょう、しかし、彼ら組織は、犯人に対するシュプレヒコールなどなく、いきなり政府批判を行ったわけです。
これは、非常に恥ずかしい話ですね。

人命を第一に考えよ、と要求しながらも、彼らはこの「事件」を利用して、単なる自分達の政治的運動に置き換えただけなのです。
これを恥ずかしく思わない人がいるのでしょうか、国内の誘拐犯では、誘拐犯を憎む人たちなのに、政治的に利用できる事件があれば、真っ先に便乗するその心根が貧しいですな。


それが、私だけではなく、多くの国民の反感を買ったのでしょう、自己責任を強く訴える人が増え、正しい行為とは言いません、むしろ犯罪だと思いますが、被害者の家族に対する抗議、誹謗中傷などが増えて行ったのだと思います。
それを察して、家族も途中から態度が変わりましたが。

それから、政府が自己責任、賠償金請求などの話も出て来て、反対する人もいますが、反対する理由がちょっと・・・

  「在外法人が危険にさらされたとき、救出に努力するのは国の仕事だ」

確かにその通りですね。
ただし、今回は外務省が「退避勧告」を何度も出しており、政府が入るな、と言っている場所に、自分たち自身の意志で入国したのです。 もちろん、政府は危険にさらされた邦人を助けますが、政府が危険だからとしている場所に行って、実際に危険な目に遭ったわけですから、もっと救助されるほうは謙虚になっても然るべきでしょうな。
行ったのは、大人が自分の判断で危険な場所に行ったのです、判断を甘く見たのは政府ではなく、自身の責任です、これぐらいは自覚しても良いでしょう。 自覚していないから、こんなに世間を騒がせて、関係者を巻き込んでおきながら、イラクに残りたいなどの、馬鹿な発言が出るのでしょう、甘やかす必要はありません。


  「自衛隊を派遣するのに莫大な費用を使っているではないか」

これも、政府が自分で決めたことですから、それに関する費用、損失は政府が責任を持って支払うものです。
政府は、議会で承認された組織で、国民の選挙によって選ばれた議員で運営されているのですからね。
しかし、今回の行動に関しては、政府が承認していましたか? 国民が選んだ3人ですか?
簡単に救出と言うが、普段から税金の無駄遣いにはうるさいくせに、わずか3人の無謀な行動によって、何十億円もの費用が税金で無駄に使われているのです、それを「当たり前」だとか、思う方がどうかしています。
自衛隊派遣に反対しているから、自衛隊にはこれだけ使っているのに、と思われるのでしょうが、それこそ感情論で批判しているようなもので、自衛隊に使っているので、そのぐらいは認めろ、と言う論法はエゴそのものです、そこに気づかないと、国民の支持派得られるわけがありません。


  「自国の利益のみを考えて、他国にボランティアに行っている人を非難するのは、おかしい」

何度も言いますが、ボランティアに行くこと、その行動や人物を非難する人は、それほどいません、私も大賛成です。
しかし、自分にとって正しいと思う行為は、常に周囲にとっても良いことだと限らない、こんな小学生に教えるような当たり前のことにも気づいてください。
どんなに、自己主張が崇高なもので正しく、勇気ある素晴らしいものでも、本人の思惑とは関係なく、ある行動の結果が、好む、好まざるを関係なく、周囲に大きな影響(迷惑)を与える事もあるわけで、今回の事件では良い教訓になったでしょう。

ちなみに、今回の人質事件が発生した後の日本の経済損失はいくらぐらいか、調べてみるのもいいですね。
本人たちは、そんなの関係ないよ、と言いたいでしょうが、事件が及ぼした結果であることには違いないのですから。


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4 09, 2004

イラク邦人拉致事件

※このログは、RYOさんのブログに対する、トラックバック用に書いたものです、参照してください。

 ソフトターゲットが狙われる話は以前からあったわけで、可能性とし指摘されてきた事件、それがついに起きてしまった、と言う感じですね。

はっきり言えば、政府は絶対に自衛隊を撤退させないでしょう。
このままイラク全土で争乱が発生し、サマワも戦闘地域になれば、自衛隊の撤退は可能性としてはあるでしょう。
しかし、今回のような脅迫やテロ行為に妥協することは、絶対にやってはいけませんね、それが自衛隊撤退要求から、金銭要求(単なる営利誘拐)に変更されたとしても、きっぱりと断ると思いますよ。

日本政府は、ダッカ事件で国際的に非難されたが、同じ轍を踏むことはあってはなりませんね。

ただまぁ、国内には今回の拉致事件と、自衛隊派遣をごっちゃにして、自衛隊が派遣されていなければこんなことにはならなかった、などの近視眼的な物の見方で、だから人命の為にも撤退すべきとか、この事件を利用して、自分の主張を正当化させる風潮が、意外に多いのは驚きます。

自衛隊派遣の賛否の主張と、今回の拉致事件は、全くの別物です。
政府の姿勢や、自衛隊に関して討論する分には、そこには健全な民主主義として価値がある行為ですが、関係の無い民間人を拉致し、自分達の主張を脅迫により押し通そうとする、この行為は国際社会においても到底容認できるものではなく、激しく糾弾すべき行為です。
それを、人命救助などの、いかにも甘美的で偽善的な題目を並べ、結果的にテロ行為を是認するなど、とんでもない話なんですが、日本人は根が優しいのか、どうもその辺の判断の基準が曖昧で、すぐに妥協しようとしてしまう・・・困ったものです。

今回、日本政府はイラクには渡航禁止に指定いたそうですし、敢えて、その危険地域に乗り込むわけですから、彼らには、彼ら自身の強い信念に、自分の正義感と使命感に燃え、覚悟して行った結果だと思います。
周囲がオタオタするのは、彼らのその覚悟の上での行為を、踏みにじる結果になると思うけどね。

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4 08, 2004

裁判官のパフォーマンス

ここは、やはりこれを取り上げるべきでしょう。

首相の靖国参拝は「違憲」、福岡地裁が初判断

 2001年8月13日の小泉首相の靖国神社参拝を巡り、「国の宗教的活動を禁じた憲法に違反し、信教の自由を侵害された」として、九州や山口県などの宗教関係者、在日韓国・朝鮮人ら211人が、国と小泉首相に1人10万円の慰謝料を求めた国家賠償請求訴訟の判決が7日、福岡地裁で言い渡された。

 亀川清長裁判長は、「内閣総理大臣の資格で行われた」と参拝の公的性格を認定した上で、政教分離を定めた憲法20条3項が禁止する宗教活動に当たり違憲と判断した。一方で、慰謝料請求については、賠償の対象になる不法行為とはいえないとして棄却した。

 靖国参拝を巡り、歴代首相が被告となった訴訟では、1985年当時の中曽根首相の参拝について大阪高裁が92年、「違憲の疑い」を指摘したが、明確に違憲の判断を示したのは初めて。しかし、今回の判決が地裁段階で確定した場合でも、最高裁判例と違って、他の裁判を拘束することはない。 (読売新聞)


もう少し補足しておきますか、これだけだと良くわからない部分もあるので。

まず、どの新聞も見出しが「首相の靖国神社参拝に違憲判決」とかですが、はっきり言えばこの裁判では、原告側の敗訴です。
つまり、主文「原告の請求を棄却する」ですかね、「違憲である」ではありません、あくまでも民事裁判ですから。

また判決には、主文(これは判決の結論部分)があって、これに対し判決理由(主文に至るまでの経路、理由、証拠など)があります。そして、判決理由を補う私的な見解を行う、傍論と呼ばれるものがあります。

詳しくはありませんが、傍論には法的拘束力も、判例への影響も無いそうですが、今回、違憲判断が述べられたのは、この傍論と呼ばれる部分です。

これはどういう意味があるかと言えば、判決そのものは原告の請求を棄却した時点で、国の勝訴です。
ですから、国は勝ったので控訴は出来ません。 反対に原告側は負けましたので控訴できるのですが、実際に違憲判決を出せたことで、「事実上の勝利」と言うことで控訴は行わないそうです。
敗訴なのに勝ったってのも、不思議な関係ですが、そういう意味です。

と言うわけで、今回の裁判は控訴が行われずに、判決が確定しました。
まあ判決は「原告の請求を棄却」なんですが、判決理由のしかも傍論の中で、裁判長が示した違憲判断が残るわけですね。
判決理由が不服で、控訴することって可能なのかな・・・


ちなみに、今回の判決理由を読めば、靖国神社だけでなく、伊勢神宮や厳島神社への参拝も同様に違憲となるはずです。
そのほかの、墓参や行事などへの参加は、微妙ですが、公用車を使ったり「内閣総理大臣」の肩書きなどを使って参加すれば、公人としての参加となり、やはり違憲とみなされるかもしれませんね。


基本的に、私は一国の首相が、神社などに参拝することが出来ないのはおかしいだろ? これが憲法違反であるとすれば、憲法が間違っているので改正するべき、そう思っています。
そもそも、この世に完全なる政教分離など出来るわけありません、黙祷ですら宗教上の儀礼の1つですし、参拝が問題であるなら、多くが憲法違反になるでしょう。

しかしながら、信教の自由を定めた憲法20条

◆憲法20条(信教の自由)
 〈1〉信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。
 〈2〉何人も、宗教上の行為、祝典、儀式または行事に参加することを強制されない。
 〈3〉国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

基本的に、これは変える必要は無く、適用において「宗教活動」をもっと、影響があるものだけに限定するべきではないかと。
そもそも、今回のように首相には立場上、24時間首相であり、私人としての参拝が実質上不可能な場合、参拝そのものを宗教活動を当てはめてよいものか、参拝が公人なので違憲となるのであれば、首相は参拝も出来なくなることになり、非常に疑問が残る。
また、首相は参拝すら出来ないと判断されれば、20条の信教の自由との整合性が取れなくなり、今回の判決のように、細かく適用すべきではない、そう考える。

さてさて、ここで話を元に戻すが、そもそも、政教分離が問題であるなら、先ほども言ったように、靖国神社だけでなく、伊勢神宮なども同様に訴訟が行われていなければおかしい。
しかし、実際には伊勢神宮参拝を訴えている話は聞いたことが無い。

これは、当然ながら靖国神社参拝を違法だと訴える人からは、単純に政教分離の観点だけで訴えているわけでなく、「靖国神社ゆえ」の政治的な要素が大きく絡んで訴えていることが容易に想像がつく。
これを踏まえながら、主文で原告の請求を棄却し、理由で個人の権利を保障するものではない、とすれば、後は違憲がどうかは、直接訴えとは関係ないはずである。
そして、他の裁判所では、これが理由で参拝による憲法判断までは行っておらず、これ以上の介入は (避けているの) ※裁判所では必要ないだけである。
しかし、今回の福岡地裁では、判決理由を超えて憲法判断まで行っており、一線を越えてしまったとも言える。

特に、靖国神社参拝の場合は、先ほども言ったように政治的な理由、判断により訴えられているケースが多く、これ以上の関与は禁止するべき、司法の政治的判断への介入とも取られてしまう可能性が高い。
しかも、判決では原告を敗訴として、傍論で違憲判断を下し、国が控訴できない形にしてしまい、地方裁判長の判決をそのまま国政や世論、外交にまで大きく影響を与える形で終えたのは、地方裁判所の政治的介入は、私は大問題だと思う。

ともかく、今回の福岡地裁の判決は、「国敗れて3部あり」と言われた東京地裁の藤山裁判長、自分の主観で時効を無効だと勝手に法律を変えた、新潟地裁の片野裁判長など、どうも最近みられる地方裁判官による個人パフォーマンス判決の1つかなとも思ってしまう。

地裁には、そう言った新しい風、解釈などあっても良いだろうが、あまりにも個性的なパフォーマンスは、国民全体に影響があるので、よくよく考えて欲しいですな。
言うまでもなく、私がここで「これは違憲だ」なんて叫んでも、何にも変わらず関係ありませんが、裁判長と言う役職の人間が、法廷で「違憲」と言えば、それはものすごい大きな影響を持つわけですから、そう言った当たり前のことを、もう一度自覚して欲しいです。


※ある方より、憲法判断を裁判所は「避けている」と言う書き方では、本来するべき判断を行わずに逃げている、と取られてしまうので、適切ではない、との指摘を受けました。
道理ですね、「避けている」のではなく、「憲法判断の必要がないだけ」に訂正させて頂きました。(4月12日)

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4 06, 2004

牛丼吉野家への失望

3月の既存店売り上げが、前年比で23%も落ち込んだり、牛丼に変わるメニューでは客を呼び戻せない状態が続いているので、なんとなく言いたい事はわかるのだが・・・


全頭検査は合理性欠く BSEで吉野家社長批判

吉野家ディー・アンド・シーの安部修仁社長は25日、大阪市内で開かれた「食の安全・安心フォーラム」(大阪外食産業協会など主催)で講演し、牛海綿状脳症(BSE)発見に伴う米国産牛肉の輸入禁止について「輸入再開に全頭検査が必要だとする考えは合理性を欠く」と、政府の姿勢を批判した。
 安部社長は全頭検査について「時間がかかる上、人為的なミスも起こりうるため安全が百パーセント確認できるわけではない」と指摘。
 その上で「禁輸措置は牛肉相場を上昇させ、消費者に損害を与える。自分で安全だと判断し、牛丼を食べたいという人から機会を奪うべきではない」と早期の輸入再開を訴えた。(共同通信)


この発言に、あきれてしまった人も多かろう。

飲食店経営者が、消費者の安全より自社利益を取った、こう受け取られても仕方が無いんだから。
全頭検査で、100%の安全を買えるなど、誰が思っているのだろうか。
国民が望んでいるのは、全頭検査を行うことによる、「安心」を求めているのだ。

人は健康診断を行っても、完璧に病巣を発見するのは難しい、と言う常識は知っていても、健康診断などで「異常なし」と医者から言われれば、ものすごく安心して「良かった」と喜んでしまうもの。
これも、健康診断によって「安堵」「安心」を感じているに過ぎない。

それと同様に、飲食店が気にしなければならないのは、もちろん味や価格と言った面も大事だが、衛生面も重要であろう。
どんなに消毒しても、綺麗に洗ったりしても、細菌は存在するし、環境ホルモンの蓄積などは、どんなに気を配っていても、阻止は不可能。
だけど、消費者の食の出来るだけの安全を考え、実行するのが飲食店の努めです、不可能で非科学的だからと何もやらないのであれば、それは飲食店の姿勢として正しいとは言えない。


また、日本がアメリカ産の牛肉を禁止したのは、偏にアメリカと日本の食に対するものの考え方の違いもありますし、食の安全に対する姿勢の違いもあるから。

日本でBSE感染が出たとき、全頭検査を「非科学的だ」と非難した科学者、業者、消費者がいましたか?
アメリカ国民は、本当のところどう思っているのか知らないが、日本人よりも食品に関して、特に農薬などにも無頓着だし、大量生産による遺伝子の怖さも、日本ほど感じていない気がする。
日本では、BSE感染はもちろん、農薬オレンジにも敏感でしたし、遺伝子組み換え食品にも敏感だった。

こういった事も考え、アメリカが日本に牛肉を輸出したい=お客様に商品を売りたい、と言うのであれば、輸出先の国のお客様のことをもっと勉強し、配慮し、客様の要望にこたえる努力を行うのが当たり前であろう。
日本人は全頭検査が必要だ、行えば輸入再開をする、こう言っている以上は、まずは食の安全面で客様に配慮するのが最優先だろう、過去の日米間の農作物輸入に関しても、結局はアメリカ主導で、アメリカの常識を日本に強引に持ち込んで来た気がする。 その傲慢な考え方をも、アメリカには見直してもらうためにも、安易な輸入再開はするべきではない、そう思っている。

日本を代表する食品チェーン店の社長が、冒頭の内容を恥ずかしくも無く講演するその神経、あきれました。
今までは、多少、吉野家に同情していましたが、もういいでしょう。

そもそも、BSEという病気が存在し、日本で感染例が出たとき、国内の飲食店がどれほど大ダメージを被ったか、知らないはずがありません。
その状態を知った上で、牛丼の肉をアメリカ産だけに頼っていた、アメリカでBSEが発見されたらどうなるか・・・と誰もが考えられる状況を想定せず、いざ実際に起きてしまったら慌ててしまい、売り上げが減った、困った、最後は日本政府を非難する、その危機管理の低さをどう弁解するのでしょう。
また本来なら、アメリカでBSEが発見された時点で、スーパーのように冷凍されていたアメリカ産牛肉も、安全が確認できないからと破棄するのが普通じゃないですか。
それを、在庫分全てを売りつくしてしまう、ここだけでもいい加減、その対応に危機感の無さに腹を立てたものだが、同情もあったので個人的には許していたが、愛想をつかしてしまうとは、この事だろうね。


牛丼の代わりの豚丼、食してみましたが、豚の臭みを取る野菜として、ゴボウがいいですね。
松屋のように、豚の臭み=しょうがで消す、では当たり前過ぎて、面白みがなくて、好きではありません、あれでは豚丼ではなく、しょうが焼きを注文した方がおいしいです。
こういった、現場の努力も、トップの無神経な言葉で、信用を失うものですね。
個人的には、何度も言いますが、こんな状況(アメリカから牛肉輸入禁止)になる前に、いろんな事態を想定して対策を練っておくべきでしたし、それが企業の危機管理ですから、もはや言い訳は出来ないですね。


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4 01, 2004

国民の権利は企業の免罪符じゃない

すぐにリンクが切れてしまう可能性が高いので、記事全文貼っておきますね。

週刊文春の出版禁止、東京高裁が仮処分取り消し

 元外相・田中真紀子衆院議員の長女の私生活に関する記事を掲載した「週刊文春」の出版禁止を命じた東京地裁の仮処分決定について、東京高裁は31日、発行元の文芸春秋の抗告を認め、出版禁止命令を取り消す決定をした。

 根本真裁判長は、「記事はプライバシーを侵害しているが、内容や程度からすると、事前差し止めを認めなければならないほど、重大で著しく回復困難な損害を与える恐れがあるとは言えない」と述べた。大手週刊誌への異例の発禁命令に正反対の司法判断が出たことで、「プライバシー権」と「表現の自由」の調和をどう図るか、議論が再燃しそうだ。長女側は最高裁に特別抗告する方針。

 高裁決定はまず、プライバシー侵害と事前差し止めの当否を判断する際も、名誉棄損と事前差し止めが問題となった「北方ジャーナル事件」の最高裁判決(1986年)などで示された、〈1〉公共性〈2〉公益目的〈3〉被害者に重大で著しく回復困難な損害を与える恐れがあるか――の3点で考えるのが妥当とした。

 そのうえで、「長女が将来、政治の世界に入るというのは単なる憶測で、全くの市井の一私人の私生活を報じている」と指摘。文春側の異議を退けた3月19日の東京地裁決定と同様、記事の公共性と公益目的を否定し、プライバシー侵害を認定した。

 しかし、記事の対象となった私生活自体は、「社会的に非難されたり、人格的にマイナス評価をもたらす事柄ではなく、日常生活では、どうということもなく耳にし、目にするものにすぎない」とし、被害者に与える損害は大きくないと指摘。一方、事前差し止めについては、「民主主義体制の健全な発展のため、憲法上最も尊重されなければならない『表現の自由』の重大な制約」と述べ、損害の程度と制約の弊害を比較すると、事前差し止めは認められないと判断した。

 高裁決定はまた、文春側の異議を退けた地裁決定が、「プライバシーは名誉と違って1度侵害されると回復できない」とした点を考慮しても、プライバシー侵害の内容・程度からみて、結論は変わらないとした。

 東京地裁は3月16日、出版禁止を命じる仮処分決定を出し、文春側は、販売予定77万部のうち未出荷の3万部の販売を中止するとともに、決定に異議を申し立てた。しかし、地裁は19日、「出版禁止命令は妥当」と決定、文春側が抗告していた。(読売新聞)


この問題、個人的には忌々しい。

はっきり言って、記事内容は「政治家の娘さんが、親の反対を振り切って結婚し、旦那と渡米していたが、1年で離婚して帰国していた」と言うだけの話で、出版物の差し止めが必要なほどの、重大な内容...だとは到底思えないのも事実ですね・・・・
なので、ここだけ取り上げれば、東京高裁の言い分に賛成なのです。


でも・・・以前から、この手のゴシップ記事中心の週刊誌は嫌いでしたからねぇ。


ある出来事が、事件性を持ったものや、違法行為が伴っていれば、そこにはプライバシーよりも、公益性が優先されると思います。
また、本人達が一般に向けて発表、公表、報告するものには、プライバシーの問題は無いでしょう。
しかし、芸能人や公人にはプライバシーなんて無い、と言い切ってしまうかのような取材方法や、事実の裏づけの無い噂だけの偏った報道にはうんざりです。

私は、田中真紀子の娘が純粋たる私人とはどうしても思えませんが、その娘が離婚して帰国していた、と言う記事に、どれほどの価値があるのでしょうか。 高裁が重大なプライバシーの侵害に当たらない、そう判断したのは正当だと思いますが、言い換えれば、そんな程度の意味しか持たない、事件性も違法性もなくニュースとしても価値の無い、そんなプライバシーを暴いたところで、どんな公益性があるのでしょうか。
もっと言えば、公人でも、公務に関係ない私生活部分の話に、何の公益性があるのか?
これは芸能人も同じで、誰々が夜中に密会していたとか、個人の私生活のプライバシーに優先するほどの公共性がそこにあるのか?

風が吹けば桶屋が儲かる的な繋がりは、どこかであるかも知れないが、所詮は単なる人間の野次馬根性を満たすだけの話題性しかないと思っています。

人間の興味本位を追及する記事を書かねば、食っていけない出版社のために、日本憲法があるんじゃない。
「報道の自由」「国民の知る権利」が、単なるゴシップ業界の免罪符として使われている、現状には反感を持ちます。
かと言って、最初にも言ったように、今回の記事の内容は、何の価値も公益性も無いもので、それが故に、プライバシー侵害だけを持って発行禁止に出来るものとは思えず、「忌々しい」と感じるのです。

こうなれば、プライバシー侵害であり、くだらないゴシップ記事には、民事裁判で高額な賠償金判決とか出して、業界に自制を求めるしかないかな。
こんな田中真紀子の娘が離婚したと言う、くだらない記事でプライバシーまで侵害したものは、従来なら30万円とか多くて100万円ほどの賠償金でしょうけど、5千万円、1億円とか高額な賠償をさせれば、記事を掲載する出版会社も記事には慎重になるんじゃないかな。

もっとも、ある記事にどれほどの価値があるのかは、個人の主観で違うだろうから、一概に判断するのは難しいだろうけどね。

(※ 東京高裁で、出版差し止め仮処分取り消しになったので、記事の内容をはっきり書きました。 最高裁でまた禁止になれば、伏字にさえてもらいます)

(※ 2004年4月2日加筆修正)

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