10月 21, 2007

プレイオフ是非論 その3


今年からセリーグも参加して、名前をクライマックスシリーズと変えて始まったプレイオフも、パリーグは日本ハムが、セリーグは中日が勝ち抜き、日本シリーズにコマを進めました。

でまあ、このブログでも過去に何度も取り扱った話題ですので、個人的には目新しさはないのですが、今年からセリーグの参加もあって、また賛否両論が出ておりますね。

ただどうも、何と云いましょうか、パリーグファンにとっては、さすがに慣れてきたこともあるのでしょうが、もっと冷静に、前向きに考えている気がしますが、今年から導入されたセリーグのファンと思しき人のブログや掲示板の意見では、パリーグが導入してからこの話題に首を突っ込んでいますのでそう感じるのでしょうが、以前にどこかで見た意見ばっかり、まるでデジャブ現象のような。(笑)

つまり、堂々巡りと言いましょうか、パリーグのファンが最初に感じた違和感、感情を今年はセリーグファンの方が述べている、と言った印象になります。


 
まあ、私のスタンスは、過去から変わっておらず、プレイオフそのものは賛成ですし、アドバンテージも現在のホームアドバンテージで問題ないと思っているんですけど、何事も完成されたシステムなどこの世に存在しませんし、どんなに優れたシステムでも飽きが来るので、不変的にこのプレイオフを支持することはあり得ませんが、現時点では賛成しています。



中日、3連勝で日本シリーズへ=日本ハムと2年連続決戦-プロ野球セ・リーグCS

 プロ野球のクライマックスシリーズ(CS)第2ステージ(5試合制)は20日、東京ドームでセ・リーグの第3戦が行われ、リーグ戦2位の中日がリーグ覇者の巨人を4-2で破り、3連勝で2年連続8度目の日本シリーズ出場を決めた。
 27日に札幌ドームで開幕する日本シリーズ(7試合制)は、パ・リーグの覇者日本ハム-中日と、2年連続で同じ顔合わせとなった。日本ハムは2年連続3度目、中日は53年ぶり2度目の同シリーズ制覇を狙う。同シリーズが2年連続で同一カードとなったのは1992、93年のヤクルト-西武以来。 


最終更新:10月20日22時1分
時事通信


この3年間で私なりに経験したのは、反対意見の中に多かった「違和感」ってのは、もう慣れて頂くしかないのかなと。
日本シリーズが、リーグ戦の覇者が争うもの、という固定観念から抜け出すには、理屈で分かっているが感情で受け入れられない人も含め、慣れれば、パリーグファンのように同じ反対の立場でも、もうちょっと冷静な反論が出てくるでしょうね。


価値観の変化と言ってしまうと、これはちょっと大げさですが、日本シリーズがリーグ戦の1位のチーム同士が戦うシステムから、各リーグ上位3チームにより代表決定を行い、その上でチャンピオンを決めるシステムに変更になった、という話なので、前提として日本シリーズのシステムを変えているんですから、「違和感を感じる」のはでなく、はっきり言って意味合いが変わっているので、同じわけがなく、以前の日本シリーズとは違うんだと理解しなければなりません

リーグ戦の覇者が日本シリーズに出られない「違和感」とは、過去のシステムから現在のシステムに切り替えられないだけで、感情面で言っている気がするんですよね。


 
それから、昨年のセリーグは、3位のヤクルトが70勝73敗で負け越しして、勝率5割を切っていました。
昨年からセリーグがプレイオフを採用していたなら、もしかすればヤクルトが日本一になる可能性もあったわけで、リーグ戦で5割も勝てないチームが日本一になる矛盾は、どう説明するんだ! となんだか息巻いていた人もいました。

私も以前は私も勝率は気にしていましたが、今ではまったく気になりません。
そもそも、勝率が5割超えているかいないかとか、5割も勝っていないチームが優勝したらどーするんだとか、あまり意味のない話で、仮にリーグ戦で勝率10割の146勝で勝ったチームがいても、プレイオフで負ければ同じ条件だよ、というシステムの話に、5割も勝っていないチームが優勝したらどうするとか、同じテーブルで議論できるものじゃないでしょう。

あくまでも、5割切っていてもリーグ戦では3位だったわけで、条件を満たせば彼らにも日本一の権利が与えられる、反対に5割を超えていても4位だったら、その条件がない、ただそれだけなのに、個別論議で「このケースはおかしい」と言われても、話がかみ合うはずがありません。

私から見れば、仮に勝率が低いチームが優勝できてしまっても、それはシステムの問題ではなく、そんな弱いチームに優勝を許してしまう、その他の球団が悪いとしか言いようがなく、それをシステムに責任転嫁するのはお門違いと思いますね。


 
毎度毎度、おなじようなことを書いていますが、まあ私だけでなく、同じような意見が無くならないですね。(笑)

これもまた何度も書いていますが、シーズン中は146試合でゴールを目指す以上、目先の1勝、目先の1点を考えるよりも、長期的な戦略の上に、「この試合はあいつに預ける」とかの状態で、勝敗を度外視(簡単に言えば負けても良い)する試合があります。
それはそれで、見ていて楽しいですね、ここで成長してもらえれば、あとでそれが何勝分にもなって返ってくるとか、監督も勝負に出ているわけですから、そんな楽しみ方もあります。

ところが反対に、短期決戦では目先の1勝、目先の1点が何より重要ですよね。


長期戦と短期戦では、監督の戦略・戦術も大きく変わるし、ソフトバンクとか、今回の中日とか見ていれば、顕著にその差がいかに大きいか、分ると思います。
長期戦のリーグ戦を楽しむのも良いですが、リーグ戦とはまた違った短期戦のガチンコ勝負、ファンは純粋に楽しめば良いと思うんですが・・・

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10月 09, 2007

司法が判断すべきこと


年金の着服に関し、舛添厚労相と地方自治体首長との関係が悪くなっている件ですが、枡添議員のパフォーマンスという声もある一方で、実際にこんなことを言っているようでは、単なるパフォーマンスで片付けられないですな。


★田村市は刑事告発見送り

・市町村などの職員が年金の保険料を着服していた問題で、合併前の町の職員による着服が
 6年前に明らかになった福島県田村市は、懲戒処分にしたこの元職員の刑事告発は行わない
 方針を決めました。

 市町村などの職員による年金保険料の着服をめぐっては、刑事告発が行われず、7年の時効を
 迎えていない事案があった全国9つの市と町に対し、社会保険庁が、着服した職員の刑事告発
 含めた厳正な対応を求めています。

 このうち田村市では、6年前の平成13年、合併前の旧常葉町で、町民課長だった当時54歳の
 男性職員が国民年金の保険料21万円余りや町民税など合わせておよそ50万円を着服して
 いたことがわかり懲戒免職になっています。

 田村市では今月2日に社会保険庁などからの厳正な対応を求める文書を受けて刑事告発などの
 対応をすべきかあらためて検討した結果、すでに懲戒免職になり、社会的制裁も受け、被害金額も
 弁済されているとして元課長の刑事告発は行わない方針を決めました。
 
 これについて田村市の冨塚宥※けい市長は、「過去の事例を再度罪に問うのであれば、年金以外の
 横領などについても罪に問わなければ不公平になる。市町村が年金の確認作業に追われている
 ときに作業の遅延を招くような社会保険庁の通知は筋違いではないか」話しています。
 ※「けい」は「日」偏に「景」


(NHK福島のニュース らしい・・・)

田村市長の話に、納得いく人ってどれほどいるのでしょうね。

舛添大臣が求めているのは、刑事罰の方ですよね?
着服したのだから、金額の多寡にかかわらず、きちんと刑事罰に受けてほしい、金額の多寡やすでに弁済しているかどうか、または既に免職されているかどうかで、免罪にしてはいけない、というのが舛添大臣の主旨だったと思うけど、それに対する回答が「過去の事例を再度罪に問う」ってのはおかしいでしょ。
まだ、刑事罰に関しては誰も罪に問われていないのですから。


あと気になる発言として、「年金以外の横領などについても罪に問わなければ不公平になる」という部分。
本当に言ったのであれば、失言も大失言だし、火曜日から大騒ぎでしょうね。(笑)
他にも横領が実際にあったのであれば、もちろんそちらの「告発」は当然だと私は思うのですが、他の横領は見逃しているのだから、今回も見逃せと言っているわけですかね、それじゃ叩かれますけどね。


 
というか、舛添さんもかなり失言癖がありそうだけど、こんなことマスコミに言うようでは、地方自治体の首長も本当に危機感も何もないと言わざるを得ないですよね、少しは学習しろよと。
年金の確認作業が、遅延するのを理由に不法行為を行った人間を見逃すのは当然、といった発言もかなり突かれるでしょうね。
そもそも、年金の確認作業以前に、お金を着服していたわけですから、理由にえきると考える市長の感覚こそ、驚きます。


 


そう言えば、話は変わって、舛添さんに関しては、「小人」発言があったりで、地方自治と揉めていますね、これも今回の要請に従わない自治体が多い一因になっているんでしょうね。

【小人】:背丈が低い人、武家の身分の低い人
「小人閑居して不善を為す」の【小人】:小人は他人の目がないと悪い事をする

私は、小人閑居して不善を為すって、小人は暇を持て余すとろくな事はしない、という意味で理解していました。(^_^;)>
今回の件で調べさせてもらって、知りましたが、この意味で「小人」を使ったのでしょうかねぇ・・・
まあ、他人の目がない(チェック機能がない)と、悪いことをするのは何も公務員だけではありませんけど。


 
舛添さんの言葉は悪いですが、言いたいことの本質で言えば、私はやはり自治体の首長側にもう少し危機感と緊張感を持って対応して欲しかったですね。

私の仕事も、簡単にいえばソフトを作っていますが、他部署で不具合に関係してユーザーに不評を買って、社内で大問題になった事件がありましたが、他の部署だからというのではなく、私は常に他山の石として捉えるようにしています。
そもそも、人間はミスを犯すものであり、またミスを犯したが故に、責められるのを恐れて、誰も見ていない場所でごまかしたり、他人のせいにして、自分の責任を逃れようとするものです。
ですから、不具合を誤魔化さない、最善の対処をすぐに行うのは、当然ですが、今回はたまたま他の部署で起きた事件ですが、自分の部署で起きないとは絶対に言い切れませんから、決して「自分のところは関係ない」とは思わないように心がけております。


 

単に大臣が気に入らないから反発する、すでに社会的制裁を加えたので、刑事罰は許すとか、非常に身勝手な論理を振り回している気がして、ちょっと気に入らないですね。
舛添さんもおっしゃっていますが、21万円程度の横領が金額的にどうかとか、本人は社会的制裁を受け、すでに次の人生を歩んでいるのを壊す必要があるかどうか、などの判断を、市長や自治体が勝手に行うことがおかしくて、それらを判断するのはあくまもで、司法の問題になるべきですね。
このあたりの、感覚が笑えます。


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8月 18, 2007

NHKスペシャル憲法9条 討論番組


8月15日の夜、NHKが憲法9条改正に関する討論番組をやっていたが、これを見ていた。

まあ、いろんな意見はありますね、確かに日本は自由な国だと実感できます。
もちろん私は、憲法9条に関しては改憲派なので、護憲派の中の意見は基本的には賛同しかねるものが多いのですが、それを踏まえても、日本はこのまま自分が思う事は、いつでも堂々と述べられる社会は維持していって欲しいものです。


あと、この手の番組(討論会)につきものの、どっちの陣営(改憲派・護憲派)がどうだった、という感想はやめておきます。
これって、自分の立ち位置(改憲派か護憲派)で、相手の動向を低く批判したがる傾向があり、例えばこの番組の感想を書くブログを眺めてみましたが、概ね改憲派は護憲派陣営のことを、護憲派は改憲派陣営のことを、それぞれ好ましく思っていない発言(例えば、相手の話を遮るのは○○派だった・・・という○○は、護憲派のブログでは改憲派が、改憲派と思われるブログでは護憲派の文字が入ると言った感じ)がかなりありました。
同じ番組見ているはずなんですけどね。(笑)

ですから、不毛な感想になりそうなので、私は控えます。

 

まあ、それはさておき、この番組でやはり一番気になったのは以下の2点。

1.本当の意見は忘れたが、大体の意味において、30代前半と20などの若い世代は、戦争になったら逃げるとの回答が7割もあった。

逃げるとは、どういう意味なのか、少し固まったのも事実です。
嫌なものからは逃げれば、問題は解決するということでしょうか、どこに逃げるんでしょうね。

う~ん、戦争になったら国(国民)を守らず逃げ出すとは、これぞ戦後教育の賜物なんでしょうかねぇ、家族や友人を助けず、自分だけどこに逃げようとしているのでしょうか、不思議でしょうがないです。


言うまでもなく平和はすばらしいことですが、その平和はどのような毎日の努力で守られているのか、少しでも考えて欲しいものですね。
確かに人間は毎日同じ恩恵を受けていると、その受けている環境が「当たり前」になり、そのありがたみを忘れてしまうものですが、せめて日本という国に住んで、友人や知人や親族に囲まれ、日本という環境で育っている、その日本をどうして守っていくか、そんな当たり前のことを少しは考えていれば、こんな国民が国を見捨てて逃げるといった回答を、臆面もなく出せないと思うのですが、この意見だけには、少し悲しくなりました。

回答した中学生らしき人が悪いのではありません、中学生になってそんな考えしか至らないような環境、教育をしている親に、大いなる責任があると私は思います。


2.集団自衛権というものを知らないと回答した人が、49%もいた。

正直、この回答には驚くというか、怖さを感じました。
確かに、この数字では、憲法改正して集団自衛権を認めるかどうか、などの討論などまだ早い気がしますが、反対に、先ほどの「攻められたら逃げる」と同様に、今の日本人は国防に対する意識が非常に低い、ここから発していますよね、根源は同じかもしれません。


この数字は、単に政府の責任というレベルではなく、国民が真剣に国防に対して常日頃から考えていないことを意味しております。
まあ、軍隊を持たなければ戦争はおきないとか、日本の国において、市レベルで無防備宣言さえすれば戦争に巻き込まれないなど、頭にお花が咲いた連中が多いのも、本当に困ったものですが、そのような環境では国防を真剣に考えられない国民が増えても仕方がないのかな。


どなたか、番組内で命より大事なものがあるのか? と言っていた気がしますが、これを聞いたのは日本人でしょうか?
命を軽く見ても良いのか、という頓珍漢な質問は困りますが、日本人って命より大事にするものがあるって、昔はみんな持っていた気がするんですけどね?


さっきの、攻められたら逃げるとか、国防など無関心とか、これって結局はどこに起因しているのでしょうか?
家庭はもちろんですが、集団で考えるべき要素もあるので、本来が学校教育で教わる・・・いや考えても良いような気がします。

もっとも、今の学校教育で教え込んだ場合、「集団自衛権とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力で阻止する権利」と素直に教えこみ、それを元に、メリット・デメリットなど一緒に教えて考えさせる教育が出来るなら、大いに結構なんですが。
しかし、この番組でも傾向はそうでしたが、この集団自衛権を認めると、アメリカと一緒になって戦争をすることが出来るから、政府は改憲で認めようとしているなど、以前にもこのブログで取り上げたように、教師そのものが生徒に考えさせる教育を行うのではなく、自分の偏った思想を子供に植え付けようとしている場所にもなっているので、あてにはなりません。

だとすると、やはり国民一人一人の自覚が必要ですね。


 

話はそれてしまいまいましたので、元に戻しますが、この番組は見ていてイライラしました。
それは、司会者なり番組が最初からテーマを絞りきれず、論争が飛びまくって論点が交錯しないまま、お互いの意見をただ垂れ流しているだけの時間が、非常に多かったからですね。

だいたい、ビジネスの世界では問題点をまず整理し、何が課題なのかミクロな点でしっかりと議題内容を絞ってから行いますが、今回の番組ではテーマが大きいにもかかわらず、各自が好き勝手に話すので論点が飛んだり、ミクロもマクロもごっちゃになって討論されてしまい、収集がつかない状態でした。

具体的に言うと、「アメリカとは距離をおくべきだ」という回答があったとしても、その理由は、日本も軍事力を整え、核も保持し主体的に単独で行動できるようにするにはアメリカの傘から抜け出るべきだ、という意見と、日本は軍事力を縮小して、国際紛争には参加しないようにすべきという意見では、「アメリカから離れる」という答えは同じでも、全く内容が180度も違う。
それを、賛成派・反対派で討論が始まるので、話がゴチャゴチャになっている、そんな感じになっているのだ。

 
まあ、この手の議論では、はなから数時間の討論番組で結論が出るとは思っていませんが、どうせなら実りある議論を聞きたかったですな。


集団自衛権の問題でもそうですが、私は賛成派なのですが、反対派で頷けたのは、先ほども書いたように集団自衛権というものを49%もの人が知らないと回答する現実で、賛成だの反対だの議論する事自体がそもそもおかしい、まだ認めるべきではない(現状のまま)という考えには、確かに理解します。

しかし、番組ではおおむね「集団自衛権を認めると、アメリカに利用されるだけ」とか「日本がアメリカの言い成りになっている現状では、アメリカと戦争するだけの憲法になる」という感じで反対されている人が多かったですね。
まあ、私から見れば、「集団自衛権を行使できる・出来ない」という問題を「集団自衛権を行使する・しない」議論と混同しているとしか見えませんでしたね。
PKOなどの国連決議に基づく活動においては、実際には日本はアメリカとだけ行動するのではなく、多くの国の軍隊と一緒に活動しております。
例えば、東ティモールに軍隊を派遣した国は何十カ国もあり、集団自衛権とはその全ての国に対しても発生するんですよねぇ。


それを踏まえた上で、まずは「集団自衛権の行使が出来る・出来ない」を議論すべきでしょう。
国際社会において、日本は世界でも5位だか有数の軍事力を保持する国ですから、ここは当然PKOなどの国連主体の軍隊にはどんどん参加し、集団自衛権を視野に入れるのは当然だと思います。


それをアメリカに利用される、アメリカと一緒になって戦争をする憲法だと反対するのは自由ですが、集団自衛権を現憲法では使えないというスタンスなんですから、アメリカの言い分以前の話なんですよね。
アメリカ云々は、あくまでも集団自衛権の運用の話で、今の状態が日本がいいなりで、悪い方向に運用されるから法を改正しない、というのは、運用が整うまで法律を変えられないと言っているのであり、それはおかしな話で、そもそも運用するために、または運用を変えるために、法律を変える必要を論じているんですから、本末転倒です。


 
まずは対米意識をはずして、日本は国際貢献を行う上において、集団自衛権を行使できるのか、出来ないのかを討論が必要なのに、この番組では悲しいかな、すっかり視点が「アメリカと戦争する」ことだけに目が行ってしまい、肝心の国際貢献に関しての視点で反対派の意見が聞けなかった。
もちろん、反対派には「武器を持たなければ良い、今の貢献で十分」だという人もいるだろうが、多くの人が、対米を抜きにすれば、「助ける」という意味での集団自衛権を認める方向性は定まってくるとは思うのだが。

だってそうでしょう、PKOでも一緒に活動していれば、日本が攻められたら日本は助けて欲しいし、一緒にPKO部隊としてアフリカとか、アジアとかの軍隊でも、同じPKO派遣軍の仲間として戦うはずですよね。
ところが、反対に彼らが攻められた場合、日本は憲法であなたたちを助けられません、と言っているのに等しく、裕福でない国の軍隊が助けを求めても、世界5位ともいえる軍事力を持つ日本が彼らを助けないのは、国際社会として信用も失うし、そんな自己中心的な考えが通じないのは明白だと思います。


もっともこの意見に対し、「個人と国家は違う、混同するな」という意見が、番組中に出ていたけど、バカじゃないかと思う。
国家といえども、国民の世論を逆らうことはできないし、個人のレベルに矮小化しようとしても、結局は国の行動で国際世論がどうなるかの問題であり、国際世論ってのは結局は個人の集まりでしょ。


自分は助けてもらうが、助けてもらった人が今度は助けを求めているのに助けないという行動が、国際的にどのような非難を受けるかという問題が、どうして個人レベルだというのでしょうね。
これって想像力の欠如でしょうかね?
反対に、自分におきかえて想像すれば簡単だと思うんですけどね。
例えば日本ではなく、イギリスやフランスあたりが国連軍で参加しておきながら、アフリカなどの軍に助けてもらって、今度は助けなかったら、まず自分はどう思うか?
そして、国レベルで付き合うとき、どのように信用を得るのでしょうかね。
これを、個人レベルと国家レベルは違うと言い切ってしまう、その想像力の欠如こそ、なんとなく限界だと言う気がしますね。


 
まあ、現実を見れば憲法9条は変えなきゃならないのは、明白だと思いますね。

その上で、アメリカに利用されない、主体性をもった日本の軍事力、外交の展開が可能かどうか、難しい問題ですが、集団自衛権を持って国際社会に出ていく以上は、軍備を整備し、先進国並みの国防費を注ぎ込んで戦力を増強し、アメリカにNOと言えるようにならなければならない、そう考えるだけです。

単に、今法律を変えるとアメリカに好いように利用されるだけ、と言うのは確かにそのとおりですが、そこで止まっていては永久にこの問題は解決しないし、いつまで経っても、日本はアメリカの属国のようなものです。
今の日本を変えるには、憲法も変える必要がある、これは当然だと思っています。

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7月 30, 2007

民主党躍進、自民党大敗


ご無沙汰しています・・・・
パソコンが壊れて、環境がすっかり変化して、書き込む機会がなかなかありませんでした、すみません。

さて、7月29日に行われた参議院選挙は、民主党が大幅に議席を伸ばし、自民党は議席を大きく減らしました。
予想されていたとはいえ、自民党はかなりの惨敗ですな。

<参院選>自民惨敗 民主第1党に
 第21回参院選は29日午後8時で投票を締め切り即日開票された。開票はまだ続いているが、自民党は岡山選挙区で党幹部の片山虎之助参院幹事長が落選するなど、自民党の惨敗は確実になった。しかし安倍晋三首相は同夜、首相公邸で記者団に対し、選挙結果にかかわらず続投する意向を表明した。しかし、参院では野党が過半数を確保するばかりか、民主党が参院第1党になるのも確実な情勢だ。安倍首相は内閣改造などで人心一新を図り、挙党態勢を改めて整える考えだが、参院の国会運営の主導権を失ったままでの政権運営には困難も予想され、今後の政局は不透明になるのは必至だ。  自民党は選挙区では焦点になっている29のうち1人区で群馬、和歌山、山口選挙区の3選挙区で勝ったものの、すでに岩手、三重選挙区など17選挙区で敗北。複数区や比例代表を合わせた全体では、橋本政権下の98年参院選の44議席を下回るばかりか、40議席に届かない可能性も出ており、歴史的な大敗になるのは確実だ。  一方民主党は小沢一郎代表が、参院選の勝敗を分ける選挙区として重点をあてた1人区で自民党を圧倒、比例代表でも過去最高の20議席をうかがう勢いで、参院第1党になるのは確実。  与党の公明党も、自民党の不振にひきずられた格好で、大阪以外の愛知、埼玉、神奈川選挙区などで議席確保を目指して苦しい戦いを続けており、比例代表と合わせて目標だった13議席に届くかどうか依然微妙な情勢だ。


7月29日22時41分配信 毎日新聞

民主党は、大躍進というだけでなく、第一党となるようです。

個人的には、民主党は内部改革をしてから、きちんと旧社会党の方たちと分裂した上で、今回の選挙を迎えたなら喜んで民主党に入れたんですが、難しい選挙になりました。

でまあ、前から言っていましたが、民主党がきちんと生まれ変わってまっとうな政党に成長してくれなければ、日本国民にとって不幸だ、と言い続けていましたが、まさに今回の選挙はその通りになった、とわたしゃ感じております。


民主党が勝つのは、それ自体は悪いことではない。
ただ、今の民主党は旧社会党とほぼ変わらない、私はそう思っている。
もちろん、民主党の若手議員には彼らの意見に頷けるものも多く、私は一部の人たちを支持はできますけど、小沢が陣頭指揮をとっている以上、魅力も少ないです。
確かに私も、民主党が二大政党になってほしいがために、激励のために小泉自民党より民主党に投票したこともありました。
ところが、その結果民主党がどう変わったか・・・単に増長して、ますます魅力ない政党に代わってしまった。
反対に小泉は、私があれほど嫌いだった自民党の旧体質の老害連中をどんどん切り離した。
橋本、亀井、野中など、古い自民党の代表を次々と降ろして、完璧とは言わないが自民党の内部の改革を成し遂げた。

追いかける民主党に、本当は小泉のようなナタをふるって大改革を期待したのだが、選挙で勝つとすぐに有頂天になって成長しない民主党には、あれから私は冷めた目で見ている。


 
今回、民主党は第一党となったそうだ。
ここまで来たら、グチグチ言っても仕方がないので、私は素直に民主党に期待しよう。
第一党ということは、それだけ責任を持つということ、今までのように何でも「ハンターイ」と叫ぶのではなく、議会をボイコットすることなく、正面から向かって行かなければならず、少し変わってくれることを期待したい。
それだけ、国民の期待も高く、気合いを入れてほしいですな。


正直、また増長するだけで、数年後に「そらみたことか」という事にならないか不安はあるが、どうせ裏切られるなら、民主党も政治を担えるだけの一面を見せるだけの責任政党になることを期待するほうが、遙かに健全だろう。
それに、自民党のNOといった国民が、民主党に期待した結果、裏切られてしまっては、日本の国民はだれも選挙に行かなくなるかもしれない、そちらがとても怖い、その最悪のシナリオだけは避けてほしい。
私が、民主党が成長しなければ、日本国民にとって不幸だと言ったのは、このような未来を迎える可能性もあり、一番懸念していることなのだ。


 
今回の自民党大敗は、安部政権というよりもここに来て明るみに出た、年金問題とそのあとに続くスキャンダル、問題発言が大きくクローズアップされ、それに多くの有権者が反応した結果だろう。
その点が、非常に残念で仕方がない。

国内にはいろんな問題があるが、教育、少子化、年金、格差など多くの懸案事項もかたずける必要から、自民党は安部政権の続投は仕方がないと思うが、ただスキャンダルや問題発言に関しては、首相自らの人事の問題でもある。
まあ、問題発言ってのは、発言者の意図とは違う方に切り取られ、大げさに扱われた人もいるかと思うが、そもそも選挙を控える敏感な時期にその発言をしてしまうことそのものが、自覚が足らない。


死んだ人に鞭を打つ気はないが、そもそも松岡元農水大臣だが、彼はあの亀井派だった人物で、熊本(地元)に新幹線を引けとか、公共工事で地元に高速道路がほしいとか言っていた、昔のタイプの政治家であまり好きじゃない。
確か、あの荒井とともに、郵政民営化には反対の立場で、反小泉だった人だったはずだが、それが乗り換えた点で信用がおけない。
そんな人物を、安部は大臣に据えた。

仲が良いのか、論功行賞のつもりなのか知らないが、政治のための人事ではない点で、大きく小泉とは違うし、この点だけでも私は安部を評価していない。
まあ、今回その人事の代償が大きかったことで、学習してくれたと、こちらも期待したいですな。


 
ともかく、自民も民主も、今回の選挙で国民が訴えた声に耳を傾け、きちんとした政治を是非とも期待したい。

ただなぁ、岡崎トミ子がどうーして当選するのか・・・彼女に関してだけ、当選させてしまう人たちの気持ちが、全くわからない。
もっとも、なぜ、あんなのが社民党ではなく民主党にいるのか、それも凄く不思議ですけどね。

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5月 20, 2007

何度、同じ過ちを繰り返せば気づくのか・・・2


4月29日のこのブログ記事で、

何度、同じ過ちを繰り返せば気づくのか・・・を書いたが、フレディさんと仰る方からコメントを頂きました。

大変面白い話で、つい長い返事となりましたので、折角なのでこちらでコメントをお返しします。



改めましてよろしくお願いします。

前回日本とドイツでは戦後処理及び歴史認識が違うと言うことを改めて思いました。

>だから、ユダヤ人には補償を徹底的に行う反面、国家間の平和条約に関しては東西に別れてしまった事も原因だけど、あまり結べていないのが現状です。そして、国家間の補償問題に関してはドイツは終わっていません。
 確かにそうかも知れませんね。知っての通りドイツは戦後東西に分かれて独立しました。すぐナチス犯罪を謝罪したのは西ドイツであり、逆に東ドイツは自分たちはナチスと戦った共産主義者だとして長くナチス犯罪を謝罪しませんでした。その為か旧東西ドイツ間でナチス犯罪に対する認識の違いもあるからかそうなんでしょうね。

 さて前のコメントでも少し触れましたが、慰安婦問題で日本を非難する韓国や中国を見てそうですが、かつてTBSで放送されていた「ここがヘンだよ日本人」の中で西アフリカのベナン出身のゾマホン・ルフィン氏が言っていたことが絡みますが、歴史認識問題で怒れる中国や韓国に対し、怒れないアフリカ諸国の違いであります。

「人間の歴史の中で素晴らしいことをしたのは日本ですよ。日本は韓国に対して35年、それに対しヨーロッパは400年の奴隷貿易と300年の植民地政策をしたが、一度も謝ったことがない」
と日本が韓国に過去の植民地支配を謝罪したことを褒めてました。また、ヨーロッパがアフリカに対し植民地政策を謝罪どころか反省しないことと比較し日本は素晴らしいと褒め、中国人や韓国人と激論しました。
 確かにアフリカ人からすれば歴史の中で植民地支配した国家で唯一謝罪した日本は素晴らしいと思ったのでしょう。今年3月イギリスのブレア首相が奴隷貿易廃止200年になる節目にアフリカやカリブ海諸国に対し「深い悔恨の念」を示しましたが、謝罪には応じませんでした。ガーナの大統領と会談したときに奴隷貿易に対する謝罪を要求されましたが、曖昧な返事だった為教会関係者や人権団体から反発を浴びました。
 曖昧な返事で向こうをかえって怒らせる結果になるのはイギリスも日本同様だなと私は思いました。中国や韓国は国力があるから怒れますが、アフリカ諸国は未だに植民地政策の負の遺産を引きずって進展せず経済がほぼ破綻し国力が無いに等しいからでしょうね。
 2005年に中国で大規模な反日デモが起こったときイギリスのあるメディアは「日本は過去の歴史と向き合うべきだ」と社説を出しましたが。私からすれば「どの面下げて言ってんだ。あなたたちイギリスはインドやアフリカを植民地支配し、それらの国々に一度も謝罪も補償も反省もしてないじゃないか。それらをひた隠して他国を非難する資格をイギリスにはない!(フランスやアメリカも同じ)」と思いました。

 つまり、中国や韓国とアフリカ諸国とでは比較にならない程の温度差があるんでしょうね。
 日本が謝罪する相手は韓国や中国、フィリピンなどですが、イギリスは前述のインドやアフリカ諸国(イギリスが植民地支配した国家はガーナ、ナイジェリア、ケニア、南アフリカなど)、カリブ海諸国、さらには隣国であるアイルランドなどと多いですね(イギリスがアイルランドに対して行ったことは日本の韓国併合と同じかも知れませんが)。

>イギリスやフランス、スペインやポルトガル、アメリカなどなど、大国と呼ばれている国々は謝罪した事は一度もありませんので、イギリスが正式に謝罪をするのは難しいと思いますね。
 そうかも知れません。イギリス国内でも奴隷貿易に対する認識及び謝罪の是非も世論は大きく分かれてますからね。

 私からすれば歴史認識問題と言うのは日本だけのものではないと言うことです。日本と中国、韓国、アジア諸国、ドイツとポーランド、イスラエル、イギリス、フランスとアフリカ諸国と言うように歴史認識問題はどの国にもあるわけです。

 最後になりますが、当初のテーマから大きく反れてしまいました。どうもすみません。ただ結論からすればどの国にも歴史認識問題はあると言うことですね。


投稿 フレディ | 5 19, 2007 15:50



>>かつてTBSで放送されていた「ここがヘンだよ日本人」の中で

ええ、これは3年ほど前にこのブログでも取り上げました。

中韓が求める謝罪はなに?

彼らは、日本は一貫した歴史認識を持たないとか、内閣が替われば言葉も変わるとか言っているけど・・・

中国は、共産党しか知らない世代が多く、各種多様化された政治家の存在、同じ党に属していてもみんなが同じ考えを持っていない事が理解出来ないのでしょうか。
いや、4千年に渡る彼らの国の歴史そのものが、立場によって歴史認識は多様化する事を証明しているのですから、それはあり得ません。
ですから要は、中国政府は日本に対する外交上、経済面などあらゆる立場で牽制と圧力を掛けてきているだけであり、中国国民は政府に感情をコントロールされているだけなんですよね。

また、韓国も基本的に同じですが、あそこはさらに激しい感情が、国や国民をも支配している気がしますね。
この間も、個人の財産を没収する親日法案みたいなのが平然とまかり通る国であり、事後法と言う言葉すら通じない国は、民主国家では珍しいですね。

まあ、彼らに対しては、あまり意識しても仕方がないってのが、このブログでの私の結論なんですけど。(笑)


 

>>インドやアフリカを植民地支配し、それらの国々に一度も謝罪も補償も反省もしてないじゃないか。それらをひた隠して他国を非難する資格をイギリスにはない!(フランスやアメリカも同じ)」と思いました。

まあ、マスコミやメディアってのは自分の都合の悪いことは無視するのに、他人の行為に関して厳しいのは、何も日本だけではないですからね。(笑)
それに、歴史認識を統一すべきとは思わないけど、隣接国なら表面上のものから水面下のものまで含めれば、それこそ数え切れないほどのいろんな事情が存在するはずなのに、二国間のもめ事を記事にするのに、あまりにも勉強不足というか、安易に片方に立った意見になってしまうのは、これはもはやマスコミの報道姿勢の問題だと思いますね。


これは単に、イギリスやフランスが、奢りのようなものが、結局はマスコミの間にもあるって話かも知れません。
そもそも、イギリスやフランスなど、歴史上で過去にどれほどの交錯を積み重ねて来たのか、想像に難くありませんが、それをアジアの1国が、表層的な部分で知ったつもりになり、片方の立場に立って批判すれば、自分達ならばどう思うでしょうね、烈火の如く怒ると思いますけど、彼らはそんな事すら想像できないほど、自己中心なんですな。


 

>>つまり、中国や韓国とアフリカ諸国とでは比較にならない程の温度差があるんでしょうね。

奴隷貿易なども含めて、過去の植民地時代には負の遺産と言うか、歴史的に振り返れば、数多くの問題は存在しますね。

難しい話だと思うのですが、そもそも歴史や過去ってのは精算出来るものなんでしょうか?
私は、過去はどんなに謝罪の言葉を並べても、どんなにお金を積んでも、結局は被害を受けた側と加害した側が存在する限り、解決する事は無いと思っております。
また、人間の恨みと言うものも、人間自身が持つ本能がある限り、精算は難しいと考えております。
海を隔てた、日中、日朝の間でも数多くの歴史上の問題が存在しますが、その1つ1つに対し、お互いが言い合っては健全な外交など結べませんよね。


仰るように、先ほどの「ここがヘンだよ日本人」でのゾマホンの発言でも分かりますが、温度差はあります。
確かに、植民地にされ奴隷にされたアフリカには当時は、どの国も謝罪すら無かったのに対し、日本はアジアに対し謝罪もしていればいろんな形で経済支援も行っていますので、それを見て「何と羨ましい」と思った故の発言だったのかも知れません。

しかし、結局はこれは人間の性を表していて、人間というものは本来、1つの事が解決し、現状に慣れてくると次のステップを要求する動物です。
これは、重いテーマだけでなく、身近な恋人同士でも、例えば毎日花束を買ってくれる彼氏には、最初は感激するかも知れない、だけど、そのうち慣れてくると花束だけでなく、他の物が欲しくなるものではないですかね?
また話は逸れますが、いつも優しい人より、たまに優しいひとの方が、感激されるとか。(笑)


話を戻して、つまりゾマホンも今は、日本は欧米諸国に比べて立派だと感じていても、もし欧米が謝罪など行えば、最初は満足でも何れは不満が出てくる気はしますけど。


謝罪するのは簡単だと思いますが、謝罪するだけで解決は出来ませんし、本当の意味では被害者は謝罪など求めてはいないのかも知れない、そんな気はします。
これは例えば、身内を殺された被害者が、犯人から謝罪されたからと、すぐに気持ちを整理出来たり、許したり出来ないのと同じ事かも知れません。・・・もっとも、だからと言って犯人の謝罪は不要だとは思いませんけどね

まあ、こんな事を言いきってしまうのも何ですが、時間でしか解決できないものはあります、また時間で修復した関係を継続させるためには、お互いがをお互いを尊重し合うことでしか、成立しないと考えます。
ちょっと自分の言いたいことが上手く言えませんが。


 

>>私からすれば歴史認識問題と言うのは日本だけのものではないと言うことです。

仰るとおりですね。
もっとミクロで見ても、先ほども少し言いましたが、国や地域や立場で、同じ歴史の事件でも、受け止め方がそもそも違います。
日本国内も、つい最近になってやっと萩と、会津若松が仲直りしたとか、数年前に織田信長の子孫と明智光秀の子孫が、420年以上経過してお互いに握手したとか、そんな話はゴロゴロあります。


 
もっとも、やはりアジア・・・特に東アジアは歴史認識に関しては、他国と違って少し異常ですよね。
韓国や中国の教科書を見ても分かるように、歴史の教科書は国定教科書でたった1つのみで、彼らは歴史認識も1つしかないと言う立場であり、韓国などは日本に対し、歴史認識を統一しようと口出しして来る始末です。
日韓の歴史認識をすりあわせて、お互いの歴史観を調べることには意義があるとは思いますが、彼らにとって歴史は1つしかないのであれば、日本の立場で見た歴史認識はそれは捏造に見えるはずです。
(日本でも、市民団体と称する怪しいグループが、作る会の教科書をバッシングしておりますが、彼らもまた多様化した価値観を許さない、中国や韓国のような思想の持ち主だと分かりますね)


私もテーマが大きく逸脱してしまい、最後は自分で何が言いたかったのか、上手くまとめることが出来ませんでした。(笑)

これに懲りずにまた遊びに来てください。


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5月 04, 2007

還暦を迎えた日本国憲法


今日は憲法記念日で、そう言えば駅前では演説をやっていましたな。
もちろん、こんな日に奇声を上げるのは、社民党とか共産党だろうと思っていましたが、案の定社民党の議員さんでした。

まあ、休みの日に、駅前で自説を演説し理解してもらおうとする姿勢は買いますけど。
内容がねぇ・・・
選挙カーの壇上で語っていたけど、暇だったら、ヤジでも飛ばしてみたい気分でした。(笑)


 
と思って、外出先から帰って来たら、こんなニュースがネットで流れておりました。
何というか、社民党はどこでも同じというか、福島瑞穂(以後敬称略じゃ)は相変わらずだよねぇ・・・





改憲阻止に全力=護憲派集会であいさつ-志位、福島氏

 共産党の志位和夫委員長と社民党の福島瑞穂党首は3日午後、都内で開かれた護憲団体による「5・3憲法集会」であいさつし、憲法改正を目指す安倍晋三首相の姿勢を厳しく批判するとともに、改憲阻止に全力を挙げる考えを強調した。
 志位氏は「安倍内閣で憲法改悪への暴走が始まっている。こうした暴走を食い止めるため全力を挙げる」と述べた。また、首相が有識者懇談会を設置して集団的自衛権行使に関する具体的な検討に着手したことについて「研究とは名ばかりで結論ありきだ。絶対に許すわけにはいかない」と批判した。
 福島氏は「(施行後60年間)誰一人戦争で殺していないし、殺されていないのが(現行憲法の)最大の功績」と指摘した上で、「今回の憲法記念日は憲法の危機の下で開かれている。変えるべきものは憲法でなく(憲法を改正しようとする)一部の政治家だ」と訴えた。


2007/05/03-16:29 時事通信

まあ、「『戦争』で死んだものがいない」ってのが、彼女にとって重要なんだろうね。

戦後60年、世界各国ではどこかで戦争はあったわけですが、確かにいくら殺し合いをしていても、日本は見ても見ぬ振りして、関わらないようにしてきたわけですから、そりゃ戦争で死んだ人はいないでしょうね。
日本は戦後、自衛隊という世界でも有数の軍事力を保持しておきながら、「戦争」と言う単語によるイデオロギーで、実際に戦争で困っている地域には、決して助けようともしなかったし、手を差し伸べようともしなかったですよね。
それで戦争はしなかったから優秀な憲法だ、と言っているんですけど、国際的に見ればそりゃヘンだよね。


 
我が家の家訓は、暴力は絶対に反対です、争い事も御法度です。
それが確かに正しい家訓だけど、実際に、隣でケンカしている人がいても、争い事はゴメンだから仲裁も何もしないで、見ぬ振りをしていたり、暴力を振るわれて困っている人を見かけても、私は暴力は反対なので、助けられても無視します、って態度でどこに誇ろうとしているんだろうね。

臭い物には蓋をするような、または現実逃避で、何も関わろうとしなかった故の結果なのに、平気で、我が家の家訓は素晴らしい、暴力反対を各家庭に普及させるべきだ、なんて寝言を公然と言っているようなもんですから。(笑)

「暴力反対」、「暴力では何も解決しない」、「暴力をしないと宣言すべき」だと主張するのは、それは正しい。
そして、これは多くの人の支持は得られるとは思いますが、それが、本当の意味で暴力の解決を阻害しているのであれば、言っている内容は正しくとも、表現を変えざるを得ないよね。
それは、周囲を見渡しても、結局は暴力は無くなっていないし、助けられても見て見ぬ振りするのが正しいわけがない、ってのは、ある程度常識だと思うので、現実をもっと直視して欲しいとは思う。


 
また、福島瑞穂が「戦争で」を拘ったのは、恐らく北朝鮮による拉致で、無くなったと言われている人達は、これは戦争ではなく単なる事件で亡くなったとか、竹島の領土問題で、韓国に殺された漁師達は、単なる紛争の不幸な事故で亡くなったので、決して戦争だったわけじゃないと、あくまでも戦争をしていない、と言うことを強調し、切り離したいんでしょうな。


 
我々から見れば、戦争をしたことは無いが、竹島では侵略を受け、未だに占領され続けているし、尖閣諸島での中国軍の動きは、立派な領土問題として侵略されている、との考え方や、海底ガス田なんかも侵略されていることになる。
こんな状態で、戦争していないから立派だと、どこまで言えるのだろうか。
恐らく福島瑞穂は、日本がどんどん侵略されて、略奪されても、戦争さえしていなければ「ほら、9条のおかげで日本は戦争をしていない平和な国でしょ」と真剣に言うつもりだろうか。


 
よく最近は、「無防備都市宣言」を出すバカな自治体が増えてきたが、これも突き詰めれば、日本がどうなってもかまいません、隣の市が攻め込まれても気にしません、ともかく、自分達の町さえ戦争が無ければそれで良いのです、と宣言しているようなものなんですが、結局は先の福島瑞穂の「戦争は無かった」と同じ精神に通じるんでしょうな。
「自分さえ良ければ、他人の事は知ったこっちゃないで」という自分本位な、その上、ただ周囲からの現実から目を覆っただけで、「ウチだけは平和だ」というごまかしているだけなんだよね。


 
あと、ちょっと普通の人間から見れば、戦後の日本が大きな紛争や戦争に巻き込まれなかったのは、日米安保条約も大きな役割を果たしていたと、理解しているでしょうね。
憲法9条があったから戦争が無かった、なんていう戯言を、真剣に信じる国民が未だにいる事自体が、不思議な気がする。
いや、もちろん全否定はしません、9条が貢献していた事も私は認めていますが、あくまでも必要条件で十分条件では無いよと言うことです。
私にとって、まずは国を守るには、戦力の保持が十分条件だと思っていますので、自衛隊+日米安保は非常に強力なタッグであり、それが最大の要因と考えて間違いないよね。


 

今日の社民党議員は演説の中で、改憲=軍事力増強と強引な論旨展開で話を進めていた。
まあ強引と好意的には言ったものの、つまりはズレているんですな。
論点をすり替えながら、強引に話をするしか無いんですよ。

集団自衛権の話もしていましたが、集団自衛権=アメリカと一緒に戦争をする、こう決めつけているんですな。
彼らの頭の中には、その集団自衛権が認められていない事で、どんな弊害が起きているのか、知ろうともしないのでしょうね。
もちろん、アメリカと戦争を一緒にする事が可能になる、と言った点では間違いでは無いでしょうが、そこを国民がコントロールして行く、その他の弊害は、憲法で対応していく、と言った普通の考えに至らないのです。


 
あと、こう言っては自衛隊の方に失礼かも知れませんが、社民党の議員らは日本の海の防衛に関して、自衛隊ではなく、海上保安庁が「最前線」で戦っていることに気づいていないんでしょうね。


もちろん、国防という意味においては、命の危険性を省みずに日本を守る、と言う意味においては、海上自衛隊も海上保安庁も同じ使命感を持って仕事に励んでくださっているだろうとは思いますが、この間の不審船で銃撃を受けたのはどこでしたか。
中国の潜水艦が領海侵犯した時も、まずは海上保安庁だけで対応させられました。
つまり、軍船であり強力な兵器を持つ相手に、ほとんど武器を持たない海上保安庁が対応させられるのは、何かおかしいでしょ。

宣戦布告という小説の中で、北朝鮮と思われる潜水艦が、日本海の海岸線で座礁しているのが発見され、武装した北朝鮮兵が日本に上陸していることを知りながら、左派議員は「警察と海上保安庁で何とかならんのか」というセリフがありました。
軍事訓練を受け、重火器装備をした兵士に対し、所詮はヤクザ程度の対応しか出来ない、ピストルだけ腰にぶら下げた警官で、取り囲んで抑えろと言うのですから、どこまで真剣に言っているのやら。
それで、もちろん日本側に被害者を出すのはもってのほか、とか言うのです。
まさに、今日の演説を少し聴いているだけで、そんな笑えないセリフが、小説の世界だけでなく、本当に出てきそうな気がします。


 
ともかく、憲法も60歳の還暦を迎えたのです。
いい加減に、真面目に論議して、今の時代に即した憲法に変化させるべきです。
変化を嫌う勢力がいるのは、世の常ですが、もちろん9条は重要ですが、それだけに止まらず、国民のみんなが考えていきたいよね。


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4月 29, 2007

何度、同じ過ちを繰り返せば気づくのか・・・

安倍首相が訪米する前に、一部のアメリカマスコミの取材で、慰安婦に関して「謝罪した」事も気に入らないのだが、その上、米下院議長だかに釈明したとか、もはや最低の外交戦略で、呆れるばかり。

自身の首相就任後、初の訪米で外交を成功させたい、その為に慰安婦問題は頭痛のネタだったというのは理解するが、沈静化を図るに謝罪という形に終始し、こちらが引くことで丸く収めようとする考えは、もはや誤った戦略だといつになったら気づくのであろうか。
私は小泉氏を応援していた1つの理由に、頑固なまでに主張を貫く、中国や韓国が何を言っても動じない、ブレない1本の政治理念を国民に示していたからこそであり、はっきり言って今の安倍には、外交上魅力は何もない。


前にも言ったが、日本の首相として、曖昧なと指摘されている部分を、きっちりと説明し、時にはアメリカのマスコミとディベートをきちんと行えるだけの外交官を連れて行くとか、ともかく「何かあればスグに謝罪する日本」「困った事があれば沈黙するだけの日本」から、「自分の立場をきちんと自分の言葉で説明する日本」「理不尽な対応にはきちんと反論する日本」と言った、主張する国家元首を期待したいですな。


 


http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007042701148
2007/04/27-19:16 安倍首相「謝罪せず」と報道=韓国


 【ソウル27日時事】訪米した安倍晋三首相が米議会指導者との会談で、従軍慰安婦問題に関し「申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と表明したことについて、韓国の通信社・聯合ニュースは27日、安倍首相の用いた表現が謝罪のレベルに至っていないと批判的に報道した。
 聯合ニュースは米議会筋の話として、安倍首相が「sense of apology」を表明したと指摘。さらに、ワシントンの外交筋を引用し、この表現は英語には存在しないとした上で、「謝罪にははるかに至らないレベル」の発言だと伝えた。

まあ、予想された反応ですな。

マイクホンダも、全く謝罪など受け容れるつもりは無いようですし。
結局は、日本は首相が謝罪する事で、低姿勢になった事を示しただけで、余計に上から目線を正当化させただけで、今回の一連の慰安婦問題に関する謝罪は、ヘタすれば河野談話以上に情けない「事実」になるかも知れない。


 

分かり切った事ですが、韓国や中国ってのは、本当に謝罪なんて望んでいません

もし本気で謝罪など求めているならば、日本が歩み寄った時点で何らかの外交の成果が出ているはずですが、何もありません。
世界各国で問題や紛争などあり、様々な外交がありますが、歴史的にも外交上、片方が態度を示している時に何も変化が起きずに、さらにヒートアップする事など、私は今回の日本と中国・韓国のケース以外、知りません。

 

つまり彼らは、日本の首根っこを押さえつけて叱り、憂さ晴らしたいだけで、早い話、「謝罪しろ、反省しろ、歴史を捏造するな」と、叫んでいれば、それで満足なんです。

まあ、そう叫ぶことで、日本が謝罪したり、賠償金を出せば、さらに彼らの欲求はさらに満たされ、満足するでしょうが、今や彼らの目的は、お決まりの言葉を叫んで上から目線で日本を抑え、不満や鬱憤を晴らしたいだけですから、むしろ解決する事を望んでいない気がします。(笑)


 
その上で、「問題を沈静化させるのは、日本が下手に出て謝罪しておけば、嵐は過ぎる、その場は取り繕える」的な外交がいつまでも続くのが、政府と外務省の大きな国民に対する背任行為だと思いますね。

外交協定は、二国間の話とは言え、浪花節だけでは通用しません。

河野談話は、ある意味韓国政府や慰安婦の方に譲歩した形で、政治的な決着を計りに行ったものだったはずです。
ところが、ひとたび言葉が流れてしまうと、その言葉の裏にある「配慮、遠慮、譲歩」など全く意味を持ちません、
むしろ、この河野談話が意までは慰安婦問題の大きな根拠となってしまっております。

日本は、過去に何度が同じような事で煮え湯を外交で飲まされてきたはずだ、なのに、何も進歩していない。


 
中国の毒ガス回収もそうですね、うやむやのうちに、人道的立場で日本がお金を出して回収してやれば、今度は中国からの請求は天井知らずで増えていき、相変わらず毒ガスは日本軍が残したもの、と言う誤った情報が消えない。
そのうち、日本が資金を出して回収している行為が、その日本が自分で罪を認めている証拠だと言われても不思議じゃないでしょう。

友人や親子兄弟の間なら、人情や浪花節で助けてやる事もいいでしょう。
でも、一度他人に対し言葉を発してしまうと、いくら好意的な理由で発した言葉であっても、第三者や他人に取って見れば、その言葉に意味が出てしまうものです。

どうしても頼むから、迷惑を掛けないと言う約束で、保証人がいないと会社が潰れると言うので、保証人になっただけや、といくら後から叫んでも、保証人になってしまうと、そんな戯言意味がありません、ただ保証人になったと言う事実だけで、どんな同情的な理由があろうとも、裁判所も国も「あんたが支払え」と言うだけです。


一連の慰安婦問題など、これと同じです。
一度、政治的な判断で謝罪してしまえば、どんなに正論を吐いても、どんなに相手のメンツを考えた政治的な判断だと説明しても、「謝罪した」という事実は一人歩きして、最初に口に出した人の意志には全く関係ありません。

櫻井よしこさんも仰っていますが、どこかで悪循環の連鎖を断ち切らなければならないのに、相変わらず臭い物には蓋をするだけの、小手先でその場限りの外交をしているから、何時までも問題が解決しない上に、さらに泥沼化していくだけだと、私も思いますね。
今の安倍さんは、最低の外交戦術を繰り返しているだけだと思うけど・・・実は誰も気づかない、百年の計を実行しているのであれば素直に私は謝りますが、どうでしょうかねー。


こんな事態なのに、民主党はまだ小沢が党首しているんですかね?
日本が、国民が大変な時期なのに、いつまでも政局をおもちゃにする人を、党首に据えているんでしょうねぇ・・・
民主党は、本気で政権を握る二大政党を目指しているんでしょうか?
こっちも、安倍ちゃんの外交以上に、何度も同じ過ちを繰り返すだけですね。(笑)

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4月 16, 2007

国民投票法案の行方

今回一連の国民投票法案可決に関しては、いろんな事が錯綜していて、複雑になっている気はする。

単純に、憲法など国民に影響のある大事な判断に関して、国民が賛否を投票して決めると言う大前提の「国民投票」に関して、反対する人は少ないと思う。
それが、国民投票法案を政治の道具として扱われたり、「国民投票案=憲法9条改正の攻防」にだけ目が奪われ、、国民投票が実現すると戦争を認める憲法に変わるだのと騒ぐので、話がややこしくなっているイメージはある。

まあ、ある意味、与野党が政争の道具としているのと同じで、いわゆる「市民団体」が自分達のイデオロギーを主張する道具に使っているので、まともな国民投票法案論議になっているとは思えないのです。

 

「むちゃくちゃ」 抗議の声相次ぐ 国民投票法案採決

施行60年。憲法記念日を前に、改憲手続きを定める国民投票法案が12日、衆院憲法調査特別委員会で可決された。傍聴席や国会周辺では、慎重審議を求める声があがった。

 「こんなやり方があるか」「むちゃくちゃだ」。採決の瞬間、傍聴席から怒りの声が相次いだ。

 00年に衆参両院に作られた憲法調査会当時から傍聴を続けてきた平和遺族会全国連絡会代表の西川重則さん(79)は「最初から、狙いは戦力を持たないと決めた憲法9条2項を変えることだった。強行採決は、その本音がついに出たということ」と語った。

 同日夕、日比谷野外音楽堂で開かれた抗議集会では、共産党の志位委員長は「拙速を避けて徹底審議を求める国民の多数の声を与党は踏みにじった」と批判。社民党の福島党首も「民主主義を踏みにじり、憲法を変えるための国民投票法の成立を許してはいけない」と訴えた。

 弁護士らでつくる「国民のための国民投票法を考える会」は同日、全国30カ所の街頭で実施した意識調査の結果を公表。約1800人の回答のうち「審議が尽くされていない」との答えは63%で、「審議が尽くされた」は4%だった。

 改憲に必要な賛成数については、60%が「総有権者の過半数」とし、与党案の「有効投票総数の過半数」より厳しい成立要件を求めた。

    ◇

 故湯川秀樹博士らが結成した「世界平和アピール七人委員会」は12日、「投票率に関係なく有効投票数の過半数という決め方は適切でない」とする声明を発表した。

 民放労連も「政府や政党の思惑によって法案を拙速に成立させてしまうことは必ず将来に大きな禍根を残す」との抗議声明を出した。

asahi.com 2007年04月13日08時03分


最初にも言ったが、問題を分けなければ、本当にややこしい。



社民党の福島党首も「民主主義を踏みにじり、憲法を変えるための国民投票法の成立を許してはいけない」

これなんか、まさに意味不明なんですよね、まあ新聞記事で部分的に取り上げられた発言なのでヘンなのかも知れないけど。
それ以前に、社民党が言う民主主義って何なのか興味があるところですけど。(笑)

まあ、それをさっ引いても、憲法を変えるためには、国民投票が必要だと憲法に書かれているので、何かしらの形では必要なわけで。
それでもって、憲法を、より時代に沿った国民のための憲法に変えるために、国民投票法案が出ているわけで、社民党は憲法9条を変えられると脅迫概念に駆られて、簡単に憲法を変えられないように反対しているのだと思うが、この法案は9条だけでなく、憲法全般にも当てはまるので、「9条を変えられないようにする」=実質「憲法は変えるな」と言っているようなもので、そこに大きな矛盾がある。

戦後、先進国で憲法を一度も変えていないのは、日本ぐらいであり、同じ敗戦国のドイツなど30回以上も改正している。
つまり、戦後いつまでも憲法は不変ではありえず、変えるのは当たり前である、いつまでも「法解釈」でごまかすのでは限度があると思っている。
それが「憲法を変える国民投票法の成立は許せない」とか、何を言っているのか。
憲法9条に拘るあまり、日本の憲法も不可侵なものだと考えているようで。(笑)

 
あと、毎度出てくる話なのだが「審議が十分に尽くされていない」「慌てて強行採決する必要はない」なんですが、一応7年間は審議してきたようです。

つまり、「十分な審議」とは、どの状態になれば「十分に審議した」となるのか、その定義を教えて欲しい気はしますね。
個人的には、7年間の中身を知らないので、「十分かどうか」の判断は付きませんが、小田原評定だけ続けても意味はないわけで、どこかで結論を出すしかないわけです。

ただ、穿った見方をすれば、彼らの言う「十分な審議」とは、全員が納得行くまで、もしくは、自分達の主張が認められるまでと考えているようにも見えるので、それには付き合う必要は全くないとは思いますけどね。


 

平和遺族会全国連絡会代表の西川重則さん(79)は「最初から、狙いは戦力を持たないと決めた憲法9条2項を変えることだった。強行採決は、その本音がついに出たということ」と語った。

この手の話を読むたび思うんですが・・・
憲法9条を変えたいと思う国民がいる一方、この西川さんのように、変えたくない人も大勢いるのはもはや周知の事実で、それを決めるための国民投票なんじゃないのか、反対なら投票で反対に投じれば良いだけで、仮に最初から憲法9条を変えるつもりが与党にはあったかも知れないけど、それが強行採決反対の理由になるのか、イマイチ分かりません。

まあ、彼らのHPで主張を読めば、表現の自由を奪うとか、言論弾圧だとか言っている人もいる見たいなんですよね。
でも、君が代問題でもそうですし、このブログにも以前、高校教師だったか関係者が来ましたか、恐ろしいほどの偏った思想に、自分の世界観しか認めない人がいます。
そんな彼らが、自分達が子供に対し洗脳する事が出来ないのを、言論弾圧だとか言っているように思えるんだけど。


法案そのものには、いろんな問題があると言いたいのでしょうが、論点が違っているような気もしますね。


 

「最低投票率」

朝日新聞とかは、この国民投票法案に関しては、戦争体験者とか、平和団体とか、その「戦争」のキーワードがある人達の意見を記事に載せたり、そのキーワードの観点で反対記事を書くケースが多く、まあ感情的な反対論しか掲載していないケースが多い。
しかし、民主党もそうだが、多くの一般的な議論の分かれ目として、この最低投票率の話が出てくるケースが多い。
つまり、最低投票率を決めなければ、国民の50%しか投票しなかった場合、全体の26%の賛成さえあれば、74%が賛成していないのに憲法が改正されてしまうと言った意見ですな。



「投票率に関係なく有効投票数の過半数という決め方は適切でない」

これなんかも、その最低投票率の事を言っているんですけど、私は最低投票率は扶養だという考えです。

最低投票率を入れると言うことは、国民がこの問題を考え、判断する、議論する事が望ましいのに、投票して国民の意思表明をする前に、「棄権」が選択肢の1つが含まれるのは、どうかと考えるからです。

要は、憲法改正をする場合、その改憲案を国民全員が考え、判断するのが筋だと思うのですが、反対する立場の人は反対票を投じさせるよりも、棄権を薦めるだけで目的を達せられると言う点です。
国民全員で議論しよう、とすべきところを「何も考えずに、投票に行かないで」が選択肢として存在する事が、本末転倒だと考えます。


 
もっと言えば、賛成でも反対でも、中立でも(私は白票は認めるべきと言う考え)、真剣に考えて国民各人が導き出した結論なら、それはお互い尊重すべきだと思うのですが、日本の投票は権利であって、義務ではありませんが、その権利を放棄した人は、権利を行使した人達の結果に、異論や異議申し立てなど出来る立場にない、あくまでも投票結果は、投票した人達に一任したと考えるのが自然だと思っているわけです。


 
あと、投票最低率を入れなければ、政府はわざと国民の関心が集まらないように、複雑で難解な投票をサラリと行い、棄権率を高め、公明党のような組織票便りの投票にする不安もある、などと言う意見もみました。

まあ、確かに疑えばキリが無いのも事実ですが、本気でそんな事をする与党に、国民は怒りを覚えない物なんでしょうか?
国民が怒れば、当然次の選挙で自浄能力を出すのが本当の民主主義ではないのでしょうか?
それを、組織票だけに神経が集中し、木を見て森を見ずなどと良く言われますが、まさに大局(国民的な論議を喚起しない)を見失う事にならなければ良いのですが。


 
最後に、インターネットで調べてみましたが、国民投票を採用している国々において、最低投票率まで設けている国は、少ないようです。
個人的にも、国民投票を行う以上、国民はきちんと投票して賛否(保留)を表明すべきで、最初から得票最低率を作って棄権を有効票にする考えは、最初から議論を放棄しているようなものですね。


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4月 08, 2007

都知事選 投票開始数時間前

選挙期間中は、敢えて話題にしなかったが、記事も随分と更新しておらず、前夜・・・と言っても、後数時間で投票開始なので、そろそろ話題にしても良いでしょう。
どうせ、このブログで何を書こうが、そんなに影響は無いけどね。


基本的には、浅野氏は都知事選立候補してから、私の内部では彼に対する評価は、下がりっぱなしで、最近ではストップ安で買い戻す気配など全くゼロで、今やアウトオブ眼中の存在ですね。
そもそも、彼の支援団体、市民団体からして、私から見れば「浅野を応援するとヒドイ目に遭う」と言っているようなもので、少なくとも社民党と組んだ時点で、私の頭の中からはキレイに消えました。(笑)
今回立候補していなければ、きっと今後もそれなりに彼の意見に耳を傾ける事もあったでしょうが、まあ森永卓郎レベルのように、彼が口を開いても、私には何も響くことがないでしょうね。


 
オリンピック誘致は、私は別に賛成でも反対でも無いんですが、要は確かに今回は国政ではなく、地方選挙ですけど、日本の首都東京の知事ですからね、日本国民の事を考えた政治をまずはして欲しいわけで、その点で力不足でした。

石原都知事も、2期都知事を務め、スキャンダルなどあってもなお、そこそこ支持率もある人のあとを受け継ぐのですから、個人的には与党第一党推薦ならば、その石原都政を基盤に、如何に改革をして行くかを期待するのですが、社民党や民主党のお歴々の方の話を聞いていると、石原都政を真っ向から反対し、何か病気に掛かったいるかのように騒いでいるだけで、浅野氏の評価もそうですけど、民主党の評価も、個人的には相変わらず安値更新中って感じです。

自分が当選するため、相手の足をひっぱう意味で、批判のための批判ってのは、私の内部では唾棄すべき行為で、まずは前任者に敬意を表し、評価すべきことは評価し、その上で改めてさらに良い環境にするなら、こうする、と言ったマニュフェストが良かったんですが、他人を素直に評価出来ない人間が、他人を批判する資格なぞあるのか、って気がしますね。


 
正直な話、浅野氏に投票するぐらいなら、共産党の吉田万三氏の方がマシですね。
筋は通っているし、ブレが無いし、主張ははっきりしている。
まあ、それが共産党の良さとも言えるけど。


 
今年の参院選は全く暗い気分で投票する事になりそうです・・・
これまた正直に言えば、今の安倍さんに魅力はほとんどありません。
今の安倍さんが相手では、自民党に投票する価値があるのかどうか、個人的には計りかねてはいます。
ただし、もっと悲惨なのは、そんな自民党を見捨てた場合、どこを応援すればよいのか・・・見渡した場合、どこもない・・・


本来なら、民主党が自民党に取って代わるのを期待していました。
だからこそ、口を酸っぱくして、このブログでも民主党を厳しく扱って、何とか二大政党の一翼を担うまでに成長して欲しかった、期待していました。
一時期は、相手があの小泉さんであっても、将来の二大政党のために、民主党に投票させてもらった事もありました。
しかし・・・・・・・・・・・

私が恐れていた事が現実になっている。
今の自民党なら、他の方がマシだ、と思いたくなる時もあるのに、その他がいない。
もっと悲しい現実に、民主党にいれるぐらいなら、共産党の方がマシかもしんないよな? って時々思うことがある。

自民党に投票する価値が見えない、でも、他の党に投票するぐらいなら、自民党しかない、ってのが現状。
これは本当に悲しい現実です、多くの日本人が私と同じ思いをしているなら、やはり日本国民は不幸なんでしょうね。


 
よく、今の自民党政権を変えるために、ともかく自民党以外に政権を執らせなければならない、何も政治をやらせないうちに、否定してはダメだ、政治をともかく変えよう、民主党に入れよう! って叫ぶ人達がいるってこと。

ため息が出ます。
まあ、分からないでもない、私も若い頃は同じ考えで、ともかく20代から30代は反自民党にばかり投票していました。
少々、公約がとんでもなくとも、当時の自民党政治に吐き気がして、自民党以外に変えるのが先決だ、と思いこんでいた時期がありましたからねぇ・・・真面目に、社会党や共産党にも入れた。(笑)

ところが、変化しだしたのは、日本新党から新進党の時代と、村山内閣が発足し、社会党が解体されるのを見てきたからかな。
特に、社会党ってのはキャビネット内閣(影の内閣)も作っていましたし、与党批判だけは立派なものですから、土井たか子のマドンナ旋風もあったり、信頼して投票した人もいたでしょうが、その結果が、村山内閣発足したとたんに、社会党が崩壊しました。

そこから、個人的には批判するだけなら誰にでも出来る、批判するなら代案を持ってこい、と言う考えが主流になってきたと思いますね。
批判のための批判って言葉も関係しますが、批判するには何が問題で、どんな解決がよりベターなのかを明確にするためにも、代案が必要だと言う意見は増えたと思います。


もっとも、忘れましたが、誰かが(国会議員)「代案が無ければ批判出来ないのは、強者の口封じだ、弱者でもおかしいことにはすぐに批判していいはずだ」と言った人も居ましたっけ。

責任のない一般人はそれでも良いですよ、あと、議論する前段階で討論会とかは。
でも、政治家が国会で堂々と政策論を批判するのであれば、きちんと問題点を指摘し、解決する他の手段を出せなくて、どうして政治家が務まるのでしょうね。
早い話が、「福祉は大切だ」という大テーマに異存は誰もないだろうが、でも実際には福祉に湯水のように予算を注ぎ込むことは出来ないのは当たり前で、ならば何を犠牲にするのか、その犠牲はどのような観点で妥当か、と言う議論を経て、代案を持って反対すべきで、単に「ハンターイ」で叫んでいればおしまいの政治はいらない、ってのは当たり前だろう。


 
話は戻りますが、私個人の中では、村山内閣と河野官房長官は歴代最悪コンビで、今回のアメリカ下院での従軍慰安婦問題も、彼らが政権に居なかったら、今回こんな事もなかったし、外交面において出来れば消したい汚点となって、10年以上経過した今でも苦しめているんです。
それを考えると、「誰もが最初は経験不足、まずはやらせてみよう」よか「ともかく変革が必要だ」という意見は、その交代する選手に、それだけの資格とレベルが無ければ、将来にまで禍根を残す結果になる、って事を気づかない、ちょっと危険な考えだと思っています。


 
ともかく、あと数時間で投票が始まる都知事選挙は、誰になるんでしょうね、浅野氏でないことを願っています。(笑)


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3月 11, 2007

国家の品格を問う前に


朝日新聞という組織は、つくづく破廉恥な集団だと思うよ。
受験によく使われるから、知識人が良く読む新聞だからと、母親が子供のためにずっと取ってくれていたらしい。
私は、社会人になる前は朝日新聞だけを読んで育ち、本当に朝日新聞の記事で知識を養い、朝日新聞を信じ切っていたことが、今になって振り返ると赤面の至りである。



慰安婦問題―国家の品格が問われる

 旧日本軍の慰安婦について、「官憲が家に押し入って連れて行くという強制性はなかった」などと述べた安倍首相の発言の余波が収まらない。

 米国のニューヨーク・タイムズ紙は1面で「否認が元慰安婦の古傷を開いた」として、元慰安婦たちの生々しい証言を伝えた。米連邦議会下院では、日本に対して公式謝罪を求める決議案が採択に向けて勢いを増している。

 一方、国内では慰安婦への謝罪と反省を表明した93年の河野官房長官談話に対し、自民党の議員らが事実関係の再調査を首相に求めた。メディアの一部にも、これに同調する向きがあり、国内外で炎に油を注ぎ合う事態になっている。

 何とも情けないことだ。いま大切なのは、問題は何が幹で何が枝葉なのか、という見極めである。

 首相発言の内容は、河野談話が出されて以来、それを批判する人たちが繰り返し持ち出す論理と似ている。業者がやったことで、日本軍がさらっていったわけではない。だから国家の責任はない、というのが批判派の考えだ。

 今回、一部のメディアが「問題の核心は、官憲による『強制連行』があったかどうかだ」と主張したのも、それに相通じるものだろう。

 しかし、そうした議論の立て方そのものが、問題の本質から目をそらそうとしていないか。

 どのようにして慰安婦を集め、戦地に送り、管理したのか。その実態は地域や時代によって異なる。しかし、全体としては、植民地や占領地の女性たちが意思に反して連れて行かれ、日本軍の将兵の相手をさせられたことは間違いない。

 河野談話が「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と結論づけたのは、潔い態度だった。

 細かな事実にこだわって弁明ばかりするよりも、民族や女性の人権問題ととらえ、自らの歴史に向き合う。それこそが品格ある国家の姿ではないか。

 海外の誤解も指摘しておきたい。たとえば、米下院の決議案は日本政府が謝罪していないという前提に立っている。

 だが、政府の主導で国民の募金によるアジア女性基金がつくられ、元慰安婦たちに「償い金」を贈り、首相名で「おわびと反省」を表す手紙を渡した。

 補償問題はすでに国家間で決着ずみだとして、政府は女性基金という道を取った。私たちは社説で「国家補償が望ましいが、次善の策としてはやむをえない」と主張してきた。日本として何もしなかったわけではないのだ。

 安倍首相は河野談話を受け継ぐと繰り返し、「これ以上の議論は非生産的だ」と語る場面が増えた。だが、首相が火種となった日本への疑問と不信は、自らが消す努力をするしかない。

 日本は北朝鮮による拉致を人権侵害と国際社会に訴えている。その一方で、自らの過去の人権侵害に目をふさいでいては説得力も乏しくなろう。


朝日新聞 【社説】2007年03月10日(土曜日)付


これを読んで、本当にため息が出てしまった。
冒頭にも書いたように、このような記事を平然と書ける新聞を、熱心に信じて読んでいた自分が恥ずかしい。


 
そもそも、従軍慰安婦という造語まで作って、世間を煽ったのは朝日新聞である。
彼らが根拠として、発端となった吉田氏の発言がウソであった事から、これは完全なる朝日新聞のマッチポンプであったわけだが、その従軍慰安婦・・・軍による強制連行や関与を大きく取り上げて、世界中を巻き込んだ原因を作った新聞社が、今度は「従軍とか軍による強制など関係ないだろう、慰安婦は実際にいたのだがら、謝罪するのは当たり前だろう、などと自分が焚きつけた事を棚に上げて、その捏造記事など関係ないとは、ここまで厚顔無恥な記事は見たことがない。


朝日新聞は、従軍慰安婦に関して「調査中」という理由で、吉田氏の発言の正否も、軍が強制したかのように断定した記事に対する謝罪など、一切行っていない。
過去に、吉田氏の発言は疑問視されているとか、真偽はかくにんされていない、などの表現で報道したのみ。
これが97年の記事なのだが、それから10年の月日が流れても、まだ「調査中」で捏造に対する謝罪などしていない。

まずは朝日新聞が、自分がスクープしたネタなのだから、信じているなら、強制連行の証拠など探して、その上で国家に謝罪を要求すべきだろ、自分がネタを「そんなことどーでもいいじゃん」というその神経が恐くてたまらない・・・


 

朝日新聞は、国家の品格を問う前に、
自分でジャーナリストとしての品格を問え!


 

>> 何とも情けないことだ。いま大切なのは、問題は何が幹で何が枝葉なのか、という見極めである。

まさに、お前が言うな! と言い返したい部分ですね。(笑)

河野談話で問題視されているのは、「軍の関与の下」という部分であって、どの程度の関与・・・つまり軍が命令して、強制したのかどうか、証拠がないと言っているだけで、その後の「女性の尊厳と名誉を傷つけた」部分まで否定はしていない。

女性の人権問題を考えるからこそ、河野談話を継承しているのだし、その後の基金も作った、そう理解してやるべきで、朝日は日本のマスコミでありながら、視点が常に朝鮮半島、中国大陸から日本を見ているから、自分の国が全く見えていない。


さらに、慰安婦の存在は、誰も否定していないし、日本軍が彼女たちを利用していないなども、日本政府は言っていない。
河野談話を引き継ぐというのは、そう言った、自分の意志に反して慰安婦となった彼女たちへの思いも当然あろう。
だが、国が強制的に関与したかどうか、これが根幹なのではないのか?

慰安婦は、日本軍が利用する・しないに関わらず、存在した。
当然、慰安婦になる人は、好まずともなる人がいるのは、古今東西同じで、現代でも借金のために身を投じる人はいる。
ましてや、当時は生活が苦しい家庭では、女の子を遊郭に売る親もいた話は聞く。(日本でも子供売りはあった)
だから、慰安婦を日本軍が利用した事、慰安婦には無理矢理、殿方の相手をさせられた事とは、別問題であり、それを当時は戦争していたのだからと、ゴッチャにして、何でも日本が悪いので謝罪しろ、と言うのがおかしいと多くの人がいっている。

それを、幹と枝葉を見極めろと、斜め目線で言い切ってしまうその態度、今の朝日新聞にこそ、そっくりこの言葉を返したいですね。

 

>> 安倍首相は河野談話を受け継ぐと繰り返し、「これ以上の議論は非生産的だ」と語る場面が増えた。だが、首相が火種となった日本への疑問と不信は、自らが消す努力をするしかない。

これだけは賛成かな。(笑)

安倍には、単独でアメリカ下院にでも乗り込んで、いきまいている連中に、「軍の関与の証拠は何か」と大いに反論して欲しい。
それなら、誤解による非生産的な展開にならないだろう、本人が直接自分の口で当事者の前で反論するのだから。
河野談話の軍関与の面でも、慰安所に対する取り締まりも、関与といえば関与になるので、その意味での狭義、広義だときちんと説明すればよろしい。
なんなら、アメリカのマスコミを招待して、公開で質問を受け付けてもよいだろう。

そのぐらいの気概と、知識と、行動力をやってこそ、自分の信念も国民に理解を得られるんじゃないのか?


 

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